最後の嫌がらせ
「…さむっ」
一葉は庭園に出て、夜の寒さに両腕をさすった。すでに星も月も出ている。
城の中は皇太子が死んだということで、ばたばたしているようだった。侍女や侍従が行きかっているのが外から窓越しに見える。
「もう冬が近いからな」
クラークは一葉の背中から自分が着ていたマントをかけてやった。いぬくんが足元でじっと一葉を見上げている。
「…ありがとう」
「平気か?」
「大丈夫。平気じゃないのはラスティのほうだと思うよ。クラークは寒くない?」
「これくらい平気だ。私は一葉ほど薄着じゃないからな」
制服姿の一葉を見てクラークは笑う。
「クラーク、私は大丈夫だからラスティについててあげてよ」
「…一葉を一人にはできないよ」
「やさしいなあ、クラークは」
一葉はぎこちなく笑った。
しばらく二人は無言で庭園の植物を眺めた。秋の植物はすっかり色づいて、葉を落としているものも多い。薔薇も散っていた。
「セオドール様はもともと、長く生きられないだろうと、子供のころ医者から言われていた」
「え、そうなの?」
「母君もあまり身体が健康ではなかったからな。今日まで生きてこられたのも医者の予想よりずっと長く生きられた」
「…そう」
一葉はクラークのマントを握りしめた。
「…もう遅いし、中へ戻ろう。一葉」
「ごめん。本当に一人になりたい」
一葉はクラークを見ずにそう言った。
「私がいないほうが泣けるのか?」
「泣いたりしないよ。私、あいつ嫌いだからね。あいつのために泣いてなんかやらないから」
「…そうか。わかった」
クラークはうなずいて一葉から離れた。そのまま城内へ戻っていく。一葉はクラークがいなくなったことを確認してから、息をはいて夜空を見上げた。
「ああ。…きれいな星空だよ」
一葉はいぬくんを抱き上げてつぶやく。
「くるるる」
「本当に嫌な奴だったね。最後にあんな嫌がらせしていくなんて」
一葉はいぬくんの毛皮に顔をうずめた。
皇太子が亡くなったということで、大規模な国葬が執り行われることになった。王都の中心道路をセオドールの棺が運ばれ、王族の墓にはいることになった。
貴族街の教会で教皇であるシアンが、女神書による鎮魂の祈りを捧げ、葬儀が終わりセオドールの棺は埋められた。一葉は遠くからそれを眺めていた。
セオドールの墓から皆がいなくなっても、ラスティはずっとその場に立ち尽くしていた。ブライアンやクラークもその場から離れずにいる。一葉はそっとラスティに近づいた。
「…意外だった」
「何がだ?」
ラスティは一葉に気づいて顔を上げる。
「あんたのことだから、大好きなお兄ちゃんが死んで泣き叫ぶのかと」
「まさか」
ラスティは苦い笑みを浮かべた。
「俺が泣き叫ぶより先に、誰かが兄上につかみかかったからな。機を逃した」
「…それは悪いことしたね」
一葉が顔を引きつらせてつぶやく。
「そうでもない。俺が医者につかみかかることもしなくて済んだ。あれは誰のせいでもないからな。それに俺は王の子だ。人前で泣く気などない」
花に囲まれてセオドールの墓をじっと見ていたラスティが顔をあげる。
「最後に兄上と話したのはおまえだ。結局何を話していたんだ?」
「ああ、あれは…」
一葉はセオドールのあの様子を思い浮かべながら言った。
「ラスティに立派な国王になってほしいって言ってたよ」
「兄上が?」
「うん」
ラスティは目をぱちくりさせた。それはブライアンもクラークもそうだったのだろう。意外そうな顔をしている。
「…そうか」
「うん。だから立派な王様になってよ」
「…わかった」
「うん」
ラスティは微笑んで、「もう行く」と言って歩き出した。一葉もそれに続く。クラークも歩き出した。空はとても青かった。
「何故あんな嘘を?」
スペンサー邸へ馬車で帰る途中、クラークは一葉に尋ねる。
「嘘? 何が?」
一葉は首を傾げた。
「セオドール様がラスティ様に王になってほしいなどと言うわけがない。そうだろう?」
「ああ…。やっぱりバレた?」
一葉はごまかすように頬をかいた。
「ラスティも気づいたかな?」
「さあ…どうだろうな。セオドール様が言ったというなら信じるかもしれないし、信じると口で言っても内心はわからない。ラスティ様のお心次第だ。…それでも」
「うん?」
「一葉がああ言った気持ちはラスティ様には伝わっているとは思うよ」
クラークにそう言われ、一葉は微笑んだ。
「そうだといいな」
一葉は膝の上のいぬくんを撫でて窓の外を見た。
セオドールが亡くなってから、レスタントの平民は彼を偲んで教会へ花を捧げにきた。貴族街の貴族たちは、彼の墓へ花を捧げて一帯は花で埋め尽くされた。
一葉は城へ行き、ブラッドに付き添われて庭園へ向かった。
「こんにちは」
「おや、あなたは…」
庭師のおじいさんが枝を剪定していた。一葉たちを見てにこやかに笑う。
「また花をお探しで? 寒くなってきて、だいぶ種類も限られていますがね」
「そうですね。…あの、セオドールが亡くなる前にここへ来たって聞いて…。誰かに花をあげるつもりだったんですか?」
「ああ、セオドール様ですか。確か…誰かにお返しをしたくて、小さい花束を作ってほしいとおっしゃって」
「お返し?」
一葉が首をひねる。
「この前、セオドール様が熱を出されたとき、貧民街の女の子から花をもらったので、いつかお返しをしたかったとおっしゃっていたんですよ。でもお身体の調子がよくないようなので、私が選ぶと言ったんですけど、自分で花を選ばなければ意味がないと、長い時間、この寒い庭園にいらっしゃってねえ…」
一葉は言葉が出なかった。泣きたいような笑いたいような怒りたいような、ごちゃまぜになった感情がこみあげてきて、奥歯を噛みしめて顔をそらした。
「…セオドール様、お見舞いの花をもらったのを覚えておられたんだな」
ブラッドが庭園の花を眺めながら、ぽつりとこぼした。
「…馬鹿じゃないの」
一葉は庭園の枯れた秋薔薇を見下ろす。
「本当に性格悪いんだから」
一葉はぎゅっと拳を握った。
「…大っ嫌い」
一葉は両眼を閉じて吐き捨てた。




