真実の代償
翌日、パジーニ一座が広場でショーを見せてくれることとなった。
簡易なステージをつくり、ラスティが一番前で出し物を見て、兵士たちはその後ろでショーを楽しむ。
ラスティのそばには、クラークたちのほか、一葉もいぬくんを抱いてみていた。
カルロはトカゲに玉乗りを仕込み、ファビアがジャグリングを披露し、火の輪くぐりを見せてくれた。
兵士たちは大きな拍手を彼らに送った。
「見事だな」
「そうですね」
ラスティはそばに立つブライアンに声をかける。
その少し離れた場所で、ベッキーが飲み物を用意してたたずんでいた。
「それでは、次はこちらです」
パジーニがどこからともなく大きな風船を出した。それはふわりと浮かび上がる。
「さあ、これを射ると何が出るでしょうか?」
グレゴリオが弓を構えた。
その構えは、上空に上がる風船ではなく、ラスティに向かっていた。
「----ジョージ!」
女性の声が響いた。
グレゴリオが放ったその矢は、ラスティに覆いかぶさるブライアンの前に飛び込んだベッキーの胸を貫いた。
「ベッキー!」
一葉が叫んだ。
「捕らえろ!」
「逃がすな!」
パジーニ一座は、すぐに兵士たちによって捕えられ、縄で縛られ地面にたたきつけられた。
「大丈夫か!?」
ラスティは侍女に声をかける。
「ああ…無事ね、ジョージ…」
ベッキーは声を絶え絶えに、ラスティの無事を確認する。
「俺は無事だ、死ぬな!」
「陛下、お下がりを」
軍医がすぐ来て、ベッキーの状態を診る。彼女は真っ青で、呼吸も苦しいようだ。
「毒矢のようです。すぐ、担架を。医務室へ運んでください」
「俺も行く」
「私も」
担架で運ばれていくベッキーに、ラスティもブライアンも一葉もついていく。いぬくんが走っておいかけた。
「何のつもりだ?」
兵士たちに捕らえられたパジーニ一座は、グレゴリオ以外は助けを求めた。
「わ、私たちは何も…」
「知らないです、本当に」
「甘いんだよ、おまえらは」
地面に顔を押し付けられたグレゴリオが笑う。
「おまえ、黒の翼の一員か?」
クラークが剣をグレゴリオの喉元へ突き付ける。
「…よくわかったな。尻尾は隠しきれてなかったか」
皮肉気に笑うグレゴリオをクラークは侮蔑の表情で見下ろす。
「こいつらは何も知らねえよ。俺の一存だ」
「そんなはずはない。準備の段階でわかっていなければ、こんな真似はできない」
クラークがそう言うと、グレゴリオは舌打ちした。
「嫌な男だ」
「陛下を狙ったものの代償は分かっているな」
「…簡単にやられると思うなよ」
グレゴリオは力任せに兵士たちを振り払った。
「はあ、はあ…」
ベッキーの顔色は真っ青だった。息をするのも苦しいらしく、医者が慎重に矢を引きぬいた。
「うっ…!」
ベッキーは苦悶の表情を浮かべる。
「お湯を持ってきなさい、私は解毒薬を準備する。間に合うか分からないが…包帯も持ってきなさい。それと、タオルも」
「わかりました」
「私も行きます」
「私も」
医者は薬棚から、ベッキーの症状にあった解毒薬を探す。
一葉もブライアンも看護師も、急いで準備をする。ベッキーのそばには、ラスティがついていた。
「ジョージ…」
「気が付いたか?」
ベッキーは弱弱しい声で、ラスティに手を伸ばす。ラスティはその手を握った。
「おまえのおかげで俺は無事だ。すまない」
「…いいのよ」
ベッキーはかすれた声でラスティに告げる。
「無理に、命を狙われる王になんて、ならないで…だって、あなたは、私の…」
「…-----え?」
「陛下、こちらの解毒薬を注射しますので、お下がりください」
「あ、ああ………」
医者の様子を眺めながら、ラスティは呆然としていた。
…この女は、今、なんと言った?
