告白
「今日の魔物退治はこれだけだ」
グラハムは首から下げた指輪でギルドの受付嬢に鑑定してもらう。
「はい、報酬とジェフリーさんの講師代でこれになります」
「ありがとな」
グラハムはギルドから報酬をもらい、ジェフリーに「またな」と告げた。
ジェフリーはラスティたちに「明日も来るのか?」と聞く。
「来ないほうがいいか?」
「…好きにしろよ」
ジェフリーは呆れたように笑った。ギルドを出ると、昨日セオドールに触れようとした少女、レナがいた。
中へ入るかどうか迷っていたらしく、ジェフリーが出てくると笑顔になって駆け寄ってきた。
「ジェフリー!」
「レナ? どうした?」
「あの…きのうのひとは?」
恐る恐るレナがラスティに尋ねる。
「…兄上のことか。彼は、今日は具合が悪くて来られなかったんだ」
「そう…」レナは少しがっかりしたように俯くと、ぱっと顔をあげて、「ちょっとまってて」といって、道端の黄色い花を数本摘んだ。
そしてラスティに差し出す。
「これは?」
「あのひとにあげて。はやくげんきになりますようにって」
「そうか。お見舞いの花か。わかった。必ず渡すよ。ありがとう」ラスティは微笑んでそれを受け取る。
「きのうのあのひと、ぐあいがわるいから、おこったの?」
「…そうだ。うん。そうだよ」
ラスティは自分に言い聞かせるように肯定する。
「きれいなひとだね、あのひと。おうじさまみたい」
「…ああ。そうだな」
ラスティは微笑んだ。
「その花、水に入れたほうがよくない? コップ借りてくるよ」
「そうだな」
一葉はギルドの受付嬢からコップに水をいれてもらい、それに花を挿した。
落とさないように気を付けながら、教会につないでいた馬に乗ってスペンサー邸へ戻る。
「結局ジェフリーはおかあさんのこと、お医者さんにみせるって言わなかったね」
ブラッドと馬に乗りながら、一葉はコップを落とさないように手で持っている。
「そうだな…」
「せっかくあんたの身の上話までしたのにね」
「身の上話?」
「ブラッドがハリーの子守してるときに、ジェフリーと話したんだよ」
「へえ…」
「強制することもできなくないんだが…」
ラスティは小さく息を吐く。
「権力を使ってそうされたとは思われたくない」
「ですが殿下。農薬を子供に食べさせようとする母親はやはりかなり精神的に不味い状態にあるのではないかと」
ブラッドにラスティはしばらく考えてからうなずいた。
「おまえの言うとおりだ。ジェフリーには恨まれるかもしれないが、おまえの隊の誰かを連れて母親を医者へ強制的にみせてもらうことは可能か?」
「殿下のお望みなら、いつでも」
ブラッドがそう言うと、「では明日にでも」とラスティが答えた。
「洗剤を息子に食べさせようとしたという証拠がありますから、自警団に伝えておきます。彼らの領分ですから、俺たちが動くよりも大事にならずそちらのほうがいいかと」
「そうだな。任せる」
「これでハリーが救われるといいけど」
一葉はほっと息を吐いた。
スペンサー邸へついて、馬から降ろしてもらい、一葉コップに入った花をラスティに渡す。
「これ、忘れないでセオドールに」
「わかってる。また明日な」
「うん。また明日。じゃあね」
「またな」
ブラッドとラスティが城へ帰るのを見送って、一葉は家へ入った。まだクラークは帰っておらず、ヴァレンタインが出迎えてくれた。
クラークが戻ってきて、二人で食事をしながら今日あったことを一葉が話していると、ヴァレンタインだ「お食事中申し訳ありません」とニワトリを腕に乗せて食堂へ入ってきた。
「どうしたの?」
「ご主人様へ御伝言のようです」
「わかった」
ニワトリはクラークが伸ばした腕にとまり、「シアンよりクラークへ。ジェフリーが助けを求めに来た。ハリーが大変なことになった。一葉にも伝えて」とシアンの声で鳴いた。
「やっぱりニワトリが伝言を伝えるんだ…。すごい」
「そうでないと伝言が聞けないだろう?」
「いや、電話とか…はないんだね。うん。すごくびっくりしたけど、とりあえず理解した」
一葉はとりあえず水を飲んだ。
「でもジェフリーが助けを求めに来たって、ハリーに何があったんだろう…」
「要領を得ないな。行ってみるか?」
「うん、行く。そうだ、ラスティにも伝えたほうがいいんじゃない?」
「そうだな」
クラークは腰から下げた袋から取り出した一握りの穀物をニワトリに食べさせた。
