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【3章開始】帰れない楽園  作者: 結糸
第1章 異世界召喚
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国王陛下には礼儀を

 翌朝。かたいベッドの上で一葉は目覚めた。約束通り、クラークに言われた城の兵士が一葉を独房から出してくれて、風呂に入らせてくれた。国王陛下に会わせるのに、風呂にも入っていないのではという配慮があったようだ。いぬくんも洗ってやると、気持ちよさそうだった。さっぱりしてから、ちょっとした朝食をたべさせてもらったところで、クラークとイヴァンが一葉を迎えに来た。

「おはよう、一葉」

「ご機嫌はいかがかな?」

 イヴァンに問われ、「独房に入れられたにしてはいいほうだよ」と一葉は返した。

「それはだって…っぷ、くくく…」

 昨日のことを思い出したらしいイヴァンが一葉に背を向けた。どうやら笑いを必死でこらえているようだ。

「何、そんなに面白かったの? 私がひっぱたかれたのが」

「逆だよ。殿下に手をあげる人間なんて、見たことがないからね」

「…もう2度と、あんな真似をしたらいけない。わかってるか?」

 クラークはやさしく、けれどきっぱりした口調で言った。

「あっちが手を出さなきゃね」一葉はぷいとそっぽを向く。

「あはははは! まったく、面白いねえ、一葉は」

 今度はこらえずにイヴァンが大声で笑った。

「面白くない。こっちはいたって真面目だ」一葉は口を尖らせて、この場に昨日いた人物が足りないのを思い出す。「今日はブラッドはいないの?」と二人に聞いた。

「ブラッドは陛下や身分の高い方の前に出るのが苦手なんだ。呼び出しがなければ、ああいう場には出たがらない。一葉が超獣使いだということは伝えてくれているよ」

 イヴァンはようやく笑い終えて答えた。

「ふーん? そうなんだ」

「さあ、行こうか、一葉。陛下もお忙しい方だ。お待たせしてはいけない」

「行くよ。そのためにここにいるんだから」

 クラークに促され、一葉は二人に連れられて歩き出す。

「昨日のような真似は…まあ、できないだろうが、してはいけないからな。挨拶の仕方はわかるか?」

「えーっと…?」

 一葉が首をひねると、クラークは片膝をついて、両手を握り合わせて会釈するよう教えてくれた。

「くれぐれも失礼のないように」

「わかってるよ」

 クラークに釘をさされ、一葉は肩をすくめた。

 玉座までの階段と廊下を歩んで、護衛の兵士に軽く挨拶しただけで通してもらえた。やはり将軍という役職はえらいんだな…と一葉は内心感心した。

 兵士が玉座の扉を開けると、赤じゅうたんがしかれた部屋の奥に、玉座に座った中年の男がいた。周りには兵士と大臣かと思われる中年の男たちが並んでいる。こっちを凝視しているのが見えた。

「一葉、陛下の御前へ」

「あ…うん」

 一葉は言われるままに足を進めてレスタントの国王陛下の前まで来て、両手を組んで膝をついたが、すぐに立ち上がった。

「一葉」

 後ろで片膝をついているクラークが、叱責するように名を呼んだが一葉は無視した。周りの兵士や大臣らしき人物もざわついている。

「よいよい。そなたが超獣使いか」

 周りの連中をなだめるように、椅子に座った国王が片手をあげてそう言った。

「…そうです。あなたが王様ですか」

 一応敬語で一葉は国王の問いに答える。

「そうだ。私はジョージ二世。この国の国王だ。そして、そなたの足元にいるのが超獣か?」

「…そうです」国王の質問に一葉はうなずいた。

 一葉の足元のいぬくんを見て、再び周りがざわついた。子犬に角を生やした容貌に、想像とは違ったものであるとの感想が聞こえてくる。

「ふむ。それでは私にぜひとも超獣の力を見せてくれないか。聞くところによると、火を吐いたり吹雪を吐くそうではないか」

「見世ものではないんですけど…」

 一葉はちらりと脇にいる兵士を見た。

「では、彼の剣を抜いて、上に掲げてください」

 国王は「そのように」と兵士に促した。

「いぬくん、あれを溶かして」

「くるる」

 いぬくんが短く答えると、空中に掲げた剣に一気に炎を吹き出す。すぐにそれはどろりと溶けて、折れた剣が床にぼとりと落ちてじゅうじゅうと音を立てて床をこがした。煙も上がっている。

 国王は息をは吐き、周りはざわついた。やけどするくらいの魔法は見たことがあっても、剣が溶けるほどの火力は誰も目にしたことがなかったのだ。

「ふむ、すばらしい。これが超獣の力か。私の下で存分に働いてもらおうか」

「お断りします」

 国王の要請に、一葉はきっぱりと答えた。後ろにいたクラークは目を見開き、イヴァンはぽかんと口を開けた。国王の周りに控えている大臣連中もざわつく。

「ほう。何故だ?」国王は特に機嫌を損ねた様子もなく一葉に聞く。

「私はあなたの臣下ではありません。私は青の賢者にこの国を平和に導くように言われて異世界からきた、いわばこの国にとっての客人です。あなたの命令は聞く義務がありません」

 まっすぐに国王を見てそういう一葉に、さらに周りはざわついたが、国王は笑ってあごに手をあてた。

「なるほど。それで、私に礼もしないわけか。私の息子を平手打ちしただけのことはあるな。…そなた、名は?」

「一葉といいます」

「一葉か。なるほどな…」国王は椅子から立ち上がり、一葉のもとへ歩み寄った。そしてじっと一葉をみつめてから「では私の客人として、我が国の力となってくれるか?」と問う。