頭の中で、ベッキーの声が反芻する。
俺の母親はこの女で、俺の父親は、国王ではない、と。だから、王を無理に継ぐ必要はない、と。
そう言った。微かな声で。
確かに、そう言った。
「…残念ですが」
手を尽くしたという医者の言葉に、ラスティはただ放心しているようだった。ベッキーが目を覚ますことはなかった。
ショックのせいだろうと、ブライアンがラスティに声をかける。
「ジョージ様、あなたのせいではありません」
「そうだよ、黒の翼のせいだよ!」
一葉が叫んだ。
「…パジーニ一座は?」
ラスティが絞り出すような声で聞く。
「今、尋問をしています。グレゴリオは…その」
ブライアンが言いづらそうに続ける。
「…毒を飲んで、自害を」
「…そうか」
ラスティは医務室を出て行く。慌ててブライアンが後を追った。
「エルビドにいた時のやつらだよな、黒の翼って」
食堂で、ロビンが露骨に顔を歪める。
「ラスティ様のお命を狙うなんて、ひどい連中…」
フェリシアも思いつめた表情をする。
「ベッキー…かわいそうに」
一葉はぎゅっと両手を握った。
「でも、彼女のおかげで、ブライアンもラスティ様も無事だったわ。…尊い犠牲よ」
「そう…だね」
そうだろうか。一葉はフェリシアの言葉に賛同はできなかったが、否定することもできずうなずいた。
せっかくの興業がこんなことになり、兵士たちはコルディアへの怒りを煮えたぎらせた。
夜になり、ラスティはクラークを部屋へ呼び出した。
「陛下、どうされました?」
「ブライアン。俺とクラークの二人だけにしてくれないか」
「陛下?」
ブライアンは唐突にいわれ戸惑う。
「命令だ」
「…御意」
ブライアンはそう言われれば、拒むことはできない。仕方なく部屋を出て、ドアの前で待機した。
「どうされました、陛下」
クラークがラスティに心配げに尋ねる。
「…ベッキーが死ぬ間際に言っていた」
「何をでしょう?」
「クラーク。おまえは本当は、父上の息子なんだろう?」
「またそのお話ですか」
やれやれと言いたげにクラークはため息を吐く。
「魔素の検査を行って、陛下と私は兄弟ではないと証明できたではありませんか」
「では、おまえとエリザベスを検査したらどうだ?」
「同じことですよ」
クラークは苦笑する。
「そうか。では、俺とエリザベスが魔素の検査をしたら、兄妹ではないということが分かるな?」
「馬鹿なことを」
ラスティの言葉に、クラークはかぶりを振る。
「あなたとエリザベス様は兄妹ですよ。魔素の検査をするまでもありません」
「…やはり、そうなのか」
ラスティは目を伏せて、息を吐いた。
「俺は父上の子ではないのだな」
「…あの侍女が何を言ったのかは存じませんが、国王の息子はあなたですよ、陛下」
「わかった。おまえとは長い付き合いだ。どういうとき、嘘をつくのかも大体は分かっているつもりだ」
ラスティはクラークを見据える。
「おまえこそ、父上の息子なんだろう。俺を王にするのは、自分を息子と認めなかった父上への復讐か?」
「本当に馬鹿なことをおっしゃる。前国王の息子はあなただ。私はあなたこそが王にふさわしいと思い、あなたを王にするために尽力してきました。それを疑われるのですか?」
「…はは、あはは、あははは!」
「陛下」
「…もういい」
あざけるように笑ったラスティは、クラークから顔を背ける。
「陛下」
「もういい、もういい!」
ラスティは叫んで壁を叩いた。
「俺が自分のものだと思っていたものは、全部俺のものじゃない、おまえのものだ! 俺は王にふさわしくなどない! おまえが王になればいいだろう!」
「陛下」
低い声でクラークに呼ばれ、ラスティは顔をあげる。
「何を吹き込まれたかは存じませんが、王はあなただ。そして、それを投げ出すことなど許されませんよ」
「…うるさい!」
ラスティはドアを開けて、部屋を飛び出した。
「…陛下!」
ドアのそばにいたブライアンが、慌ててラスティを追う。
クラークはため息を吐いた。
「…まずいことになった」
クラークは車いすに乗って私室にいるイヴァンにもらした。
「何が?」
「ラスティ様がご自分の出自をお知りになった」
イヴァンが瞠目する。
「まさか」
「レベッカだ。あの女、死の間際に余計なことを言ったらしい」
イヴァンは舌打ちをした。
「こうなると、陛下の身代わりになってくれたのは好都合だったかもね。今、陛下は?」
「ブライアンがなだめている。陛下の出自に関してはブライアンは知らないし、陛下も私にしか言うつもりはなかったようだ」