「クラークよりラスティ様へ。ジェフリーがハリーに大変なことがあったと伝えてきました。一足先に私たちは教会へ向かいます」と言って、食堂の窓を開けた。ニワトリはばさばさと羽を広げて飛んで行った。
「夜なのに飛ぶんだね…」
「飛ばなかったら、ニワトリはどうやって伝言を伝えるんだ?」
「そうなんだけど。私の世界では、鳥は夜になると目が見えないから飛ばないんだよ」
「だったら、緊急の用事はどうやって伝えるんだ?」
「そのときは電話が…いやいや、その説明は後。行こうよ、クラーク」
「ああ。行こう」
「かしこまりました。お食事は後で食べられますか?」
ヴァレンタインが食堂を出て行こうとする二人に尋ねる。
「そうだな。後で温めなおしてくれればいい」
「では、馬を用意してまいります」
ヴァレンタインと一緒に馬小屋へ行き、そこからクラークの前に一葉が乗って馬を走らせる。嫌な感じがしたが、一葉にはそれが予感というよりもう避けようのない事実である気がした。
「兄上、お加減はいかがですか?」
「…ラスティ」
ベッドで寝ていたセオドールのもとへ、ラスティがコップに入れた花を持って見舞いにやってきた。セオドールは天蓋付きのベッドの上でけだるそうに身体を起こす。
「兄上、無理はなさらないでください」
「大丈夫だよ」
セオドールは小さく咳き込んだ。
「殿下はお加減が悪いんですから、手短にお願いしますよ」
ジョンがイライラしているのが見て取れて、ラスティは苦笑いを浮かべる。
「すぐ行く。…兄上、昨日会った少女が兄上が熱を出されたことを心配して、見舞いの花をくれました。ここへ置いても?」
「…好きにして」
ラスティはベッドの横のサイドテーブルの上にコップを置く。セオドールは再び横になり、毛布をかぶってラスティに背を向けた。
「早くお加減がよくなるよう祈っております」
「…そう。ありがとう」
「ほら、もう用は済んだでしょう。早く出てくださらないと」
「わかったわかった」
ラスティはジョンに背中を押され、部屋を出て行く。部屋のドアが閉まり、外でジョンがラスティに何か言ってるのが聞こえた。
セオドールは起き上がり、サイドテーブルのコップの中の花を置いてあったタオルでつかんで、ごみ箱の中へ放り込んだ。そして再びベッドへ戻り、毛布にくるまった。
何度か咳き込んで目を閉じたが、なかなか眠りは訪れなかった。
「シアン、どうしたの?」
教会へクラークとともに来て、一葉は教会へ駆け込んだ。クラークは外で待っていると言って教会へ入るのを渋ったが、一葉は人手が必要だと無理やり引っ張って中へ入った。
「ああ、悪いね。ジェフリーがハリーを連れて来て、今医者に診てもらってるよ。ハリーがお風呂でおぼれたって、ジェフリーが血相変えてここへおんぶして運んできたんだ」
「ハリーが…」
食堂でシアンはお湯を沸かしているところだった。
子供たちは食事も済んで、修道女たちに風呂へ入れてもらったり、眠るために本を読んでもらったりしているところだった。
「…クラーク?」
シアンとともにいたセシリアは、クラークを見て呆気にとられたようだった。
「…久しぶり」
クラークは微笑んだ。どことなくぎこちなく見えた。
「ひ、久しぶりね。私、来てくれるのずっと待ってたの…」
セシリアは微かに震える声でクラークに近づく。泣き出しそうにも見えた。
「今日は一葉を連れてきただけだ。それで、例の少年たちは?」
「そ…そうよね。ごめんなさい、久しぶりに会えたからびっくりして…。あの子たちなら、子供たちの寝室にいるわ。ハリーにジェフリーがついてるの」
「そうか、ありがとう。行こう、一葉」
「あ、え、うん…」
一葉はクラークとセシリアの微妙な空気に戸惑いながらうなずく。
「お湯が沸いたから、俺も持っていくよ」
「じゃあ、私が…」
セシリアがそれをかってでようとするとクラークが笑って言う。
「大丈夫だ。セシリアは子供たちの面倒を見なければいけないだろう?」
「…そう、よね」
クラークに拒否されたことを悟り、セシリアは強張った笑みを浮かべてうなずいた。
一葉とクラークはジェフリーとハリーがいる寝室へ行くと、ハリーがベッドに横になり、中年の女性の医者がジェフリーに話をしていた。
「どうですか? 様子は」
クラークが医者に話しかける。
「この子たちの保護者ですか?」
医者はクラークをにらみつけた。
「…そんなようなものです。一体何があったんですか?」
「まったく」医者はため息を吐く。「どうしてすぐにかかりつけ医を呼ばなかったんですか」
「どうし…え?」
