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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第3章 王と女王
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真実の代償

 翌日、パジーニ一座が広場でショーを見せてくれることとなった。

 簡易なステージをつくり、ラスティが一番前で出し物を見て、兵士たちはその後ろでショーを楽しむ。

 ラスティのそばには、クラークたちのほか、一葉もいぬくんを抱いてみていた。

 カルロはトカゲに玉乗りを仕込み、ファビアがジャグリングを披露し、火の輪くぐりを見せてくれた。

 兵士たちは大きな拍手を彼らに送った。


「見事だな」

「そうですね」

 ラスティはそばに立つブライアンに声をかける。

 その少し離れた場所で、ベッキーが飲み物を用意してたたずんでいた。


「それでは、次はこちらです」

 パジーニがどこからともなく大きな風船を出した。それはふわりと浮かび上がる。

「さあ、これを射ると何が出るでしょうか?」

 グレゴリオが弓を構えた。

 その構えは、上空に上がる風船ではなく、ラスティに向かっていた。


「----ジョージ!」


 女性の声が響いた。

 グレゴリオが放ったその矢は、ラスティに覆いかぶさるブライアンの前に飛び込んだベッキーの胸を貫いた。

「ベッキー!」

 一葉が叫んだ。


「捕らえろ!」

「逃がすな!」

 パジーニ一座は、すぐに兵士たちによって捕えられ、縄で縛られ地面にたたきつけられた。


「大丈夫か!?」

 ラスティは侍女に声をかける。

「ああ…無事ね、ジョージ…」

 ベッキーは声を絶え絶えに、ラスティの無事を確認する。


「俺は無事だ、死ぬな!」

「陛下、お下がりを」

 軍医がすぐ来て、ベッキーの状態を診る。彼女は真っ青で、呼吸も苦しいようだ。

「毒矢のようです。すぐ、担架を。医務室へ運んでください」

「俺も行く」

「私も」

 担架で運ばれていくベッキーに、ラスティもブライアンも一葉もついていく。いぬくんが走っておいかけた。


「何のつもりだ?」

 兵士たちに捕らえられたパジーニ一座は、グレゴリオ以外は助けを求めた。


「わ、私たちは何も…」

「知らないです、本当に」

「甘いんだよ、おまえらは」

 地面に顔を押し付けられたグレゴリオが笑う。


「おまえ、黒の翼の一員か?」

 クラークが剣をグレゴリオの喉元へ突き付ける。

「…よくわかったな。尻尾は隠しきれてなかったか」

 皮肉気に笑うグレゴリオをクラークは侮蔑の表情で見下ろす。


「こいつらは何も知らねえよ。俺の一存だ」

「そんなはずはない。準備の段階でわかっていなければ、こんな真似はできない」

 クラークがそう言うと、グレゴリオは舌打ちした。


「嫌な男だ」

「陛下を狙ったものの代償は分かっているな」

「…簡単にやられると思うなよ」

 グレゴリオは力任せに兵士たちを振り払った。




「はあ、はあ…」

 ベッキーの顔色は真っ青だった。息をするのも苦しいらしく、医者が慎重に矢を引きぬいた。

「うっ…!」

 ベッキーは苦悶の表情を浮かべる。

「お湯を持ってきなさい、私は解毒薬を準備する。間に合うか分からないが…包帯も持ってきなさい。それと、タオルも」

「わかりました」

「私も行きます」

「私も」

 医者は薬棚から、ベッキーの症状にあった解毒薬を探す。


 一葉もブライアンも看護師も、急いで準備をする。ベッキーのそばには、ラスティがついていた。

「ジョージ…」

「気が付いたか?」

 ベッキーは弱弱しい声で、ラスティに手を伸ばす。ラスティはその手を握った。


「おまえのおかげで俺は無事だ。すまない」

「…いいのよ」

 ベッキーはかすれた声でラスティに告げる。

「無理に、命を狙われる王になんて、ならないで…だって、あなたは、私の…」


「…-----え?」

「陛下、こちらの解毒薬を注射しますので、お下がりください」

「あ、ああ………」


 医者の様子を眺めながら、ラスティは呆然としていた。


 …この女は、今、なんと言った?


