選択の先にあるもの
「…公爵たちは領地を押さえられている。問題は、どうやって取り戻すかだ」
イングラム要塞で数日を過ごし、体力が回復したカスバート公爵とエヴァンズ公爵、ハリントン公爵もガードナーの執務室へ集まり、これからの作戦を考えることにした。
「コルディア軍は我々の味方の領地だけでなく、エリザベス派の公爵たちの領地からも略奪しているようです。これは、好機と考えましょう」
「…というと?」
イヴァンはにやりと笑った。
「略奪すれば、それだけ領民からの不満は増します。そしてコルディア軍を押さえられない女王への不満も高まるでしょう。そこをつけば、領民の支持をこちらへ引き寄せることができます」
「しかし…」
ラスティは考え込む。
「どうされました?」
「エリザベスを追い詰めることにはならないか?」
「相変わらず、ラスティ様はおやさしいですね」
イヴァンは眉根を下げて笑う。
「ですが、悠長なことは言っていられませんよ。略奪が許されれば、それだけ我が国は疲弊し、ひいては他国から攻められる隙ができてしまいます。我々には時間がありません」
「…そう、だな」
ラスティはふう、と息を吐いた。
「領民に働きかけて、内側から手引きして、リダとダドリーとソーンヒルを取り返しましょう。コルディアに不満を持つものは少なくないでしょうから」
「わかった。だが、手引きと言っても…」
「噂を流すのです。コルディア軍に逆らうものは、女子供も容赦なく殺されると。略奪が横行しているのですから、まったくのでたらめではないでしょう」
「イングラムのものも何人か送り込もう。領民を守るものも必要だ」
「頼みますよ、ガードナー将軍。そして、コルディアからレスタントのものを守るのは、ラスティ様だと印象付ける必要があります」
ガードナーの提案にイヴァンは賛同する。
「今のところは、それが最善の策か…。どちらから先に取り戻す?」
「ダドリーから取り合えかえしましょう。次にソーンヒル。リダは王都に近い分、守りも堅い」
「しかし…ダドリーを取り返せば、リダの守りはさらに強くなるのでは?」
カスバートが疑念を口にする。
「そうですね。ですが、すでにあなた方を取り返した今では、取り返すのはコルディアにも分り切っているところです。…リダを取り返せば、王都は目と鼻の先ですよ」
「リダから一気に王都へ攻めるのか?」
「状況を見て、かな。ダドリーを取り返せば、オスカーがどう動くかにもよるけどね」
クラークの問いに、イヴァンは肩をすくめる。
「コルディアに動かれる前に、手早く事を進めよう」
ラスティは地図の上に書かれた王都を指さした。
「…また、戦争だね」
食堂で一葉はロビン、フェリシアと固まって紅茶とスコーンを食しながら、顔を突き合わせた。
「仕方ないわ。…ラスティ様には危険な目に遭ってほしくないけど」
フェリシアはため息を吐いて紅茶を飲む。
「それを言うなら、ブラッドや兄貴たちだってみんなそうだろ」
「それは…そうだけど」
「…いぬくんの力をまた使うんだね、きっと」
「くるるる」
いぬくんは一葉の足元で牛乳をなめている。
「それで、ラスティは捕虜をどうするって?」
「まだ考えてるみたい。でも…殺したりしないといいけど」
「一葉、上に立つものはそれを利用することを考えるものよ」
珍しくフェリシアが強い口調で言う。
「だけど」
「あちらが捕虜を惨殺したのに、こちらは生かしておいて何の得もないわ。食糧だって馬鹿にならないのよ。世話をする人間だっている」
「フェリシアも危ない目に遭ってるしな」
ロビンがスコーンをつまむ。
「私のことはいいのよ。でも、向こうへ無傷で返したりしたら、示しがつかないわ。一葉の言うことは正しいようで、正しくないの。誰だって人を殺すのは間違っていると思うでしょう。だからと言って、それがどんなときでもあてはまるかというと、そうじゃないのよ。だって、戦争しているんだもの。ラスティ様が王都へ戻るには、犠牲がいるの。今までも…たくさんの人が犠牲になっているわ。そして、これからもそうなるのよ。一葉が良い悪いと思うのに関係なく」
「…そうだね」
年下の少女にお説教されて、一葉は肩を落とす。
