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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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王子と白い鳥

 翌朝、一葉はクラークに連れられて城の地下にある牢獄へ連れてこられた。


 一葉は城内の独房へ入れられたが、扱いはかなりよかったのだとわかった。地下はレンガ造りで窓もなくわずかな明かりがてらされているだけだ。空気もよどんでいてとても長時間はいたくない場所だ。

 牢屋の担当の兵士に話をして、二人は兵士に続いて牢獄の並ぶ通路を歩いていく。いぬくんは一葉の腕に抱かれている。


「変なにおいがする…。ここに、あのおじさんが?」

「名はマーティン・ホワイト。戦争で足をやられ、兵役から退いた。そのとき、妻も亡くしたということだ。それからずっと国王への恨みを募らせてきた。あの巻き添えの子供については、シアンの要請でお咎めなしということで調べられてはいない」

「…そう」

 一葉は牢獄の中にいる囚人を横目に、黙ってクラークの後に続く。やがてクラークはある牢屋の前で足を止めた。


「マーティン。おまえに面会だ」

 兵士の声に、中でうずくまっていたマーティンは足をひきずって鉄格子越しにこっちに笑いかけた。


「…やあ。超獣使いのお嬢ちゃんか」

「おじさん…」

「昨日はありがとうな。命の恩人だ」

「私は何もしてないよ」

「かばってくれたじゃないか。俺のことを。あんなことしてくれたのは、俺の妻以外で、お嬢ちゃんだけだよ」

 マーティンの微笑みが痛々しくて、一葉は唇を噛んだ。


「…でも」

「そんな顔しないでくれ。俺は嬉しかったよ」

 マーティンにそう言われ、一葉は泣きたくなった。

「感動の再会に水を差して悪いが、ホワイト。おまえに聞きたいことがある」

「…なんだ?」

 クラークの言葉に、マーティンは笑顔から不審そうな顔つきにがらりと表情を変えた。


「おまえに陛下を襲うよう唆した連中がいるはずだな。どういう連中か、覚えているか?」

「…あんたに話すことはない」

 マーティンはクラークに背を向けた。すると、「待って、おじさん」と一葉が頼み込む。

「お願い、どんな人だったか教えて。その手掛かりがないと、私もおじさんをかばった罪で、この人はその私をかばった罪でもしかしたら裁判にかけられるかもしれないの。だから、お願い」

「…お嬢ちゃん」

 マーティンは振り返り、一葉をしばらくみつめてからふうっとため息を吐いた。それから「…わかった」と言った。


 一葉の方便に、クラークは黙ってそれを聞いていた。

「俺は足をやられて妻の故郷のリダにいたんだが、妻はいないし、荒れて飲んだくれてるところで声をかけてきた男がいた。俺の苦しみをわかってほしいなら、直接国王にわからせてやればいいってな。もちろん、俺はそんなことはできっこないって言ったよ。けど、それなら知恵を授けてやる、支度金もくれてやるって言われてな。うさん臭くて断ったんだが、嫁の恨みを晴らさなくていいのかって何度も言われているうちに…俺もおかしくなってたんだな。今になってみれば、馬鹿だったと思うよ。もともと、陛下をどうにかできるなんて思ってない。あいつを守れなかったのは、俺なんだから…」


「おじさん…」

「ただの八つ当たりだよ。巻き込んで、すまなかったな」

「その連中の特徴は?」クラークが無機質に問う。

「ああ…フードをかぶった金髪の男と、やたらと口のまわる黒髪の男だったな。あとは…マイケルとゴードンとか言ってたけど、おそらく偽名だろうな」

「それで十分だ」

 クラークは一葉を見て、「挨拶はいいか」とだけ言った。

「…おじさん、ありがとう」

「ただの恩返しだよ」

 マーティンは背を向けて、もうこれ以上話すことはないというように牢屋の隅っこに座り込んだ。一葉はしばらく彼の背中をみていたが、クラークが声をかける。


「一葉」

「…うん。行く」

 歩き出した兵士とラークに続いて、一葉は牢屋を出て行った。階段を上り、廊下を歩いていくと城の入り口まで戻ってきくると、一葉はふう、とため息を吐いた。いぬくんを絨毯の上に下ろす。

