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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第3章 王と女王
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こころあたり

「一葉に言っておいて正解だったね」

 車いすに乗りながら、馬車から降りたイヴァンが炎の壁でコルディア軍を焼き尽くす。


 ----超獣に言っておいてよ。俺の言うことも聞くように。

 ----えー…。

 ----何その顔。クラークに預けておいたんじゃ、危険でも超獣の力を使おうとしないでしょ。一葉の体調を考えて。

 ----それは、そうだろうけど。

 ----俺なら、超獣の力を適宜使えるからね。

 ----わかった。でも、いぬくんの力を使いすぎると、私、本当に具合悪くなるから、考えて使ってね。

 ----了解。


 そんな口約束はあっさり破られた。


「利用できるものはしないとね。さて、これでこちらが本命だと思ってくれたかな?」

 囮であるイヴァンの軍は、カーゾン村の北側を進行していた。イヴァンは車いすなので、馬車で移動する。


「イヴァンはうまくやったかな」

 ブラッドは空に燃え上がった炎を遠くに見る。

「…超獣の力を使ったな」

 クラークは渋い顔をする。


「今回は仕方ないだろう。…俺に何の用があるのか、オスカーがイングラムへ来たとニワトリが知らせてきたからな」

 ラスティも炎を見上げる。

「ですが、陛下がこちらへ来ていることが知られてしまいましたね」

「カスバート公爵たちを助けるのが優先だ。俺の不在でも、ガードナーがなんとかするだろう」

 ワイバーンに乗ったラスティとクラーク、そしてブラッドとグレンはカーゾン村へ近づいていた。


「もうすぐです。準備はよろしいですか?」

「ま、忍び込むのは俺に任せとけよ」

 グレンはにやりと笑った。


「…イングラムのやつらだ!」

「射て―!」

「スペンサー将軍は右腕が使えない! 狙え!」

 ワイバーンでカーゾン村の上空から、一気にクラークとブラッドは飛び降りた。


「派手に頼むぜ、クラーク」

「任せろ」

 ブラッドがコルディア軍の兵士を露払いする。クラークは右手で魔剣を握った。

「二人だけとは、舐めるなよ!」

 公爵たちを軟禁しているだけあって、囮を用意していてもこちらの守りは堅かった。


「右腕は使えないんだろう! わかっているぞ!」

 兵士たちはブラッドと背中合わせのクラークをに狙いを定める。

「時間稼ぎを頼む」

「任せておけ」

 ブラッドはにやりと笑って、コルディア軍を薙ぎ払う。クラークは剣を握ったまま、ブラッドから離れなかった。


「やはりな! 剣が使えない将軍など、敵ではない!」

 コルディア軍はクラークに襲い掛かった。

「大いなる風の力を持って、我が敵を切り刻め、トルネード!」

 クラークが呪文を叫んで魔剣を振るうと、竜巻が出現してコルディア兵たちを切り刻んだ。公爵たちがいる屋敷も、甚大な被害を受けた。


「ば…馬鹿な」

 残ったコルディア兵たちは唖然とする。

「剣士である誇りを捨てて、魔法使いになったのか…?」

「勝つために手段は選んでいられないのでね」

 クラークは不敵に笑う。


「くっ…それがどうした! 奴はまだ魔法使いになりたてだ、勝機はある!」

「そんなものは与えない」

「やりすぎじゃねえか? クラーク」

「これほどの威力になるとは思わなかった。魔剣と腕の魔石の威力だな。気を付けるよ」

 クラークが魔法を唱える間、ブラッドが露払いをする。そのコンビネーションで、兵士たちを惹きつけることには成功したようだった。


「こっちだ、ラスティ」

 窓を壊して忍び込んだグレンとラスティは、屋敷の中で頭の中に入れた地図を頼りに、公爵たちを探していた。

「早いとこ公爵たちをみつけて、逃げねえとな」

 屋敷の守りは手薄で、クラークとブラッドにかかりきりのようだった。中の人数は数えるほどで、グレンが叩きのめして屋敷内を探ることができた。


「そうだな。確か、この部屋の奥に隠し部屋があるはずだ」

「待ってろ。こういうときはな」

 グレンが徐に本棚をたたいた。そして、体当たりして横へ移動させる。

「おい…」

「な?」

 そこには、隠し扉があった。


「…クラーク! ブラッド!」

 ラスティがカスバート公爵とエヴァンズ公爵、ハリントン公爵を連れて、屋敷から出てきた。

「お待ちしておりました」

 クラークはほとんどの兵士がなぎ倒された竜巻の後にブラッドと二人でいた。


「ご無事で…」

「なんとか」

「助かったよ」

 少しやつれた公爵たちは、グレンとブラッドに支えられた。


「やつらの馬を拝借しましょう。さあ、お二人も乗ってください」

「ああ…」

「イングラムへ?」

「すぐお連れします。元の領地は、コルディアの息がかかっていますから」


「本来なら、取り返したいところだが」

「今はまだその時期ではありません。さあ、行きましょう」

 クラークが二人を馬に乗せて、自分たちも馬に乗る。

「追手が来るでしょうから、できるだけ早くここから離れてイヴァンと合流しましょう」

「わかった」