「…今、出自を知っていろいろ投げ出されたら困るなあ」
イヴァンは車いすを揺らす。
「やはりレベッカは始末しておくべきだったね」
イヴァンは天を仰いだ。
「…陛下の母親だ。おいそれと手出しはできない。本人も、自らのことを明かすつもりはないと」
「その甘い考えがこの結果だよ。一葉に感化されすぎじゃない?」
クラークは黙り込んで、答えなかった。
「で、どうするの?」
「…どうしようもない。陛下が自分で乗り越えるしかないだろう」
クラークは肩をすくめる。
「まいったね。陛下が立ち直るまで待つ時間もないよ」
イヴァンは机を指で叩いた。
「どうされたのです、陛下」
ブライアンは屋上へ駆けあがったラスティの後を追いかける。
「…何も」
ラスティは苦悩に満ちた声で吐き出す。
「俺には、何もないんだ…」
「何をおっしゃいます」
ブライアンはラスティに歩み寄る。
「私がおります。クラーク様も、ガードナー様も、一葉さまやフェリシア様、ここにいる兵士たちも、皆あなたのおそばにおります」
「でも、全部、俺の地位のためにいるだけだ。俺自身のものじゃない」
「そのようなことはありません」
ブライアンは力をこめて言う。
「陛下の人望に惹かれて、みなここにいるのです。あなたが前国王を殺めていないことも、みな分かっております。どうか、自信をお持ちください」
「…ブライアン」
「はい」
「違うんだ…」
「陛下?」
ブライアンは首をかしげる。
ラスティは顔をあげて、月と星のひらめく空を見上げた。とても美しかった。
「…俺は、どうしたらいいんですか、兄上…」
ラスティはぎゅっと両腕をつかんだ。
「…昨日、本を読んだよ。まだ最初だけだけどね」
「そうか」
ラスティは気のない返事をした。
ブライアンから頼まれ、一葉とロビンは彼を元気づけることになった。
ベッキーが死んでから、ラスティはずっと元気がない。彼女が犠牲になったことが、よほどショックだったのだろうか。
「あの…ラスティ、ベッキーのことは、その」
「その話はしないでくれないか」
ラスティは低い声でそう言った。一葉はなんだか想定外の態度に、驚いた。
「…そう、わかった」
一葉は足元のいぬくんを抱き上げ、ラスティに向ける。
「なんだ?」
「撫でていいよ。動物を撫でるのは癒されるでしょ」
「放っておいてくれ」
ラスティはそう言って、ブライアンが慌てて後を追った。
「タイナー教皇」
ラスティは教皇の私室を訪れた。ブライアンも後に続いている。
「おや、陛下。どうなされたのですか?」
タイナーはにこやかにラスティを迎え入れた。
「…あなたは、俺を支持してくれたな」
「ええ」
タイナーが肯定すると、ラスティは目を伏せる。
「それは、俺が父上の子だからだろう?」
「ええ。もちろんです」
「では、俺が父上の子でなかったら?」
「私と陛下がお会いすることもなかったでしょう」
「やはり、そうか」
ラスティは自嘲気味に笑った。
「俺の価値は、父上の子であることだけなんだな」
「どうされたのです、陛下?」
タイナーは首をひねる。
「俺は…俺は、王にふさわしくない」
「何をおっしゃいます」
タイナーはラスティの手を取る。
「私はあなたが王にふさわしいと思い、あなたを王にと望んでおります。このイングラムにいる兵たちも、ほかにもあなたを王に臨む者たちは大勢おりますよ」
「それは、俺が王の子だからというだけだ!」
突然ラスティが叫び、タイナーは
「何かあったのですか? 私でよければお話をお聞きします」
「いや…いい」
ラスティはかぶりを振る。
「俺には…どうしようもないことだ」
「陛下?」
「邪魔したな」
ラスティはブライアンとともに部屋を出て行った。
「…何があったのでしょう」
タイナーは深く息を吐いた。
ベッキーはファロ村に埋葬された。生まれ故郷へ送るという案もあったが、身寄りもないらしく、ラスティが近場にというので、ファロ村の墓地になった。
「ラスティ様、少し甘いものでもいかがですか?」
フェリシアが気を利かせて、ベニエを持ってきた。
「今、紅茶も用意しますわね。お菓子も料理長が腕をふるってくれて…」
「…放っておいてくれないか」
ラスティは立ち上がり、食堂から出て行った。ブライアンも後に続く。
「おい、ラスティ…」
「いいのよ、ロビン」
文句を言おうとしたロビンの手をフェリシアが引く。
「けど」
「…きっと、あの侍女のことで気落ちされているんだわ。捕虜のこともあるし、お辛いのよ。とても」
