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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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皇太子の気まぐれ

 ギルドの前でジェフリーたちと別れて、一葉たちは教会に置いた馬を取りに行った。また一葉はブラッドと一緒に馬に乗り、ラスティも一人で馬に乗った。


「殿下、遠回りになりますが、一度スペンサー邸へ」

「こいつを送っていくんだろう。わかっている」

「お手数かけますねえ」

 一葉はぺこりと頭を下げた。


「そういえばさ、ラスティは学校行かないの?」

 街の中を抜けて、3人は森へ進む。

「中学は今年で卒業した。上の大学へ行くこともできたが、兄上がお身体が弱くて通われないから、俺も行かないことにしたんだ。勉強は城でもできるからな」

「行ったほうがいいんじゃないの? ほら、人脈作りとかさ」

「そういうものは、小学と中学で培った。幼いころからの友人はいるから平気だ。それよりも、兄上をお助けするほうが大事だからな」

「兄上、兄上。あんた、本当にお兄ちゃん大好きね」

 一葉が辟易したように言った。ラスティはむっとしたように一葉をにらむ。


「ラスティ様は優秀なんだ。家庭教師たちもその点は感心しておられるらしいぞ」

 ブラッドが話題を変える。

「へー、そう。何勉強してんの?」

「歴史、数学、地理、物理、化学、国語、美術や音楽、剣の指導も」

「あ、それでさっきも魔物と戦うの、平気だったんだ」

「ラスティ様はクラークに直接指導されているからな。強いぞ」

「クラークって強いんだ?」

「将軍だぞ。弱いわけがない」

「そりゃあそうだよね。…ねえ、その勉強ってさ、私もまぜてもらえない?」

「おまえが?」

「なんで?」

 ラスティとブラッドは一斉に一葉に聞き返す。


「だって、ラスティを待ってる間、暇だしさー。クラークはブラッドが来るまで家から出るなって言うし。この世界の文字とか覚えられたら便利だし」

「そんなこと、でき…」

「いいだろう」

 ブラッドが否定しようとすると、ラスティがあっさり肯定した。聞いたほうの一葉も目を丸くして驚く。

「ラスティ様?」

「いいの?」

「おまえが一人でいると、何をするかわからないからな。どうせクラークは城へ来るんだし、一緒に来れば問題ないだろう」

「…ラスティ様がそうおっしゃるなら」

 ブラッドとしては何も言いようがない。


「しかし、急に家庭教師となると…」

「何を言っている。文字を教えるくらいなら、ブライアンでいいんだろう」

「ブライアン? て、いつもあんたと一緒にいる…」

「俺の侍従だ。世話好きだし、俺がどこかへ行くわけでもなければ、別にいいだろう」

「あ、ありがとう…」言いながら、一葉はラスティと今の王様は、やはり親子だな、と思った。

 自分の意見を押し通すところは似ている。それも王族であるせいかもしれないが。


「まったく。クラークといい、ラスティ様といい、一葉の周りはおまえに甘いな」

 ブラッドはため息交じりにそう言った。

「くるくる」といぬくんが一葉の腕の中で鳴いた。


「そんなわけで、明日からクラークと一緒にお城へ行ってもいい?」

「いい? というか…もう決定事項なんだろう?」

 夕食でクラークに今日あったことを報告する。クラークはワインを飲んで一息ついた。


「まあそうなんだけど」

「ラスティ様がよしとするなら、私は別にかまわない」

「よかった。クラークがダメって言ったら、どうしようかと」

「私がだめだと言っても、一葉がおとなしく従う気はしないな」

 クラークがおかしそうに笑うと、一葉は「そんなことは…」とあいまいに笑った。


 翌日は晴れていた。一葉はクラークと一緒に馬車に乗って城へ向かった。


「ブライアンには迷惑をかけないように」

「はいはい」

「勝手に城の中を歩き回ったりしないように」

「はいはい」

「返事は」

「一回ね。はい」


 馬車の中できっちりと言われ、一葉はおざなりに返事をする。

「そう言えば、クラークはなんで馬に乗ってお城へ行かないの? 馬車が好きなの?」

 一葉は膝の上のいぬくんを撫でながら流れる景色を眺めて言う

「まあ別に馬でもいいんだが、こっちのほうが楽だし、雇用者を多く雇うのも貴族の役目なんだ」

「ああ…御者さんの仕事ね。メアリアンのほかにも侍女さんいっぱいいるよね。失業者対策ってこと?」

「そんなところだ」

 クラークも窓の外の景色を眺めながら答える。


「風がだいぶ涼しくなってきたな」

「そうだね。こっちの世界も、春夏秋冬はあるの?」

「もちろん。まあ場所によって違うこともあるな」

「赤道とかはいつも熱帯だよね。ということは、こっちは北半球?」

「そうだな。地理としてはそうなるだろう。そのうち、こちらの地理も勉強してみるといい」

「そうだね、まず字を読めるようになってからね」


 城へ到着して馬車を下りて、クラークがラスティの部屋まで一葉を連れてきてくれた。ブライアンに挨拶するためだ。ラスティの部屋をノックすると、ブライアンが部屋から出てきた。


「おはようございます、将軍。一葉さま」

「おはよう、ブライアン」

「おはようございまーす」

「おはよう。来たのか」

 部屋の中にいたラスティが立ち上がってこっちへ来る。


「おはようございます、ラスティ様」

「おはよー」

「ブライアンには話しておいたぞ」

「ありがとう!」

 一葉は両手を組んで笑った。

「私でお役に立てるなら幸いです」

 社交辞令だろうとは思うのだが、ブライアンがそう言ってくれるのは一葉にはありがたかった。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ、一葉をよろしくお願いします」クラークがそう言ってから、「では、一葉。ブラッドが来るまでおとなしくしているんだぞ」と言ってクラークはラスティの部屋を後にした。


