本気じゃない
「公爵、おかえりなさい!」
「よくご無事で!」
「待ってましたよ!」
住人たちは、エヴァンズのの帰りを待ちわびていた。
「皆…よく耐えてくれたな。ありがとう」
エヴァンズは感極まった表情を浮かべる。
「もうコルディアの連中には、うんざりです」
「勝手に家に入ってきて、家のものを持って行くんです。ひどかった」
「あいつらのせいで、女子供は隠れて暮らさなきゃならなかったんですよ」
「苦労かけたな。だが、もう大丈夫だ」
住民は歓声をあげた。
ひとしきり歓迎を受けてから、エヴァンズは屋敷へ戻った。
「エヴァンズ公爵、お戻りをお待ちしておりました」
「パーシヴァル!」
エヴァンズは自分を出迎えた男を驚いてみつめる。
「何故、ここへ」
「実は、ラスティ様からお手紙をいただいておりました」
「陛下から?」
エヴァンズはラスティを振り返る。
「おまえの領地を守るのに適任なのは、パーシヴァルしかいないと思ってな。いろいろ頼んでいた。ビクトリアも無事だそうだ」
「…そうでしたか」
エヴァンズはため息を吐いた。
「…陛下、心より感謝を」
エヴァンズはラスティに礼をとる。
「この戦争が終わるまで、と申し上げましたが、あなたが王であるために、私の忠誠をあなたに捧げます」
「…ありがとう、エヴァンズ」
ラスティは微笑んだ。
ただ、心からの笑みではなかった。
エヴァンズは身を隠していたビクトリアと再会し、お互いの無事を確かめ合い喜んだ。
「私たちはイングラムへ帰ろう」
クラークがその夜、ブラッドたちに告げる。
「そうだな。復興のための兵を残して、イングラムへ戻るべきだな。あそこが手薄なのは気にかかる。ドイル大佐、頼む」
「承知しました」
ドイル大佐はすぐに受け入れた。
「エヴァンズ公爵を皆、待っていたようだな」
「ありがたいことです」
「エヴァンズ公爵はここで復興にあたるがいい」
「そうします。ありがとうございます」
エヴァンズはうなずく。
「…そうするがいい。俺たちは、帰ろう」
ラスティはどことなく疲れた表情でそう言った。
イングラムへ戻る途中、一葉はアーウィンのことを考えていた。
いぬくんの背に乗って移動し、夜は女性たちの集まりの中で寝袋にくるまって眠った。
「…眠れない」
三日月の夜。一葉はテントから出て、空を見上げた。いぬくんもついてくる。
まだ4月の夜は寒い。ぶるっと震えて、両腕をさすった。
「どうされました」
「…アシュリー」
唐突に声をかけられて、一葉は振り返る。黒装束のアシュリーがいた。
「眠れないのですか?」
「アシュリーも?」
「私は一葉さまをお守りするのが仕事ですので」
「そう…ごめんね、つきあわせて」
「いいえ」
アシュリーも空を見上げる。
「きれいな三日月だね」
「ええ。…フレッチャー大尉のことをお考えで?」
アシュリーに聞かれ、一葉はどきんとした。
「…うん。アーウィンが、私を攻撃するなんて思わなかったから、びっくりした」
一葉はため息を吐く。
「次会った時は、敵だ…って、言われてはいたんだけどね」
実際、そう扱われると辛い。苦しい。
「彼は本気ではありませんでしたよ」
アシュリーが淡々と告げる。
「…どうしてわかるの?」
「本気なら、召喚獣を呼んで、私たちを追いかけてきたはずです。短剣を投げたのも、わざと外していた気がします。あなたに逃げてほしいからに見えました」
「…そう、なのかな」
一葉は一葉は足元のいぬくんを抱き上げて、抱きしめた。
「そうだったら嬉しいな」
「あなたもフレッチャー大尉を敵だとは思えないんでしょう」
「うん。…たぶん、これから先も」
「厄介な相手を気に入ったものですね」
「あはは…。でも、やさしいんだよ。アーウィンは」
一葉はまた空を見上げた。
「アーウィンがコルディアの人じゃなかったら良かったのに」
「もし、は起こらないから、もしなんですよ」
「…そう、だね」
アシュリーの言葉に、一葉はうなずくしかできなかった。
イングラムへ戻っても、ラスティはどこなく覇気がなかった。
「なんか、元気ないね」
「そうか?」
フェリシアのシーツの取り換えの仕事を手伝い、食堂で一息ついているロビンと一葉のところへ、同じく訓練を終えて一息つきにきたラスティに一葉が声をかけた。
ブライアンとブラッドが一緒に隣に腰かける。
「ラスティ様、今紅茶をお入れしますわね」
フェリシアがいそいそと厨房へ戻り、新しい紅茶を持ってきた。
「ありがとう。…仕事は大変か?」
「もちろん、大変なこともありますけど、やりがいがありますわ。みなさん、喜んでくれますもの」
「…そうか」
ラスティは紅茶を飲む。
「クッキーでも食うか?」
「手づかみでラスティ様に渡すな」
ブラッドがロビンをたしなめる。
「そうか、悪いな」
悪びれた様子もなく、ロビンはクッキーをつまんだ。
「ダドリーから帰ってから、なんかおとなしいよね」
「…捕虜のことですか?」
ブライアンにそう言われ、ラスティは苦笑する。
「…やれやれ。おまえには敵わないな」
「捕虜がコルディア軍に利用されたことですね」
「どういうことですか?」
フェリシアが聞くと、ブラッドがオスカーは捕虜を利用して、ラスティを狙わせたのだと手短に説明する。
「なんてひどいことを…!」
フェリシアは怒りのあまり、ぶるぶると震える。
「結局、捕虜もイングラムの兵もひどい目に遭わせた。俺の選択は間違っていたんだろうな…」
