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【3章開始】帰れない楽園  作者: 結糸
第2章 流浪の王子
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セシリア(2)

「シアン、ブラッドがぶったー!」

「うわああああん!」

 ブラッドと一緒に孤児院へ来た二人の兄弟と一人の少年は、新入りということでブラッドと同じようにつまはじきにされていた。そしてさらにブラッドが二人からおやつのドーナツを取り上げたのだった。貴族の寄付でもらった小麦をじゃがいもなどでかさまししてあげたドーナツだが、育ち盛りの子供には、小さなドーナツでは足りないのだ。

「もう…どうしてそういうことをするのかな」

 シアンはため息を吐いてブラッドの前に立つ。

「なんだよ…」

「お腹が空いてるのは、みんな一緒だよ。ブラッドはあの子たちよりお兄さんなんだから、取り上げたりしたらいけないよ?」

「おれのほうがからだがでかいんだから、はらがへるのはとうぜんだ! だからほかのやつよりたべていいんだ!」

「そんな…」

 シアンは肩を落とす。

「ひとのものをとっちゃだめなのよ。そんなこともしらないの?」

 セシリアはブスと言われたことでブラッドを嫌っていたので、はっきりそう言ってやった。

「おまえ、はらへってねえのかよ?」

「それは…へってるけど」

 成長期のセシリアだって、お腹は減っている。でもみんなが我慢しているのだから、自分も我慢しなければいけないのだと思っていた。

「めがみさまは、うばいあうよりもわけあいなさいっておっしゃってるのよ」

「めがみのおしえなんてまもってたって、はらはふくらまない。だからおれのいもうとはしんだんだ」

「………」

 セシリアは、なんて言えばいいのかわからなかった。

「…あの、えっと」

「ブラッド。お腹が空いたからって盗んでいいという理屈にはならないんだよ」

 シアンがセシリアの頭を撫でる。

「なら、うえじにしろっていのかよ?」

「そうは言わないけど、みんながほしいものを奪い合ったら、誰か一人しか得をしない。でも、それを分け合ったらみんなが幸せになると思わないかな?」

「おもわねーよ」

 ブラッドはぷいとそっとを向いて教会を出て行こうとした。

「仕方ないな…。サラ、ちょっとの間みんなを頼むよ」

「いいけど、またあの子だけに何か買ってあげるのはやめてよ?」

「わかってる。じゃあ、行ってくるよ」

 シアンはブラッドを追いかけて行った。

 ブラッドは王都に来たばかりで、この街は不案内だった。ブラッドがいたリダよりは治安がよかったが、それでも浮浪者やガラの悪い連中がいる。ブラッドより小さい子供たちが道路の隅で親にはぐれないようにしがみついていて、誰もが痩せていた。

 屋台からいい匂いがした。あちこちの場所で具の少ないスープや固いパンを売っている。昨日はごちそうにありつけたが、あれは運がよかったのだろうとブラッドにもわかっていた。見世物用に焼いていたものだ。実際に店にあったのは、ずっと小さいくず肉ばかりだった。

 今日は何を盗んでやろうか。もう罪悪感すら感じない。親もいない金のない子供が生きていくには、盗んでいくのは生きていくために当然の行為だった。

 ブラッドはじゃがいもににバターを乗せたものを売っている店に目をつけた。客に品物を渡すとき、横からかっぱらえばいいのだ。後はどうとでもなる。逃げ足には自信があった。

