赤の女神の世界
赤の女神には部下はいない。
彼女が降り立つ世界はもう破滅するから。
存在する生者も死者も全ては破滅の渦に飲み込まれ、そこに存在した痕跡すら残さず消えてしまう。
そして、世界は創造主の手によって次の者達へ引き継がれる。
役割を終えて世界を去る時、赤の女神の目端に白い衣を纏った少女が映った。
光り輝く獣達に囲まれた彼女。
少し目を閉じて息を吐く。
そして、赤の女神は自分の居場所へと帰っていく。
赤の女神の世界はとても小さな世界。
それは彼女が必要なものしか無いから。
彼女の好きな絵本や小説。
暇つぶしに口にする料理を作るための食材とそれを調理する器具達。
それらを収納する棚達。
完全に消し去るにはもったいないと思って拾ってきた花々。
ベットやテーブル、椅子などといった家具。
なぜか椅子はふたつあるが。
少し見渡せば全てが確認できるくらいの、そんな小さな世界。
彼女は本棚から何冊かの絵本を取りだし、椅子に座るとページをめくる。
ある本はアリスと呼ばれる少女が悪い赤の女王様を懲らしめる話。
とても可愛らしい女の子が知恵と勇気、そしてとても大きな愛で世界を変えていく。
ページに描かれてる少女にそっと手を添えて、彼女は呟いた。
「あなたのように変えられたらいいのにね。」
それはとても優しく、悲しい声。
絵本を何冊か読んだ後彼女は眠ることにした。
彼女がこの不要な行為をするのはそうした方が楽なことがあるから。
意識を一時的に手放すことで時間という檻から抜け出せるから。
彼女がもっと『悪い』女神ならきっとこんな『何も生まない』行為なんてしなくていいのだろう。
『外神』達がイタズラをするなんて日常茶飯事ではあるが彼女自身は外神としてイタズラしようとなんて思えなかった。
でも、そろそろ限界かもね。
意識を手放す準備を整えつつ、瞳を閉じた彼女はそう思った。
何か気配を感じて目を開く。
気配を感じるなんてほぼありえないこの場所のことなので内心少し驚いた。
(まだ入ってはいないみたい。)
それは彼女の世界の外からだった。
彼女は少し思考した後……。
指先で縦に1本線を引く。
それは世界に招き入れるための入口を作るための簡単な所作。
引いた線は大きな歪みとなり、そこから1人の女性が現れた。
先程見た白い衣を纏った少女とは対象的な黒い鎧を纏った女性。
黒の女神と呼ばれている終焉をもたらす者。その人だった。
「招き入れて頂き感謝する。」
そう頭を下げる彼女に赤の女神は問う。
「私の世界になんの御用件で?」
黒の女神は目を逸らし、髪をいじりながら答えた。
「その……。暇を潰しにな。」
その答えを聞いて赤の女神は身構える。
それは明らかな警戒だった。
神様の暇つぶしなんてろくなことでは無いのは彼女も知っていることだ。
例え他の神々と繋がりがなかろうとも。
「あぁ、すまない。誤解を招く言い方をしてしまった。」
慌てて手を振り黒の女神は続ける。
「その……なんだ。赤の女神は私と同じく他の者と繋がりがないと聞いてな。」
だから、そのなんだ……と少し口ごもった後彼女は意を決したようにはっきりと口にする。
「私と会話する関係になってくれないか?」
少し顔が赤い彼女を見て赤の女神は苦笑した。
「とりあえず、そちらの席にお掛けになって。」
彼女が指さした席へ黒の鎧を纏った少女は腰掛ける。
この世界では意味を成してなかった2つ目の椅子。
それが初めて意味を成した日だった。