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【3章開始】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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「…ラスティ様、馬は教会へ置いていきましょう。貧民街で預けては、盗まれる可能性がありますから」

「そうか。任せる」

「セシリアにも会えるしね」

 一葉がにやりと笑ってブラッドを振り返ると、「そんなんじゃない」とブラッドは一葉をにらみつけた。

「セシリア…?」

「昨日教会にいた美人のおねえさんだよ」

「確か、イヴァンが言っていたのを聞いたことがある。クラークとイヴァンとブラッドと、そのセシリアとで教会で育った孤児だと」

「そんでブラッドはセシリア大好きなんだよね」

「うるさい。黙ってろ、飛ばすぞ!」

「うわ、ちょっ…」

 いきなりブラッドが馬を走らせたので、一葉は慌ててうまにしがみついた。ラスティも急いでそれを追いかけ、あっという間に教会へ到着した。馬から下りると、ブラッドは二頭を向かいの店の店主に頼んで預かってもらった。

「あれ? ペンギン?」

 一葉はとてとてと街中をカバンを持って歩くペンギンを見て、指さす。

「やだ、かわいい!」と感激してペンギンに駆け寄る。ペンギンはちらりと一葉を見たが、すぐに顔をそらして向かいのドアを嘴でノックした。すると、中から女性が出てきて、ペンギンがカバンから手紙を差し出す。女性は「ありがとう」と言って家の中へ戻ると、ペンギンにパンを差し出した。ペンギンは一気飲みすると、その家に背を向けてとてとてと歩き出した。

