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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第3章 王と女王
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甘い考え

 近道と言っただけあって、遅れてついたときはコルディア軍とイングラムの軍隊が向かい合っているところだった。

 街に被害が出ないように街の外でにらみあっているのだ。


「捕虜を返す」

「これはこれは。ジョージ殿下はおやさしいことで」

 オスカーとラスティが距離をおいて、軍隊の先頭に立って会話をしている。

 捕虜たちは最前線へ追いやられ、コルディア軍へ向かって引き渡された。


「よく戻ったな、おまえたち。だが…」

 オスカーは笑みを浮かべる。

「敵に捕まるような無能は必要ない」


 オスカーの合図により、捕虜たちはコルディア軍に攻撃され始めた。

「ま、待ってくれ!」

「そんな…」

「俺たちは丸腰なのに…」

 捕虜たちは同じコルディア兵に次々に殺されていく。

 ラスティたちは、目の前の光景に驚愕した。


「やめろ、オスカー!」

 ラスティは片手を挙げて、イングラム軍に命じる。

「捕虜を守れ! 殺させるな!」

「敵をかばうか。愚かな」

 オスカーは捕虜に命じる。


「ジョージ殿下を殺したものは、コルディアに帰って良い。さもなくば、死あるのみだ!」

「…ほ、本当か!」

「ジョージを殺せ!」

「今ならまだ殺せるぞ!」

 捕虜たちは、ラスティに向かって走り出す。

 命がけで束になって、イングラム軍の武器を得ようと素手で必死の形相でかかってくる。

 彼らを守ろうとしたイングラムの兵たちは、彼らを攻撃せざるを得なくなった。


「なんてひどいことを…!」

 一葉はその様子を見て、ラスティの元へ馬を走らせようとした。それをアシュリーが止める。

「お待ちください」

「放してよ、みんなを守らなきゃ」

「超獣もいないのに?」

「それは…だから、今からいぬくんのところへ行って」


「その必要はありません」

 アシュリーは冷静に言う。

「なんでよ!?」

「ご覧なさい」

 戦場の真ん中で、突如として台風が起こった。

 それは捕虜たちを一斉に引き飛ばし、コルディアに甚大な被害を与えた。


「いぬくん? でも…」

 一葉はなんともない。よく見ると、ラスティのそばにいるのは一葉が魔法剣士として知っている男性----クラークだった。

「クラーク? だって…」

 あんな大きな魔法を使えるなんて、知らない。


 彼が魔法を放ったのは、杖ではなく魔剣から放たれたもののようだった。

「まさか、今のはクラークが魔法を?」

「そのまさかです。お聞きにならなかったのですか?」

「だって…秘密だって」

「彼自身の体に魔石を埋めたものと、もともとの魔力の高さが功を奏して、魔法で敵を討つことにしたようです」

「そんな…」


 それは、よかったのだろうか。

 どうして一葉には教えてくれなかったのだろう。


「もう十分でしょう。この戦いは、イングラムの勝利で終わります」

「でも…」

「見たでしょう? スペンサー将軍の魔法の威力を」

「そう…だけど」

 吹き飛ばされたコルディア軍は、イングラム軍によって次々と倒されていく。

 コルディア軍にも魔法使い入るようだが、クラークの魔法と比べるまでもないほど魔力が段違いだ。


「戻りましょう。敵の伏兵でもいたらやっかいです」

「うん…」

 答えながら、一葉は何かが引っかかって動けなかった。


 魔法の攻撃で倒された者たちに、突如氷の刃が突き刺さり、とどめを刺していく。

「…あれは」

 馬車から出てきたのは、車いすのイヴァンだ。

「やれ、超獣」

「ぐるるる」

 狼の姿になったいぬくんは、コルディア軍に襲い掛かり、喉笛を噛みちぎる。

 そして氷の刃で次々とコルディア軍を襲った。


「…どうして、私、なんともないの…?」

 いつもなら、気絶しているはずの状態なのに。一葉はぎゅっと自分の胸元を押さえる。

「イヴァン様が仮説をおっしゃっていました」

「仮説?」

 一葉はアシュリーを振り返る。


「超獣は人の魂を食べる。つまり、魂を食らった後なら、超獣の力を使っても一葉さまに影響は及ばないはずだ、と」

「…だから、クラークに魔法を使わせたの?」

 そんなことのために、いぬくんを貸したわけでなかったのに。


 コルディア軍はイングラムの兵に押され、街の中へ逃げ込んでいく。

 それをイングラム軍が追い、街の人たちを守るために混戦となった。

「行かなくちゃ。街の人たちを助けないと」

「いいえ」

 アシュリーは一葉の手をとる。


「その必要はありません。あなたがいては、足手まといです」

「そんなこと、分かってる!」

 一葉はだん、と足で大地を踏みつけた。


「これ以上犠牲が出ないように…」

「イヴァン様もスペンサー将軍もおられます。大丈夫です」

「でも」

「何故、スペンサー将軍があなたを戦場に連れてこないのか、その意味が分からないのですか?」

「何故って…」

 それは一葉が人殺しを嫌がるからではないのか。


「私が人を殺すなっていうから…」

「それもあるでしょう。ですが、あなたは自分がレスタントの魔女だと言われているのを自覚していないのですか? 戦場で顔が知られるほど、あなたは命を狙われる。それを危惧しているのです」


