冒険者見習い
「で、なんでついてくんだよ?」
冒険者ギルドのドアを開けながら、ジェフリーがラスティたちを振り返る。
「言っただろう? 力になりたいって」
「…何ができるんだよ」
ジェフリーは諦めたようにため息を吐いて、ギルドの中へ入って受付嬢に話しかける。扉を開けると、中には冒険者たちが集まっていた。
椅子に座って談笑するもの、張り紙を読むもの、報酬の件について話をするものと様々だ。
「いらっしゃい。今日も見習いの練習かしら?」
「ああ。グラハムさんは?」
受付嬢は微笑んで、「2階にいるわよ」と階段をさした。ジェフリーはうなずいて振り返る。
「おまえらも来るのか?」
「言ったろう? 力になりたいって。おまえのことが知りたいんだ」
ラスティの言葉に肩をすくめて、ジェフリーはハリーの手を引いて階段を上がる。2階にも冒険者がたむろしていた。
「グラハムさん!」
「おう、ジェフリーか。今日も…あれ? 超獣使いのお嬢ちゃんじゃねえか」
「あれ、クリバチ退治の時のおじさん。グラハムっていうんだ?」
クリバチ退治の時にいた屈強な戦士がグラハムだったとは。世間は狭いものだなあと一葉はしみじみ思った。
「グラハムさんを呼び捨てにするなよ、おまえ」ジェフリーが一葉をにらんだ。
「あんたこそ、ラスティのことおまえ呼ばわりじゃん」
「ここでは俺はただのラスティだ。だいたい、一葉がいうことではない」
「なんだ、仲良しだなあ。ジェフリーに同じ年くらいの友達がいて安心したよ」
グラハムは豪快に笑った。ジェフリーは「…こいつらは友達じゃないし。友達くらいいるし」とそっぽを向いた。
「あんた、確か軍人の…」
「ブラッドだ。よろしく」
ブラッドが両手を組んで頭を下げる。グラハムも同じ動作をした。
「そうか、ジェフリー、意外に顔が広いんだな。それで、今日も街の外で弓の練習をするのか?」
「弓の練習?」
一葉が首をかしげると、ジェフリーは説明する。
「俺の適性は弓使いだってギルトで水晶で見てもらったら出たんだ」
「それって…私も確かやったやつだよね?」
一葉はブラッドに尋ねる。
「そうだな。それで超獣使いだとお墨付きだ」
ブラッドはうなずく。
「一人で行かせるのは心配だから、俺もついて行くんだよ。ギルドにそれも仕事で依頼されるんだ。次代の冒険者育成のためにな。街の近くだと凶暴な魔物はほとんどいないし、弓のいい練習になるからな」
「へえ…。やさしいね、おじさん。それ、私たちも見に行ってもいい?」
「いやだ」とジェフリー。
「いいぜ」とグラハムが答えた。
「グラハムさん…!」ジェフリーは予想外のグラハムの返答に困惑した。
「いいじゃねえか。弟も一緒だし、母親のことは心配いらないだろ。観客がいるほうが盛り上がるし」
「…グラハムさんがそう言うなら」
渋々ジェフリーはうなずいた。
弓と弓矢を持ってジェフリーと一行はギルドを出た。グラハムは弓も剣も使える冒険者なのだそうだ。グラハムはそこにも憧れているらしい。
「冒険者見習いだから、レベルはまだつかないんだな?」
「でも、本物の冒険者になったらすぐにレベルがあげられるように、訓練してるんだ」
ジェフリーとラスティが並んで歩きながら城壁の門へ向かう。その後ろを一葉がいぬくんを抱いて、グラハムとブラッドが続く。
「おじさん、どうやってジェフリーと知り合ったの?」
一葉は気になっていたことをグラハムに尋ねる。
「はは、それが気になるか。実はあいつ、ハリーと二人で街から出ようとしてたんだよ」
「子供二人でか? それはまずいだろう」
ブラッドが呆れたように言う。
「そう。なんでそんなことしたんだって聞いたら、家にはいられないから、強くなりたいって言うんだ。そのときあいつらの母親のことも聞いてな…。一応、気になって貧民街へ行って噂を聞いたら、ハリーはずいぶん病気になったり、怪我したりするってことだったな。で、時間が空いた時は、俺が訓練してやるって言ったのさ」
「へー。そういうこと」
「いいやつだな、あんた」
「だろ。はははは」
グラハムは豪快に笑った。
街を覆う壁の門へ向かうと、門番が一礼して一行を外へ出してくれた。少し歩いていくと、ほかの冒険者たちが街道の外側の森の中へ何人かいるのが見えた。一葉はそれを指さしてグラハムを振り返る。
「冒険者がいるね」
