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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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振り払われた手

「…というわけで、よろしく。クラーク」

「何故そういうことになったんだ」


 一葉とラスティとセオドールと国王の玉座の間から出てきたのを確認して、クラークは額を押えた。クラークはいきなり国王から玉座へ来るよう呼び出されたのだった。


「だって、セオドールも行きたいって言うから」

「まさか父上が許可してくださるとは思わなかったな」

 ラスティが予想外のことにため息を吐く。

「殿下、お気をつけくださいね」

「わかってる」

 心配するブライアンにラスティは軽く答える。


「僕も驚いたよ」セオドールがぎこちなく微笑んだ。

 ラスティがセオドールに国王の許可を得なければ、といったところすぐにセオドールが国王への拝謁を求めた。それはすぐに許可されてセオドールは市井へいけることになった。もちろん、護衛付きで。


「セオドール様、いかがでした?」

 侍従のジョンがセオドールに尋ねる。

「父上は許してくださったよ。僕も市井へ出ていいって」

「なんてこと…」

 ジョンはおおげさによろめいた。

「ただでさえお身体の弱いセオドール様が市井へ出向くなんて、何かあっては大変です。大事なお身体なんですから」

 ジョンはまくし立ててしゃべり、クラークに振り向いた。

「皇太子さまが市井に出られるのです。それなりの警護をしてくださいね、将軍」

「それは…」

 クラークが答えようとすると、セオドールが遮った。


「そんなことはいいよ、ジョン。ラスティだって護衛は一人なんだ。それに超獣使いの彼女もいるし、一人くらいで十分…」

「とんでもございません!」

 ジョンはぶるぶると震えた。

「皇太子殿下に何かあっては、一大事。もちろん、私も一緒に行きますから。いいですね?」


「この人、いつもこうなの?」

「ジョンは兄上の侍従として生きることがすべてだ。兄上を守ることが生きがいなんだ」

 一葉とラスティは小声で会話する。


「でも、あんたんとこのブライアンはそうでもないじゃない」

「兄上は皇太子だし、ジョンの一族はずっと皇太子の侍従を務めてきた。それが誇りなんだ」

「そういうこと…」

 一葉は妙に納得して一人うなずいた。


「では、護衛をいかほどつけましょうか?」

 クラークがにこやかにジョンに確認する。

「そうですね、殿下には5名ほど。私にも護衛は必要ですから…」

「本当にやめてくれないか」

 セオドールがうんざりしたように言う。

「そんなに護衛はいらない。自分の国を歩くんだ。ジョンも僕についてきたいなら、護衛はつけないでくれないか。そうでなければ、ジョンと一緒には歩けない」

「そ、そんなっ…!」ジョンはよろめいた。「ああ…セオドール様がそんなことをおっしゃるなんて…! 私がセオドール様のおそばを離れるなんて、できるわけがないでしょう!」


「面倒くさい人だなあ」

「本人はいたって真面目なんだ」

 一葉とラスティはひそひそと話をしながらその様子を見守る。


「僕についてきたいなら、僕の出した条件を飲むんだ。そうでなければ、僕は護衛なしで外へ出るよ」

「なんてことをおっしゃるのです! …ジョンは殿下のおそばを離れません」

「じゃあ、僕の条件を飲むんだね」

「…皇太子殿下のご意向であれば」

 ジョンは深いため息を吐いた。


「結構意思が強いのね、セオドールって」

「兄上はジョンには強気なんだ。小さいころからずっと一緒だからな」


「そこの二人。聞こえていますよ、さっきから」

 ジョンは一葉とラスティをきっとにらんだ。

「ラスティ様はいつもそうですね。殿下に悪い影響ばかり与えられる」


「そんなつもりは…」

「そいつが勝手に来たいって言ったんじゃん。矛先をこっちに向けないでよ」

 一葉がラスティをかばうように間に入る。


「セオドール様に、そいつとはなんですか!」

「そうだ、兄上に無礼だぞ!」


「うへあ」

 一葉は辟易して舌を出した。

「藪蛇だったな」


「ですが、殿下…」クラークがおさめようとすると、セオドールはかぶりを振った。

「護衛は一人でいいよ。大勢ついてこられたら、皇太子だってわかってしまうだろう。僕は普通の貴族として街の中を見たいんだ」

「貴族として…ね」一葉はセオドールの恰好を見た。「そんな金持ちだってわかる服装で着たら、貧民街でかっこうの餌食だと思うんだけど」

 セオドールは自分のマントや宝飾品を見に付けた格好を見て、「ではどんなものを着れば?」と一葉に尋ねる。

「ま、シンプルなのが一番だよね」


「セオドール様までいらっしゃるとは」

 ブラッドはラスティよりも緊張気味にセオドールを迎えた。セオドールは一葉に言われた通り、シンプルにシャツにマントを羽織っただけの服装にした。ジョンは最後まで皇太子らしくないと文句を言っていたが、セオドールが目立ちたくないと説得して、しぶしぶ折れた。


