表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
33/292

嘘と別離

 翌日、シアンからハリーの実の両親が来たと知らせが来て、ラスティも一葉もいてもたってもいられなくなりすぐさま教会へ向かった。


 シアンはハリーが眠っている寝室にいるようだった。寝室には医者が来ていた。さらに彼女とハリーのそばに見知らぬ男女が二人いた。シアンは一葉たちがきたのを合図にジェフリーを呼び寄せて、二人に挨拶をさせた。


「この子がジェフリーです。ハリーの…いえ、アーロンの兄として育ちました」

 シアンが言いづらそうにジェフリーの肩に手を置いた。

 ジェフリーはそれですべてを悟った。

彼らはハリーの実の両親なのだ。おそらく、医者が言っていた魔素の照合が終わり、ハリーの行方不明届を出していた本当の両親がハリーを迎えに来たのだ。


「そう…あなたが」

「…ずっと、君といたんだね」


 ハリーの実の両親は、ジェフリーを責めるわけでもなく、じっとジェフリーをみつめる。

「も、申し訳ありませんでした…!」

 ジェフリーは夫婦に頭を下げる。何を言ったらいいのかわからず、ただただ謝った。

「息子さんをずっと、俺のそばにおいていたこと、危険な目に遭わせたこと、なんてお詫びしたらいいか…っ!」

 ジェフリーは震える声で、何度も頭を下げる。


「…そう。司祭さまから話は聞いたわ」

 女性は眠っているハリーの手をそっと撫でる。

「最初はね、私たちの息子を誘拐した人間だもの。殴り飛ばして罵倒を浴びせてやろうと思ってたんだけど…あなたが泣いているのを見たら、もうそれもよくなったわ」

「…お母さん、心の病気なんだってな。君も大変だったな」

 男性にそう言われ、ジェフリーはかぶりを振った。


「俺は…俺は、何も。俺は…」

「…兄ちゃん?」


 ハリーが目を覚ました。小声でジェフリーを呼んで、身体を起こす。

「…泣いてるの? なんで?」

 ハリーの言葉に、ジェフリーは慌てて濡れた頬を手の甲で乱暴に拭った。自分が泣いていることに気づいていなかったのだ。


 医者に「無理しないで」と言われたハリーは、医者に支えられて枕をたてて身体を起こす。

「アーロン、目が覚めたのね」

「もう大丈夫だよ、アーロン」


 知らない夫婦に知らない名前で声をかけられ、ハリーはぽかんとしている。ハリーは「…誰?」とジェフリーに助けを求めるように尋ねる。

「ハリー、この人たちは…」

「母さんは病気で、ハリーはこの人たちと一緒に暮らすことになったんだよ」


 事情を説明しようとしたシアンを遮って、ジェフリーが唐突にそう言いだした。

「ジェフリー?」

 ラスティが驚いてジェフリーを見ると、ジェフリーはうなずいた。

「そうなの? 兄ちゃんも?」

「俺は…」ジェフリーは少し間をおいてから、「俺は教会で世話になる。だけど、ハリーはまだ小さいから、この人たちのお世話になるんだ」とやさしく笑って答えた。


「やだ。兄ちゃんと一緒にいる」


 ハリーはすねたようにジェフリーの手を引っ張った。

「…ハリーがもう少し大きくなったら、必ず会いに行くから。それまで、この人たちと一緒にいるんだ」

「やだ! 兄ちゃんと一緒がいい!」

「ハリー!」

 大声で名を呼ばれ、ハリーはびくりとしてジェフリーを見上げる。


「少しの間だ。大丈夫。この人たちはやさしいから、ハリーをひどい目に遭わせたりしないよ。ハリーがもっと大きくなって、お母さんの病気がよくなったら、必ず兄ちゃんが会いに行くから」

「…本当?」

「本当だ。兄ちゃんが嘘ついたこと、あったか?」

「いっぱいあるよ」

 ハリーは唇を尖らせた。


「あはは、そうだな。でも、今度は本当だ。母さんが入院するんだから、俺達だけじゃ一緒には暮らせない。少しの間だよ。わかったな?」

「…うん。わかった」

 ジェフリーに頭を撫でられ、ハリーは渋々うなずいた。


 その後、ジェフリーはシアンから彼らがハリーの捜索願を出していて、魔素の照合をした結果を自警団から知らされ、急いで教会へ来たことを知らされた。

 生まれたばかりのハリーを目を離したすきに見も知らぬ人物に連れ去られて以来、ずっと探し続けていたらしい。


 教会の前で女性に抱き上げられ、ハリーは彼女と馬車に乗った。離れるのは少しの間だと思っているジェフリーに手を振った。ジェフリーは男性にハリーの荷物を預け、頭を下げる。


