【前編】ある日、山の中、怪我人に、出会った。
「申し訳ないが…何か気がまぎれるような話をしてくれないだろうか」
赤黒く染まったシャツを着た男爵さまがそうおっしゃるのなら仕方ない。
武芸で身を立てているわけでもない男が負うにはいささか荷が重いだろう。
「まぁ私ができることは限られてますんでお医者が来るまで意識は失わないでくださいよ」
「すまないな…」
「とりあえず患部の消毒…をしたいですが大した薬もない山小屋なんで水で我慢してください」
小屋の外から聞こえる唸り声やギャンギャンシャーシャーとうるさいだけの鳴き声は、山に不慣れな方には不安しかないのだろう。
採取と猟ができる狼4頭と、ネズミよけの蛇が5匹、見張りや斥候ができる鷹が1羽。
私には久々に現れた外敵にひゃっほー!と浮かれているようにしか聞こえないけれど…。
本当に久々だな、この山を制圧してから獣たちは大人しく住み分けているし、山の手入れで木々の間引きなんかしていたら手伝いに来る個体もいるくらい平和だった。
***
1日前、ザワザワと山の気配が警戒色に染まった。
鷹がまず落ち着かなくなったので、「好きにしろ」と小屋の守りより状況確認を優先させるため外へと放ち、狼も2頭「行ってこい」と偵察に放った。
残り2頭は今じゃない、と力を温存するかのように食事や仮眠を摂り始めた。
蛇4匹は小屋の東西南北それぞれのお気に入りの場所で、やってくるかもしれない何かに期待して勝手に待機し、1匹は小屋の中と外を行ったり来たり楽しそうにその時を待っていた。
そして、その時は訪れる。
鷹と狼がペアで帰ってきた。
布切れに血で描かれた救難マーク。
海で漂流中に掲げるやつだ。
ここは山なんで使うことはないが…
助けを煙や笛で呼ぶことを単純に知らないか、出来ない状況か。
1頭戻ってこないのも気になる。
多少の装備は必要だろう。
「行くか」
嬉しそうに尻尾を振る3頭と、キラキラと目を輝かせる1羽と一緒に、久々の探索行動に出た。
「…お前ら…そんなに野生生活が好きなら小屋帰ってくんなよ…って暴れんな甘えんなコラ」
じゃれつかれ、媚びられながら着いた現場は死体こそ無かったものの、1匹の狼に庇われながら戦う…いや戦ってないな、剣を振ってるだけの負傷した弱そうな男がいた。
呪詛の金具首輪を巻いた猪の群れのほうがよっぽど強そうだ。
「よし、行け」
待ってましたとばかりに群れに突っ込む3匹と、やっと来たかとゆったり歩いてくる疲労困憊の狼が1匹。
「…怪我はないな?よくやった」
水と干し肉を与えつつボディーチェックをしている間にも、尻尾振って甘えてくるんだからまだ余裕がありそうだ。
「・・・・助かっ・・た?」
「おい」
こんなところで気を失うやつがあるか。
私が両手を使って担ぐほど安全ではなく、狼に背負わせるには大きい。
全部倒すのには骨が折れそうだーーーそんな状況を察したやつが解決策を連れてきた。
「…お前、本当に賢いな」
胸を膨らませドヤる鷹が連れてきたのは、山の手入れのをする際に切り落とした木材の運搬を担う黒猪。
動物園で見た熊より一回り以上大きいが、多分、猪。
「…色が違うから…多分お前の群れの個体じゃないよな…?」
狼たちも遠慮なくヤってるあたりこの山以外…縄張りの外からの侵入者だろう。
それも、呪具を使うような録でもない人間主導の。
あまり深く考えている場合でもないので黒猪に気絶した男を乗せ、押し勝っているうちに来た道を戻る。
持久戦に持ち込まれたら困るような数の上、首に食い込んだ首輪がやっかいだ。
吸える血があるうちは命令通り動き続けるタイプの呪具。
今度山を下りた時には解呪道具も買っとかなきゃな。
そうして小屋に持ち帰った男を小屋の床に転がし、湯を沸かしたあたりで意識が戻り、無断で身元や怪我の具合を確かめずに済んでホッとした。
あと何かと後処理が面倒な死体にならなくて良かった。