 ブラッドに乗せてもらった一葉以外はそれぞれ馬に乗り、街中へ向かう。ブラッドの隊の副隊長のニールがラスティを護衛し、ブラッドがセオドールの護衛となった。ジョンは自分の護衛がつかないことが不満だったようだが、一葉が守ってやるとか適当に言ったのを真に受けて、それならと一応納得してセオドールに同行した。


「ごめんね、ブラッド。本当は君は僕よりもラスティの護衛をしたいよね」セオドールが申し訳なさそうに言う。

「いえ、そんなことはありません」


「そうですよ。皇太子さまの護衛ができることのほうがよほど名誉です」ジョンは鼻息も荒く言う。

「セオドール様は貴族街以外にはいかれたことがないでしょう。よく決心されましたね」

 ニールが感心したように言った。

「ラスティが国民の暮らしを見るなら、僕もそうしようかと思って。これでも一応、皇太子だし」

「さすがです、セオドール様」

「さすがです、兄上」


 ジョンとラスティは同時にうなずいた。さすがっていうほどのものか、と一葉は思ったがうるさそうなのが二人いるので黙っていた。

「教会へ馬を置いて、そこからは歩きます。ジェフリーの家まで歩くことになりますが、大丈夫ですか?」ブラッドはセオドールに振り返りながら言う。


「距離があるの?」

「さほどの距離ではありませんが、セオドール様は歩き慣れていらっしゃらないかと」

「僕だって、そんなにひ弱じゃないよ。大した距離じゃないなら大丈夫」セオドールは微笑んだ。


 教会へ馬を置いて、一行はぞろぞろと貧民街のほうへ向かう。

「やはり貴族の住んでいるところとは違うね」

 街の様子をきょろきょろとセオドールは見ていたが、それはあまり見たことのないものへの興味だったようだ。


「そうですね。品がよいとは言えない風情です」

 ジョンが見下すように言う。

「商店も外に出ているんだね」

「平民風情はそれくらいがいいのでしょう。着ているものもずいぶんみすぼら…いえ、動きやすそうですね」


 セオドールとジョンの会話に、一葉は「気分悪…」と聞こえないようにつぶやいた。

 壁を隔てた貧民街に入ると、セオドールとジョンは驚愕の表情を浮かべた。

「ここが…」セオドールは言葉を無くしたようだった。

「なんとも、汚らしい」ジョンは顔をしかめた。


 二人は周りの様子を見て、足を止める。中流層の住まいと違い、家はみすぼらしく壊れているレンガ造りのものが並び、布を乗せただけの屋根の家もある。並び商店もくだびれていて、品ぞろえも悪い。街にいる人々も疲れた表情で、上等とは言えない服を着ている。


「何言ってんのよ。ここで暮らしてる人、いっぱいいるのよ」

 一葉がむっとしてジョンとセオドールをにらむと、「無礼な」とラスティがたしなめた。「兄上は貧民街へ出たことがないんだから、仕方ないだろう」

「そんなのあんたも一緒でしょ」


「行けそうですか?」

 ブラッドがセオドールを気遣う。

「…大丈夫。行くよ」

「無理はなさらないでください」

 ジョンはセオドールに寄り添って歩く。それに4人も続いた。いぬくんはとてとてと一葉についてくる。周りの様子に、セオドールとジョンはただただ顔を歪めていた。


「あれ、この間の…」

 通りにいたミッキーがこちらに気づいて、声をかけてきた。

「大人数だな、今日は。ジェフリーに会いに来たのか?」

「えっと、君はミッキーだっけ?」

「そう、そっちは…」

「今日はお忍びなんだ」

 ラスティがそう言うと、まだ幼いミッキーは心得たようにうなずいた。

「ジェフリーなら、向こうの通りにいるよ。案内しようか」

「頼む」


 一行はぞろぞろと街のとおりを歩く。住人たちは遠巻きに好意的とは思えない視線を彼らに向けていた。すると、少し開けた場所に出てハリーが落ちた井戸のある所へ出た。そこには、年のばらばらな子供たちが集まって遊んでいた。