「フェリシア…」
「さ、私たちでいただきましょう」
辛いのを堪えて笑うフェリシアを見て、一葉は複雑な心境だった。
ラスティに嫌味の一つでも言いたかったが、彼だって辛いのだろう。
「そっとしておくしかないのかな…」
一葉はベニエをつまんだ。
部屋に引きこもるラスティを励まそうと、フェリシアは1日に何度か紅茶やお菓子を持って行ったが、そのたびに拒否された。
「…なんか、変じゃない?」
一葉は銀のトレイを持って戻ってきたフェリシアに言う。
「何が?」
「ラスティだよ。なんか、らしくないというか…」
「俺もそう思う」
今度はシフォンケーキをつまみながらロビンが一葉に同意する。
「いくらベッキーが自分の犠牲になったとはいっても…」
「確かになー。いつもだったら、それもばねに前向きになっちまうところだからな」
フェリシアは黙って、食堂の椅子に座った。
「…私では、だめなのかしら」
まだ熱い紅茶のポッドをフェリシアは撫でる。
「そんなこと」
「私は以前、ラスティ様のことを傷つけようとしたから…」
「ラスティはそんなこと根に持つような子じゃないよ。わかってるでしょ」
一葉はフェリシアの肩に手を置く。
「でも…」
「それを言うなら、俺だってパジーニ一座を呼べって余計なこと言わなきゃ、こんなことにはならなかったんだ。…フェリシアは何も悪くねえよ」
ロビンもフェリシアの手をぎゅっと握った。
「…ありがとう」
フェリシアは無理に笑って見せた。とても痛々しい笑顔だった。
「ラスティ様」
「…なんだ?」
ガードナーは覇気のないラスティを慮る。
「パジーニ一座ですが、オスカーの命令でラスティ様と接触したようですね。カタレラでの出会いは偶然ではなかったようです」
「…なるほど」
ラスティは息を吐いた。
「俺は都合よく自分で自分の災難を招いたわけだ。…無様だな」
「そのようなことをおっしゃらないでください」
紅茶を持ってきていたフェリシアが話に割って入る。
「ラスティ様のしたことは間違いではありません」
「結果的には、侍女を失い、慰問どころではなくなった。本当にこれが上に立つ者のやることか」
「ラスティ様は王にふさわしいお方です」
「うるさい!」
フェリシアの訴えに、ラスティは怒鳴り声をあげた。
「…どうされたのです、陛下」
ガードナーがなだめるようにラスティの肩に手を置く。ラスティはそれを振り払った。
「…すまない、フェリシア」
「いいえ、私こそ…」
「少し、頭を冷やしてくる」
ラスティは執務室を出て行く。ブライアンはそのあとを追った。
「さて、いつまでも陛下の浮上を待ってるわけにもいかないからね」
イヴァンがガードナーの執務室で、ぱん、と手を打った。
「ハリントン公爵」
「なんだ?」
「今度は、ソーンヒルを取り返します。…が、その前に」
イヴァンは地図を指す。
「州都に最も近しいスタイナー侯爵にお力をお借りしましょう。確か、双子の弟が領地をおさめているのでしたね?」
「今度も女子供をそちらに避難させるか?」
「それもありますし、彼の領地は農作物がよくとれることで知られています。食料の安定供給にかかせませんし、ハリントン公爵が戻った際にも、尽力してもらえると助かります」
「今度も正面突破か?」
「いいえ。それは二度も通じないでしょう」
イヴァンは地図の上に数枚の紙の束を置く。
「彼の双子の兄は、魔法研究者というか、早い話が変わり者として名高い。彼の力を借りて、クラークの魔力を高めて少数精鋭で州都を落としましょう」
「しかし…そう簡単に力を貸してもらえるか?」
「魔法研究者であれば、クラークの右腕が魔石でできているのは、興味深いはずです。それと、一葉の存在もね。というわけで」
イヴァンは車いすを方向転換させる。
「クラークと一葉には、一緒にラザフォード市に行ってもらうよ。もちろん、陛下にもハリントン公爵」
「承知した。…今の陛下には、荷が重いだろうな」
クラークはため息を吐いた。
「…一人になりたい」
「では、お部屋へお戻りください」
要塞の屋上で、見張りもいる中、ラスティはブライアンにつぶやく。
「…俺は一人でいる自由もないのか」
「そんなことはありませんが、今の陛下はお一人でいられるような状態ではありません」
ラスティは空を見上げた。
真っ青な空。山のほうに白い雲が見える。いつもなら、美しいと思える景色だ。
「…わかった」
「陛下」
「部屋へ戻る」
ラスティは屋上をあとにする。ブライアンは黙ってついていった。




