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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第2章 流浪の王子
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セシリア(5)

 ----彼はもう、忘れてしまっただろう。彼に限らず、あのとき話していたみんなも。遠い昔の、たわいもない子供の話だ。


 何故そんなことを今、思い出したのか。セシリアは証言台に立ちながら、ため息を吐いた。

 セシリアは胸元のペンダントを握りしめて、女神に祈る。どうか、私に勇気をお与えください。女神よ。真実を告げる勇気を。


「では、審議を再開します」

 裁判長が宣言した。

 検察官はセシリアについて質問を始める。


「パーカーさん。あなたは孤児院でスペンサー公爵、ポーター少尉、ブラックウェル伯爵とともに育ったそうですね」

「ええ…。そうです」

「その間、あなたの思考について彼らに影響を与えるようなことは?」

「…国王陛下への不満など、話したことはありません」

「ふうむ…。それはおかしいですね」


 検察官はもう一人の検察官に手紙を提出させ、「証拠書類です」と裁判官へ渡した。

「あなたは、彼らに手紙を書いていますね。国王陛下のせいで自分は両親を失い、修道女として貧民街の孤児らの相手をするしかなくなったと。こんな惨めな目に遭うのはすべて国王陛下のせいであると。あなた方なら、この現状を打開してくれるのではないか、とあります」


「!?」

 セシリアは驚いてそれを見る。検察官から見せられたそれは、確かに筆跡はセシリアによく似せたものだった。

「私はそんなもの、書いていません。よく似せた偽物です」

「なるほど」

 検察官はうなずいた。


「あなたは昨日、ニワトリにライアン枢機卿とシモンズ伯爵の国王陛下暗殺の関与を認める発言を記憶させたと言いましたね?」

「言いました」

 セシリアは肯定する。

「実はそのニワトリを捕らえたのですよ」

「え…?」

 セシリアはわが耳を疑った。自分たちの不利になるニワトリを証拠としてとらえるとは、どういうことだろう。


 法廷内に白いニワトリを鳥籠に入れて、検察側が証拠として男に運ばせてきた。セシリアはそのニワトリをみつめる。私が記憶させたのはこのニワトリだったろうか。わからない。ニワトリの見分けなんてつかない。

「では、鳴かせてもらいましょうか。ニワトリの送り相手が見つからない場合、送り主が言えばニワトリは覚えさせたことを鳴きますからね」

「え、ええ…」

 セシリアは動揺しながらうなずく。


「さあ、早くしなさい」

 ライアン枢機卿が自信たっぷりに言った。

「ニワトリ、聞いたことを話して」

 セシリアがそう言うと、ニワトリはしゃべりだした。


「まったく、何故ラスティ様は国王陛下を暗殺したのだ?」

「!?」

 セシリアは困惑する。違う。こんなことは記憶させていない。ニワトリはライアン枢機卿の声で話し続ける。

「亡命するくらいなら、罪を犯したことを償えばいいのに」

「ま、待ってください…」

 セシリアが止めようとしても、ニワトリは流暢にしゃべり続ける。


「本当ですね。エリザベス様も落胆していらっしゃいます。早くラスティ様がマレッサから戻られるといいのですが」

 今度はシモンズ伯爵の声でしゃべりだした。


「超獣使いもスペンサー将軍も心配ですよ。何故こんなことになったのか…」

「我々がなんとか国を守らなくてはいけませんね」

「違います、こんなことは覚えさせていません!」

 セシリアが必死で否定する。


「ですが、ニワトリはまったくライアン枢機卿とシモンズ伯爵の関与など鳴いていませんよ?」

 検察官が嘲るように言った。

「これは、私がニワトリに覚えさせた内容と違います、別物です!」

「しかし、現にニワトリはこのようにしゃべっていますよ」

「私が外へ出れば、本物の白いニワトリが待っているはずです」


 もはや背に腹は代えられなかった。セシリアだって死にたくない。本当はあのひとへ直接ニワトリを届けたかったが、そんな猶予はなかった。

「見苦しいですよ、パーカーさん」

 ライアン枢機卿がセシリアを見てから、ニワトリを指した。


「今、現にニワトリはあなたの発言で鳴いたではありませんか。これが何よりの証拠ですよ。あなたの話はすべて作り話だ」

「あなたが…あなたがでっちあげたんでしょう!」

 検察官は額に手をあてて、かぶりを振った。


「気の毒に…。自分の罪から逃れたくてまだライアン枢機卿に罪をなすりつけるつもりなんですね」

 そういう検察官は、セシリアを有罪だと決めつけているようだった。

「彼女は修道女である立場を利用して、虚言癖、殺人教唆、偽証罪に問われるものです。まさしく魔女。生かしておくのは危険だと存じます」

 さっとセシリアの顔から血の気が引いた。


「お待ちください!」

 シアンが椅子から立ち上がった。

「今のニワトリの発言には、些か疑問点があります」

「なんでしょう?」

 ライアン枢機卿は椅子の上で手を組んだまま聞く。


「まず、彼女が話す前に証拠として出されたニワトリですが、通常、ニワトリは送り主と宛先を名乗るはずです。それがなかったのは何故ですか?」

「おかしなことをおっしゃる」

 ライアン枢機卿は喉の奥で笑った。

「ニワトリが覚えられる記憶量を超えただけでしょう」


「それにニワトリが話した内容は、誰に聞かれても困るようなものでもない。盗み聞きする意味はありません。昨日記憶してもおかしくないような内容だ。手紙についても、今更みつかるのは不自然です」

