【短編版】暗殺勇者なボクのこれから 〜邪悪な魔王と勇者を殺してやりたいほど許せない陰キャな少年は、世界中の誰でも殺せる勇者にして暗殺者となって二人を断罪し、そして自由を手に入れる〜
僕は、殺したくてたまらなかった。
「殺したいんだね?」
そんな僕の運命を変えたのは、こんな問いかけ。
「だったらなってみないか――暗殺勇者に?」
”死神”みたいな魔法使いの奇妙な問いかけだった。
話を聞いていくうちに、あいつらを殺してやりたい僕は、大いに惑わされる。
初めは「なに言ってんの、この魔法使い?」って思ったよ。
そもそも、暗殺勇者ってなんなのさ?
僕の名前は、カケル。
一年余前、僕は自分の誕生日まで、町で家族と一緒に仲良く暮らしていた。
「カケルも、もう十二歳か……。これからどうするの?」
その日の夜、家の中で誕生日を祝ってくれた姉さんが聞いてくる。
近くでは、母さんと妹のミナが誕生日ケーキをおいしそうに食べていた。
「これからって……姉さんは?」
将来の夢なのか、やりたいことなのかわからず、僕は聞き返す。
「私? 私はもちろん冒険者! カケルは?」
「うーん……」
「カケルも冒険者? どっか学園に通う? 男なら有名にならないと!」
「いやだよ、有名人なんて。私生活のぞかれて、あーだこーだ言われるだけだもん……。これからのことなんて、わからないよ」
「そっか……。何でもいいから、一週間だけでも試してみない? これからのことなんて、わからないんだから」
優しい姉さんが、口にしたこの言葉を、
「みんな、いるか!?」
僕はすぐに思い知らされることになる。
「父さん?」
父さんがものすごい勢いで、家の中に帰ってきた。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「荷物を持ってすぐに逃げろ! この町へ魔王軍がそこまで迫ってきている!」
僕たちがいる世界では、誰もが魔王を恐れている。
「浄化せよ、浄化せよ。人類を浄化せよ!」
「「人類浄化! 人類浄化!」」
「「かしこまりました、魔王様!!」」
『人類浄化』を謳って、人間たちを滅ぼそうとする魔王ディアギガスがいつ襲ってくるかわからないから。
「浄化せよ、浄化せよ! 人類を浄化せよ! 世界最悪の種族である人間どもを世界から一人残らず浄化し、我等が黒天に捧げるのだ!!」
「「人類浄化! 人類浄化! かしこまりました、魔王様!!」」
「「世界のため! 黒天のため! 我等が魔王ディアギガス様のために!!」」
僕たち家族五人は大慌てで、ずっと住んできた家を出る。
町の中は、既に逃げ惑う人々たちで大騒ぎになっていた。
「勇者と王国軍はまだ来ないの!?」
「わからない……。もう来てもおかしくないはずだ!」
「父さん、待って。どこ行くの!?」
「状況を聞きに行ってくる。なあにすぐに戻ってくるさ。カケル、十二歳の誕生日おめでとう! 母さんたちを頼んだぞ!」
町を出ても、魔王軍は追ってくる。
僕たちは命からがら逃げ続け、遠く離れた母さんの生まれた村を目指した。
その日の夜の内に、僕たちが住んでいた町は、跡形もなく焼き払われる。
捕らえられた人たちまで火炙りにされようとしているまさにその時、勇者シリウスと聖女アーニャ率いる王国軍が現れた。
「ユウシャ!?」
「勇者だ!」
「勇者様ー!!」
「そうだとも。俺が、勇者シリウスだ!」
果敢な勇者の姿に、魔物たちが恐れ慄き、捕らえられた人たちが泣いて喜ぶ。
「よく見ておけよ、アーニャ。これが戦場だ!」
「はい、シリウス義兄様……。捕らえられた人たちを一刻も早く!」
「ああ、俺に任せておけ! 行くぞ、魔王軍!!」
勇者の号令の下、灰と化した町の中で王国軍と魔王軍の戦いが始まった。