 そう、だったのか。

 以前、ジョンにも言われたことだ。

 分かっていなけれがいけないことだったのに。

 一葉は自分の愚かさに喉の奥が詰まる苦しさを感じた。


「だから将軍は、魔法でこうして大量に人を殺せることをあなたには伏せていたんですよ」

「………」

 一葉はぎゅっと拳を握る。

「もしどうしても行くというなら、私と戦っていくのですね」

「っ…」

 一葉は奥歯を噛みしめた。

 勝てるわけがない。短剣の使い方を教えてもらった時だって、一度だって勝てた試しがない。


 自分はなんで無力なんだろう。いつもそれを思い知らされる。

 一葉は街に火の手が上がるのをみつけた。コルディア軍がやっているのだろうか。


 命を狙われても、自分ができることをしないのは、見て見ぬふりをすることだ。それでいいのか。

 止めないと。これ以上誰も死なないように。

 でも、どうやって。


 一葉は咄嗟に足元の土をつかんで、アシュリーの顔面に投げつけた。

「っ…」

「ごめん、アシュリー!」

 一葉は全速力で走る。すぐに捕まることは分かっていたが、走らずにはいられなかった。


「待ちなさい!」

「うわ、ちょっ…」

 逃げようとしたのを後悔するほどの速さだ。あっという間に一葉は腕をつかまれた。


「うう、早すぎる…」

「あなたが遅いんです。ただ、さっきの意表を突く行動は褒めましょう」

「…ごめんなさい」

 一葉は素直に謝る。


「もういいでしょう。この戦いは、レスタントの勝利で終わります」

「なんで分かるの?」

「地の利があるのはこちらです。住民たちには、大多数が逃げるよう先に指示が出ています。残っているのは叩ける男たちだけです。心配せずとも…」

 アシュリーがそう言った瞬間、一葉は突き飛ばされた。


「いたっ…」

 しりもちをついた一葉は、体を起こす。

「何…」

「そのままで」

 アシュリーは短くそう言って、手裏剣を放った。


 その先には、コルディアの兵士がいた。彼らは慌てて手裏剣を避ける。

 こちらへ短剣を放たれたのだ、と一葉はようやく悟った。足元に短剣が突き刺さっている。

「何者だ!? 怪しい奴らめ」

「さては、イングラムの連中か?」

 二人の兵士はアシュリーの姿に警戒を強める。

「どうした?」

 一葉の目の前に現れた三人目の人物は、よく見知った人物だった。




「さすが、超獣。狙いは外さないね。魔法使いよりよほど正確だ」

 車いすに乗ったまま、膝にいぬくんを乗せたイヴァンが感嘆の声をあげる。

 コルディア兵の頭を狙え、というイヴァンの指示通り、コルディア兵の頭を氷の刃で打ち抜く。


「イヴァンのいうとおりだとすれば、今一葉は倒れることはないということか」

 クラークが風の刃を放つ。

 街の中に籠城しようとしたコルディア兵は、次々仲間たちが倒されていくのを見て、戦意喪失して逃げ出し始めた。

 的確にコルディア兵だけを狙う攻撃は、肉体的にも精神的にもダメージが大きい。


「やれやれ。今回は退くほうがよさそうだ」

 オスカーは兵たちに守られながら、街から離れることを命じる。

「生き残った者は、街に火を放て。イングラム軍がここに来たことを後悔させてやりなさい」

「御意」


 コルディア軍が火を放つと、突然、雨が降り出した。

「…一葉の仕業かな。姿が見えないけど、隠れているのか。今回は負けを認めよう」

 火は大雨で鎮火していく。

 コルディア軍は王都へ戻るしかなかった。

「そろそろアーウィンの見回りも終わるころかな」




「おや、これは…」

「アーウィン、どうして…」

「どうしても何も。オスカー様の行くところに、私はいるんだよ」

 アーウィンは剣を抜いた。

 まさか、と一葉は思った。

 そして同時に、そうなのかもしれない、と思った。


 次に会うときは、敵同士だ。


 アーウィンは確かにそう言ったのだから。

「おまえたち、あの二人を捕らえろ」

「はっ!」

「承知しました!」

 二人は一葉とアシュリーに襲い掛かるが、アシュリーが素早さで勝ち、一人は喉を苦無で切られ、もう一人は手裏剣が頭部に突き刺さり、動かなくなった。

「あっ…」

 人が死んだ。