 頭の中で、ベッキーの声が反芻する。




 俺の母親はこの女で、俺の父親は、国王ではない、と。だから、王を無理に継ぐ必要はない、と。

 そう言った。微かな声で。


 確かに、そう言った。




「…残念ですが」


 手を尽くしたという医者の言葉に、ラスティはただ放心しているようだった。ベッキーが目を覚ますことはなかった。

 ショックのせいだろうと、ブライアンがラスティに声をかける。

「ジョージ様、あなたのせいではありません」

「そうだよ、黒の翼のせいだよ!」

 一葉が叫んだ。


「…パジーニ一座は?」

 ラスティが絞り出すような声で聞く。

「今、尋問をしています。グレゴリオは…その」

 ブライアンが言いづらそうに続ける。

「…毒を飲んで、自害を」

「…そうか」

 ラスティは医務室を出て行く。慌ててブライアンが後を追った。


「エルビドにいた時のやつらだよな、黒の翼って」

 食堂で、ロビンが露骨に顔を歪める。

「ラスティ様のお命を狙うなんて、ひどい連中…」

 フェリシアも思いつめた表情をする。


「ベッキー…かわいそうに」

 一葉はぎゅっと両手を握った。

「でも、彼女のおかげで、ブライアンもラスティ様も無事だったわ。…尊い犠牲よ」

「そう…だね」

 そうだろうか。一葉はフェリシアの言葉に賛同はできなかったが、否定することもできずうなずいた。

 せっかくの興業がこんなことになり、兵士たちはコルディアへの怒りを煮えたぎらせた。


 夜になり、ラスティはクラークを部屋へ呼び出した。

「陛下、どうされました?」

「ブライアン。俺とクラークの二人だけにしてくれないか」

「陛下?」

 ブライアンは唐突にいわれ戸惑う。

「命令だ」

「…御意」

 ブライアンはそう言われれば、拒むことはできない。仕方なく部屋を出て、ドアの前で待機した。


「どうされました、陛下」

 クラークがラスティに心配げに尋ねる。

「…ベッキーが死ぬ間際に言っていた」

「何をでしょう?」


「クラーク。おまえは本当は、父上の息子なんだろう?」

「またそのお話ですか」

 やれやれと言いたげにクラークはため息を吐く。

「魔素の検査を行って、陛下と私は兄弟ではないと証明できたではありませんか」


「では、おまえとエリザベスを検査したらどうだ?」

「同じことですよ」

 クラークは苦笑する。

「そうか。では、俺とエリザベスが魔素の検査をしたら、兄妹ではないということが分かるな?」

「馬鹿なことを」

 ラスティの言葉に、クラークはかぶりを振る。


「あなたとエリザベス様は兄妹ですよ。魔素の検査をするまでもありません」

「…やはり、そうなのか」

 ラスティは目を伏せて、息を吐いた。


「俺は父上の子ではないのだな」

「…あの侍女が何を言ったのかは存じませんが、国王の息子はあなたですよ、陛下」

「わかった。おまえとは長い付き合いだ。どういうとき、嘘をつくのかも大体は分かっているつもりだ」

 ラスティはクラークを見据える。


「おまえこそ、父上の息子なんだろう。俺を王にするのは、自分を息子と認めなかった父上への復讐か?」

「本当に馬鹿なことをおっしゃる。前国王の息子はあなただ。私はあなたこそが王にふさわしいと思い、あなたを王にするために尽力してきました。それを疑われるのですか?」

「…はは、あはは、あははは!」

「陛下」

「…もういい」

 あざけるように笑ったラスティは、クラークから顔を背ける。


「陛下」

「もういい、もういい!」

 ラスティは叫んで壁を叩いた。

「俺が自分のものだと思っていたものは、全部俺のものじゃない、おまえのものだ! 俺は王にふさわしくなどない! おまえが王になればいいだろう!」

「陛下」

 低い声でクラークに呼ばれ、ラスティは顔をあげる。


「何を吹き込まれたかは存じませんが、王はあなただ。そして、それを投げ出すことなど許されませんよ」

「…うるさい!」

 ラスティはドアを開けて、部屋を飛び出した。


「…陛下!」

 ドアのそばにいたブライアンが、慌ててラスティを追う。

 クラークはため息を吐いた。




「…まずいことになった」

 クラークは車いすに乗って私室にいるイヴァンにもらした。

「何が?」

「ラスティ様がご自分の出自をお知りになった」

 イヴァンが瞠目する。


「まさか」

「レベッカだ。あの女、死の間際に余計なことを言ったらしい」

 イヴァンは舌打ちをした。

「こうなると、陛下の身代わりになってくれたのは好都合だったかもね。今、陛下は?」

「ブライアンがなだめている。陛下の出自に関してはブライアンは知らないし、陛下も私にしか言うつもりはなかったようだ」