「ご苦労だったな。その場しのぎの方便にしては上出来だ」

「クラークに言われたことを言っただけだよ。…おじさんが信じやすい人でよかった」

「そうだな」


「…ところでさ」

 一葉は窓からの日の光をまぶしく見上げながら、ふと沸き上がった疑問を口にした。

「シアンて結構偉い人なの?」

「シアンが? 何故だ?」

「だって、さっきおじさんの息子だかわかんない子のこと、シアンの要請で調べないって言ってなかった?」

「…そうか、そうだな」クラークは息を吐いた。「一部の人間しか知らないが、シアンはああ見えて、実は女神教ではかなりの地位にいるんだ。司祭と名乗っているのは、民衆と離れてしまうのがいやで特例でああやって教会にいる。陛下に進言できるのも、その地位あってのこと。みんなには内緒だぞ。もちろん、セシリアにも」

「わかった」一葉はうなずいてから、さらに疑問が沸き上がってきた。


「え? ていうことは…シアンてもしかして、結構年いってるの?」

 一葉の素朴な疑問に、クラークは「いくつに見えた?」と尋ねる。

「えっと…二十歳くらいかな…と」

 一葉の答えに、クラークはかぶりを振った。

「私が子供の時から、シアンは司祭なんだ。どう若く見積もっても、四十は軽く超えているはずだ。実年齢は本人が言わないから、誰も知らないが」

「………え???」

 一葉は自分の耳を疑った。どう見ても、シアンは二十歳かそこらにしか見えない。

「この世界の人は、異常に年をとらないとか…? それとも、平均寿命が五百年くらいだとか…」

「そんなわけないだろう。平均寿命は七、八十か…。長生きしても百幾つだ。一葉はいくつだ?」

「十六だけど…」

「この世界の人間も、見た目はそんなものだ」

「クラークはいくつなの?」

「一葉よりいくつかは上だ」

「えー、ちゃんと教えてよー」

「そのうちな」

 不満げな一葉をクラークは笑顔でかわした。


 おそらくクラークはシアンよりずっと年下だろうから、見た目ではクラークのほうが年上に見える、ということは言わないでおこうと一葉は胸に誓った。

「さて、私は仕事があるからもう行くが…」

「わかった。私、シアンのところへ行っていいかな?」

「かまわない。街までは遠いから…」クラークは少し考えてから「ブラッドに送らせよう。ここで待っていなさい」と言った。

「いいよ」

 一葉がうなずくと、クラークは城の扉を開けて出て行った。


 一葉はそれを見送ってから、「行こうか」といっていぬくんと階段を駆け上がった。そこはラスティやセオドールと出会ったフロアだ。

 今日も会えないかと思ってきてみたが、そんな偶然はないようだ。だったら、部屋を一つ一つ確認しようと扉を開けてみると、そこは侍女たちが掃除中の部屋だった。

 中は天蓋のついたベッドや装飾の施された机と椅子がある。おそらく、ここが王族の部屋だろうとふんで、一葉は侍女に声をかけた。


「あの、すみません」

「はい? なんですか?」


 掃除をしながらこっちを振り向いた侍女はうさん臭そうな目で一葉を見る。

「ここって、ラスティの部屋ですか?」

「まあ、殿下を呼び捨てにされるなんて、なんて娘だい」

「ああ、すみません。ラスティ様のお部屋ですか?」

 面倒なことにならないうちに、一葉は作り笑いで聞き直す。


「そうだけど。あんた、そんなことも知らないのか。一体どこの配属だい?」

 ぶっきらぼうにいう小太りの侍女に、「私、一応超獣使いで…」と一葉は苦笑いを浮かべた。

「超獣使い?」

「ああ、聞いてるよ。陛下の客人とか、陛下を襲った暴漢から助けたとか…」

「ええ?」

 怪訝そうな侍女に説明する侍女の内容に、なんだか事実が曲解して伝わっているな、と一葉が首をかしげる。


「ラスティさまなら、今日は歴史ものの勉強で上の階へいるはずだよ。さあ、仕事の邪魔しないでくれ」

「ああ、はい、どうも…」

 一葉に今日のない侍女はそういうと、また掃除を始めた。一葉は必要な情報は聞き出せたので、これ幸いと部屋を出た。


 上の階へ行ってみるついでに、なんとなくバルコニーのほうへ向かってみようと一葉が歩き出すと、窓からセオドールの姿が見えた。一葉は少し考えてから、扉の前の兵士に「クラークにセオドールの様子を見てほしいといわれた」と出まかせを言って、バルコニーへ出してもらった。