 ラスティたちがイングラムへ戻ったのは、数日後だった。






「あ…え?」

 一葉が目を覚ますと、イングラム要塞の自分とクラークの部屋だった。

「私…」

「お目覚めですか」

 アシュリーの声がした。


 ベッドから起き上がり、部屋を見渡すとソファにカインが座っていた。

「体調はいかがですか?」

「ああ…うん。大丈夫。カインは?」

「…俺は平気です」

 嘘だ、と一葉は思った。顔色が悪い。おそらく一葉より少し前に起きたのだろう。


「やっぱり超獣の力を使うと、カインも具合悪くなるんだね」

「やっぱり、とは?」

「だって、超獣使いはカインじゃん。だから、私が具合が悪くなるってことは、カインもそうなんだろうと思ってた」

 一葉はベッドから出て、カインの向かいに座る。

「シアンもそうだったんでしょ? 超獣は人間の魂が食べられないと、超獣使いの力を使うんだって」

「…そうらしいですね」

 カインは一葉から顔をそらして答える。


「どうして、超獣使いはカインなのに、私の体調がおかしくなるの?」

 カインは答えなかった。顔はそらしたままだ。

「考えてみたんだけど」

 一葉はカインをみつめたまま話す。


「カインて、未来から来た私の息子なの?」


 一葉の言葉に、カインはそらしていた顔を一葉に向ける。

「荒唐無稽な話ですね」

「否定しないんだ?」

「何故、そんなことを思うんですか?」

「だって、なんだか知らないけど未来のことを知ってるみたいだし、超獣使いでもない私がいぬくんが魔法を使うと体の力が奪われるのは、そのせいかなって」

「ではその場合、父親は誰だと?」

 カインに問われ、一葉は言いよどむ。


「たぶん…」

「クラークだと思ってるんですか?」

「…だと、思ってるけど」

 自信なさげにいう一葉に、カインは笑う。


「他に心当たりでも?」

「ない、けど…先のことだし、よくわかんない。ただ、クラークだといいなと思ってる」

「では、あなたが仮に俺の母親だとして、何故クラークは体調不良にならないんですか?」

「えっ…あ、それは、考えてなかった」

 言われてみて気づくとは。母親の具合が悪くなるなら、父親がそうなっても不思議はなかったのに。


「ううーん。じゃあ、クラークがお父さんじゃないの? それは…考えてなかったなあ」

 一葉は腕組みをして頭を回す。

「だったら、なんで私の具合が悪くなるの?」

「超獣が選んだのは、あなただからでしょう」

「それって…カインと私は何も関係ないってこと?」

「だから、荒唐無稽な話だって言ったでしょう」

 カインは立ち上がった。


「もう帰るの? もっと休んだ方がいいんじゃない?」

 気遣う一葉に、「もう平気です」とカインは答える。

「一時眠ればどうということはありません。…俺の力が必要になったら、また呼んでください」

「無理矢理同化しないんだ?」

「あなたがそれを望んでいないから」

 カインは呪文を唱えると、その場から消えた。青の賢者の元へ戻ったのだろう。


「…不思議な方ですね」

 アシュリーがつぶやく。

「うん。本当に何者なんだろうね、カインて」

 一葉は息を吐いた。


「私、どれくらい寝てたの?」

「数時間ですよ。まだ夜も明けていません」

「そうなんだ…。じゃ、イヴァンも少しは加減してくれたのかな」

「イヴァン様はあなたが考えるような、ひどい方ではありませんよ」

 アシュリーのその言葉尻に、どこか諭すような声色がにじみ出ていた。




 アンドルーが戻ってきたのは、その朝だった。

「いい思いしたんだろ?」

「話、聞かせろよ」

 兵士たちはアンドルーを囲んで、こぞって女王との夜を聞きたがった。

 一葉も興味があり、野次馬にまざってアンドルーに声をかけた。


「あの…」

「何も聞かないでください」

 アンドルーはそう言って、一葉に背を向けた。

「…何よ、もう」

 一葉は床を踏み鳴らした。




 クラークたちが戻ってきたとき、公爵たちを助け出したというのに彼らはうかない表情をしていた。

 イングラム要塞では彼らを待ちわびていたが、皆一様に疲れているようだった。

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 クラークは一葉に無理に微笑む。

 ラスティやブラッドも疲れた表情をしていた。


「…どうしたの?」

 一葉は足元に来たいぬくんを抱き上げる。

「おかえり、いぬくん」

「くるくる」

「超獣は役に立ったよ」

「そう。よかった。それで…」

「…知らないのか」

 クラークはため息を吐いた。


 何かがあったことは一葉にも察しはついたが、内容までは分からない。

「ガードナー。一葉には話していないのか?」

「ああ。まだ…おまえから聞いたほうがいいと思ってな」

「…そうか」

 クラークはふう、と息を吐いた。


「何があったの?」

「…コルディア軍に、イングラムの捕虜200名が惨殺された」

「…え」

 一葉は一瞬、耳を疑った。


「ど…どうして? 捕虜は交換するんじゃないの?」

「例外はいくらでもある。…我々が公爵たちを助けに行くのを見越して、先に仕掛けておいたんだろう。道中に遺体が転がっていて、私たちはそれを埋葬するのに手間取った。…ひどいありさまだった」