「ジェフリー」

「おお、来たのか…って、なんかずいぶん人が増えたな」

 大人数で来たラスティたちに驚く。ジェフリーは子供たちの面倒を見ていたようだ。そういえば、初めて会った日も子供たちと一緒だったな、と一葉は思った。


「兄上が俺と一緒に視察されたいとおっしゃってな」

「はっ。貴族の道楽かよ」ジェフリーが吐き捨てたように言うと、ジョンがじろりとジェフリーをにらんだ。

「なんです? この無礼な子供は」

「ジョン殿、子供の言うことです。落ち着いてください」

 ニールがなだめた。

「みんな一緒に遊ぶの?」

 子供たちがラスティたちの周りに集まってきた。物珍し気に一行を見ている。


「ああ、いいぞ。何する?」

 ラスティが微笑んだ。

「えっとね、えっとね、鬼ごっこ!」

「かくれんぼがいいよ!」

 周りがはしゃぐ中、一人の少女がじっとセオドールをみつめていた。

 そして、「きれい」と言ってセオドールに手を伸ばす。


「汚い!」


 セオドールはその手を振り払った。その瞬間、少女は凍り付いたようにセオドールを凝視した。

「うう、うっ…」

「なんだよ、汚いって!」

 ジェフリーが怒鳴った。セオドールはおびえた目で彼を見る。


「うわああああん!」

 ジェフリーは少女の頭を撫でる。少女はぐすぐすと泣いているが、セオドールは何も言わず立ち尽くしていた。

「大丈夫ですか、セオドール様」

「………帰る」

 ジョンに尋ねられ、我に返ったようにセオドールはそう言うとすたすたと歩きだした。ジョンもブラッドは慌ててそれを追う。


「セオドール様…。ニール、後は頼んだ」

「かしこまりました」

 振り向きざまにニールに言い残し、ブラッドはセオドールについていった。ニールはうなずいて、「私は残りますから」と言った。

「その…悪かった」


 ラスティはしゃがんでまだ泣いている少女の肩に手を置く。少女はしゃくりあげながら、ラスティを見上げた。

「どうして、あのひと、おこったの?」

「怒ったんじゃないんだ、その…びっくりしたんだ。人と触れ合うのを。あまり、外へ出ない人だから」

「おまえが謝ることじゃないだろ」ジェフリーがやれやれと両手をあげた。「ああいうのが貴族の反応だろ。おまえらが変わってるんだよ」


「私は貴族じゃないよ」

 一葉はジェフリーの視線を受けて答える。

「ラスティが変わってるんだ」

「俺は別に…」

「褒められているんですよ、殿下」ニールがフォローする。「殿下はありのままを受け入れられる方だということです」

「そうなのか?」

 ラスティは納得いかないようだった。


「ニールって気が利くね」

 一葉は腕組みしてうんうんとうなずいた。

「レナ、もう泣き止め。あいつはもう帰ったから」

 ジェフリーが少女の頭をなでる。少女はぐすぐすと泣いた。


「だって、あのひと、きれいだから、さわりたかったのに、レナのて、きたないって」

「…兄上をきれいだと思ってくれたんだな。ありがとう」

 ラスティはレナと呼ばれた少女を抱き上げた。

「いい子だ。兄上にも伝えておくよ」

「おにいちゃんなの?」

「そうだ。自慢の兄だ」

「うふふ、ジェフリーとハリーといっしょ」


 ラスティに抱き上げられてゆらゆらとされると、レナは泣くのをやめて、きゃっきゃと笑った。

「ほんとにおまえって変わってるな」ジェフリーがそれを見て笑う。

「そういうところか…」


 一葉はぼそりというといぬくんを抱いて、高く持ち上げた。「よし、鬼ごっこしよう! このいぬくんを捕まえた人が勝ちね!」

「くるるる!」


 唐突にそう言われたいぬくんはぎょっとして一葉を見た。ぽんと地面に投げ出され、いぬくんはあわてて走り出した。

「まてー!」

「あっちに行ったぞ!」


 子供たちはいぬくんを追いかけ始める。泣いていたレナも、いぬくんを追いかけ始めた。

「まってー!」

「ふう…」ジェフリーは大きく息を吐いた。


「おまえが子供たちの面倒を見ているのか?」

「今は俺が一番年上だから、必然的にこうなっただけだよ。俺もガキのころは、別の兄ちゃん姉ちゃんたちに面倒見てもらってたからな」

「子供を預ける場所はないのか?」


「そんな金も場所もねえよ」

 ジェフリーは皮肉気に笑う。

「貧民街の子を雇ってくれる場所なんてないしな。家が商売やってるところは、店の手伝いしたりする子もいるし。家によって事情は様々だ」

「そうか…」


 ラスティはいぬくんを追いかける子供たちをみつめる。いぬくんはつかまりそうになると、ひょいと子供たちの手をすりぬけ、台の上に上ったり壁にとんと足をかけてジャンプしたりと、上手に逃げ回っている。


「俺たちは学校を終えると、家庭教師がいたり習い事をしたりするのが当たり前だったが…。ここは違うんだな」

「当然だろ」

 ジェフリーは肩をすくめる。


「…母親の様子はどうだ?」ラスティがぽつりとジェフリーに聞く。

「今のところは落ち着いてるよ。ただ、いつ、何するかは俺にもわからないんだ」

「俺に何かできることは?」

 ラスティにそう尋ねられ、ジェフリーはおかしそうに笑った。


「なんだ?」

「いや、おまえ、あの兄上様とは本当に似てないな」

「何…」

「褒められてんのよ、ラスティ。似てないって言われたくらいでむきになるなって」

 反論しようとするラスティに、一葉が肩をたたいた。


「つかまえたー!」

 子供の一人が、いぬくんを抱えて嬉しそうに叫んだ。いぬくんは「くるくる」と鳴いている。

「ねえ、ぼくのかちだよ!」

「そうだね、すごいねえ」

 一葉は少年からいぬくんを受け取る。

「ねえ、つぎは? つぎはなにする?」

「えっと、次はね…」


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