罰は書写
100話目到達。
ここまで続けられたのも、読んでくださっている皆様のおかげです。
そしてまだ続きます。
1章はもうそろそろ一区切りです。
「…で、濡れ衣を着せられてあえてそれを否定しなかったわけか」
クラークは呆れと苦笑いの入り混じった表情を浮かべた。
「おかげで女神書を延々と書き写す羽目になったよ」
一葉は城の図書館でひたすら女神書を書き写していた。国王からは、セオドールに無礼を働いた罰と言うことだった。字の勉強になるからむしろちょうどいいくらいの罰だ。
「話には聞いてたけど、ひどい顔だね」
イヴァンは一葉の顔を見て愉快そうに笑う。
「生まれつきだよ」
一葉は唇を尖らせた。
「あはははは! …それはそれは。なんで言い訳しなかったわけ?」
イヴァンは大笑いした後、ようやくおさまった笑いを控えて一葉に聞く。
「あの状況で私が言い訳したって、多数決でセオドールが勝つじゃん。ジョンとラスティは何があってもセオドールの味方だしさ。ブライアンはなんとなくわかってたっぽいけど、どうせ独房なんか行き慣れてるしまあいいやと思って」
「へえ、悟りの境地に達したね」
イヴァンが愉快そうに笑う。
「今回の功労者を独房に入れるわけにはいかないだろう。陛下の御状に感謝するんだな」
「うん。会ったらよろしく言っといて」
「にしても、なんでセオドール様はそんな真似したんだろうね?」
イヴァンが本をめくりながら自問するように言う。
「私が嫌いだからじゃない?」
「それもあるだろうけど…。何かもっと別の理由がある気がするんだけど」
「んー…。じゃあ、ラスティが嫌いだから?」
一葉は鉛筆を走らせる手を休まずに言う。
「そういうこと。一葉とラスティ様を分断したかったわけね」
イヴァンはにやにやと笑った。
「あいつ、マジで性格悪いよね。なんでラスティってあんなのが大好きなんだか」
「昔は違ったみたいだよ。人間て変わるからねえ」
イヴァン自分髪をなでた。
クラークは一葉の書く女神書の内容を見ながら言う。
「だいぶ字が状態したな」
「結構勉強してるからね。これ、全部書き写すとしたら、結構な時間かかりそうだけど」
「今日一日やれば十分だろう。あくまで反省を促すためのものだから」
「反省ね…。セオドールがまた何かやらかしたら、次はどんな罰が待っているやら」
一葉は頬杖をついて窓の外へ視線を向ける。いい天気だ。外へ出かけたくなるほどの青空だ。
「ラスティ様には、私から話しをしておくから。おそらくラスティ様もわかっておられるだろうが」
「そうなの?」
「セオドール様がああいうやり方をされるのは、これが初めてではない。そもそも一番被害に遭っているのは、ラスティ様だからな」
「え…そうなんだ?」
一葉は顔をあげて意外そうに聞く。
「セオドール様が勉強ができないのは、ラスティ様の面倒を見ていたから。セオドール様が熱を出したのはラスティ様と一緒だったから。セオドール様が失敗すれば、ラスティ様が邪魔したから。何かあれば、彼はラスティ様に罪をなすりつけるのが得意でね」
「ああ、あったあった。セオドール様が馬から落馬したときも、後ろにラスティ様がいたから気になったせいだとか笑えること言ってたね」
イヴァンはけらけらと笑った。
「何それ…。なんで散々な目に遭ってるのに、ラスティはセオドールが大好きなの?」
「好き…というか、執着に近いかもしれないな。セオドール様に尽くすことで、セオドール様の母君との約束を果たしているつもりなんだろう」
「ああ…セオドールの母親に刷り込みされてる話ね。もういい加減、そんなの義理果たさなくてもいいと思うけど」
「ラスティ様のお心は、彼にしかどうにもできない…いや」
クラークは窓の外に目線を向けた。
「彼自身にもどうにもできないのかもしれないな」
窓から見える山は紅葉が美しかった。
「ニワトリがみちるのところへ来たんだってね」