勇者シリウスが王国軍の先頭に立って、拳だけで千の魔物たちを葬り去っていく。
自分のそばで震えることしかできない聖女アーニャに、自分の凄さを見せつけるかのように。
彼を止められる者は、魔王ディアギガスを除いて誰もいない。
ここで言ってしまうと、王国軍が今頃現れたのは、遅れてやってきた方が主人公にとって「見せ場」になるからだ。
その後、魔王軍は撃退されたけど、焼かれた町は捨てられ、僕たちは逃げた先の村に移り住むことになる。
贅沢は言えないけど、前にいた町と比べて、何だか寂しい場所。
父さんは……いつまで待っても帰ってこなかった。
「私、行ってくる……」
僕たちが悲しむ中、姉さんは決意する。
「王国軍の冒険者になって、父さんを探してくる!」
村を出る時、姉さんは僕を固く抱きしめてくれた。
「カケル……母さんとミナのこと頼んだわよ」
そのわずか一ヶ月後。
夜遅く、小さな家の中で眠っている僕は夢を見る。
一生忘れることができない悪夢を。
僕の夢の中に、魔王ディアギガスが出てきたんだ。
「見ているか、カケル。人間の小娘の弟よ?」
恐ろしい魔術を使って、僕に見せている。
「あれが見えるか? 見えているか? その目で、よおく見てみろ!!」
夢の中の魔王が指差した方向に、姉さんがいた。
「……やめて」
僕の姉さんが丸太に磔にされていて――怯えている。
「喜べ! これからお前に見せてやるものは、生贄だ!」
姉さんの足下に大量の薪が積まれ、そばにいる魔族が松明の炎を振りかざした。
「さあ、夢の中で何もできないまま見ているがいい! 大事な姉が浄化の炎に焼かれて、黒天に捧げられていく、哀れで、愚かで、無様な最期をなああーー!!」
「いや、いや……いやああああああああああああああああああああああーー!!」
途中で目覚めることは、許されない。
「熱い……あつい! あつい!! 父さん! 母さん! ミナ……カケル! カケル! カケルウウウ!! カケルウウウウウウ――――――!!!」
泣き叫ぶ姉さんの足下から、熱い、熱い炎がどんどん燃え広がって――。
「お願い…………助けて……」
母さんと妹も、同じ夢を見る。
王国軍に入った姉さんが魔王軍に捕らえられ、魔王に生きたまま火炙りにされたという報せが届いたのは、それから数日後のことだった。
傷心の母さんは、魔王がばらまいた瘴気に侵される。
教会で寝たきりとなり、僕と妹は外の壁越しから話すことしかできない。
僕と涙脆くなった妹は、神に祈った。
神様、お願いします。
どうか母さんを治してください。
それから僕は、別のことも願った。
神様、お願いします。
どうか勇者様に魔王を殺させてください。できるだけ残酷に。
三日後、僕は自分の身体に異変を感じる。
そのわずか二日後、僕のところに本当に勇者が来た。
「神託が下ったんだ。カケル、君は、世界から選ばれたんだ。俺と同じ勇者に!」
そう告げたのは、この国の第一王子。
蒼い高級服を身にまとい、両腕の袖を肩までまくった、金髪碧眼の美青年。
鞘に収まった黄金の聖剣を左手に持ち、右腕をカッコよく振りながら、僕みたいな子供に愛想よく話しかけてくる。
勇者シリウス。
いつか魔王を倒してくれる、世界中の人たちにとっての希望の星。
偉大なる勇者、黄金の勇者とも呼ばれ、人望と称賛を集める一人目の勇者だ。
若干二十歳で、勇者パーティーと王国軍を率いる世界最強の冒険者でもある。
魔王軍の最高幹部すらも拳一発で倒してみせるという。
そんなにすごい人が、僕のことを自分と同じ”二人目の勇者”だと言っている。
初めは信じられなかったけど、勇者にしか使えないという呪文が使えて、ようやく実感が持てた。
「カケル、俺と一緒に行こう。俺と君で魔王を倒して、君の家族の仇を討とう。二人で力をあわせて、共に世界を救おうじゃないか!」