ハリーは真っ青な顔をして眠っている。ジェフリーがその手を握っていた。
「何が…」
「母親がみつけたそうですよ。風呂の中で溺れていたって。すぐに水を吐いたので、大事にはいたりませんでした。母親はひどく取り乱して、精神科医に診てもらっています」
「…それは、申し訳ありません」
クラークが頭を下げた。
「お湯を持ってきました」
シアンがたらいにお湯を入れて持ってきた。
「ありがとう。それでタオルをあたためて彼の身体を拭いてあげてください。体にも不自然な傷があるし…。あとで事情を聞かせてください。しばらく眠り続けるでしょうから、目を離さないでください」
「はい。ありがとうございます」
医者は少し席を外しますといって出ていった。シアンはベッドの横の台の上にお湯を置き、タオルでハリーの手足を拭く。手慣れた手つきだった。
「ジェフリー、おかあさんは…」
「………」
一葉が話しかけても、ジェフリーはハリーの手を握ったまま、何も答えなかった。そこへ、「こっちか?」と騒がしい声が聞こえて、ラスティとブラッドが部屋へ入ってきた。
「ラスティ!」
「遅くなったか? ニワトリからの連絡を聞いて、すぐ来たんだ。それで、ハリーは…」
ハリーの姿を見て、ラスティは硬直した。そして、すぐにジェフリーのそばに寄る。
「…ジェフリー。どうしたんだ?」
「………」
ジェフリーは無言で振り返り、ラスティをにらみつけた。
「おまえのせいだ」
「え?」
ジェフリーはラスティにつかみかかった。
「おまえが医者なんか呼んでくるから、母さんがハリーをこんな目に遭わせたんだ! おまえのせいだ、全部おまえのせいだ!」
「やめろ。殿下に無礼を働くな」
クラークがジェフリーを引きはがした。
「私が精神疾患じゃないかって言ったんだよ。ラスティはそれに同意しただけ。お医者さんにはみんな診せたほうがいいって言って、シアンも言ったの」
一葉が手短に説明する。ジェフリーが黙り込んだそのとき、ハリーが小さくうめいた。
「…ハリー?」とジェフリーは小声で名を呼ぶ。
ハリーはうっすら目を開けた。
「ハリー…!」
今にも泣きだしそうにジェフリーはハリーの顔を覗き込む。
「に、いちゃ…」
「しゃべっちゃだめだ。ごめんな、兄ちゃんがおまえから目を離したばっかりに…」
「先生を呼んでくるよ」
シアンがすぐにタオルを置いて寝室を出て行った。
「だ、じょう、ぶ…ごほっ」
「大丈夫なわけねえだろ、今から医者が来るからな。母さんは今医者に診てもらってるから、ここにはいない。だから心配するな」
「おかあさ、の、いう、とおりに…」
「え?」
「いうとおり、に、する、から…だって、おかあさん、かわい、そう…」
ハリーはそれだけ言うと、目を閉じた。
「----っ…」
「目を覚ましたんですか?」
「はい、先生、診てあげてください」
シアンが医者を呼び戻してきた。ジェフリーは何も言わず、ハリーの手を放して寝室から出て行く。
ラスティがそれを追い、一葉も続く。クラークとブラッドも3人を追った。
教会の明かりがこぼれる夜の中庭の畑に出て、ジェフリーが立ち止まる。一葉とラスティがそのすぐ後ろで立ち止まり、クラークとブラッドは距離を置いてドア近くで立ち止まった。
「悪いな」
「気にすんな。これも仕事だ」
ブラッドがクラークに答える。ブラッドは城のそばにある兵士の宿舎に住んでいるので、すぐにラスティの護衛につくことができたのだ。
「何が、あったんだ?」
ラスティはジェフリーに問うが、一葉が答える。
「ハリーはお風呂で溺れたって…」
「…違う」
弱弱しくジェフリーが否定する。
「じゃあ、やっぱりおかあさん?」
「違うんだ…」
「何が違うんだ?」
ラスティが聞くと、ジェフリーは唇をかみしめて「俺のせいだ」と言った。
「それは、おかあさんの…」
「違うんだ、全部俺のせいなんだ、ハリーは母さんのやることが全部わかってたのか…」
「知ってた? 虐待のことか?」
「違うんだ。…俺は、わかってたのに、ハリーを救えたのに、救おうとしなかった。俺が卑怯者だからだ」
「それは、おかあさんが…」
「何もかも俺のせいだ。ハリーは」ジェフリーはぎゅっと握りこぶしをつくり、奥歯を噛み締めた。「ハリーは、俺の弟じゃない…」
「弟じゃない?」
「どういうこと?」
「…母さんが、どこかから誘拐してきた子なんだ、ハリーは…」
ジェフリーの告白に、ラスティも一葉も困惑し、かけるべき言葉がみつからなかった。




