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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第3章 王と女王
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不安と嫉妬と

「オスカーの治世はどうだ?」

 ラスティが旅人を装って、コテージ・パイを注文する。

「おや、あんたたち旅の人? こっちは州都よりはいいみたいだよ。州都はオスカー様の臣下が治めてるから、税金も上がって、派手な格好しているとコルディアの兵士が自宅へ案内させて、宝石やドレスの類を略奪するって話だからね」

「マジか…」

 一葉は渋い表情で魚のフライをもぐもぐと食べる。


「スタイナー侯爵がはっきりしないのが悪いよなあ。さっさとジョージ様についちまえばいいのに」

 ウェイトレスがジンジャーエールを持ってきて、どん、とテーブルの上に置いた。

「どっちにつくのが得策か、考えてるんだろうよ。でも、前だったら絶対ジョージ様についたと思うんだけどなあ」

「前って?」

 ブラッドがポテトを食べる。


「ああ、ライオネル様は石化病になった村から帰ってから、変わったって話だもんね。でも、分かるよ。あの村、今でも封鎖されてるからねえ。何か思うところがあったんだろうよ」

 店の女将はコテージ・パイを切り分けてくれた。

「兄の方のフレデリックは変わり者らしいけど」

「あの人は変人だからね。屋敷にこもって研究をしてるけど、何の役に立つものをつくってるんだか」

 女将はため息を吐いて、厨房へ戻っていった。




「やあ、君たち! ようやく戻ってきたんだね!」

 スタイナー邸へ戻ると、小屋から出てきたフレデリックが待ち構えていた。

「フレデリック…」

 ラスティが嘆息する。


「今日は、おまえに話したいことが」

「分かってますよ! 僕に超獣使いを被検体として渡してもらえるんでしょう!」

「うっ…」

 一葉は顔を引きつらせて、思わずブラッドの後ろへ下がった。


「落ち着け、フレデリック」

 ラスティは一葉の前に立つ。

「ライオネルからどう聞いたのか知らないが、一葉はあくまで観察対象だ。実験体にすることは俺が許可しない」

「ええー…」

 フレデリックは、あからさまにがっくりと肩を落とした。


「それじゃあ、どうしようかなあ。僕は彼女を提供してもらえるって聞いたんだけど…」

「彼女は異世界の人間であるだけで、我々と同じ人間だ。マウスやラットと同じ扱いはするな」

 ラスティはフレデリックをにらみつける。


「…今日は、ギルドへ行ったんだってね」

 フレデリックは眼鏡を押し上げてにやりと笑って見せる。

「魔石の通信について、話をしてきたんだろう? それで、なんて言われた? 僕に特許とらせないのが条件といわれなかったかな?」

「…お見通しか」

 ラスティはため息を吐く。


「確かにそのとおりだ。ギルドは情報網を独占する方法を手放す気はない。だから、特許はとらないでほしいと要求された」

「やっぱりね。で、僕にその条件を飲ませるには、どうしたらいいかお分かりですよね、陛下?」

 フレデリックはラスティに顔を近づける。


「オスカーとの戦いを有利に運ぶために、ここへ来たんでしょ? だったら」

「俺は俺の仲間を犠牲にするつもりはない」

 ラスティは負けじとフレデリックを見返す。フレデリックはしばらく考え込んだ。


「ふうん…。いいよ。僕が譲歩しましょう。ただし、ただの観察対象では、僕に大した利益はない。だから、彼女と超獣の体液をもらいましょう」


「いいよ」


「おまっ…馬鹿か!」

 ラスティは驚いて振り返る。


「だって、そうしないと…」

「俺はおまえを売るような真似はしないと言っただろう! この狂研究者にそんなことしたら」

「あはは、ひどいわれよう」

 フレデリックは声をあげて笑う。


「仮に彼女の体液をもらって、恐ろしい結果が出ても公表しないと約束しましょう。そもそも、僕は研究対象としてしか彼女に興味がないのでね」

「…だって。ラスティもブラッドも、一緒にいてくれればいいじゃん」

「いや、しかし…」

「いいのか?」

 ラスティとブラッドは不安げだ。


「信頼ないですね。無理もないけど。…で、どうするんですか?」

 フレデリックは勝利を確信したように笑う。


「いいですよ。いぬくん、ごめんね」

「くるるる」

 一葉は足元のいぬくんを抱き上げた。


「…すまない」

 ラスティは俯く。

「なんで謝るの。ラスティは何も悪くないよ。じゃ、中へ入れてください」

「ようこそ、歓迎するよ」

 汚い小屋の中へ皆は足を踏み入れた。




「終わったな…」

 なにもされていないラスティが疲れた様子で、スタイナー邸へ戻る。

「なんでラスティが疲れてるの?」

「あそこにいるだけで疲れんだろ」

 ブラッドもぐったりした様子だ。


「あ、クラークたちも帰ってきたのかな?」 

 一葉が声がするのに気づいて、そちらを振り返ると、屋敷の中で予想外の光景を見た。


「へえ、そうか。では、ライオネルが視察へ来るときは、いつも一人なんだね」

「ええ。フレデリック様は滅多に外へ出られないんです。引きこもり…ていったら、不敬にあたるかしら。ライオネル様には秘密よ」

「ははは、内緒にしておこう」

「本当ですよ? 嘘ついたら、麦畑の中へ埋めちゃうんですから」

「それは怖いな。約束は破らないよ」


 …誰?