「一葉、俺はこれから少し外すが…」

「どっか行くの?」

 ラスティが部屋を出るのを見て、一葉もいぬくんを足元へ置いて歩き出す。

「…バルコニーだ」

「バルコニー? 外の空気を吸いに?」

「そんなところだ」

 なんとなくラスティが気まずそうに見えるのは気のせいだろうか。一葉は「じゃあ、私も」と言った。


「なんでだ」

「いいじゃん。あそこ、あんたのお兄ちゃんも…」言ってから、一葉は気づいた。「あ、そういうこと」

「なんだ」

「いや、いいのいいの。余計なことは言わないから」

 一葉はにやにやと笑った。

「まったく」

 ラスティは不満そうにしながらも、足早にバルコニーへ足を進める。ブライアンもしずしずとついてきた。一葉に続いていぬくんもとことことついてきた。


 窓からセオドールが鳥に囲まれているのが見えた。ラスティは嬉しそうにドアを開ける。ブライアンはドアのそばにいる兵士に一礼した。

「兄上!」

「おはよう」


 セオドールは驚いて一葉とラスティを見る。何匹か鳥が羽ばたいて逃げて行った。ほかの鳥は慣れているのか、逃げずにセオドールのそばで餌を食べている。

「…おはよう。君は、一葉だったね」

「そう。今日も餌やり?」

「日課だからね」

「ねえ、この鳥って鳩?」

 一葉はいぬくんがちょっかいを出してはぱっと逃げる白い鳥を指さした。


「カモメだよ」

「見ればわかるだろう」

「カモメ!? わかんないよ! 確かに言われてみればそんなような気も…。鳩だと思った」

 白い鳥は確かに鳩よりもくちばしが長い。


「鳩は凶暴だから慣らすのが大変だろう?」

「えっ…この世界ではそうなんだ。うちの世界では、鳩は平和の象徴って言われてるんだけど」

「おかしな世界だな」

「変わってるね」

「さらに、カモメは普通海の上を飛んでるんだけどね。こんな陸の上には来ないはず…。まあ、いいや」

 一葉がカモメに触ろうとすると、カモメはすぐに飛んでセオドールのそばに飛んだ。


「慣れてるね」

「兄上はおやさしいからな」

 ラスティが自分のことのように得意げに言った。

「やさしいわけじゃないよ。最初は気まぐれでやったのが、だんだんこうなって、今は大勢の鳥が来てくれるようになっただけ。…今は僕の数少ない友達」


 真正のかまってちゃんだな。一葉はラスティがいるので、口に出さずに胸の内でつぶやいた。

「兄上はお身体丈夫ではないから、人とお付き合いされるのも大変なんだ」

 ラスティがフォローするように言った。

「あんたは誰とでも友達なっちゃうわよね」

「そうか? そんなことはないだろう」

 ラスティは首をかしげる。


「相手の懐に簡単に入っていくっていうか。ほら、ジェフリーももう仲良しじゃん」

「ジェフリー?」セオドールが首をかしげる。

「別に仲良しというわけでは…」

「街のいるラスティと同じ年くらいの男の子よ。冒険者になりたいんだって」

 一葉が手短に説明する。


「そう…。そういえば、ラスティは市井に行っているんだったね」

 セオドールは空になった餌のさらにぱんぱんとはたいた。

「はい、そうです。貴族の中にいたのではわからない、平民の暮らしがわかりますよ」

「よかったね」


 そういうセオドールはさして興味もなさそうだった。鳥たちは餌が無くなったのがわかると、一匹一匹と次第に飛び立ち始めている。カモメはカアーと鳴いた。カラスみたいだな、と思いながら一葉はカモメを見上げる。


「俺が行ったのは貧民街ですが、彼らも懸命に生きているんです。戦争で親を亡くした子供たちが多いようです」

「そう。大変だね」

「ジェフリーは父親が戦争で亡くなり、母親と弟と暮らしてますが、彼も複雑な思いを抱えているようです」

「そうなんだ」

「全然興味ないのね、あんた」

 適当な相槌をうつセオドールに、一葉は呆れて両手をあげた。


「ラスティは国民のことが知りたいって言うけど、皇太子さまのセオドール様は、自分を養ってくれる国民に興味ないんだ」

「そ…んなことはないけど」

 セオドールは戸惑ったように言う。

「そうだ。兄上は国民のことを常に考えておられるぞ」


「ラスティに聞いてないわよ。そもそも、あんたらがいい暮らしできるのは国民が納税の義務を果たしてくれてるからってわかってんの?」

「…わかってるよ、そんなこと」セオドールは一葉から顔をそらした。

「そうだぞ、兄上はもちろんおわかりだ」

「だから、あんたに聞いてないっつーの。ま、国民に興味のない王様と、国民に目を向ける王様とどっちが好かれるのかは分かり切ったことだけどね」

「………」

 セオドールは一葉をじっとみつめる。一葉はそれを無視して二人にくるりと背を向けた。


「じゃ、私行くわ。後でね、ラスティ」

「あっ…待てよ、一葉」ラスティは一葉を追いかけようとして、セオドールを振り返る。「兄上、失礼します」


「…くよ」

「え?」

「は?」


 セオドールがぼそぼそと何か言ったのが聞こえたので、ラスティと一葉は足を止めてセオドールを見る。


「僕も一緒に市井へ行く」


 唐突に放たれたセオドールの言葉に、一葉もラスティもぽかんと口を開けた。


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