僕はどうすればいいのかわからず、母さんに相談しに行く。
「すごいわ、カケル。わたしも誇り高いわ」
母さんは教会の中から、壁の外にいる僕に答えてくれた。
「いい。これは、あなたしかできないことなのよ。いってきなさい。わたしとミナのことは大丈夫だから――」
僕は『勇者になって、姉さんの仇を取ってやる!』と決意して、泣きながら村を出た。
母さんと妹を残して――。
「カケル。君が勇者であることは、俺と君だけの秘密にしよう」
シリウスは、僕を誘った時と変わらない笑顔で、そう説いた。
「俺が表舞台で敵の注意を引く。その裏で君は影の立役者となって、世界のみんなのために戦う」
勇者パーティーの中で、僕はただの雑用。
僕が世界に選ばれた二人目の勇者だと知っているのは、一人目の勇者だけ。
「いいかい。俺と君、二人の勇者のこの形こそが、魔王を倒すため、みんなのために必要なこと。世界のために正しいことなんだ」
偉大なる勇者のその言葉に、まだ子供だった僕は、コロッとだまされた。
優しい笑顔の裏に隠されていたシリウスの本性は、金と名誉と女を欲しがる、強欲で嘘つきのナルシスト。
行く先々で勇者の名を利用して、パーティの仲間たちと一緒にやりたい放題。
正義を振りかざして誰かの財産を奪い取り、魔王との戦いで華々しい勝利と大衆受けに執着して、世界を救うことより女遊びを優先する。
シリウス王子は、誉められたくてたまらない。
一人目の勇者である自分だけが、一番誉められていなければ気が済まない。
そのため二人目の勇者である僕なんかが、表舞台に現れては都合が悪い。
だから先んじて自分の手元に置くことにした。
勇者であることを隠された僕は、腕が未熟なのに鍛えてもらえず、雑用として散々にこき使われ、危険な仕事は全部押しつけられて、手柄を上げれば全部奪われ……そう。シリウスは、王子や勇者なんて名前ばかりのクズ野郎だった!!
父さんと町が襲われたのも、母さんが瘴気にかかったのも、シリウスが勇者として人々を守る気がなかったから。
姉さんが捕虜になったのだって、シリウスが自分が目立つための捨て駒にしたからだ……。
「カケル、伝説の聖剣が眠っているという岩山のダンジョンに一人で潜入しろ」
僕は、勇者パーティの大テントの中で、シリウスに命じられる。
「敵の種類や中の構造など、正確な地図を作って俺たちに知らせるんだ」
何度、死にかけたことか。何度、ムカついたことか。
勇者として莫大な魔力と呪文を授かっていなければ、とっくに死んでいた。
けど僕は庶民の子供、相手は次の王様。
他人から見た容姿や性格も、短い黒髪のチビな陰キャに対して、金髪碧眼で長身筋肉質な超イケメン。新聞、広告、魔導ネットワークに顔が写りまくる超セレブ。
魔王を倒すための希望の星。救世主。
世界中のみんなが、シリウスの味方だ。
クズなのに、みんながだまされているか、知らんふりをしている。
僕の方は、友達は欲しいけどそんなにはいらないかなと思ってる……ぶっちゃけ、コミュ障のぼっちだった。
僕が勇者だと言ったって、誰にも信じてもらえない。
そして勇者の力は、剣も魔法も、王子の方が遥かに強い。
今の王様は息子を甘やかし、勇者の名を政治に悪用している。
こんな親子に逆らえば、僕の家族にまで危険が及ぶかも知れない。
「地図ができるまで戻るんじゃないぞ。いいか、わかったな?」
「……わかりました」
母さんと妹のことを思うと、魔王を倒すためにもそう言うことしかできなくて悔しかった。
「頼んだわよ、ボク~」
「地図がちゃんとしてないと、あとでおしおきだからな」
魔女賢者や伝説の傭兵団長など、勇者パーティの多くの仲間たちが、僕をチビだの陰キャだのと言ってバカにする。(陰キャの何が悪いって言うんだよ!)
