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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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誘拐犯の正体

「まったく、そんな噂はさっさと消えてほしいもんだわ。恥ずかしい。で、あんたたちはなんで私たちを誘拐したの? いぬくんの力を見たでしょ?」


 一葉が本題に話を持っていくと、赤い髪の少年が中に置いてある古い椅子に座り、「取引がしたい」と持ち掛けてきた。

「取引?」

「勝手に誘拐しておいて、取引も何もないもんだ」

 ラスティと一葉ににらまれてると、少年は「確かに」と苦笑した。


「やり方が卑怯なのはわかってる。でも、俺みたいな貧乏人がやれる方法は限られてるんだよ。本当は貴族街へ行こうって話も出てたけど、俺たちみたいのは通行を許可されないし、困ってたところであんたらが偶然にも来てくれたってわけだ」

「そうなの?」

 一葉がラスティに尋ねると、「身分の違いで制限される場所もある」と短く返した。


「生まれた場所が違うだけで、お貴族様はどこへでも行けるのに、俺たちは街の隅へ追いやられてる。おかしいだろ? だったら、そのお貴族様に、お助けを願えないかと思っただけだよ」

 赤い髪の少年が小馬鹿にしたように言う。

「…それで? お前たちの要求はなんだ?」

 ラスティは気を悪くした様子もなく、たんたんと少年に聞いた。

「へえ、さすが王子様。変に抵抗しないんだな」

「この状況で抵抗してどうする。武器も取り上げられ、手を縛られて抵抗することに意味があるか?」

「けど、そいつ超獣使いだろ? 命令させて、俺らを攻撃することもできる」

「私はこの王子の部下じゃないんで。まあ、王子様が床に頭こすりつけてお願いするんだったら、考えてやらなくもないけど」

 赤い髪の少年に、一葉はけろりとそう言った。


「おまえ、本当に性格悪いな」ラスティは顔を歪ませて一葉を見る。

「どういたしまして。まあ冗談はさておき。お貴族様を狙って誘拐したんだから、それなりの理由があるんでしょ。自分たちがどうなるかもわからなくてやったわけじゃないんだよね?」

 赤い髪の少年は、背後にいる二人の少年の肩に手を置いた。


「…首謀者は俺一人だ。こいつらは関係ない」

「そういうわけにはいかないわよ。王子様をさらった大罪人だからね~。全員そろって死刑じゃない?」

「兄ちゃん!」

「ジェフリー!」

 意地悪く笑う一葉の言葉に、少年たちはすがるように赤い髪の少年を見上げる。

「そうか。おまえ、ジェフリーと言うんだな」

 ラスティが静かに少年を見上げた。

「…そうだ。俺はジェフリー・ロイド。貧民街に暮らす貧乏人だよ。こっちは弟のハリーで、こっちは近所のガキのミッキーだ」

 素直に紹介するジェフリーに、「私は一葉。こっちは王子のラスティ」と説明し返した。


「さっきほかにもいなかったっけ?」

「いるよ。別に全員連れてくる必要ないだろ」

「そりゃそうだ」

 一葉はそう言ってラスティを見る。「で、なんだっけ?」


「だから、こいつらの目的はなんだと聞いている。おまえが話の腰を折るんだろうが」

「へいへい、ごめんね」

 にらみつけるラスティから、一葉は肩をすくめて顔をそらした。

「俺たちの親や兄弟はみんな戦争に連れていかれて、はした金を握らされて黙らせられた。帰ってこなかった家族は何人もいる。もううんざりなんだよ。戦争で家族を失うのは。だから」

「だから?」

「戦争を一時休戦中から放棄するんだ。王子様なら、親父に頼んでなんとかできんだろ?」

 ジェフリーがラスティにつめよると、ラスティはふっと静かに息を吐いた。


「…残念だが。それは俺の力では無理だ」

「あ?」

 ジェフリーは顔を歪めた。そしてラスティの胸倉をつかむ。

「おまえがなんとかしなきゃ、誰がどうにかしてくれんだよ。うちは親父がいなくなったせいで、弟が散々な目に遭ってんだよ」

「兄ちゃん!」

 弟が止めようとジェフリーにしがみつく。ジェフリーは舌打ちして、ラスティから手を放した。


「散々な目って、どういうことだ? 飢えているのか?」

「かつかつで食ってはいけるさ。ありがたくお国から補助が出るからな。戦争で肉親を亡くした俺らみたいな貧乏人には」

「では、何故…」

「おかあさんだよ。ジェフリーたちのおかあさんが…」

「余計なことはしゃべるな、ミッキー」

 ジェフリーに言われ、ミッキーと呼ばれた少年は表情を硬くする。


「…どういう意味だ? おまえたちの母親がどうかしたのか?」

「おかしいんだよ、ジェフリーたちのおかあさんは!」

「やめろ!」

「おかあさんは悪くない!」

 ミッキーにジェフリーとハリーの二人が叫び声をあげると、ミッキーは黙り込んだ。

「…おまえの弟、ハリーか。手に包帯しているな。ケガしているのか?」

 ジェフリーにしがみついているハリーの手には、包帯が巻かれていた。さっとハリーは手を後ろに隠す。


「…ただのやけどだ」

「まだ小さいのに。跡に残らなきゃいいけど」

 心配する一葉を無視して、ジェフリーは話を戻す。

「俺の望みは、俺の生活を変えることだ。戦争を放棄するるよう、おまえがなんとかしろ」

「…戦争が国民を苦しめているのは知っている。だが、それは俺一人では止めようがない。止める力があるのは、国王だけだ。…いや」ラスティは視線を床に向けた。「国王も、貴族議員と教会の力を得なければ、戦争を止めることなどできないんだ」

