シアンの正体
「なんか疲れたね~。早く帰ってお風呂入りたいわ」
「そういうわけにはいかないだろう」
「なんで?」
「おまえは本当に馬鹿なのか? 俺を連れだしたのは誰だ?」
「あー…」一葉は諦めたようにため息を吐いた。腕の中のいぬくんを撫でる。「そうそう。あんた、王子様だっけね」
「ジェフリーのことは言うなよ」
「さっきの? …なんで?」
「あいつらを犯罪者にしたくない」
「王子様はおやさしいことで」
一葉がにやりと笑うと「そんなんじゃない」とラスティはそっぽを向いた。
「でも、よくやり返さなかったね」
「何がだ?」
一葉はラスティの腫れた頬をつついた。
ラスティは「何をする」と言って一葉の手を振り払った。
「殴られたのに、抵抗しなかったじゃない」
「…そうされても仕方ないと思ったからだ。俺には王族としての責任がある」
「私の時はちょっと言われたくらいで引っぱたきつけてきたくせに」
一葉が面白くなさそうに言うと、「それはおまえが無礼者だから仕方ないだろう」とラスティはあっさりと返した。
「それは私にもいろいろ考えがあってね…」
「王族に簡単に手をあげるようなやつが何を言う。とにかく、城へ戻ったら余計なことは言うなよ」
「なんで?」
「俺が父上にうまく話をするから…」
「…殿下! 一葉!」
聞きなれた声に振りむくと、ブラッドが息を切らせながら二人のもとへ走ってくるのが見えた。
「あれ? ブラッド」
「…みつかったな」
ラスティが肩をすくめる。
「殿下、ご無事で…」
「すまなかったな、ブラッド」
ブラッドは一度膝をついて、それからすぐに立ち上がり、一葉の頭にげんこつをくらわせた。
「痛い!」
一葉は悲鳴をあげて、自分の頭をさする。
「おまえだろう! 殿下を勝手に連れ出したのは!」
「あー…」
一葉が頭をさすりながら視線をさまよわせると、「俺が無理を言って、一葉を城の外へ連れ出した」とラスティが代わりに答えた。
「え…」
一葉は頭をさする手を止めて、驚いてラスティをみつめる。
「まさか、殿下がそんな…」
「隊長ー!」
馬に乗ってやってきたのは、ブラッドの部下のニールだった。すぐにラスティの前で馬を下り、膝をついて礼を取る。それから立ち上がった。
「城のものたちは皆、心配しております。さあ、すぐに城へお戻りください」
「わかっている。心配させてすまなかったな」
ブラッドは教会に馬をつないでいたので、すぐに取りに行ってラスティを乗せて城へ戻ることにした。
「ちょっと待ってくれ。クラークへ伝言を伝える」
「承知しました」
ブラッドは籠にニワトリのいる店により、お金を払ってニワトリを貸してもらった。そしてニワトリに話しかける。
「ブラッドからクラークへ。殿下と一葉をみつけた。すぐ城へ戻る」
ニワトリはコケーと鳴いて飛び立った。一葉はそれを見てぎょっとして叫んだ。
「え、何今の! なんでニワトリが空飛んでるの!? どうして話しかけてるの!? それでどうなるの!?」
一葉は混乱しておろおろと飛んで行ったニワトリと周りを見る。
「ニワトリは空を飛ぶものだし、人の伝言を伝えるものだろうが」
ラスティが呆れ半分に言う。
「いやいやいや、ニワトリは卵を産むものだし、空は飛ばないものでしょうよ! そんな伝オウムみたいな書鳩みたいなことするの!?」
一葉はわめきながらニワトリを指さしてぶんぶんと手を振る。
「おかしなことを言うやつだな」
「異世界から来た人間てのは変わってるなあ」
みんなから不思議そうに言われ、一葉はますます混乱した。
おかしいのは私なの? 私がおかしいの?
