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【3章】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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王子様と握手

「クラークって、公爵様なんだってね」

「そうだ。メアリアンから聞いたのか?」

 馬車に揺られながら、二人は城への道を戻る。


「うん。それで将軍様なんだから、クラークって生まれも経歴もすごいんだね」

「そんなものじゃない。私は公爵家の養子だから、生まれはいいものじゃないんだ」

 クラークは苦笑して一葉の言葉を否定した。

「そうなの?」

「そうだ。シアンから何か聞いていないか?」

「えっと…」と言いかけて、一葉はシアンの話を思い返す。「そういえば、ブラッドやセシリアと幼馴染だって言ってた気が」


「そう。それとイヴァンの4人で、私たちは両親がいなくて、あの教会で育った。ほかにも似た境遇の子たちがたくさんいたよ。ブラッドは戦争で両親と妹を亡くし、セシリアは子供がいては食べていけない両親から修道女へなるよう教会へ出され、イヴァンは親の顔を知らない。生まれてすぐ教会の前へ置かれていたそうだ。まあ、私もそれは似たようなものだが」

「…そう、なんだ」

 一葉は両親の顔を知っている。戦争というのはテレビで見るもの、過去のもので、学校の授業など人から伝え聞いたものだ。一葉の実体験ではともなったものがない。


「私たちは年が近いせいか、よく4人で遊んだものだが…男3人は、軍人になった。そこでイヴァンは優秀だったからブラックウェル伯爵の養子になり、小学も中学も大学も飛び級で卒業した。私は公爵スペンサー家の養子となったということだ。私の今の将軍の地位も、養子にしてくれた先代の公爵のおかげだ」

「その…先代の公爵様はいないの?」

「もう亡くなった。養父も養母も」

「そう…寂しいね」一葉は膝の上のいぬくんの頭を撫でる。「ブラッドは、誰かの養子にならなかったの?」


「ブラッドにもそういう話はあったが、彼は爵位というものに興味がなくてな。…それに」

「それに?」

 一葉がたずねると、クラークは苦笑して「身分があれば、セシリアに会いづらくなるかと思ってるんだ」と言った。

「ああ…そういうことね。みんな知ってるんだ?」

「知っている…というか、一途だからな。子供の時から」

 どこか懐かしむようにクラークは笑う。


「へえ…。そういえば、シアンもそんなこと言ってたような。公認の仲なんだね」

「公認と言うか…ブラッドの気持ちはみんな気づいているな」

「そっか。だったら、二人結婚しちゃえばいいんじゃない?」

「…そうだな」


 クラークは微笑んで、窓のほうへ視線を向けた。つられて一葉も外を見る。街から外れた林の中を馬車は進んでいく。山際に城があるのは、ある意味天然の要塞となっているのだろう。


「明日はクリバチ祭りの日だ」思い出したようにクラークが口を開いた。

「クリバチ? いぬくんが退治したよ」

「くるる」と呼ばれたかとおもったいぬくんはのどを鳴らした。


「クリバチたちが栗の実を運ぶのが終わらないうちに、陛下が王都へ出て栗や秋の味覚の収穫を祝う…という祭りだ。みんなで栗の料理を楽しむんだ」とクラークが簡単に一葉に説明してくれた。

「へえ…そういえば、私の世界ではハチってあんなに大きくないんだよ。ハチは花の蜜を吸うもので、栗は食べないの」

「それは面白いな。こちらでは、花の蜜を集めるのはスズメという鳥だ」

「てことは、大きさもうちの世界のハチくらい小さいのかなあ。うちのほうでは、スズメはクリバチくらい大きくて、お米とか穀物を食べるんだよ」

「そうか…。比べてみると、いろいろ違いがあるかもしれないな」

「そうだね。でも一番の違いは、こっちでは魔法があるってことでね…」

 一葉の話は、途中で遮られた。馬車が城へ到着したからだ。


 二人は宮殿の前で馬車を下りた。クラークは一葉を伴って、城の中を慣れた様子で歩く。一葉は昨日と同じように廊下にある置物や絵に目を奪われながら、クラークの後についていった。道行く侍女や侍従らしき人たちは、一様にクラークに頭を下げて道を譲る。これが身分というものか、と一葉はしみじみ思った。