「レベルの低い冒険者たちは、街の外でレベル上げするのが定番なんだ。街の周りにはあまり強い魔物はいないからな」
「へえ…。RPGの王道だね」
「あーるぴー…?」
「こっちの話。魔物って、クリバチみたいなの?」
「あれも魔物の一種だけど、期間限定で今はもう出ない。しかもほとんど経験値にはならない代物だ。何せ、栗を持ってきて、食べるのを邪魔すると刺すだけの魔物だからなあ。ただ、駆除すると国からいくらかもらえるんだ。人が城壁の外へ出るのの邪魔になるだろう」
「そっか。じゃあ、今はどんな魔物がいるの?」
「ここらには…ほら、あそこにいるじゃねえか」
グラハムが指さした場所に、ひょこりと一匹のカエルが姿を見せた。大きさはウサギほどあるだろうか。
「うわ、でっかいカエル…」
「下がってろ」
ジェフリーが弓矢を携えて狙いを定める。すると、カエルはぴょんと跳んでこちらへその足まである口をがばっと開けた。
「ぎゃああああ!」一葉は絶叫した。「口が、口が、口が!」
ジェフリーが放った弓矢はするりとかわされ、一葉の頭を飲み込むかと思うほどの開口をしたが、グラハムの剣に一刀両断された。
「な、な、な…」一葉はいぬくんを抱いて後ずさる。カエルは真っ二つにされて、ぴくぴく動いていたが、やがて溶けるように消えてしまった。
「無事か、一葉?」
「だ、大丈夫、だけど…」一葉はまだどきどきする心臓の鼓動を聞きながら、「なんでカエルがあんな大きいの? なんであんなにでっかく口開くの? なんで消えたの?」と指をさしながらじたばたしていた。
「なんでって…」グラハムは首をひねる。「カエルってのはそういうもんだろう?」
「いやいやいや! 私の世界では、カエルはもっとちっちゃいし、そもそも人を襲わないし!」
「おまえの世界って、変わってるなあ…」
「変わってるのはこっちの世界だって!」
しみじみ言うブラッドに、一葉は言い返した。
「ジェフリー、今のは外したらだめだろ」
「すみません…」
ジェフリーは肩を落とす。ハリーはジェフリーの手を引いた。
「兄ちゃん、おしかった」
「ありがとな、ハリー」ジェフリーは微笑む。
グラハムは少年たちの肩をたたく。
「そういえば、ブラッドも魔物退治するんでしょ?」
「俺が? 俺は魔物とは戦わない。軍人だからな」
「おまえ、そんなことも知らないのか」
ラスティの呆れたような物言いに一葉は唇を尖らせる。
「何よ、知らないものは知らないのよ」
「じゃあ説明してやる。軍人は敵国の軍人と戦うもの。冒険者は魔物と戦うものだ。そもそもお互いの範囲には干渉しないんだ」
「そうなの?」
一葉がブラッドに確認すると、ブラッドはうなずいた。
「ラスティ様のおっしゃるとおりだ。俺たちが魔物と戦ったら、冒険者の仕事を奪うことになるからな。その辺は住み分けしてる。冒険者は人間とは戦わないんだ」
「へー…。じゃあ、例えばだけど、戦争してるときに魔物が出てきたらどうするの?」
「魔物が出そうな場所には、冒険者も一緒に連れて行くんだ。俺たちは魔物に手は出さないし、冒険者も人間とは戦わない」
「そういうもんなんだ」
一葉は納得して、うんうんとうなずく。
「…ねえ、ハリーも冒険者になりたいの?」グラハムの指導を受けているジェフリーをじっと見ているハリーに、一葉は声をかける。
「ん…。まだわかんない」
ハリーは一葉をちらりと見上げる。
「でも冒険者はかっこいいと思う」
「だよね。魔法とか使えるし…。そういえば、魔法を使えるのは冒険者だけなの?」
一葉がブラッドを振り返ると、ブラッドはかぶりを振った。
「軍人でも使える。そもそも、俺たちは魔素を生まれた時から持ってるからな」
「まそ? 何それ?」
「異世界には魔素がないのか?」
ラスティが不思議そうに一葉に聞いてくる。
「持ってないよ。そういえば、クラークもそんなことを言ってたような…」
「そうか、ないのか。まあ、例えば…」ブラッドはぎゅっと手を握りしめて、手を開いた。すると、マッチの明かりのような火が掌の上に灯った。
「え、すごいすごい! ブラッドも魔法が使えるんだ!」
一葉は興奮気味にはしゃいだ。
「すごいもんか。このくらい、火の属性を持つ人間なら誰でも使える。この世界の人間は誰でも魔法の素となる魔素を体内に持っているからだ。魔法使いはこれで魔物を倒すほどの魔力を持ち合わせているから、職業になるんだ。クリバチ退治の時、見なかったか?」