「はい。青の賢者からそう頼まれています。そのために私と超獣がいます」と一葉は真剣な表情で答えた。

「ふむ。…だが、私はそなたが本当に超獣使いで青の賢者から命を受けたという証拠が欲しい」

「証拠…ですか」

 そう言われて、一葉はたじろぐ。困った。証拠なんて、こっちが欲しいくらいなのに。

「どうした。証拠と呼べるものも無く、客人として迎えろとは少々虫が良すぎるのではないか?」

「………」

 一葉は歯噛みして握りこぶしを作る。仕方ない。超獣の力をもっと見せるしかないか。

「陛下」クラークが口を開いた時だった。

「ぐえっ!」

 唐突に一葉は目に見えないものすごい力に押しつぶされて、地面に身体がたたきつけられてカエルがつぶれるような声をあげた。

「ちょ、まっ…」

 起き上がろうとしても、一葉は身体が起こせない。上からものすごい人数に押しつぶされているようだ。顔だけようよう上を向く。

「一葉、大丈夫か?」クラークが駆け寄って手をのばすが、一葉は答えることもできない。

『愚か者めが』

 子供のような声がした。国王の前に杖を持った少年の姿が立体映像のように現れた。一葉はそれが自分だけに見えているのかと思ったが、その姿はほかの人間にも見えているようで、周りがざわついた。

「…まさか、あなたは」国王が前に体を乗り出す。

『いかにも。儂が七賢者の一人、青の賢者。此度は儂の監督不行き届きで超獣使いが無礼をしたな。礼儀をわきまえぬもので申し訳ない』

「う、うるさ…いだだだ!」

「一葉!」

 クラークが一葉を起こそうとするが、びくともしない。一葉は息をするだけで精一杯で、体全体に重しを乗せられたようだった。

「では、あなたがこの娘を使わしてくださったのは、事実なのですね」

『左様。儂の力が信じられぬなら、少し見せてくれようか』

 青の賢者が杖を振ると、国王の周りにいた大臣や兵士が一葉と同じように次々に地面にたたきつけられた。あちこちで悲鳴があがる。無事なものはおろおろしながら彼らを助け起こそうとするが、まったく歯が立たない。

「いえ、もう結構です。あなたのお力はわかりました。では、我が国に御助力いただけるのですね?」

『儂は直接人間には干渉せん。この出来損ないの超獣使いがおぬしらに力を貸すのじゃ」

「…感謝いたします」

『儂はこれで失礼する。一葉、自分の力におごるなよ』

 青の賢者は姿を消した。

「はっ…!」

 突然、身体を抑えつけていた力が和らいだ。

「大丈夫か、一葉」

「はあ、はあ、平気…」

 一葉はクラークの手につかまり、ようよう立ち上がった。ほかの人間たちも起き上がる。

「なるほど、確かに青の賢者の力はよくわかった。そなたは我らに力を貸してくれるのだな?」

「…そのつもりです」

「それは結構なことだ。そなたを客人として迎えよう。よいな」と周りの大臣たちに振り返った。

 もちろん、周りの連中は「そんな」とか「尚早では」と口々に言ったが、国王は気にする様子はない。そして、「私の決定だ。クラーク」と彼の名を呼んだ。

「はい」

 国王に呼ばれ、クラークは顔をあげる。

「一葉の世話をおまえに任せよう。よいな?」

「…かしこまりました」

 クラークは静かにそう答えた。隣のイヴァンは笑いをかみ殺していたが、ようやく落ち着いたところだ。

「いずれ、そなたとは二人で話をしたいものだな。異世界の話をきかせてもらいたい」

「いいですよ」

 一葉が軽く請け負ったとことで、周りの連中はまたざわついたが、椅子に戻った国王は片手をあげて「今日のところはもう下がるがいい」と言った。

「失礼いたします」

「失礼いたします」

「…失礼します」

 頭を下げるクラークとイヴァンに続いて、一葉も頭を下げた。周りの兵士や大臣たちの視線を浴びながら、三人は一礼して玉座から去った。

 しばらく廊下を歩いていた三人と一匹は、宮殿の人気のない場所へ来ると、「はあ~」とため息をはいた。

「まったく…肝を冷やしたよ」

「いやはや、一葉は大物だねえ」

 呆れて振り返るクラークと、苦笑するイヴァンに一葉は「でも緊張した」と短く答えた。

「とてもそうは見えなかったな。最初に私は礼くらいしなさいと…」

「最初が肝心だよ。なんでも私が言うこと聞くと簡単に思われたら、なめられる」

 きっぱりと言い切る一葉に、クラークはため息をついた。

「まったく…」

「まったくはこれで二度目」

 一葉に突っ込まれて、クラークは軽く額を押さえた。

「青の賢者のおかげだけど、これで晴れて一葉はこの国の客人と認められたわけだけど…それで、どうするつもりかな?」

「超獣の封印を解く。それが先決だって青の賢者に言われてる」

 イヴァンに聞かれ、一葉は足元のいぬくんを抱き上げて答える。

「それで、陛下の力を借りたいんだろう? ずいぶん、挑発的な態度だったな」

「まあ、こっちにもいろいろ事情があるのよ」イヴァンからクラークへ一葉は視線を変える。「これからよろしくお願いします、クラーク将軍」

「…ああ。陛下に言われたからな」

 クラークは頭を下げる一葉に、ため息交じりでうなずいた。

「ところで、ラスティ殿下にわびを入れてくれないか?」

「私が? あのちびにすけに? なんで?」

 クラークの提案に、一葉は眉を顰める。

「ちびすけね」イヴァンが肩を揺らして笑う。

「やだ」

「どうしてもか?」

「うん」

「…そうか。わかった」

 クラークはふっと息を吐いて一葉に背を向けて歩き出した。一葉は慌てていぬくんを連れて彼を追った。


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