「え? もしかして、ペンギンが手紙届けてるの?」

 一葉はブラッドの腕を引っ張ってペンギンを指す。

「は? 当たり前だろ。じゃなきゃ、誰が手紙を届けるんだよ」

「いやいやいや! 普通、ペンギンは海で魚取るんでしょ! 第一、手紙は郵便局の人が…」

「郵便局ならあるぞ。ペンギンが集配して、そこからペンギンが宛先に配るんだよ」

「えええええ…。ペンギンて、字が読めるの? 私よりすごいじゃん…」

 一葉は驚愕の事実に肩を落とす。

「字が読めるわけがないだろう。手紙に宛先を書けば、ペンギンにはわかるものだぞ」

「マジで? どういう仕組みなの、この世界!」

 ラスティに当然のごとくいわれ、一葉は頭がくらくらしてきた。とてとてと歩くペンギンの姿はかわいいが、なんとも頼りない。

「でも、あんな状態で手紙届けるんじゃ、結構時間かかるよね…」

「街を出れば空を飛ぶんだから、問題ないだろうが」

「ああ、空を飛ぶのね…って、ペンギンが!? 空を飛ぶの!?」一葉はカルチャーショックのあまり、両手をばたつかせた。

「ペンギンは空を飛ぶものだろうが」ラスティはおかしなものを見る目つきで一葉に視線を向ける。

「いやいやいや! 私の世界では飛ばないから! 海を泳ぐものだよ!」

「ペンギンが泳ぐ?」

「ペンギンが空を飛ばないなんて、変な世界だなあ」

「こっちのほうがよっぽど変だよ…」

 一葉は力が抜けてきて、肩を落とした。異世界というのは、よくわからないつくりになっているものだ。

「それじゃあ貧民街へ…」

「待ってよ、ブラッド。せっかくだから、セシリアに会っていかなくていいの?」

「俺は、別に…」

「あら、いらっしゃい」

 よくとおる女性の声に、3人は振り返る。セシリアが教会のドアからほうきを持って出てきたところだった。

「今日も来てくれたのね。昨日、あれからどうしたのか気になってたのよ?」

「や、やあセシリア!」

 ブラッドはにこにこと微笑んで、セシリアに挨拶する。

「こんにちは、ブラッド。今日は3人でおでかけなのね」

「そうなんだ。いや、実は昨日はあれからいろいろあって…」

「いいや。ここはブラッドはほっといて、シアンのところ行こうよ」

「まあ…そうするか」

 ラスティはちらりとブラッドを振り返ってから、教会の中へ入って行った。修道女に聞くと、シアンは子供たちと畑に出て草むしりをしていた。

「シアン」

「ああ、一葉にラスティ様。いらっしゃい」

 シアンは二人に気づいて、微笑んで子供たちから離れて二人のもとへやってきた。

「昨日は世話になったな」

「どうしたしまして。そのお礼に来てくれたの?」

「うん。ねえシアン、なんで教皇様ってこと…」一葉の話を遮るように、シアンは人差し指を唇にあてた。

「ここじゃなんだがら、紅茶でも飲んで話そうか」

 シアンに促され、一葉とラスティは畑から教会の食堂へ入って、周りに人が来ないことを確認してから話を始める。

「俺のことはみんなには内緒ね。普通の司祭だと思ってるから」

「うん。わかった。でも、どうして?」一葉は自分のイメージする教皇像を語る。「普通、教皇様って大きな教会の中で、偉い人に敬われているんじゃ…」

「そういうの、俺嫌いなの」シアンはにっこりと微笑んだ。「こうやって、みんなと一緒に暮らすほうが性に合ってるんだよね」

「そうなんだ…」

「教皇がいないせいで、ライアン枢機卿が幅を利かせているようだがな」

「ああ…。みたいですねえ」

 皮肉気に言うラスティのに、シアンは苦笑いを浮かべる。

「ライアン枢機卿って?」

「女神教の教皇の下にいる人物だ。枢機卿は5人いるが、その中でもライアンは頂点と言ってもいいだろう」

「よくわかんないけど、シアンの次に偉い人ってこと?」

「そういうことだな」

「まあ、俺は偉くなんかないけどね。好き勝手してるし。ライアン枢機卿も悪い人ではないんだけど、やっぱり宗教と権力が結びつくのはよくないよね…」シアンはふう、とため息を吐いた。「ところで、ここでのんびりしてていいの? せっかく市井へ出る許可をもらったんでしょう?」

「そうだった」

「確かに」

 一葉とラスティは顔を見合わせてうなずいた。二人はもう一度礼を言って、教会を後にした。まだブラッドはセシリアと話をしていたが、ラスティが声をかけるとすぐに話をやめてきてくれた。

「まいりましょうか、殿下」

「ああ。…ここでは、殿下と呼ばないでくれないか」

「失礼いたしました。では、ラスティ様と」

「それでいい」

 ラスティはうなずいて、昨日いった貧民街の入口へと続く道を歩き出す。

「ねえ、なんで同じ街の中で壁があるの?」

 一葉が素朴な疑問を口にした。

「なんでって…そりゃあ、身分が違うもの同士が一緒に暮らすのはおかしいだろ?」ブラッドは聞き分けの悪い子供に話すように言う。

「おかしいのはそっちだよ。生まれたのがたまたま貴族とか平民だったって話でしょ。同じ人間なんだから、壁で隔てるなんて変だよ。私の国では身分によって壁で差別なんてしないよ。まあ貴族もいないけどね」

「何言ってんだ? おまえ」

 ブラッドは怪訝な表情で一葉を見たが、ラスティは足を止めてじっと一葉を凝視した。

「ラスティ様?」

「どうしたの?」

「………。いや、なんでもない」

 ラスティは再び前を向いて歩き出した。3人は貧民街へ入る。壁一つ隔てただけなのに、やはり街中は荒れているという印象だ。建物も壊れたものはそのままだし、薄汚れている。