「こんなこと俺が言えた義理じゃないですけど…ハリー、いえ、アーロンのこと、よろしくお願いします」

「わかってる。君は、どうするんだ?」

「もうハリーには二度と会いません。俺のことを忘れてくれて、幸せになってくれればそれでいいんです。ハリーは俺にとって、家族で、救いでした」

 ジェフリーの笑顔には、一片の曇りもなかった。


「…私たちは、リダにいる。もしアーロンに会いたければ、ルイス家を訪ねてくれればいい」

「ありがとうございます。でも、行きません」

 きっぱりと言ってジェフリーは微笑んでハリーに手を振った。ハリーもずっとジェフリーに手を振っていた。彼らは馬車に乗って、王都を去って行った。


「…よかったの?」

 一葉がハリーを見送ったジェフリーに、ぼそりと聞く。

「よかったんだよ。これでよかったんだ。やさしそうで、裕福そうな人たちだったよな」

 自分に言い聞かせるようにジェフリーが言う。


「ハリー、アーロンって言うんだね。本当の名前」

「ハリーのほうがしっくりくるけどな」

 ブラッドが見えなくなった彼らのいた方角を見てつぶやいた。


「ジェフリー」ラスティがためらいがちに声をかける。「俺は、おまえの力になれたか?」

「おまえらがいなきゃ、俺はきっとこうできなかった。だから、気にすんなよ」

 ジェフリーはぎゅっと握りこぶしを掲げた。


「俺さ、本当は大学に通いたかったんだ」

「え?」

「そうなの?」

 一葉とラスティは意外そうにジェフリーを見る。


「まあ金がないから無理だけど。それで早く大人になりたくて冒険者になるって決めたんだ」

「ジェフリー、もし」

「施しはごめんだからな」

 ラスティが言いかけたのをジェフリーは制した。

「俺はこれからもずっとハリーのことを思うよ。でも、絶対に忘れたりしない。会いに行ったりもしない。ハリーは俺たちのことは忘れて幸せになるべきなんだ。…それが俺の罰だから」

「…ジェフリー」

 今の彼にどんな慰めも届かないことはわかっていた。だから、ラスティは何も言わなかった。


「さて、これから教会で暮らすんだからいろいろ忙しくなるぜ。こっちでガキどもの面倒も見て、冒険者ギルドにも通うんだからな」

「…そうだな」

 無理に明るくふるまうジェフリーに、ラスティは微笑んだ。


 忙しいくらいでちょうどいいのだろう。ハリーを失った痛みをやわらげるには。一葉はもう見えなくなった馬車が行った方向を見る。それから空を見上げた。太陽がまぶしいよく晴れた青空だ。

 どうかハリーの未来がこれくらい晴れたものでありますように。ジェフリーの痛みも少しでも軽くなりますように。

 きっとこれからジェフリーは、ハリーがいない痛みを抱えて生きていくのだろうから。薄れても、忘れることのできない痛みを。

 いるかも信じているのかもわからない女神に一葉は祈った。


 ブラッドが一葉といぬくんを馬に乗せて、いつもどおりスペンサー邸へ戻る途中、ラスティが切り出した。


「以前、すべての国民を救おうなんて傲慢だとおまえは言ったな、一葉」

「え? あー…言ったような言ってないような…」

「覚えてないのか、おまえ」


 眼鏡を指で押し上げて誤魔化す一葉に、「俺もすべての国民を救うなんてことは無理だと思う。今回だってジェフリーを救えたわけではないし、何より壁を作って同じ人間を差別しているままでは」


「そうかもね。私の国では身分もない…まあ微妙にあるっちゃあるけど、ごく一部だし、皇族って言ってその人たちは政治をしないシステムになってる。国の象徴なんだよ。政治をする人は国民が選挙で選ぶの。生まれで身分が決まるわけじゃなく、自分で自分の進みたい道を決めるんだ」