 廊下の窓際に女性の彫像があり、一葉はそれをじっくり見ようとしたとき、その後ろに何かを発見した。


「…あれ?」

 一葉がそれを確認しようと後ろへ回ると、いた。彫像の後ろに隠れていた第2皇子のラスティがこっちをにらんで見上げている。

「えっと…」

「…黙っていろ」

 ラスティは一葉を手で追い払うような仕草をして、そこから動かない。


「何してんの? かくれんぼ?」

「静かにしろと…」

「何をなさっているのです、殿下…」

 一葉が来ないのに気づいたクラークも戻ってきて、呆れたようにラスティに声をかける。

「う、クラークまで…俺は忙しいんだ。二人とも、あっちへ行け」

「忙しいって…」

「また帝王学のお勉強から抜け出していらしたんですね」

 クラークが苦笑した。ラスティは渋い顔をしている。


「俺は別に国王になるわけではない。王になるのは兄上なんだから、俺が帝王学を学ぶ必要などないんだ」

「またそのようなことを…」

「殿下ー。どちらにいらっしゃるんですかー」

 侍従の声が聞こえて、ラスティは小さい身をさらに小さく縮ませた。

「…仕方ありませんね」

 クラークは大きく息を吐くと、侍従のもとへ歩み寄った。


「これは、将軍。おはようございます。あの、申し訳ないのですが、ジョージ様を見かけられませんでしたか?」礼を取った後、侍従は申し訳なさそうに言う。

「行き先がわからないのか?」

「そうなんです。いつも、帝王学のお勉強の時間になると抜け出されて…」

「そうだったか。殿下なら、おそらくセオドール様のもとへいかれたのではないかな。あちらへ行く人影をお見掛けした。そうだったな? 一葉」

 クラークに振り返ってそう聞かれ、一葉は「あ、ああ、うん、そうだった」とぎこちなく答えた。


「おや、あなたは…」一葉に見覚えがあったらしい侍従が、一瞬表情を険しくした。

「彼女は先日の件を殿下に詫びたいそうでここへ。私たちも一緒に殿下を探してみよう」

「ああ、助かります。では、私はセオドール様のお部屋に行ってみます。ありがとうございます」

 侍従は彫像の影に隠れているラスティには気づかずに、一葉たちを残して廊下を進んでいった。彼の姿が見えなくなってから、「もういいですよ」とクラークがラスティに声をかけた。


「助かった…。今いたのが、おまえでよかった」

 ラスティはクラークを見上げて大きく息を吐いた。

「とんでもございません。では、ブライアンに見つかる前に移動しましょうか」

「そうだな」


 クラークの後に続いて、ラスティと一葉はいぬくんと城の中を歩き出す。彼は城の階段を上って、大きなバルコニーへと出てきた。もちろんそこにも兵士はいたが、クラークが「少し時間をくれ」と言うと、黙ってうなずいた。


 空は見事なまでに快晴で、山のほうに雲が見えるだけだ。鳥が群れをなして飛んでいくのがここから見えた。庭園もここから眺められる。よく整備されていて、庭師らしき人が世話をしているのが見えた。


「さっきの人はブライアンていうの?」

「そうだ。ラスティさまがずっと幼いころから侍従としてついているんだ」

「ジョージ様って誰?」一葉はクラークに尋ねる。「あの人、ラスティのこと探してるんじゃないの?」さっきから聞こうとして、口をはさめなかったのだ。


「もちろん、ラスティさまのことだよ」クラークは不機嫌そうに唇をへの字にしているラスティを見る。「ジョージ・ラスティ・レスタントというのが、殿下のお名前だからね」

「ああ、ジョージでもラスティでもどっちでもいいってことね」

「ジョージと呼ぶな」一葉の言葉に、ラスティはきっぱりと言い放った。「その名は、俺を生んだ女がつけた名だ。その名で呼ぶな」


「? なんで? おかあさんがつけたなら…」

「俺の母親は兄上と俺の母上だけだ。俺を生んだ女は、俺と関係ない」

 そう言い切るラスティは、一葉に詳しい説明をする気はないようだった。なので、一葉は説明を求めるようにクラークのほうを見る。すると、「この前話しただろう?」クラークが苦笑した。


「ラスティさまの生みの母上は、王宮を出られた。殿下を育てられたのは、セオドールさまの母上だ。それでお二人は…仲がいいんだ」

「母上は素晴らしい方だった」

 ラスティは不意に微笑んだ。少年のあどけない笑みだった。


「4年前に亡くなられたが、俺に第二王子としての生き方を教えてくださった。兄上はいずれ、立派な国王になられる。俺は兄上の影として、第二王子の役目を果たすんだ」

「ふーん?」

 そういうもんなのか、と一葉はよく理解できず首をかしげる。


「おまえは知らないかもしれないが、兄上はあまり身体が丈夫でない。ときどき、臥せっておられることもある。だから、俺のように兄上を守る存在が必要なんだ。母上はいつもそうおっしゃっていた。陰日向になり、セオドールを支えてほしいと」