「はあ? 何ほざいてんだよ、王子様ってのは親父の一番近くにいるもんだろう?」

「俺など父上は目にかけてはいない。跡を継ぐのは兄上のセオドールだからな」

 ラスティは静かにそう告げる。ジェフリーは歯噛みした。


「ちっ…! だったら、おまえなんか誘拐したってなんの意味もねえだろうが!」

「!」

「兄ちゃん!」

「ラスティ!」

 ジェフリーはラスティを殴りつけた。ぐらりと揺れて顔をあげたラスティの目は、ジェフリーを責めるようなものではなかった。


「すまない」


「…!」

 ラスティはジェフリーを見上げてそう言った。ジェフリーは息をのんだ。

「おまえたちに苦しい思いを味合わせているのなら、それは王族である俺の責任でもある。おまえたちが少しでもいまよりましな状況になるよう、俺のできることをすると女神に誓おう」

「………」

 ジェフリーはラスティをじっと見つめた後、はあっと息を吐いた。


「…ハリー、ミッキー。二人の縄を解いてやれ」

「兄ちゃん」

「わかった」

 二人は一葉とラスティの腕の縄をはさみで切ってくれた。

「いいの? 私たちを逃がしてくれんの?」

 一葉が赤くなった手首をさする。


「…戦争を止められないなら、同じことだ」

「つかさー。貴族一人さらって戦争どうにかなるとか、普通あり得ないし」

「そうせざるを得ない切羽詰まった状況にあったんだろう」

 ラスティは自由になった手を撫でて、立ち上がった。

「俺たちはここを出て行ってもいいのか?」


「好きにしろ」

「兄ちゃん」

「ごめんな、ハリー。こんなことに巻き込んで」

「いいの? 私言っちゃうかもよ。あんたらに誘拐されましたーって」

 にやりと一葉が笑うと、ラスティが一葉の髪の毛を引っ張った。


「痛い!」

「そんなことは俺がさせない。おまえたちのことも、なんとかしてみせる。…必ず」

 決意を込めて言うラスティに、ジェフリーはふっと笑った。

「その場しのぎの台詞の割には、お前が言うとなんだか聞こえないのが不思議だな」

「そう思ってくれるなら、嬉しい」

 ラスティも穏やかに笑った。笑いあう二人の少年を見て、一葉はふむふむとうなずいて、足元のいぬくんを拾い上げた。


「戻ろうか、ラスティ。そろそろ行かないとブラッドたちが私たちをみつけにくるよ。そうなると、割と厄介じゃない? この状況」

「…そうだな」


 二人が倉庫を出ようとすると、ジェフリーが中流層のいる街まで危険だから送っていくと言いだした。ジェフリーはハリーとミッキーは先にほかの仲間たちと帰るようにと言って戻した。


「その恰好じゃ、狙ってくださいと言っているようなもんだからな」

「あんた、いいやつなのか悪いやつなのかわかんないわねえ」

 ジェフリーは一葉とラスティを連れて歩き出した。貧民街というだけあって、建物は木やレンガが適当に積まれた粗末な造りの家が多い。こちらを見る人々は、よく言えば質素、悪く言えばみすぼらしい格好をしていた。


「おや、ジェフリーその二人は?」

 痩せた中年女性が物珍し気に一葉たちを目に止めて聞いてきた。

「友達だ」

「へえ、身分のよさそうな子だねえ」

「今度、紹介してくれな」

 道行く人たちは顔見知りらしく、ジェフリーに声をかけてくる。


「そんな物騒なところには見えないけど」

「やっぱり、異世界から来た超獣使いってのは、馬鹿なのか?」

 ジェフリーがラスティに振り返る。


「ああ、確かに馬鹿のようだが…」

「否定しなさいよ、そこは!」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪い」

「おとなしくしろよ、おまえらが仲良しなのはわかったから」

 ジェフリーがうんざりして言う。


「仲良しじゃない!」

「仲良しじゃない!」


 一葉とラスティは同時に叫んだ。

「…やれやれ、わかったよ。本当なら、かどわかしやスリなんかが横行してんだよ、貧民街は。俺はここ育ちだからみんなわかってる。だから狙われないだけだ」

「おまえの母親と言うのは、どういう人物なんだ?」

 ジェフリーは足を止めた。そして、じっとラスティを見る。


「…いいぜ。見せてやるよ。俺の母親を。その覚悟があるなら」

「覚悟って…どんな人なの? 髪が天然アフロとか、角が生えてるとか、実は母親が父親とか?」

「おまえの言っていることはさっぱりわからん」


 ラスティが首をひねると、「こっちだ」とジェフリーがくたびれたような建物が並ぶ細道を歩いていく。

 雨漏りがしそうな屋根にはそれを防ぐために布がかかっていた。その中の一つの家の前で止まる。


「ここだ」


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