 一葉はその事実に慄く。

「次はおまえだ」

「なるほど…。確かブラックウェル中佐が忍者を飼っていると聞いたことがある。その姿、おまえがそうか」

「答える義理はない」

 アシュリーは手裏剣を投げつけるが、アーウィンが剣で払う。


「アシュリー、お願い! アーウィンを傷つけないで!」

 思わず声が出た。一葉は言ってしまって後悔した。

 アシュリーが一瞬、動きを止めた。

 アーウィンはそれを見逃さなかった。

「あっ…」

 一葉は唖然とした。


 そんな、まさか。


 ----アーウィンが私を攻撃するなんて。


 信じたくなかった。

 敵だと本気で思われているなんて。


 短剣は一葉の髪を掠って木にささった。

「甘いね、一葉は。言ったはずだ。次に会うときは敵だと」

「アーウィン…」

「超獣使いを捕らえれば、オスカー様もお喜びになる」

「させるか!」

 アシュリーは手裏剣をアーウィンに放つ。アーウィンは剣でそれを払う。

 その隙に、アシュリーは一葉を抱えて馬に乗る。

「行きますよ」

「わ、わっ…」

 アシュリーは馬を走らせた。


「…アーウィン」

 一葉は後ろ髪惹かれる思いで後ろを振り返る。

「追ってこないようですね」

 街へ向かって馬を走らせる。アーウィンが追いついてくるかと思ったが、彼は来なかった。


「おそらく、彼は周辺に伏兵がいないか偵察に来たのでしょう」

「うん…」

 一葉は今来た山道を見上げる。

 コルディア軍が少数しかいなかったのは幸いだった。


 街へ向かうと、イングラムの兵たちが復興作業をしていた。

「雨で火は消せたんだね」

「そのようですね」

 気づくと、アシュリーは細身の兵士の姿をしていた。黒装束でいるのは、帰って目立つためだろう。


「…一葉!」

「クラーク!」

 一葉はクラークの胸に飛び込んだ。

「まったく…。来るなと言ったのに、なぜ来たんだ?」

 クラークは一葉の背を撫でた。


「ごめん、でも…」

「アシュリーが連れてきたわけ?」

「申し訳ございません」

 車いすに乗ったイヴァンに、アシュリーが詫びる。

「命令違反だな」

「いいえ。一葉さまをお守りするようイヴァン様から仰せつかっていますが、ダドリーへ連れてくるなとは聞いておりませんので」

「屁理屈だろ、それ…」

 ブラッドがかぶりを振る。


「ま、来たものはしょうがないね。…一葉、体調は?」

 イヴァンがクラークにくっついている一葉を見上げる。

「あ…なんともないけど」

「やっぱりね。超獣は人の魂を食らう----。つまり、人が死ねば超獣の腹は満たされて、一葉の力を必要としなくなるわけ。俺の仮説は証明されたね」

 イヴァンは満足げに笑う。


「これで、一葉が戦場に立っても倒れる心配はないよ」

「…私は、いぬくんに人殺しを」

「またきれいごとを言うつもり? 今日だって、アシュリーに守られながら来るとき、人が死んだんじゃない?」

「………」

 一葉は押し黙った。


「考えが甘いんだよ。自分の身も自分で守れないようなガキは、おとなしくしてな」

 一葉はイヴァンをにらんだが、イヴァンは車いすを押して兵たちのほうへ向かった。


「クラーク、あのね」

「どうした?」


 ----アーウィンが、私を攻撃したんだよ。


 言いたかったけれど、一葉は言葉にしなかった。

 クラークに言ってどうなる。


「…すごい、魔法を使えたんだね。街の向こうから見えたよ」

「まだ秘密にしようと思っていたんだ」

「どうして?」

 一葉は首をひねる。


「前に一葉が言っただろう。剣士がだめなら、魔法使いになればいいと」

「…言った、かな」

 そういえば、言った気もする。

「…一葉には、剣よりも大勢の人間を殺すのを見られたくない」

「あ…」

 一葉は俯く。


「そんな顔をしないでくれ。それでも、私はラスティ様を守るために魔法を使うよ」

「…わかってる」

 一葉はぎゅっとクラークに抱きついた。

「…それでも、クラークには人を殺してほしくないと思ってるよ」


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