彼らの人気の裏で、身勝手な振る舞いによる被害者はたくさんいたけれど、仮にも世界最強の冒険者パーティだから、誰もが逆らえず口をつぐんでいた。
「それと移動呪文ってすぐに帰ってきちゃダメよ。泣いたって、お姉さん、慰めてあげないんだから~」
「ギャハハハハハ!」
移動呪文とは、僕が勇者として授かった呪文のことだ。
外でもダンジョンの奥からでも、「ビューン」と唱えるだけで一度行った場所に一瞬で飛んで行くことができる。
他に授かった呪文は、回復系を除けば、変身呪文、幻惑呪文、解錠呪文、魔術無効など、王子には使えないものばかり。
僕がお使いや盗賊まがいな仕事ばかりやらされている理由になっている。
――つらいことばかりだ。
「待ってください」
そんな僕にも、味方はいた。
ここにいても、いいと思えることはあった。
「お義兄……勇者様。今回ばかりはさすがに一人では危険すぎます」
僕と同じ歳の聖女アーニャ。
国王の妹に当たる公爵夫人の令嬢で、シリウスの従妹だ。(王子が狙う婚約者候補だったっていうのは後から知った)
「次のダンジョンは、伝説の聖剣が眠っているかもしれない危険なダンジョンなのですよ。そんなところにカケルを一人で行かせるだなんて……」
「心配するな、アーニャ。いいか……」
従兄に言いくるめられようとも、反対してくれるだけで僕はうれしかった。
アーニャと出会ったのは、彼女が勇者パーティに入ったばかりの頃、掃除と洗濯を命じられた僕を、彼女が「聖女として手伝います」と言ってきてくれたのがきっかけだ。
アーニャはずっとお嬢様暮らし。家事はメイドに頼りっきりだったからヘタクソで、僕が一から教える羽目になったけど。
優しくされるのがつらくて、きつく当たった時は、「私も聖女として苦労しているんですよ!」と泣かしてしまった……。
僕が個室のテントの中に戻ってダンジョンに行く準備をしていると、アーニャが様子を見に来てくれた。
「カケル、本当に一人で大丈夫ですか。少しでも不安なら、私がお義兄様に……」
「安心して、アーニャ。必ず聖剣を見つけて、帰ってくるから」
――今度も必ず無事に、帰ってこよう。
僕は、顔に黒マスク、体に黒衣を装備し、一本のナイフとわずかなアイテムを持って、勇者パーティの野営地から岩山のダンジョンへと向かった。
そんな僕を、木の枝に止まっていた鴉がじっと見ていた――。
それから二日間、僕は岩山のダンジョンの中に忍び込む。
『てきにあったらにげろ!』を作戦に内部を探索し、何度も死ぬ想いをして地図を書き上げ、魔法の伝書鳩を使って勇者パーティに送った。
だけど三日間、ダンジョンの入口の前で待っていても、返事は来ない。
四日目になって、返事がやっと届いた。
隣国の王女様に誘われて、宮殿で遊んでいたらしい。
あと返事には『伝説の聖剣を回収しろ。それまで帰ってくるなよ』という新たな命令が書かれていた。
王子を殴りに行きそうになったけど、アーニャの顔を思い出して、僕はダンジョンに向かう。
僕がボロボロになりながら、岩山のダンジョンの一番奥で伝説の聖剣を入手できたのは、さらに五日経ってのことだった。
「……ビューン」
僕は岩山のダンジョンの中で移動呪文を唱え、そこからひとっ飛びして、勇者パーティの野営地へ帰還した。
「はあ……。ただいま戻り……」
「カケルだ! 取り押さえろ!!」
「うわあっ!?」
テントの中に入った僕は、突然、シリウスの命令で大人数の仲間たちに襲われて地面に取り押さえられる。手にしていた伝説の聖剣はあっさりと奪われた。
「な……なんだよ、これ!?」
「とぼけるな! アーニャが泣きながら俺に言ったんだぞ! お前、よくも従妹の着替えをのぞいてくれたな!!」
「…………えっ?」
僕は呪文を封印されて、汚い牢屋の中に入れられた。
部屋でアーニャが着替えているところをのぞいたなんて、ずっと岩山のダンジョン探索に専念していた僕には全く身に覚えのないことだった。
そうしていなければ、生き残ることはおろか、ダンジョンの地図を描くことも、伝説の聖剣を回収することだってできない。
そうだよ。アーニャにそんなことするもんか!