 バルコニーへの扉を開けると、セオドールの周りには白い鳥が集まっているのが見えた。鳩だろうか。それにしては、ちょっと違う気がした。

 一葉が彼に近づいていくと、セオドールはそれに気づいて不意に微笑んだ。一葉は一瞬、それが誰かに似ているような気がしたが、一瞬のことだったので誰か思い浮かぶ間もなく消えてしまった。


「やあ、君は確か…」

「一葉だよ。王子様」

 一葉が来るのを見ると、鳥たちはいっせいに飛び立っていった。いぬくんが興味深げにそれを追ったが、届かなかった。


「超獣、なんだね。その動物」

「そう。ごめん。邪魔だった?」

「今、餌をあげ終わったところだから大丈夫だよ」

 セオドールは空になった器をひっくり返して見せた。


「あんた、皇太子殿下なんでしょ。こんなところに一人でいていいの?」

「僕だって一人になりたいことはあるよ。特別にこの時間だけ一人にしてもらうんだ。いつもは侍従のジョンがいたり、看護師がいたり、一人になることが少なくてね」

「看護師? …ああ…あんた、身体が弱いんだ?」

「小さいころからね。よく熱を出したりする子だったから、父上が心配して僕にいつも医師か看護師をつけるんだ」

「へえ、そう」さして興味なさげに一葉は自分の髪をなでた。


 白い鳥が動かないセオドールと一葉の周りで散らばった餌をつついている。穀物のようだ。

「…鳥はいいよね」

 セオドールがバルコニーの手すりに止まっている白い鳥をみつめている。

「自由に空を飛べて」

「何言ってんだか」一葉は肩をすくめた。「鳥は餌を探して生きるために必死で飛んでるんだよ。まあ遊んでる時もあるだろうけど、王子様みたいに待ってれば餌をもらえる身分じゃないんだよ」

 セオドールは一葉の言い草に驚いたように目を見開いて、それからすぐに顔をそらした。


「…わかってるよ。そんなこと。でも」セオドールは「鳥なら遠くへ飛んでいけるだろう? ここではないどこかへ」

「皇太子やめて、どっか遠くに行きたいの?」

 一葉の質問に、セオドールは空を見上げる。

「…できるなら、そうしたい。そもそも僕には次の王なんて無理なんだよ。身体も弱いし向いてないんだ。ラスティのほうがずっとふさわしい」

「あっそ。じゃあ、やめれば?」

 あっさりそう言われ、セオドールは目を瞬かせた。

「…え?」

「やめたいんでしょ。なら、やめればいいじゃん」


「…無理だよ」再度同じことを言われ、セオドールは苦笑する。「持って生まれた決まりなんだ。庶民のように自由にできない」

「何言ってんのよ。王位はラスティに任せて、あんたはどこへでも好きなところへ行けば? それで万事丸く収まるわよ」

「だから、無理…」

「自由になりたいっていったり、無理だって言ったり、あんた結局どうしたいわけ? 『無理やり王様になっておかわいそうに』って言われたいの?」


 一葉にそう言われ、セオドールはおかしなものでも見るように一葉を凝視した。それから顔をそらす。

「…翼があったら、自由にできるのに。僕にはそれがない」

「あんたには最初から翼がないんだから、ないものねだりしてないで自分の足で行ける場所へ行けばいいでしょ」


「一葉! こんなところに…セオドールさまもご一緒でしたか」

「殿下、申し訳ございません]

 突然扉が開いて、ブラッドとクラークがバルコニーへ入ってきた。

「なんで下で待ってないんだよ! クラークも心配してきてくれたんだぞ!」

「あー、ごめん…」

 一葉は申し訳なさげに頬をかく。

「まったく、どうしてここへ…しかもセオドールさまと一緒に」

「なりゆき?」

 一葉が首をかしげると、ブラッドのげんこつが降ってきた。


「いたい!」一葉は両手で頭を押えた。

「ったく、手間かけさせやがって。シアンのところへ行くんだろ。さっさと行くぞ! 殿下、失礼いたします」

「ああ…」

「お騒がせして申し訳ございません、殿下」

「いや…」

 クラークとブラッドに礼を取られ、セオドールは短く返事をして3人が去っていくのを見送った。白い鳥は3人がいなくなると、再びセオドールの周りへ寄ってきた。


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