「そんな…」

 どうしてそんなむごいことを。

 ふと、オスカーがここへ来たことを一葉は思い出した。


「じゃあ…あのとき、オスカーがイングラムに来たのは」

「オスカーがここへ来たのか…」

「ああ。ニワトリに伝言させただろう」

「俺に用だという話だったが…まさか、捕虜を殺したと伝えに来たのか? わざわざ?」

「公爵たちを助けるために出向くということは…自分に歯向かえばこうなる、と示したかったのでは?」

 イヴァンが車いすのタイヤをたたいた。


「…俺がおじけづくと思ったのか」

 ラスティは奥歯を噛みしめる。

「おじけづく?」

 一葉は首をひねる。

「そうだ。俺がそれで公爵たちの奪還を諦めるかと思ったんだろう」

 そうかな? と一葉は思った。

 わざわざあの人数でここへ来たのは、ラスティに会いに来たのはそうだろうけど…でも。


「…違うんじゃないかな」

「何がだ?」

 ラスティは聞き返す。

「たぶん…ラスティを試したかったんだと思う」


「試す?」

「陛下を?」

 一葉はうなずく。

「あのオスカーが脅しをかけるくらいでわざわざ来る気はしない。あのときたぶん、捕虜はもう殺されてたんだよ。それを伝えに来て…ラスティがどうするか、見たかったんだと思う」

「見たかった?」

「…私の勝手な想像だけど」

 一葉は最後は小さくつぶやいた。


「陛下、我らの捕虜はどうされますか?」

 クラークが問いかける。

「ああ…そうだ。そうだな」

「…殺したり、しないよね?」

 一葉が聞くと、「当たり前だ」とラスティは答える。


「では、どうされるおつもりで?」

 イヴァンがにやりと笑う。

「…それは」

 ラスティはすぐには答えられなかった。

「捕虜を向こうへ帰せば、また陛下のお命を狙いますよ。それでも帰しますか?」

「………」

 ラスティは黙り込んだ。


「やめてよ。それで捕虜を殺したら、ラスティはオスカーと同レベルってことになるじゃない。そんなの絶対だめ!」

「よせ、イヴァンにかみつくな」

 ブラッドは一葉の頭をこつんと小突いた。


「だって」

「陛下がお決めになることだ」

「…どうするの? ラスティ」

 一葉が彼の顔色を窺うと、

「…考えさせてくれ」

 とラスティは答えた。




「クラークも、みんなも無事でよかった」

 夜になり、部屋へ戻ったクラークに一葉は遠慮がちに声をかけた。

「そうだな。…一葉は今回、来なくて正解だった」

「…捕虜のこと?」

「そう。私もあんな状態を見たのは初めてだったから、衝撃だったよ。一葉には見せなくてよかった」

「…でも、クラークたちはそれを見たんだよね」

 想像しただけでも、ぞっとする。自分の仲間が何人も殺されて、放置されているなんて。一葉には慰めの言葉がみつからなかった。


「戦争なんだから、仕方ない。…私がいない間、何か変わったことは?」

 クラークはベッドに座って、一葉を手招きする。一葉はクラークの隣に腰をおろした。ベッドの上でいぬくんはあくびをしている。


「えっと…そういえば、クラークは右腕が使えないのに、どうやって戦ったの?」

「私の話か。それはまだ内緒だ」

「なんで?」

「一葉を驚かせたいから」

 クラークはむにっと一葉の鼻をつまんだ。


「いふになっはらおひえてくれうの?」

「そのうち嫌でも見ることになるよ。…それで、何かあった?」

「あ…うん。えっとね」


 一葉はアシュリーと会ったこと、カインと青の賢者と久しぶりに会ったことを話した。

「…そうだったか。シアンのしたことは、後々まで尾を引くな」

「うん。…私、ジャックのことをかわいそうだと思った」

「シアンの呪いか…。…一葉なら、それを解くことができるんじゃないか?」


「…私?」

 一葉はきょとんとして自分を指さす。

「超獣は一葉の言うことをなんでも聞くんだろう。呪いをかけたのが超獣なら、解くこともできるかもしれないだろう?」

 一葉はいぬくんに振りかえり、抱き上げる。

「そうなの? いぬくん」

「くるる」

 肯定なのか否定なのか、一葉にはわからなかった。


「…今度会った時、試してみるよ」

「できるだけ会いたくもないがな」

 クラークは短く息を吐いた。


「…あのね、クラークがいないとベッドが広く感じる」

「二人用だからね。…今日は一緒に寝ようか」

「うん」

 一葉はクラークに抱き着いた。

 数日ぶりのクラークのにおいに、一葉はほっとした。



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