「フェリシア、今日はずいぶんと強気だな」
ロビンは片眉をあげて笑う。
「…私はこれ以上、レスタントの人がコルディアの犠牲になってほしくないだけ」
そう言って、フェリシアは紅茶を飲んだ。
彼女の瞳には、強い意志が見て取れた。
「…どうするか、決めた?」
「なんで俺の部屋へ勝手に入っているんだ?」
ブライアンが部屋へ招き入れてくれたと一葉がいうと、ラスティはやれやれと肩をすくめた。一葉はいぬくんを抱きしめる。
「申し訳ありません、ジョージ様。勝手なことを…」
「いや、いい。…おまえは、どうせ捕虜を殺すなと言うんだろう?」
「…うん」
一葉が肯定すると、ラスティは「座れ」とソファを指した。一葉は言われるままにソファに腰を下ろす。
ラスティは一葉の向かいに座った。
「捕虜を殺せば、ラスティが恨まれるよ」
「それは前からだ。もともと、コルディアはレスタントに対していい感情を持っていない。既にコルディア軍とも何度も戦っているんだ。今更、恨まれるくらいなんだ」
ラスティはがりがりと頭をかいた。
「でも…抵抗できない人を殺すのは」
「抵抗できる相手は殺してもいいのか?」
「そういうことじゃないよ」
一葉は渋い顔をする。
「…わかってる。おまえの言う通り、コルディアへ帰してそれで終わりならいい。だが、捕虜はまたコルディア軍となって、俺たちと戦うことになるだろう。それは正しいことか?」
「…それはいいことじゃないけど、でも…」
一葉はくしゃくしゃと髪をかきあげる。
「…私は、それでもラスティに人を殺す命令をしてほしくない。…みんなにも、人を殺してほしくない…。人の命って、そんな簡単なものじゃない…」
「一葉さま」
ブライアンがぽんと一葉の肩に手をおいた。
「お二人のお話は、どこまでも平行線ですよ。さ、この話はここまでにしましょう。紅茶をお持ちしましょう」
ブライアンが侍女を呼んで、紅茶を持ってこさせた。
「…おいしいね」
一葉はあたたかい紅茶を飲んで、小さく息を吐いた。
「…そうだな」
ラスティをほうっと息を吐く。
「一葉さま、文字は読めるようになりましたか?」
「え? あ…この世界の字、クラークに教えてもらってるよ。おかげで、ちょっとずつ読んだり書いたりできるようになったかな」
「それは素晴らしいです」
ブライアンはラスティの部屋の本棚から、一冊の本を取り出した。
「こちらの本をどうぞ」
「これは?」
「おい、それは…」
ラスティは眉根をあげた。
「この国の偉人書です。といっても、子供でも分かりやすく書いてありますので、一葉さまが読むにも難しくない内容だと思いますよ」
「…俺の本だぞ」
「ありがとう、ブライアン」
「だから、俺の本だと」
「さっそく読んでみるよ。じゃあ私、部屋に戻るね」
「…勝手にしろ」
ラスティは不機嫌さも露わに顔をそむけた。
一葉は機嫌よく部屋を出て行った。
「なんであれを一葉に貸したんだ?」
「陛下にとっては子供の頃に読まれたのと同じ本でしょう?」
「…そうだ。おまえにも読んでもらったな」
「陛下と共通の話題ができるのもいいかと思いまして」
「俺と一葉に?」
ラスティは首をひねる。
「共通の話題なんて、探すほどのこともない。いつも話はしているぞ」
「クラーク様にもない話題ですよ」
「何の話だ?」
「私の自己満足ですから、お気になさらず」
ブライアンはにっこりと微笑んだ。
ラスティはこういうときは何を言っても無駄なのは知っているので、黙って紅茶を飲んだ。
「捕虜は解放する」
ラスティがクラークたちの前でそう宣言した。ガードナーやイヴァンたちは、表情を硬くした。
部屋の隅にいた一葉だけはほっとした表情を浮かべて、いぬくんを抱きしめる。
「陛下…」
「よろしいのですか?」
クラークは確認する。
「何度も言わせるな。俺はオスカーとは違う。レスタント兵と同じ目に遭わせるわけにはいかない」
「…御意」
「承知しました」
臣下たちは異を唱えなかった。表向きは。
「では、こうしましょう」
イヴァンが今度は笑みを浮かべた。
「ダドリーを奪い返す際に、捕虜を連れて行きます。その場で彼らを解放しましょう」
「な…に?」
ラスティは我が耳を疑った。一葉もぎょっとして彼を見る。