「…今、出自を知っていろいろ投げ出されたら困るなあ」

 イヴァンは車いすを揺らす。


「やはりレベッカは始末しておくべきだったね」

 イヴァンは天を仰いだ。

「…陛下の母親だ。おいそれと手出しはできない。本人も、自らのことを明かすつもりはないと」

「その甘い考えがこの結果だよ。一葉に感化されすぎじゃない?」

 クラークは黙り込んで、答えなかった。


「で、どうするの?」

「…どうしようもない。陛下が自分で乗り越えるしかないだろう」

 クラークは肩をすくめる。

「まいったね。陛下が立ち直るまで待つ時間もないよ」

 イヴァンは机を指で叩いた。




「どうされたのです、陛下」

 ブライアンは屋上へ駆けあがったラスティの後を追いかける。

「…何も」

 ラスティは苦悩に満ちた声で吐き出す。


「俺には、何もないんだ…」

「何をおっしゃいます」

 ブライアンはラスティに歩み寄る。

「私がおります。クラーク様も、ガードナー様も、一葉さまやフェリシア様、ここにいる兵士たちも、皆あなたのおそばにおります」

「でも、全部、俺の地位のためにいるだけだ。俺自身のものじゃない」

「そのようなことはありません」

 ブライアンは力をこめて言う。


「陛下の人望に惹かれて、みなここにいるのです。あなたが前国王を殺めていないことも、みな分かっております。どうか、自信をお持ちください」

「…ブライアン」

「はい」


「違うんだ…」

「陛下?」

 ブライアンは首をかしげる。

 ラスティは顔をあげて、月と星のひらめく空を見上げた。とても美しかった。

「…俺は、どうしたらいいんですか、兄上…」

 ラスティはぎゅっと両腕をつかんだ。




「…昨日、本を読んだよ。まだ最初だけだけどね」

「そうか」

 ラスティは気のない返事をした。

 ブライアンから頼まれ、一葉とロビンは彼を元気づけることになった。


 ベッキーが死んでから、ラスティはずっと元気がない。彼女が犠牲になったことが、よほどショックだったのだろうか。

「あの…ラスティ、ベッキーのことは、その」

「その話はしないでくれないか」

 ラスティは低い声でそう言った。一葉はなんだか想定外の態度に、驚いた。


「…そう、わかった」

 一葉は足元のいぬくんを抱き上げ、ラスティに向ける。

「なんだ?」

「撫でていいよ。動物を撫でるのは癒されるでしょ」

「放っておいてくれ」

 ラスティはそう言って、ブライアンが慌てて後を追った。




「タイナー教皇」

 ラスティは教皇の私室を訪れた。ブライアンも後に続いている。

「おや、陛下。どうなされたのですか?」

 タイナーはにこやかにラスティを迎え入れた。


「…あなたは、俺を支持してくれたな」

「ええ」

 タイナーが肯定すると、ラスティは目を伏せる。

「それは、俺が父上の子だからだろう?」

「ええ。もちろんです」


「では、俺が父上の子でなかったら?」

「私と陛下がお会いすることもなかったでしょう」

「やはり、そうか」

 ラスティは自嘲気味に笑った。


「俺の価値は、父上の子であることだけなんだな」

「どうされたのです、陛下?」

 タイナーは首をひねる。

「俺は…俺は、王にふさわしくない」

「何をおっしゃいます」

 タイナーはラスティの手を取る。


「私はあなたが王にふさわしいと思い、あなたを王にと望んでおります。このイングラムにいる兵たちも、ほかにもあなたを王に臨む者たちは大勢おりますよ」

「それは、俺が王の子だからというだけだ!」

 突然ラスティが叫び、タイナーは

「何かあったのですか? 私でよければお話をお聞きします」

「いや…いい」

 ラスティはかぶりを振る。


「俺には…どうしようもないことだ」

「陛下?」

「邪魔したな」

 ラスティはブライアンとともに部屋を出て行った。

「…何があったのでしょう」

 タイナーは深く息を吐いた。




 ベッキーはファロ村に埋葬された。生まれ故郷へ送るという案もあったが、身寄りもないらしく、ラスティが近場にというので、ファロ村の墓地になった。

「ラスティ様、少し甘いものでもいかがですか?」

 フェリシアが気を利かせて、ベニエを持ってきた。

「今、紅茶も用意しますわね。お菓子も料理長が腕をふるってくれて…」

「…放っておいてくれないか」

 ラスティは立ち上がり、食堂から出て行った。ブライアンも後に続く。


「おい、ラスティ…」

「いいのよ、ロビン」

 文句を言おうとしたロビンの手をフェリシアが引く。

「けど」

「…きっと、あの侍女のことで気落ちされているんだわ。捕虜のこともあるし、お辛いのよ。とても」

「フェリシア…」