「うん、見た見た」
「ちなみに、俺はこれが精いっぱいだ」
「そうなの? 冒険者の人なんか、すごい炎出してたけど」
「それが適性というものだ。強い魔法を使えるものが魔法使いになる。魔石を装備した杖を持つことによって、より強く魔法が具現化するんだ。俺も一応使えるが、こんなものだぞ」
ラスティが右手をあげて、すっと振り払う。それと同時に、風が吹いて目の前の木に小さい傷がついた。
「すごいじゃん! 私、魔法なんて全然使えないよ!」
「む…当然だ」
持ち上げられ、ラスティは得意げにうなずいた。
「けど、おまえこの前、魔法使ってただろ? 教会で」
ブラッドが言っているのは、教会の畑でサラマンダーを呼び出した連中と会った時のことだ。
「ああ…。あれはね、私が使えるわけじゃないの。ある人の力を借りてるだけ」
「そんなことが可能なのか?」
「知らないよ。よくわかんないけど、青の賢者がそれで魔法が使えるって。でも必要な時しか力を貸してくれないから、普段は全然使えないんだ。魔法使うと、すごい疲れてこの前みたいに気絶するみたい」
「俺たちも普段は魔法を使えるわけじゃないぞ」
「そうなの? なんで?」
ラスティに言われ、一葉は首をかしげる。
「街中で攻撃魔法を使うことは、本来禁止されてるんだ。こういう街の外でならいいけどな。私有地でみつからなきゃいいけど、街でみつかれば罰金、もしくは禁固刑」
「え…。てことは、あのとき私が使ったのは…」
ブラッドの説明に、一葉は顔を青くする。
「事情が事情だから、とりあえず黙認だ。黙っておいてやる」
「よかった…」
一葉は胸をなでおろした。そういえばクラークがいぬくんの力を使わせたのも、屋敷の庭の中だったなと思い出した。ジェフリーたちと会った時にみつからなかったのは、運がよかったんだ。
「なあ、ジェフリー、グラハム。俺も魔物退治を教えてれないか」
ラスティが短剣を腰から抜いた。
「おまえが?」
ジェフリーは露骨に嫌そうな顔をした。
「いいじゃねえか。おまえは…」
「ラスティだ」
グラハムはラスティを値踏みするように見て、うなずいた。
「じゃあラスティ。ジェフリーとどっちが魔物を狩るか競争だな」
グラハムが森の奥を指さした。
「そういうことなら、負けないぜ」
「それは俺の台詞だ」
「あんまり奥へ行くなよ。俺も行くけどな」
ジェフリーとラスティは、弓と短剣で競ってカエルを狩ったが、結局両者4匹狩ったところで、時間切れだと言われて街の中へ戻ることになった。その間、いぬくんが魔物を炎で焼き尽くすのを邪魔だと言って怒り出し、二人は結果に納得いかなかったようだ。
「もっと時間があれば、俺の勝ちだったのに」
「いや、俺が勝った」
街の中に戻っても、二人はまた勝ち負けを争っていた。
「まったく、負けず嫌いねえ。あんたたち」
「兄ちゃんのほうが強いよ」
ジェフリーの手を引きながら、ハリーが一葉を振り返る。
「だってさ。よかったね、ジェフリー」
「子供の言うことだ」
ラスティはそっぽを向いた。後ろでこっそりグラハムとブラッドが笑った。
「そういえばさ、あんたなんで冒険者になりたいの?」
「俺の父親が戦争で死んだからだ」
ジェフリーは振り返らずに一葉に答える。
「それが理由?」
「そうだよ」
「わかったような、わからないような…」
一葉は首をひねる。
「人を殺したり、殺されたりするような職業にはつきたくないってことだろ」
ブラッドが言うと、ジェフリーは否定も肯定もしなかった。ギルドへ着いて、今日やったことの成果を報告する。グラハムはいくらか報酬をもらって、「明日は無理だから、明後日な」とジェフリー告げた。
「わかりました。今日もありがとうございました」
「ありがとうございました」
ジェフリーに合わせて、ハリーも礼を言う。ギルドを出ると、ジェフリーが「じゃあ、ここで」と言った。
「明日もまた来ていいか?」とラスティは聞く。
「いやだって言っても来る気なんだろ」ジェフリーがため息交じりに言うと、ラスティは苦笑いを浮かべる。
「明日はグラハムさんは忙しいから、俺たちは貧民街にいる」
「わかった」
ラスティはそう言って、と一葉とブラッドを振り返った。二人もうなずいた。