ラスティはぎゅっと紅茶のカップを両手で握りしめる。
「俺は、上に立つものとしてこれでいいのか…」
「ごめん、私が余計なこと言ったから…」
一葉はつい謝罪する。
「おまえのせいじゃない。俺が選んだことだ」
「でも、あんなところに捕虜を連れて行くイヴァンだって、おかしいよ」
「それも俺が許可したことだ。…もっと、他にやりようがあったはずなんだ」
「陛下…」
ブライアンは彼の肩に手を置く。
「そうだ、気晴らしにさ、パジーニ一座を呼んだらどうだ?」
ロビンは急に思い立って周りを見る。
「パジーニ一座って?」
「カタレラにいたとき、ちょっとお世話になった旅芸人だよ」
フェリシアの疑問に一葉が答える。
「…そうだな。悪くないかもしれない」
ラスティが微笑む。
「いいのか?」
「ああ。おまえにしては、いい考えだ」
「しては、は余計だ」
ロビンが唇を尖らせる。
「でも、そうだね。すごい大道芸が見られるかも」
「カタレラで見たのもすごかったよな。みんなにもみせてやろうぜ」
「わかった。ブライアンに言っておこう」
ラスティはブライアンに頼んで、パジーニ一座を呼んだことを皆に伝えた。
「旅芸人の一座、ですか」
ガードナーは複雑な表情だ。
「そうだ。カタレラで出会った連中だ。いろいろ協力してくれたし、礼もかねて皆を景気づける助けになればと思ってな」
クラークは肩をすくめる。
「お気持ちはありがたいですが…」
「そんな場合じゃねえんだろ?」
グレンもあまり乗り気ではないようだった。
「なんだ…。グレンも反対か? 喜ぶかと思ったのに」
「いや、俺は…ま、王様がそういうならいいんじゃね?」
グレンは腕組みをして壁によりかかった。
「あの有様を見たのだから、確かに気晴らしは必要かもしれません」
カスバート公爵がラスティに賛同する。
「どんな一座なのですか?」
「いろいろな出し物をしてくれる。カタレラの女王も気に入ったようだったし、広場で兵士たちを喜ばせてくれるだろう」
イヴァンから、数日中にこちらへくると返事が来たとのことだった。
「久しぶりだな」
「ええ。まさか、レスタントの陛下であったとは」
パジーニは帽子をとってラスティに頭を下げる。
他の団員たちも、緊張した面持ちで礼をとった。
「カタレラでは事情があってな。来てくれて助かった。レスタントもいろいろあって、少しでも兵士たちの気晴らしになればと思って、おまえたちを呼んだんだ」
「光栄です」
こうして、パジーニ一座が滞在することになった。
「ちょっとぶりだね」
「まさか、あなたが超獣使いだったとは」
いぬくんを抱いた一葉を見て、パジーニはため息を吐く。
「黙っててごめん」
「いいんですよ。でも、それなら我々にお力をお借りしても?」
「あー…えっと」
一葉は視線をそらして、いぬくんを撫でる。
「あんまり余計なことに超獣の力を使わないように言われてるんだ」
「それは残念ですが、そういうものでしょうね」
パジーニはうなずいて笑った。
「そういえば、角の生えた犬のような生き物を連れてるって、いわれてたものね」
パメラがいぬくんをまじまじと見る。いぬくんはじっとパメラを見上げた。
「どんな興行を見せてくれるんだ?」
ロビンが待ちきれないといったふうに尋ねる。
「それはお楽しみにお待ちください。種明かしはできません」
パジーニは白い手袋をした人差し指を立てる。
「場所はあの広場でやるんだって」
ジャンが訓練所の広場を指した。
「下見に行かせていただいても?」
「そうだね、ショーを見せるならいろいろ仕込みとかもあるよね」
一葉が訓練所にいたブラッドに聞くと、ニールに案内役を任せるとのことだった。
ニールがパジーニ一座を案内している間、一葉とロビンはフェリシアの仕事を手伝うことにした。今日の仕事は、兵舎のシーツの交換だ。
「そう。旅芸人の一座の興業がみられるのね。楽しみだわ」
フェリシアは古いシーツをたたんで、袋にしまう。
「レスタントでもそういう人たちはいるの?」
「そうね。特に、冬の間は回ってくるのを楽しみにしている人が多いのよ」
「なかなか外へ出られないからな」
ロビンは新しいシーツをしいた。
「そういうことかあ。じゃあ、他の一座もいるんだね」
「そうね。街で呼んだりもするのよ。もちろん、夏も喜ばれるけどね」
一葉はピローケースを交換する。
「フェリシア、だいぶ要領よくなったな」
ロビンがフェリシアの仕事ぶりを見て感心する。
「貴族のお嬢様だったのに、すげーよ。慣れるまで大変だったろ」
「生きていくためですもの。当然よ」
フェリシアは眉尻を下げて笑った。
「それに、こうすることでラスティ様のお役に立てるんだもの。頑張らなくちゃ」
フェリシアの言葉に一葉はふと、グレースのことを思い出した。
ラスティは彼女のことを嫌ってはいないようだし、何より国同士の結びつきを考えるなら、彼女との婚姻が重要視されるのだろう。
今でも彼女とはペンギンやニワトリを使って、文通(?)をしているらしいし。
それに、リリアーナもどうなんだろう。ラスティの相手としては、もうちょっと年齢を重ねれば、無理な相手ではない。彼女もラスティが気に入っているようだし、ラスティだってそうだろう。
でも、と一葉は思いなおす。
「こんなにフェリシアが頑張ってるんだから、大丈夫だよ」
一葉は一人でうなずいた。