 一葉はクラークと談笑しながらスタイナー邸の廊下を歩いてくる女性を見て、固まった。後に続いていたラスティとブラッドも立ち止まる。

「陛下、ブラッド、一葉。戻っていたのか」

 クラークは三人に気づいて声をかける。

「う、うん。クラークも」

「どなたですか?」

 褐色の肌の女性は、クラークに問いかける。


「ジョージ陛下だ。それと、大尉のブラッド」

「これは…初めまして、お会いできて光栄です」

 女性は急いで礼をとる。


「堅苦しくしなくていいぞ」

 ラスティは片手をあげた。

「それから彼女が超獣使いだ」

「へえ、あなたが。なんだか、普通のお嬢さんですね」

 女性は興味深げに一葉をみつめる。


「どうも…。あの、あなたは?」

「失礼しました、名乗りもせずに。スタイナー侯爵の畑の管理をしているジャニス・ボウヤーです。以後、お見知りおきを」

 ジャニスはにっこりと微笑んで礼をとる。


「あ…えっと、一葉です」

 一葉はとりあえず頭を下げた。彼女はブラッドを見上げる。

「…ブラッドだ」

 そう言うブラッドは、固い表情で彼女を凝視していた。


「よろしくお願いいたします。ではクラーク様、私はこれで」

「ありがとう。助かったよ」

 ジャニスはスタイナー侯爵へ挨拶してくると言って、侍女を呼び止めて去っていった。


「………」

 一葉は黙ってその様子を見ていた。ブラッドは何か考え事をしているように、黙り込んだ。

「今日はスタイナー侯爵の麦畑へ行ってきました。見事なものでしたよ。彼女に案内してもらいました」

「あ…そうなんだ」

 一葉はなんだか胸がもやもやしながらクラークを見上げる。


「そうだったか。うまくことは運びそうか?」

「ボウヤー家はスタイナー侯爵に従順です。ライオネルを説き伏せれば、食料の譲渡はうまくいくでしょう」

「あの人は?」

「さっき話しただろう。麦畑の管理をしているボウヤー家の娘だ」

「そう…だけど」


 すごく楽しそうだったね。


 喉の奥に苦いものがこみあげてきて、一葉はその言葉を飲み込んだ。


「それで、ラスティ様と今日は何を?」

「あ…えっと」

 一葉は動揺品しながら、今日あったことを手短に話す。

 先ほどの女性に対して、妙な感情を覚えながら。

 いつものように嫉妬というよりも、湧き上がってきたのは、不安だった。


 あんなふうに砕けた表情をするクラークは、見たことがない気がした。


「そうでしたか。兄の了承を得ましたか」

 夕食の席で、ライオネルは満足げにワインを飲む。

「兄がそういうなら、超獣使いを実験体とする代わりに、魔石の特許をとらないでおきましょう」

「いいのか?」

「兄は私の意見など聞きませんよ。こうと決めたら、押し通す人です。その代わり、あなた方も約束をお守りください」


「一葉は人間だ。動物のように扱うことは俺が許さない」

 ラスティはライオネルをにらみつけた。


「おや、そのように怖い顔をしないでください。言い方が悪かったのでしたら、謝ります。兄の研究に協力されることを、ありがたく思っているのですよ」

「私からも頼む。彼女は異世界から来たというだけの、普通の人間だ。彼女を傷つけるような真似はしないでくれないか」

「スペンサー公爵からもお願いされたのではね。兄にはよく伝えておきましょう」

 ライオネルはコンソメスープを飲み込んだ。


 一葉は鯛のカルパッチョを食べながら、あまり味もよくわからないでいた。

 なんでかわからないが、さっきの女性のことが頭から離れないでいた。


「お風呂入ってくるね」

「ゆっくり入っておいで」

 一葉はいぬくんを抱いて部屋を出た。


 浴室へ入ろうとしたとき、侍女から渡された薔薇の香りのする化粧水を置いてきたことに気づいた。

「あ…部屋に置いてきちゃった」

 一葉は急いで服を着て、部屋へもどってドアを開けた時だった。


「いくらケイトに似てるからって…」

「…え?」


 部屋にはブラッドが来ていて、クラークと何か話していた。

「一葉、どうしたんだ? 風呂に入ってきたにしては、ずいぶん早いな」

「あの…えっと、忘れ物」


「…とにかく、あんまり過去にとらわれすぎるなよ」

 ブラッドはそう言って、部屋を出て行こうとする。

「どうしたの? ブラッド」

「…なんでもねえよ」

 ブラッドは口の端を上げて笑い、一葉の頭をぽんぽんと撫でて部屋を出て行った。