「そんなことより、一葉はニールの馬に乗せてもらえ」
ブラッドがラスティを後ろに乗せて言う。
「はあ、どうも…」
まだ混乱したまま、一葉はニールを見る。
「はじめまして。ブラッド隊長の部下です」
「部下? へえ、ブラッドの下にこんなイケメンが…」
「いけめん?」
「こっちの話です」
一葉はニールの馬に乗せられて、急いで城へ戻った。
侍従のブライアンが真っ青な顔でラスティを待っていた。ラスティは適当にブライアンをなだめて、一葉とすぐに王のもとへ来るようにと連れてこられた。
ブラッドが後ろから無言で二人の後に続く。玉座の扉の前で、クラークが腕組みをして、イヴァンが笑いながらラスティと一葉を待っていた。
「殿下、よくご無事で」
「お戻りをお待ちしていました」
クラークとイヴァンはラスティに礼を取ると、クラークはため息を吐いた。一葉を横目で見る。
「ずいぶん長い散歩だったな」
「街の見学、楽しんできたー?」
イヴァンがにやにやと笑いながら聞く。
「まあね」
一葉が微妙な表情で答えると、クラークは「陛下がお待ちだ。失礼のないように。礼の取り方はわかっているな?」と一葉にきっぱりといい聞かせる。
「…わかってます」
今回はおとなしくいうことを聞いておこう、と一葉はうなずいた。
ラスティは一葉の前に立って玉座への扉を兵士に開けさせて中へ入る。
玉座には兵士が国王の御前を守っていた。ラスティの後ろに一葉が続いて、そのあとにクラークとイヴァン、ブラッドが続く。ラスティが歩みを止め、そこで3人と一葉は膝をついて礼を取る。ラスティも膝をついた。
「陛下、このたびは私が…」
「クラーク、よい。まずはラスティに言わせなさい」
先に言い訳しようとするクラークを国王が制して、「話を聞こうか」とラスティに語り掛けた。
「父上、戻りが遅くなりまして申し訳ございません」
「うーん。まあ、確かに待ったね」
国王は特に怒った様子もなく、椅子に頬杖をついてラスティを見ている。
「平民のもとへ行ったそうじゃないか。ブライアンの話だと、何かの遊戯をしていていつの間にかなくなっていたとか」
「そうです」
「あの…」
「俺が一葉を連れて国民の暮らしをみたいと言って城を抜け出したのです」
「…え」
一葉が自分が無理やり連れだした、と言おうとしたのをラスティによって遮られ、一葉はぽかんと口を開ける。
さっきもラスティはそう言ったが、まさかまたかばわれるとは。
「ほう、おまえが? これは意外だな。おまえはそれほど市井に興味を持っておったか?」
「お…私は、兄上の王としての責務をお助けすることが役目。ずっとそう思っておりました。けれど、一葉が重罪人を助けたこと、そして戦争によってどれだけの国民が犠牲になり、我ら王族に対してどんな気持ちを抱いているのか。それをこの超獣使いの娘とともにならば、見ることができるとそう思い、反対されることをおそれて彼女と二人で変装して城を出た次第でございます」
「………」
言うじゃないか。一葉は内心、舌を巻いてラスティをみつめた。
ただの世間知らずの王子様かと思っていたが、そうでもないらしい。自分より小さな王子の背中が、とても大きく見えた。
「なるほどなるほど。それで、国民は我らをどう感じているようだった?」
国王は微笑んで尋ねるが、それがなんだか一葉には怖かった。笑っているのに、責められている気分だ。しかしラスティは怖気づく様子はない。親子だからだろうか。
「戦争によって、家族を失ったものはやはり不満をもっているようです」
「そうであろうな。もっともなことだ。おまえはそれをどうすれば解消できると思う?」
「戦争を二度と起こさないことです」
「どうやって?」
「それは…」ラスティは少しの沈黙のあと、「…俺にできる最善を尽くすことです」
「…ふーむ。いったい何があったのか。何がおまえにそんなことを言わせるのか聞きたいものだ」
「…それは」ラスティは再び沈黙する。
「親切な街の子たちにあったんだよ。ね?」
一葉に助け舟を出され、ラスティは「…ええ。そんなところです」とだけ答えた。
「はは、ではそういうことにしておこう。しかし、黙って城を出たことはいただけないね。勝手なふるまいは周りに迷惑をかける。わかるだろう? おまえが勝手に出て行ったせいで、門番はまず処罰される」
「お待ちください、咎は私にあります。如何様な罰でも…」
「まあまあ。ちょっとお待ちくださいな」