「さ、私たちでいただきましょう」

 辛いのを堪えて笑うフェリシアを見て、一葉は複雑な心境だった。


 ラスティに嫌味の一つでも言いたかったが、彼だって辛いのだろう。

「そっとしておくしかないのかな…」

 一葉はベニエをつまんだ。


 部屋に引きこもるラスティを励まそうと、フェリシアは1日に何度か紅茶やお菓子を持って行ったが、そのたびに拒否された。


「…なんか、変じゃない?」

 一葉は銀のトレイを持って戻ってきたフェリシアに言う。

「何が?」

「ラスティだよ。なんか、らしくないというか…」

「俺もそう思う」

 今度はシフォンケーキをつまみながらロビンが一葉に同意する。


「いくらベッキーが自分の犠牲になったとはいっても…」

「確かになー。いつもだったら、それもばねに前向きになっちまうところだからな」

 フェリシアは黙って、食堂の椅子に座った。

「…私では、だめなのかしら」

 まだ熱い紅茶のポッドをフェリシアは撫でる。


「そんなこと」

「私は以前、ラスティ様のことを傷つけようとしたから…」

「ラスティはそんなこと根に持つような子じゃないよ。わかってるでしょ」

 一葉はフェリシアの肩に手を置く。

「でも…」


「それを言うなら、俺だってパジーニ一座を呼べって余計なこと言わなきゃ、こんなことにはならなかったんだ。…フェリシアは何も悪くねえよ」

 ロビンもフェリシアの手をぎゅっと握った。

「…ありがとう」

 フェリシアは無理に笑って見せた。とても痛々しい笑顔だった。




「ラスティ様」

「…なんだ?」

 ガードナーは覇気のないラスティを慮る。

「パジーニ一座ですが、オスカーの命令でラスティ様と接触したようですね。カタレラでの出会いは偶然ではなかったようです」

「…なるほど」

 ラスティは息を吐いた。


「俺は都合よく自分で自分の災難を招いたわけだ。…無様だな」

「そのようなことをおっしゃらないでください」

 紅茶を持ってきていたフェリシアが話に割って入る。

「ラスティ様のしたことは間違いではありません」

「結果的には、侍女を失い、慰問どころではなくなった。本当にこれが上に立つ者のやることか」


「ラスティ様は王にふさわしいお方です」

「うるさい!」

 フェリシアの訴えに、ラスティは怒鳴り声をあげた。


「…どうされたのです、陛下」

 ガードナーがなだめるようにラスティの肩に手を置く。ラスティはそれを振り払った。

「…すまない、フェリシア」

「いいえ、私こそ…」

「少し、頭を冷やしてくる」

 ラスティは執務室を出て行く。ブライアンはそのあとを追った。


「さて、いつまでも陛下の浮上を待ってるわけにもいかないからね」

 イヴァンがガードナーの執務室で、ぱん、と手を打った。

「ハリントン公爵」

「なんだ?」

「今度は、ソーンヒルを取り返します。…が、その前に」

 イヴァンは地図を指す。


「州都に最も近しいスタイナー侯爵にお力をお借りしましょう。確か、双子の弟が領地をおさめているのでしたね?」

「今度も女子供をそちらに避難させるか?」

「それもありますし、彼の領地は農作物がよくとれることで知られています。食料の安定供給にかかせませんし、ハリントン公爵が戻った際にも、尽力してもらえると助かります」

「今度も正面突破か?」

「いいえ。それは二度も通じないでしょう」

 イヴァンは地図の上に数枚の紙の束を置く。


「彼の双子の兄は、魔法研究者というか、早い話が変わり者として名高い。彼の力を借りて、クラークの魔力を高めて少数精鋭で州都を落としましょう」

「しかし…そう簡単に力を貸してもらえるか?」

「魔法研究者であれば、クラークの右腕が魔石でできているのは、興味深いはずです。それと、一葉の存在もね。というわけで」

 イヴァンは車いすを方向転換させる。

「クラークと一葉には、一緒にラザフォード市に行ってもらうよ。もちろん、陛下にもハリントン公爵」

「承知した。…今の陛下には、荷が重いだろうな」

 クラークはため息を吐いた。




「…一人になりたい」

「では、お部屋へお戻りください」

 要塞の屋上で、見張りもいる中、ラスティはブライアンにつぶやく。

「…俺は一人でいる自由もないのか」

「そんなことはありませんが、今の陛下はお一人でいられるような状態ではありません」


 ラスティは空を見上げた。

 真っ青な空。山のほうに白い雲が見える。いつもなら、美しいと思える景色だ。

「…わかった」

「陛下」

「部屋へ戻る」

 ラスティは屋上をあとにする。ブライアンは黙ってついていった。


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