「戦争に捕虜を連れて行くのか? それは…」
「我々は領地を奪還しに行くのです。そこにコルディアはたまたま来ているかもしれませんね」
「たまたま…ではないだろう。必ず来るはずだ」
「でしょうね。だったら、捕虜を返すのに好都合でしょう」
「そんなことをすれば、混戦になるんじゃないか?」
「そのときは戦うまでですね。陛下が選ばれた結末を見ることにしましょう」
「…嫌な言い方だな」
「もちろん、勝つために最善の策をとりますよ」
イヴァンはにやりと笑った。
「一葉に影響を受けましたか?」
二人しかいなくなった執務室で、イヴァンがラスティに声をかける。
「…そんなんじゃない」
ラスティはイヴァンから顔をそらす。
「それもいいでしょう。ダドリーで待ち受けるものを陛下は忘れないでしょう」
「どういう意味だ?」
「陛下の望まぬ結果になるかどうかは、オスカー次第でしょうね」
「…俺は、一人でも兵が死なない選択をするべきなんだろうな」
ラスティは胸を押さえた。
「オスカー。あなたの行為は目に余るわ」
玉座に座り、エリザベスはオスカーに詰問する。
「どういうつもりなの? 公爵たちを拉致したり、コルディア兵に我が国の領地の略奪を横行させたり…」
「それは誤解です」
オスカーはにっこりと微笑む。
「私はエリザベス様のためにしているんですよ」
「なんですって?」
エリザベスは眉を吊り上げた。
「ジョージ殿下に与するものは、エリザベス様に対しても有害でしょう。私はそれを排除したまでです。それに、略奪とはひどい言い方だ。私はエリザベス様が統治しやすいように領民を教育しているだけです。そのために必要な措置ですよ」
「そんなこと、頼んでないわ!」
エリザベスは玉座から立ち上がる。
「これはこれは。ご機嫌を損ねてしまったなら、謝罪しましょう。ですが」
オスカーはエリザベスに歩み寄る。
「あなたが頼りにしてる兄上は、あなたの味方でしょうか? 私はあなたを心配しているのですよ。彼が王都へ戻れば、女王の座を追われてしまうかもしれませんよ?」
「別に…ラスティのことなんて、頼りにしてないわ」
エリザベスはそっぽを向く。
「それに、私はやりたくて女王をしているわけでもないし」
「これは異なことを」
オスカーはエリザベスの手を取る。
「あなたが女王でなかったら、誰があなたのご機嫌伺いなどするでしょう?」
「な…」
「図に乗るなよ、小娘」
オスカーはエリザベスの顎をつかむ。
「うっ…」
「おまえごときを女王として扱ってやっているのは、おまえの兄をこちらへおびき寄せるための餌でしかないからだ。お前の利用価値など、それくらいだ」
「きゃっ…」
エリザベスは突き放され、よろけて倒れそうになった。
「女王陛下に何をされるのですか」
エリザベスを受け止めたのは、そばに控えていたシモンズだった。
「…あ」
「大丈夫ですか、エリザベス様」
「おや、夫君の登場だ。では、おとなしく引くこととしましょうか」
オスカーはくつくつと笑った。
「仮にも彼女はこの国の女王です。無礼が過ぎれば、他の貴族からもあなたの態度を疑問視されますよ」
「肝に銘じておきましょう。ですが、私がここにいるからこそ、あなた方が夫婦でいられることもお忘れなく」
オスカーは笑って玉座をあとにした。アーウィンがすぐ後に続く。
「うっ…う、うーっ…」
エリザベスはぼろぼろと泣き出した。
控えの兵士たちは、どうしたらいいか分からない状態だ。
「オスカー様はしばらく、出入りを控えてもらいましょう」
「もう、いや…。あんな男、顔も見たくない。…お父様さえ、いれば…」
エリザベスはシモンズの腕の中で、涙をぬぐう。
「エリザベス様、大丈夫です」
「どうして死んでしまったの、お父様…」
エリザベスが望むのは、父親が生きていたころの生活だ。
それが叶うことがないと分かっていても、願わずにはいられなかった。
「好きなだけ泣かれるがいい。私がそばにおります」
「あなたなんか、嫌いよ…」
「存じております」
シモンズは笑ってエリザベスの髪を撫でた。
そのぬくもりがあたたかくて、エリザベスは涙が止まらなかった。
「また、戦いに行くんだね」