しかし王子たちに『移動呪文があれば、ダンジョンからすぐに戻ってこれる!』と決めつけられて、何の弁明にもならなかった。
誰も、僕を信じてくれない。
アーニャも会ってくれないどころか、勇者パーティから去った……。
一週間後、僕は牢屋から出される。
「よかったな、カケル。アーニャは穏便に済ませてくれるそうだ。二度とするなよ」
「はい……」
「あっ、そうそう。そういえば君のお母さんな。二ヶ月前に死んだそうだぞ」
「…………えっ?」
「ずっと危険な状態で、君がしたことを伝えたすぐ後のことらしい」
「…………ずっと危険な状態って」
「葬式も済んでる。妹は村の人が引き取ってくれるから心配いらないとのことだ」
「……なんで今になって知らせが?」
「郵便の連中がサボってたんだよ。こっちからの知らせは届いていたようだがな」
「………………」
「まったく君がこんなことをしなければ……」
「……母さんが瘴気にかかったのは、あんたのせいだ」
「……あっ?」
「父さんと町がなくなったのも……姉さんが焼き殺されたのだって、あんたが勇者として働いてこなかったせいじゃないか!?」
「……くだらねえ。ガキはこれだから」
「………!」
「なあ、カケル。一国の王子であり、世界を救う偉大な勇者様であるこの俺が、なんでそんなことしなきゃならねえんだ?」
そのあと、シリウスとアーニャの婚約が発表される。
勇者なんてやめてやる! と本気で思った。
王子をブン殴るかブチ殺すかして、勇者パーティから抜け出したかった。
世の中クソ!
世の中なんて、ほんとクソ!
世の中の連中なんて、クズばっか!
こんなクソッタレな世界を救うだなんて、バカかクズのやることだって!
だからといって、魔王だって許せない!
姉さんを殺した奴のことは、本当にブッ殺してやりたい!
王子が怠けるせいで、僕が弱いせいで、今も多くの人たちが殺されている!
だけど、僕では魔王は倒せない……あんな奴に頼るしかないっていうのか!?
世界に対する僕の怒りは、日に日に高まった。
自分が、こんなにも誰かを殺したいと思うようになるだなんて……。
今の僕を姉さんが知ったら、なんて思うんだろう……。
――自由になりたいよ。
そんな時だった。
あの人が、僕の前に現れたのは。
「殺したいんだね?」
途方に暮れながら、雪が積もった街の中を一人で歩いていた時に後ろから話しかけられて、僕は勢いよく振り返る。
さっき通りかかったばかりの民家の扉の前に、男の人が座っていた。
「『殺したい』のは悪いことではない。その想いは人間として当たり前のものだ」
フードを頭にかぶり、ローブを身体に着て、杖を右肩にかけている。
「だが『殺す』となると話は違ってくる。誰だって、命は大事。『生きたい』と願っているもの。いかなる理由があろうとも、許されることではないのだから」
何とも偉そうで、怪しい男。
彼の左肩には、あの時の鴉が止まっていた。
「……だれ?」
「私は、魔法使い。知識を広げるため、異世界から君に会いに来た」
「異世界?」
「この世界とは違う世界のことさ」
フードの中から見える二つの眼が、楽しそうに微笑む。
”魔法使い”というより、”死神”に見えた。
「……誰か殺したことある?」
「あるとも。世界を滅ぼしたこともある」
”死神”は語った。
この鴉は、自分の使い魔であること。
鴉の眼を通して、勇者パーティに加わった僕を見ていたことを。
僕の境遇や願望、苦悩についてもお見通しだった。
「それで、魔法使いが僕に何の用?」
「カケル、君にある話を持ちかけにきた」
「話?」
「そうだ。私の話に乗れば、君は――殺したい人を誰でも殺せるようになれる」
その言葉に、僕は惹かれた。
「……悪魔のささやきに聞こえるんだけど?」