「自由なんだな。おまえの世界は」

「まー国によっても違うけどね。私の国も、やっぱり生まれた家が裕福とか貧乏とかの違いはあるよ。でも、ここよりも選択の幅はあるかな」

「そうか…。俺はいつか、壁のない国をつくりたい。身分など関係なく、誰もが自分の力を発揮できる国だ。兄上がそんな国をつくり、俺がそれを支えるのだ」

「ふーん…。ま、いいんじゃない? できるなら」

 一葉は胸に抱きしめたいぬくんを撫でながらラスティを振り返る。


「でも、私はセオドールじゃなくてあんたに王様になってほしいけど」

「寝言を言うな。そんなことはありえない」

「あっそ」

 今のところはそれでもいいだろう。一葉はふう、と息を吐いた。


「ジェフリーが救われたのかは分からないけど、あんたがいたからハリーは救われたんじゃない? ジェフリーも言ってたじゃない」

「…そうか?」

「そうだよ」

「それならいい」

「きっとそうですよ、殿下」

 ブラッドが微笑んだ。ラスティも「そうだな」と笑った。


 クラークにいつもどおり今日の出来事を話すと、「一応の決着は着いたんだな」とワインを飲みながらクラークはほっとしたように笑った。


「決着かあ…。どうなんだろ。お母さんは入院だし、ハリーは本当の両親に引き取られたけど、ジェフリーが迎えにくるって信じてるし。…これが正解、だったのかな」

「どんな選択も正しいかは後になってみないとわからない。一葉が自分でそう言っていただろう?」

 クラークにそう言われ、「…まあね」と一葉は自分の頬をかいた。


「今できることを精一杯やったのなら、それでいいだろう。今考えても仕方ないことだ」

「うん。…そうだね」一葉はふっとため息を吐いた。

「どうした?」

「…ジェフリーのお母さんは、お父さんが亡くなってからおかしくなったって言ってた。私のお父さんも、私が小さいときに死んだんだけど。あ、でも戦争とかじゃないよ。もううちの国では大きい戦争は何十年もないからね」

「そうだったのか」


「うん。でも、お母さんは私と兄貴を育てるのに一生懸命で、お父さんがいなくても私や兄貴にひどいことなんてしなかったなって。まあ喧嘩とかはすることあったけど、自分の子供をひどい目に遭わせて同情してもらおうなんて思うような女じゃなかった。お父さんが亡くなって一番ショック受けたのは、お母さんなのにね」

「母親といっても、それぞれだからな。何を支えにするのかは人によって違うだろう。一葉のお母さんにとっては、一葉やお兄さんを育てることが支えだったのかもしれないな」

「うん…。そうかもね」

 一葉はテーブルの上のぶどうを口に含む。甘くて、少しだけ酸味があった。


「おいしい」

「それはよかった。ヴァレンタインがいただきものだと言っていたな」

「はい。お礼は後日届けておきます」

 食堂の横に控えていたヴァレンタインが答えた。

「ありがとう。頼むよ」

 クラークもぶどうを食べて「うまいな」と言った。


「シアンが言ってたんだけど、ジェフリーのお母さんは精神病だから罪に問えるかはわからないって。シアンがいろいろ話してくれたみたいで、ハリーの本当の両親は彼女を訴えないし、ジェフリーのことも訴えたりしないって。自警団はハリーの両親がそういうなら、動かないっていうことだった。…でも、ジェフリーはつらいよね」

「時間が解決してくれる。そのときどれほどつらくても、忘れられないことも忘れたくないことも時間は痛みをやわらげてくれる。時間はそういう意味では、とてもやさしくて残酷なものだ」

「うん…」

 クラークがどこか遠くを見てそういうのを、一葉はじっとみていることができなくて手元に目線を向けた。いくつか食べたぶどうの皮がある。


「…クラークにも、忘れたくない、忘れられない痛みがあるの?」

「昔の話だよ」

 クラークがどこか面映ゆそうに笑った。だから一葉はそれ以上聞くことができなかった。


「この国って壁があるでしょ」

「そうだな。身分ごとの仕切りがある」

「ラスティはそれをなくしたいって言ってた」

「殿下が?」

「うん。私の国には壁なんてないから、そっちのほうが普通だと思うんだけど」

「…そうか」

 クラークは顎に手をあててしばらく何か考えいたが、それを口に出すことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