ダドリーへ向かう日の前日、一葉はクラークの背中に抱き着いた。
「それが私の仕事だからな」
クラークは一葉の手に自分の手を重ねる。
「…捕虜を解放したら、クラークたちが今度は襲われる?」
「陛下が決められたことだ。私はそれに従うまでだ」
「…また、殺し合いをするんだね」
一葉はクラークに抱き着く腕に力をこめる。
「来なくていいよ、一葉は」
クラークは一葉の手を撫でる。
「でも」
「超獣の力を使えるよう、超獣に命じてくれればいい」
「…私だけ、安全なところにいるの?」
「安全じゃないだろう」
クラークは苦笑する。
「超獣の力を使うたびに体調を崩すんだから」
「それは…そうだけど」
「コルディアにそれを知られたら危険だ。だから、ここに残るんだ。ガードナーもいるから、大丈夫」
「…クラーク、右腕が使えないのに」
「まったく使えないわけじゃない。秘密道具があるからね」
「秘密道具って?」
「まだ内緒だ。それに、カーゾン村からも無事に戻ってきただろう?」
「だって、あのときは囮だったし」
クラークは一葉の腕を解いて、正面から抱きしめる。
「今回だって変わらない」
「違うよ。正面切って戦うんでしょ」
「私は負けない」
クラークは一葉の頭を撫でた。
「私はいつだって、勝利してきただろう?」
「えっと…そう、かも」
確かに、クラークが負けるところなんて、シアンの時しか見たことがない。
「すぐに一葉の元へ帰ってくるよ」
クラークは一葉の顔を両手で上げる。
「信じられない?」
その言い方はずるい、と一葉は思った。
「…信じられないわけじゃないけど…私は、クラークに」
人を殺してほしくない。そう言う前に、唇に人差し指を教え当てられた。
「分かってるよ。人の命を背負うということになる。そう言いたいんだろう?」
「…うん。それに、クラークが人に恨まれるの嫌だな」
「必ず戻るよ。約束する」
「…うん」
結局、言いくるめられてしまったな、と一葉は不満に思いながらも、それ以上、否とは言えなかった。
数日後、兵たちはダドリーへ出発した。
イヴァンから指令で、一葉はまたアシュリーと留守番をすることになった。
当然、いぬくんはダドリーへイングラムの兵と同行する。
「なんで私ばっかり」
「超獣使いが力を使うたびにぶっ倒れるなんて、コルディアに知られる方が厄介なんでね」
「うう…」
「イヴァン様は、一葉さまを心配されているんですよ」
今度は細身の男性の姿になったアシュリーがそう語り掛ける。
「そうは思えないけど」
一葉は不満も露わに短剣を持って、アシュリーに飛びかかった。アシュリーはたやすくそれを打ち払う。
今は兵が出払って訓練所も空いているから、剣の使い方を教えると言ったのはアシュリーだった。
「コルディア軍の前であなたが倒れたら、オスカーはその原因に気づく可能性があります。それに、前のように力を使えないことを知られては厄介ですよ」
アシュリーは一葉に飛びかかり、一葉は慌てて短剣で対応する。しかし、吹っ飛ばされた。
「いたた…」
「すみません。大丈夫ですか?」
アシュリーは手を差し伸べる。一葉はその手を取って、立ち上がった。
「ありがとう。あなた、強いよね。そんな細い体してるのに」
「無駄な肉を落としたからです。どこかへ忍び込む際は、大柄では使えません」
「そうなんだ。…それもイヴァンの命令で、どこか行かされるの?」
「情報を得るためには必要なことですから。どこへでもまいります。イヴァン様のご命令でしたら」
「やっぱやな奴じゃん」
一葉は短剣を振るう。アシュリーは何度もそれを叩き落したり、突き飛ばしたりして一葉は擦り傷だらけになった。
「おかしいな」
一葉は首をまわしたり、肩をまわしたり、からだをひねったりした。
「どうされたのですか?」
アシュリーが怪訝な顔をする。
「クラークたちがダドリーに向かってから三日も経つのに、全然私、なんともないよ。イヴァンがいぬくんの力を使わないなんて、おかしい」
「何かお考えがあるのでしょう」
アシュリーは淡々と答える。
「でも…」
「まだ戦闘になっていないのかもしれませんよ」
「うーん…。そうかなあ?」
一葉は首をひねる。