「…何かあったの?」

「何も。…一葉は何を忘れたんだ?」

「あ、そうそう。さっき、ローナに化粧水をもらったの。薔薇の匂いのするの。だから、お風呂上りに付けようと思って」

「それはそれは。一葉は今日は薔薇の香りがするな」

「う、ん…。そうだね」

 一葉はなんだかどぎまぎして、化粧水を持って部屋を出た。


 いくらケイトに似ているからって。


 さっき、確かにブラッドにそう言った。


 湯船の中で、いぬくんをブラッシングしながら一葉は思い返す。

 あの女の人は、ケイトに似ているんだろうか。

 クラークの前の恋人。


「ケイトって…どんな人だったんだろうね、いぬくん」

「くるるる」

 ブラッシングされながらいぬくんは気持ちよさげに鳴いた。


「クラーク」

「どうした?」

 部屋へ戻った一葉は、意を決してクラークに尋ねる。


「あの女の人、ケイトに似てるの?」

 クラークは一葉の言葉に瞠目した。そして、笑みを浮かべる。

「あの女性とは?」

「ジャニスのこと」


「さっきのブラッドの話を聞いていたのか。…そうだと言ったら、どうする?」

「…怖い」

 一葉は率直に言う。クラークは、おや、と首をかしげた。


「怖い? やきもちじゃなくて?」

「それもあるけど…だって、クラークの大事な人と似てるんでしょ。…怖い」

「私をとられそうで?」

「…うん」

 馬鹿だな、とクラークは一葉の肩を抱く。


「彼女がケイトとは似ているのは、それは肌の色と髪の色と目の色だけだ。別人だよ。ちゃんと分かってる」

「うう…でもそれって結構似てるよね…」

「何がそんなに心配なんだ?」

 クラークは一葉の額と額をくっつける。


「…あの人のこと、好きにならない?」

「ならないよ。確かにケイトは昔の恋人で、忘れられない人だ。でも、それと一葉を思うことは、まったく別のことだ。分かるだろう?」

「…うん」

 一葉は視線を下に向ける。恥ずかしくて、クラークと目を合わせられなかった。

 一葉にとっても大事な人は、クラークと比べるものではない。


「それでも不安?」

「その…ごめん。なんて言ったらいいか分かんない」

 一葉はクラークに背を向ける。


「あの人といるクラークは、すごく楽しそうだったから…」

「それは私も一緒だ」

「え?」

 クラークは一葉を背中から抱きしめる。


「フレッチャーといる一葉は、とても楽しそうだ。正直、面白くないな」

 予想外の言葉に、一葉はぎょっとして後ろを振り返る。


「え…クラークが?」

「そうだよ」

 クラークは苦笑する。


「意外…」

「意外? どうして?」

「だって…クラークはいつも余裕たっぷりで、やきもちなんか焼かないと思ってた…」

「私を何だと思ってるんだ?」

 クラークは息を吐く。


「嫉妬くらいするよ。ただ…一葉にあまりそういうところを見せたくないだけで。かっこ悪いだろう?」

「カッコ悪いところも、クラークはかっこいいよ」

「それはどうなんだか…」

 一葉はクラークに向き直り、ぎゅっと抱き着いた。


「ところで、私も聞きたいことがあるんだが…」

「何?」

 一葉はクラークの腕の中で顔をあげる。


「ラスティ様のことだ」

「? ラスティの? どんなこと?」

「ずいぶん気落ちされていたところを、たった一夜で復活させるとは、一葉はどんな魔法を使ったんだ?」

「え? 魔法? ………あー」

 昨夜の話をしたことを一葉は思い返す。


「ラスティが、俺が王にふさわしいかとか、血のつながりがどうとか意味不明なこと言うから、王様にならなきゃいけないよって言ったの」

「王にならなければいけない? どうして?」

「だって、今までそのために頑張ってきて、いろんな人と約束してきたじゃない。だから、ならなきゃいけないって」


「…なるほど」

 クラークはうなずいて笑った。

「一葉には、魔法が使えるようだ」


「魔法?」

 一葉は首をひねる。

「私、魔法は使えないよ? 魔素がないから」


「そういう意味じゃない。…ラスティ様を元気にする魔法だよ」

「そうかな? …ラスティはまあ、喧嘩友達みたいなものだからね」

「喧嘩友達か。なるほど」

 クラークは一葉の頭を撫でた。

「そういうことにしておこうか」



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