 店に並んだ小太りの男性のそばに寄り、それを眺めるふりをして代金を払おうとした男性からじゃがいもバターをかすめ取った。

「…このガキ!」

 じゃがいもを持って走り出したブラッドを、男はすぐさま追いかけて蹴飛ばした。

「げほっ…!」

 見誤った、とブラッドは思った。小太りの男は見た目よりずっと素早かったのだ。じゃがいもは地面に転がった。

「どこの浮浪児だ! 貧民街の孤児院へ送ってやる、自警団で反省しやがれ!」

「がっ…!」

 ブラッドはしこたま殴られて、自警団へ連れていかれた。

 自警団では、ブラッドはまだ子供だということで、男をなだめて保護者へ預けるということで話がついた。ブラッドは殴られてつけられた傷を手当てしてもらった。

「君、名前は?」

「………」

「年はいくつ?」

「………」

「おとうさんやおかあさんは?」

「………」

「どうしてあんなことしたの?」

「はらがへってたから」

「お腹が空いていても、盗みはいけないことよ」

「………」

 うんざりだ、とブラッドは思った。教会の連中と同じことを言う。いけないことだとわかっていても、やらなければ死んでしまうのに。モニカみたいに。

「----ブラッド!」

 シアンが迎えにやってきた。教会で行方不明の男の子を探していると連絡が入ったらしい。黒髪に緑の目という特徴から、それがブラッドだとわかったようだ。

「探したよ…」

「司祭さまのお探しの子は、この子でしたか」

 自警団の女性はほっとしてブラッドの肩に手を乗せた。

「ええ、教会を飛び出して行って、探していたんです。…どうしたの、その傷」

「食べ物を盗もうとして、殴られたんだそうですよ」

「そうでしたか…」

 シアンはうなずいて微笑んだ。

「さあ、帰ろう。ブラッド」

「………」

 ブラッドはシアンが差し出す手を不安げに見る。

「お言葉ですが、司祭さま」

 女性は遠慮がちに言う。

「この子は貧民街の孤児院へ入れたほうがいいのでは?」

「…何故です?」シアンは不思議そうに女性を見る。

「その…こういう子は、同じことを繰り返しますよ。教会にも司祭さまにも、他の子供たちにも悪い影響を与えるでしょう。壁の向こうのほうが暮らしやすいのでは…」

「そんなことはありませんよ」

 シアンはにっこりと笑ってブラッドの手を握る。

「これから女神さまの教えを知っていけばいいのです。俺が教えますから、大丈夫ですよ。人は変わることができるのですから。ましてこんな小さい子です。さあ帰ろう、ブラッド」

 ブラッドはシアンに手を引かれて自警団を出た。

 すでにあたりは真っ暗だった。腹が減ったが、ブラッドはそれを言い出すこともできなかった。

 街には人が大勢いたが、誰もブラッドに感心など持っていない。どこを通っているのかもわからないまま、シアンに手を引かれてブラッドは歩く。

「…なんで、おれをむかえにきたんだ?」

 ブラッドは聞こえるか聞こえないかの声でシアンに話しかけた。

「君はもう俺の家族だからだよ。教会へ来た時から、いや、最初に会った時からそう言ったじゃない」

 ----一人? 家族は?

 ----そう。じゃあ、俺のところへおいで。家族になろう。

 ----お腹が空いているの?

 ----大丈夫。食事ならあるよ。

 確かにシアンはそう言った。でも、あの自警団の女性の言うとおり、自分のことなど見捨ててしまってもよかったのに。

「おれのことなんか、ほうっておけばいいのに…」

「そんなことはしないよ。約束だからね。家族になるって」

「みんな、おれのことなんかいらないって…」

「誰がいらないって言っても、俺は君のことを家族だと思ってるから、出て行くことはないよ」

 ブラッドは喉の奥が詰まって、目の奥が熱くなった。何かがこみ上げてきそうで、それを我慢するのに必死だった。

 教会では、子供たちがシアンとブラッドの帰りを待っていた。

「かえってきたー」

「おかえり、シアン」

「ブラッドもいる」

「もどってきたんだ」

 子供たちがわらわらと寄ってきた。ブラッドは昼間あんなことをしたのに、何故彼らが自分のそばに来るのか不思議だった。

「ブラッド、お腹空いたでしょ。夕食はとってあるよ」

 シアンが食堂の机をさした。セシリアがそこに座って、ブラッドを振り返った。彼女の目の前には、とうもろこしのスープと固いパン。今日の夕食らしかった。

「おかえりなさい。…ひどいかおしてる」

「………」

 ブラッドはセシリアの目の前に歩み寄ったが、彼女になんて言えばいいのかわからなかった。

「ゆうしょく、ブラッドのはとっておいたの。ちゃんとみてないと、みんなたべたくなっちゃうから」

「セシリアが自分がとっておくって言ったんだよ。お礼言わなきゃね」

 シアンに肩をたたかれて、ブラッドはようやく口を開く。

「…あり、がとう」

「どうしたしまして」

 ブラッドがかすれた声で言うと、セシリアはくすぐったそうに微笑んだ。

 椅子に座って、ブラッドは粗末な食事を口に運ぶ。とうもろこしのスープはぐだぐだにゆでられて冷めていてまずかったし、パンは固くてかなり噛まなければ飲み込めなかった。

「…ブラッド?」

「う、ううっ…」

 パンを噛みながら、ブラッドの目からぼろぼろ涙がこぼれてきた。

「ないたー」

「ブラッドがないてるー」

「うるせえっ…」

 ブラッドは泣きながら食事をたいらげた。そのまずい食事は、やたらとしょっぱかったのをブラッドは今でも覚えている。


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