「何かあれば、ニワトリが知らせてきますよ。あなたが倒れても、私がお守りします」
「それは…心強いけど」
「さあ、もうお休みになってください」
「うん…」
夜になり、すでに空には月が高く昇っていた。
一葉は眠れず、ベッドの中で何度も寝返りを打った。
私がここに残ったほうがいいと言ったクラークとイヴァン。何のためだろう。
「…イヴァンが超獣の力を使わないなんて、ありえない」
一葉は起き上がり、ネグリジェから服を着替えた。
「どこへ行かれるのですか?」
部屋を出て馬小屋へ向かうと、どこからともなくメイド服姿のアシュリーが現れた。
「えっと…」
「ダドリーへ?」
「…うん」
アシュリーはふ、と息を吐いた。
「置いて行かれるのはお辛いですか?」
「…どうなってるのか、私、知る権利があるし、責任があると思う」
「責任とは?」
「いぬくんの力を使って、コルディアとレスタントの人がどうなるのか、知らなきゃいけない」
「…スペンサー将軍が心配ですか?」
「…片腕だから」
それも言い訳のような気がしたが、一葉にはそういうのが精一杯だった。
クラークの帰りをただ待っているのは、性に合わない。
「イヴァン様にはあなたをお守りするよう命令を受けていますが、ダドリーへ向かうのを止めろとは言われておりません」
「…! それじゃあ」
一葉は目を輝かせた。
「あなた一人を行かせるわけにはいきませんから」
アシュリーはメイド服の裾をふわりと持ち上げると、一瞬で黒装束となった。
「行きましょう。馬には乗れますね?」
「大丈夫だと思う。ありがとう、アシュリー」
「礼なら、イヴァン様に」
二人は馬に乗って、イングラム要塞を飛び出した。
見張りの兵士には、少し出てくると言って、行先を告げなかった。
「後で、ニワトリが来るかなあ」
「ガードナー将軍なら分かってくれるでしょう」
「うん…。そうだといいけど」
夜の移動はまだ肌寒い。
できるだけ街道沿いに馬を走らせ、魔物と遭遇しないようにする。
夜通し馬を走らせたせいで馬たちは疲れて、途中で何度か休憩せざるを得なかった。
「どのくらいで追いつくかな?」
一葉は道具袋から乾燥肉を出してつまむ。
「あちらは軍隊ですから、私たちより進み方は遅いでしょう。歩兵もいますからね。ですが、追いつくにはまだまだ距離がありますね」
アシュリーも携帯食料を口に入れた。
「馬さん、ごめんね。もうちょと頑張って」
一葉に首を撫でられ、馬は足元の草を食べるのをやめて、顔をあげた。
「近道とかないの?」
「あるにはありますが、魔物が出ますよ。馬とあなたを守りながら行くことになります」
「…そうだよね」
一葉は肩を落とした。
「ご命令とあれば行きましょう」
「いいの?」
一葉は顔をあげる。
「私の手に負えない魔物はそういませんよ」
「…ありがとう!」
一葉は乾燥肉をアシュリーに渡して、機嫌をとることにした。
アシュリーは眉尻を下げて乾燥肉を食べた。
山道を通るのは、馬を歩かせるのが大変だったが、道中はスライムが出てきてアシュリーがそれを一掃してくれた。
仮眠をとる間も、アシュリーは文句ひとつ言わず一葉のそばにいてくれた。
「アシュリー、ごめんね」
「何がですか?」
「いろいろ…。私のワガママに付き合わせて」
「しおらしいですね」
焚火に木の枝をくべながら、アシュリーは結界石に守られた寝袋に入った一葉を見下ろす。
「これでも悪いとは思ってるんだよ」
「そうですか。あなたがどう思おうと、私には関係ありません。イヴァン様の命を実行するだけです」
「…アシュリーって、なんでイヴァンにそんなに忠実なの?」
今なら聞けるかなと思い、一葉は寝袋の中で体勢を横にする。
「イヴァン様は私の命の恩人だからです」
「恩人…。どうしてイヴァンはあなたを助けたの? どういう状況で?」
「おしゃべりするなら、見張りを交代しますか?」
「え…いえ、結構です」
一葉は寝袋の中で体勢を変えて、寝ることにした。寝ないのは辛い。
話したくないのか、話せないことなのか。一葉にはわからないが、これ以上は聞いても無駄なことは分かったので、聞かないことにした。
「おやすみ、アシュリー」
「おやすみなさい」
月が高くから二人をみていた。