「そんな証拠はどこにあるのですかな?」

 ライアン枢機卿に聞かれ、シアンは言葉に詰まる。


「証拠は…」

「いくら自分の育てた孤児とはいえ、そう肩入れされてはご自分の立場も危うくなりますぞ。司祭殿」

 シアンは唇を噛み締めてライアン枢機卿をみつめた。

 それから検察官はいくつか質問をしたが、すべてセシリアの頭がおかしい魔女だと結論付けるものだった。


「では弁護人。質問を」

「はい」

 弁護人からの質問は、セシリアが検察官の質問を繰り返すだけの無意味なものだった。

 そして今日の審議は終わりを告げた。


「では最後に。何か申し開きはありますか?」

「…私は、無実です」

 セシリアはそれだけ言うのが精いっぱいだった。




「あれだ。間違いない」

 ジェフリーが真っ黒に塗られた窓のない馬車を指した。馬車は厳重に馬に乗った兵士に囲まれて裁判所を出て行く。

「あの中に、セシリアが?」

 一葉が小声で聞く。今日も目薬のお茶を飲んでいるので、眼鏡はかけていなくても周りが見えた。裁判の様子を見に来たやじ馬であふれているところから、ブラッドと一葉は一緒に馬に乗って追いかけた。


「気を付けて」

 ジェフリーが小声で言って送り出した。

 馬車は街の中心地にある裁判所から貧民街の外れにあるガネス監獄へ近づいていく。


「もし狙い目があるなら、セシリアが裁判を終えて監獄へ戻るときだと思う」

 シアンは裁判所へ行く前、そう言った。

 ジェフリーが裁判所の様子を伺いながら、シアンに言われた馬車が裁判所から出てくるのを見張っていた。子供たちの合図で、隠れていた一葉とブラッドは急いで馬車を追った。


 人気のない場所へいけばなんとかなるかもしれない。いざとなったら、超獣にセシリアを乗せて逃げればいい。シアンはそう言って、裁判所へ向かった。

「失敗したら、終わりだ」

「うん」

「おまえは超獣使いじゃなくて、魔法使いのふりをしろ。台詞は覚えたな?」

「なんとか。いぬくん、合わせてね」

「くるるる」

 一葉はポンチョの中で一葉にしがみつくいぬくんに声をかけた。小さな泣き声が返事をする。


 ブラッドはうなずいて、二人で馬を下りて馬車の目の前に飛び出した。

「! なんだ、おまえたちは…っ」

「何者だ!」

「やれ!」

 兵士は前に二人、脇に二人、後ろに二人。御者が一人だが、これは数に入れる必要はないだろう。

 ブラッドは前一人に飛び掛かり、一葉は呪文を唱えるふりをした。


「切り裂け風の刃、ウイング・エッジ!」

 一葉が叫ぶと、ぶわりと風が飛んで馬車の脇にいた一人と後ろにいた一人に疾風が飛んだ。二人は馬車から転げ落ちる。ブラッドがその隙に二人を剣で切り裂いた。

「やった…」

「後ろだ、馬鹿!」


 ブラッドに怒鳴られ、一葉は慌ててよろけながら攻撃を避けた。いぬくんを表に出せないので、逆にブラッドの足手まといになっていた。

「ええい、ウイング・エッジ!」


 一葉は闇雲に呪文を連発する。何回か繰り返すと、兵士たちはワンパターンな攻撃を避けるようになってしまった。

「しょうがねえ…」

 ブラッドは一葉の前に立ち、動けなくした二人を後にして剣をふるう。

「馬車を開けろ。セシリアを連れ出せ」

「でも…」

「俺がこんなところでくたばるかよ」

「…わかった」


 一葉はうなずいて、もう一度呪文を馬車に向かって繰り返す。その間に、ブラッドは兵士を一人、二人と重傷を負わせた。馬車に散々疾風を食らわせて、一葉は短剣を持って馬車のカギを壊した。


「セシリア、大丈夫!?」

「あ、ああ…」

 中に乗っていた人物を確認して、一葉は硬直した。


「どうした!?」

 ブラッドが残り二人を相手に剣を振るう。

「セシリアが乗ってない!」

 馬車に乗っていたのは、顔も知らない白髪の老人だった。手を木の錠でつながれて震えて一葉を見上げている。


「…なん、だって?」

「罠だよ! はめられたんだ!」

 ブラッドは舌打ちして、二人に手傷を負わせた。二人が怯んだその隙に一葉を馬に乗せて、一気に馬を走らせて逃げ出した。


「畜生、なんでだよ!」

「わかんない、でもセシリアは乗ってなかった!」

「俺らが来るのを読まれてたってことか!? あの野郎…!」

 ライアンかシモンズか。セシリアを助けに来ることを読まれていたなんて、考えもしなかった。いや、考えなけれえばいけなかったのだ。


 イヴァンの言うとおり、刑の執行を待つべきだったのか。これでは、刑の執行も厳重なものになってしまうだろう。


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