「ええ、そうです」
コルディア国王、オスカーはみちるの部屋へ来ていた。みちるがコリンと作った折り紙を興味深そうに見ている。
「誰からの知らせ? 君にはこの世界に知り合いなんていないはずだよね」
鶴を指で弄びながらオスカーはみちるに尋ねる。
「一葉からです」
みちるは内心の動揺を隠しながら答える。
「レスタントに戻ったから、コルディアと戦争状態になっているけど、私は無事かって心配してくれて」
「そう…。彼女はずいぶん急いでレスタントに帰ったようだけど、どうしてなのかな。理由は聞いてない?」
「さあ…。私にも理由は話してくれませんでした。急な用事が出来たとかで」
「ふーん。そう。まるで何かから逃げるみたいにいなくなったね」
「どうでしょう? よくわからないです」
みちるは首をかしげて微笑んだ。
「でも今回の戦いで、レスタントの超獣使いのことがよくわかったよ。これもシリウスが狼を操ってくれたおかげだね」
「…そうですね」
みちるは超獣使いであることの証をもっと見せろとオスカーに言われて窮していた時、シリウスが自分の力を使えとみおちるにだけ話しかけてきたのだった。それが今回の戦いの原因だ。
「あちらも超獣の力は封印されているはずなのに、竜巻を起こしてこちらの軍を全部押し返すなんてすごいよねえ。実に面白い」
オスカーは楽しそうに笑った。
「…笑い事じゃないかと」
みちるは微妙な表情で言う。みちるもあの竜巻の近くにいたが、みちるにまで被害は及ばなかった。あれが一葉の連れていたいぬくんの力かと思うと、正直怖かった。
「そうだねえ。シリウスも封印がなかったら、もっとすごい力が使えるんだろうね」
「…そうでしょうね」
みちるは曖昧に答えた。
「ところで、私の側室たちと一緒の日々はどう? 少し、飽きてこない?」
「え? い、いえ、別に…」
本当のところ、みちるには退屈な日々だった。お茶会やカードゲーム、ボードゲーム、おしゃべりや本を読んだりして過ごすのは、最初は新鮮でよかったが次第に飽きてきてしまっていた。
家族や彼氏や友達のところへ戻りたい。それがみちるの本音だった。
「やっぱり元の世界に戻りたい?」
「えっ…」
心の内を見透かされたようで、みちるは焦った。
「あの…やっぱり家族も彼氏も友達もいるから…」
「そうだよねえ。わかるよ。でも、私はみちるに力になってほしいから、もうちょっといてほしいんだ。…だめかな?」
小さな子供のように首をかしげて尋ねてくるオスカーはなんだかかわいかった。みちるは思わずふきだしてしまった。
「うふふ、オスカー様ったら」
「えー、笑うことないでしょ」
「ふふ…。ごめんなさい。わかりました。ここにいます。私でお役に立てるなら」
どのみち、一葉が願いを叶えて迎えに来てくれるまでは帰れないのだから、とみちるは胸の内でつぶやく。それまでは快適にいさせてもらおう。
「ありがとう」
オスカーはにっこりと笑った。そしてみちるの手をとる。
「君のようにやさしい女性が超獣使いで嬉しいよ」
そっとオスカーはみちるの指先に唇を押し当てた。
「ひゃあ!」
みちるは悲鳴をあげる。
「そ、そんなことしたらだめです」
「ごめんごめん。感謝の気持ちだよ」
オスカーはみちるの手を放した。
「それじゃ、またね」
「は、はい…」
オスカーが出て行って、みちるは力が抜けてテーブルに突っ伏した。
「もう…。心臓に悪いわ、あの人…」
コリンがじっとみちるをみつめている。
「オスカー様って本当に何するかわからない人だよね」
みちるは顔をあげてコリンに笑いかける。コリンがそっとみちるの手をとって、唇を押し当てた。
「もう、コリンまで。そういうのは真似しなくていいよ。好きな女の子にするものだからね」
コリンがふるふると首を横に振る。みちるには意味がわからなかった。シリウスは床に伏せてあくびをした。