いきなりのんきな声が玉座の間に響いた。全員が驚いてその声のほうに視線を向けると、金の刺繍の入った白い法衣に身を包んだシアンがいつの間にかこちらへ歩み寄ってきた。そして両手を組んで跪き、「失礼いたします、陛下」と言った。
「これは…こちらへいらっしゃるのは久しいですな、教皇。どうぞ、顔をお上げください」
「は? 教皇?」
一葉は目をぱちくりさせた。事態が呑み込めず国王とシアンを交互に見る。
「ええ。実は今回、一計を案じたのは私なのです」
シアンはにっこりと微笑んで一葉を見る。
「超獣使いは、どうやら青の賢者からジョージ殿下を次期国王に推すように言われているようです」
「ほう。しかし、ラスティは次男だ。順番ではセオドールが先に国王となる」
「私は国王にはなりません」
ラスティはきっぱりと言った。
「ええ。ですから、私は一計を案じて超獣使いにジョージ殿下を民のもとへ連れ出すよう策を与えました。それで殿下がどう行動するか確認したかったのです。もし、彼らに処罰を与えるというなら責任は私にあります。どうぞ、いかようにも罰を受けましょう」
「ふーむ…」
とんとんと国王は玉座の椅子を指でたたいた。しばらくの沈黙の後、「それでは」と口を開いた。
「ジョージ。おまえは市井で自分が何をしたいのかみつけてきなさい。それが今回の処罰だ」
「父上…!」
ラスティは驚愕して父親を見上げる。
「今回のことで、感じることがあったのだろう。ただし、次からは一人で勝手に行かないように。クラーク」
「はい」
「おまえの部下をジョージにつけなさい。そうでなければ外出は禁止だ」
「仰せの通りに」
クラークはちらりとブラッドを見る。ブラッドはうなずいて、「かしこまりました」と答えた。
「それから、一葉」
「はい」
一葉は若干、緊張して顔をあげる。
「おまえの目から見て、ジョージはどうだ?」
「ええっと…」一葉はようよう考えながら、「最初は生意気なガキだと思ってましたけど…」
「あ?」
ラスティが一葉を眉根を上げてみる。
「意外に芯が強くて、思慮深い少年だと思いました。これからもっと彼のことを知りたいです」
「ほうほう。面白いことを言う。では、これからもジョージを守ってくれ。その超獣の力でな」
「はい、わかりました」
「さすが陛下。寛大なお心使い、痛み入ります」
シアンがにっこりと微笑んだ。
「どういたしまして。さあ、話は終わりだ。みな下がるがよい。…教皇は、こちらへ」
「かしこまりました」
シアンは前へ歩み出てる。一葉がぽかんとしてそれを見ていると、クラークに手招きされて玉座を出ることに気づいた。
「失礼いたします」
クラークがそう言って玉座を出る。
「いや、さすがは殿下。俺の出る幕はありませんでしたね」
イヴァンは楽しそうに笑う。
「ふん。どうせ、シアンを呼んだのはおまえの入れ知恵だろう?」
ラスティがそう言うと、イヴァンはにやりと笑って「よくお察しで」と答えた。
「まったく…」クラークは一葉をにらみつける。「どうして一葉は」
「ねえねえ、シアンが教皇ってどういうこと? もしかして、すごい偉い人なの?」
クラークの話を遮って、一葉が質問を投げかける。玉座の扉の前の兵士が、ごほん、と咳ばらいをした。
「…さあ、行きましょう。殿下。ブライアンが首を長くして待っているでしょう」
「む…。そうだな」
玉座から長い廊下を渡って、階段を下りる道々、クラークが説明する。
「確かに、シアンは女神教で一番地位の高い教皇だ」
「なんでそんな人が町中で孤児たちの面倒見てるの?」
「嫌なんだってさ。偉い人に囲まれて毎日女神書を読んで書類に囲まれた日を送るのが」
イヴァンがけらけらと笑う。
「セシリアたちは知らないんだ。知ってるのは、城仕えの一部だけだから、口外するなよ」
ブラッドに念を押され、一葉は「了解」と片手を額につけてうなずく。
「なんだ? その手」
「え、これは私の世界では上官に対する軍人の挨拶というか…」
「変な挨拶だな」
「むう…ところ変われば」
「ジョージ様!」ラスティの部屋の前で待っていたらしい、ブライアンがこちらに気づいて駆け寄ってきた。「大丈夫でしたか、陛下はお怒りにはなりませんでしたか? 私はもう心配で心配で…」
今にも泣きだしそうなブライアンを見上げて、ラスティは肩をたたく。
「すまなかったな」
「殿下~…」
「感動の再会はそれくらいにしていただきまして」クラークはやさしく言う。「何があったか、じっくり聞かせていただきましょうか」微笑んでいたがその言い方は、有無を言わせぬ迫力があった。
ラスティと一葉は顔を見合わせて、うなずいた。