「ははあ、そういうこと」一葉は自分の顎に手をあててうなずいた。「あんた、セオドールの母親に兄上に尽くすように洗脳されてんだ」

 クラークは軽く額に手をあてた。


 ラスティはぽかんと口を開いてから、次第に顔を真っ赤にして歯をかみしめた。「おまえっ…」

「あーっと、ごめんごめん。別に喧嘩を売りに来たわけじゃないのよ」

 一葉はラスティが文句を言いかけたのを両手を振って制した。


「今日は謝りに来たのよ。ひっぱたいて悪かったねって」

「……そう、なのか?」ラスティは一瞬、呆気にとられたように息を飲んだ。

「そうなの」

 驚いて一葉を見上げるラスティの問いに、一葉はうなずいた。そのあと「でもね」と続ける。

「私も嫌な気分だったのよ。いきなりたたかれるのも、親のことを引き合いに出されるのもね。あんたもそうでしょ」

「う…む…」

 一葉にそう言われ、ラスティは返せないようだった。


「それに兄貴と似てないって言われたくらいで人のことひっぱたくあんたもどうかと思うのよ。兄弟なんて、似てなくて当然じゃない? 私も兄貴と似てないし」

「…おまえ、兄がいるのか」

「いるよ」

「…仲はいいのか?」

「あんまり。年も離れてるから、話も合わないし。お互いに関わらないようにしてる」

「…そうか」

 一葉の答えに、ラスティはしばらく何か考えているようだった。


「俺にはよくわからないが、兄弟とは仲がいいものではないのか?」

「そんなん、家族によって違うでしょ」一葉は面倒くさそうに答える。「世の中、あんたのものさしで考えないでよ」

「…そうか」

「そうよ」

「…そうだな」

「そうだよ」


 二人のうなずきあいに、クラークは「殿下もそれはお分かりですよね」と苦笑した。「エリザベス様とは関わり合いになろうとはなさいませんからね」

「…む…確かにそうだな」

 ラスティはしぶしぶ肯定する。


「エリザベスさま?」誰のことがわからず、一葉はクラークに尋ねる。

「ラスティ様の妹君だ。もっとも、年は半年しか違わないんだが…。ラスティさまは少しばかり、彼女が苦手でね」

「あいつの話はどうでもいい。だが、まあ、その…なんだ」ラスティは口元に手をあてて、目をいったん閉じてから一葉を見上げた。「…おまえが謝るなら、まあ、許してやらないこともない」


 一葉はその横柄な物言いに多少むっとしたが、それでも口には出さずに代わりに手を差し出した。

「そう。じゃあ、これからよろしくね」

「よろしく…?」ラスティは一葉が差し出した手を見て、戸惑っているようだった。


「私の世界では、お互いに挨拶するや仲直りするとき、握手するのよ。ほら」

「む…そ、そうなのか?」ラスティはクラークに助けを求めるように見る。

「殿下のお好きなように」クラークは微笑んでそのやりとりを見守った。


「…まあ、いいだろう」

 ラスティは一葉の出した手を、ぎゅっと力強く握った。

 一葉はそれを同じように力強く握り返した。意外に素直な奴だな。と一葉はラスティを見下ろした。しかもよく見ると結構かわいい顔をしている。

 初っ端からけんかを吹っかけてたおかげで本性が垣間見れた、と一葉は胸の内でつぶやいた。


 そのとき、バルコニーへのドアが開いた。三人の視線がそちらへ向く。そこには、セオドールが立ってこちらを凝視していた。

「あ……」

「兄上!」

 ラスティは戸惑った表情のセオドールのもとへ駆け寄った。

「兄上もバルコニーへ? 外へ出られて大丈夫ですか?」

「いや、僕は…」

 セオドールはラスティから視線を外して、手に持っていた器をぎゅっと握りしめる。それには穀物が入っていた。


「ああ、鳥に餌をあげるんですね。俺も手伝いますよ」

「…気分が悪い」

「兄上?」

 心配そうにセオドールをみつめるラスティから逃れるように、セオドールは背中を向ける。

「戻るよ。ブライアンが君を探していた」

「兄上、それならお部屋までお送りしますから…」

「一人にしてくれないか」

 言い切られて、ラスティは伸ばした手を宙に浮かせることになった。セオドールは扉を閉めて行ってしまった。彼の後ろにいた侍従もすぐに後に続く。


 ラスティは寂しそうに閉じたドアをみつめる。

「何よ、あんた兄上に嫌われてんじゃないの?」

 一葉が意地悪く笑う。

「う、うるさい! 兄上はお体弱いから、お加減が悪いだけだ! 俺たちは小さい頃はいつも一緒だったんだ、今はお互いに大きくなって少し距離があるが…それは、兄上が皇太子だから仕方ないんだ!」

 …図星か。という言葉を一葉は飲み込んだ。


「戻りましょう、殿下。きっとセオドールさまから、ここにいることが知れてブライアンが迎えに来ますよ」

「…わかった」

 ラスティは叱られた子犬のようにうなだれて歩き出した。

 一葉はそれに続いて歩き出す。これで青の賢者のいうことがだいたい把握できたな。と頭の中で整理しながら。


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