「ここへ来るのは久しぶりだな」

 ブラッドはあたりを見渡す。

「来たことあるんだ?」

「ずっと昔。まだ軍人になる前だな。シアンが奉仕活動の一環で来たのを手伝ったんだ。教会は金持ちも貧乏人も分け隔てなく、がモットーだからな」

「そっか」

「向こうだったな? ジェフリーの家は」

 ラスティがくだびれた家が並ぶ通りを指さす。

「そうだったね。あの兄弟いるといいけど」一葉もラスティに続いて歩き出す。

「その、兄弟の母親と言うのが弟を虐待しているんですね?」

「そのようだ」

 ブラッドが昨日のラスティの説明から聞いた話を確認すると、ラスティは肯定する。

「でも、実際のところは本当かどうかわかんないよね。私たちはジェフリーの一方的な話しか聞いてないから」

「ああ。どちらにしても、俺は彼らが苦しんでるならそれを解決したい」

「それはいいけどさ」一葉は周りで遊んでいる小さな子供たちに視線を向けながら言う。「こういうことって、この国では珍しいの? ラスティはこういうことがあったら、全部自分でなんとかしようと思ってるわけ?」

「一葉」ブラッドが咎めるように名前を呼ぶ。

「それはちょっと傲慢なんじゃない?」一葉はラスティに視線を戻す。「王子様だからって、国民をみんな苦しみから救えるとでも思ってるの?」

「…俺は」強張った表情でラスティが口を動かす。

「なんだ、おまえら。また来たのか」

 住宅街から、ハリーを連れたジェフリーが呆れたように声をかけてきた。ラスティは言おうとした言葉を飲み込んだ。

「懲りねえなあ。昨日あんな目に遭ったってのに」

「心配だったんだ。おまえたちのことが」

「はは。王子様がこんな貧乏人にお恵みをくださるってのか?」

「そんなつもりは…」ラスティはかぶりを振る。「おまえたちの力になりたい」

「そりゃありがたいことだ。それで、何してくれるんだ? 施しでもしてくれるのか?」

 ハリーは卑屈な笑みを浮かべるジェフリーの服のすそをぎゅっと握った。

「まったく」ブラッドは腕組みをした。「一葉といい、おまえたちといい、ラスティ様に無礼な態度を取りすぎだ。仮にも一国の…」

「よせ、ブラッド」ラスティは片手をあげて制する。

「この男は?」ジェフリーは怪訝そうにブラッドを見上げる。

「俺の護衛のブラッドだ。気にしないでいい」

「ま、そうだよな。昨日みたいなことが例外か」ジェフリーは肩をすくめた。

「兄ちゃん」ハリーがジェフリーの手を引っ張る。

「ああ、わかってる。行くよ」

「どこへ行くんだ?」

 歩き出したジェフリーたちにラスティも続く。

「冒険者ギルドへ行くんだ」

「ギルドへ?」

「何しに?」

 ブラッドと一葉が交互に尋ねる。

「おまえらに言う必要はないだろ」

 ジェフリーがぷいとそっぽを向くと、一葉は唐突に「いたたた!」と頭を押さえた。

「どうした?」

「いたい! 昨日、誰かに殴られた頭が痛い! すっごくいたーい!」一葉は大声で喚いた。

「おまえな…」ジェフリーは顔を引きつらせる。「…わかったよ。俺、冒険者になりたいんだよ」とため息交じりに話した。

「何の話だ?」

「こっちの話」ブラッドの問いに、一葉は頭をおさえながらにやりと笑って答える。「ギルドに行って、冒険に行くの?」

「馬鹿か、おまえは」ラスティは、はあ、とため息を吐いた。「まだ就学している者が冒険に出られるものか。ギルドでは冒険者に見習いになるために話しを聞かせてもらったり、ギルドで見習いを育てるために支援金を出して冒険者に稽古をつけてもらったりするんだ。次代の冒険者を育てるために」

「へえ…っていうか、私はこっちの世界のこと知らないんだから、しょうがないでしょ」一葉はむっとして唇を尖らせた。

「ふーん。超獣使いが異世界の人間てのは本当のことなんだな」

 ジェフリーが感心したようにハリーの手を握って歩く。貧民街から平民街への街へ行く壁を抜けて、5人は冒険者ギルドへ向かう。


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