「そう思ってくれて構わない。何しろ、君のような子供を暗殺者にしようというのだから」
「……暗殺者?」
「そうとも。闇の中に生き、たった一人であろうとも世界を救う……。だったらなってみないか。暗殺勇者に?」
「…………はい?」
というわけで、話は最初に戻る。
「……暗殺勇者ってなに?」
「その名のとおり、暗殺者となった勇者だよ。新しい職業だ。私は君に暗殺勇者への転職をすすめている」
「……どうして勇者が、暗殺者になれるのさ?」
「勇者の使命は魔王を殺すこと。つまり勇者とは、魔王暗殺を依頼された暗殺者だ。だとしたら勇者を本当に暗殺者として育てれば、魔王が倒されて世界が救われる可能性がより高まる。世界中の人たちにとって、いいことずくめではないかな」
「…………その発想は、どっから?」
「つい最近ひらめいてしまってね。試したくなった」
「……あっそ」
「そんな時に君を見つけた。盗賊まがいな勇者だ。暗殺勇者に実に向いている」
「……なるほどね。僕を実験台にしたいんだ」
「そのとおり」
呆れる僕に向かって、魔法使いは本性を隠すこともなくニヤリと笑い返す。
「君のような勇者を、暗殺者にしたらどうなるか。勇者の力を、伝説の聖剣を、勇者そのものを暗殺に全振りしたら一体……ワクワクしてくるだろ?」
「僕が暗殺勇者になったとしても、あんたの方がイカれてるよね?」
狂った魔法使い。
本当にヤバい人に目をつけられた。
せっかく来てくれるんだったら、女神様やヴァルキリーみたいなお姉さんがよかったなあ。せめてまともなおじいさんだよね。
ただどうするかは、僕に選ばせるらしい。
あとでやめてもいいと言われた。
その時は、僕の前から立ち去るだけだという。
結果がどうなるにしろ知識は広げられるから、それだけで満足なんだとか。
大事なのは、僕の意志。
この人は、僕に何も強要しようとはしなかった。
……どうして変なところで律儀なんだ?
「何はともあれ、誰かを殺したい君にとって、おいしい話だと思うんだがね」
「もし僕が……『はい』を選んだら?」
「紹介しよう。暗殺者」
魔法使いが呼ぶと、どこからともなく頭にフードをかぶった人が現れた。
驚く僕に、魔法使いが紹介する。
「彼は、東の暗殺者。私の仲間だ。君に暗殺術を教えてくれる」
変な名前。
「彼はかつて教団を率いて、多くの弟子を育てたことがある」
アサシンの目元は、フードの中に隠れて見えなかった。
本人は無口らしく、何も喋らない。
勇者パーティの中にもいない、本物の暗殺者だと感じた。
「それから、のぞきの件だが」
「……えっ?」
「陰謀だろう」
この人たちを信じたいという想いもあったけど、信用できるはずがない。
「……あんたの話、本当? 王子たちみたいに、僕をだまそうとしてないよね?」
「そうだと言っても、信じてもらえるのは難しいだろうね。君のような子供をだますあの手の連中は、私も殺したくなるとは言えるが……」
「……嘘か、どうかはっきり言ってよ。あんたは僕を裏切らないって言える!?」
「そうだね……」
「もしあんたが……僕を裏切ったら!?」
「ああ、その時には……」
「私が、魔法使いを殺そう」
低い男の声が初めて聞こえた。
僕が振り向いた方向に立っていたのは、暗殺者。
魔法使いの側に黙ったまま立っていた、東の暗殺者だった。
「少年。私は、魔法使いの仲間である前に、一人の信徒だ。私の教えを受ける身となれば、君は私の教え子となる」
信じられないという想いはたくさんあったけど、
「神に誓って君を守ろう。私は君の味方だ」
この人は、嘘をついているという気がしない。
「だからそんな君を裏切った時には――私が、魔法使い殿を殺す」
相手は、暗殺者だというのにだ。
「……魔法使い」
「なにかな?」
僕は思わず、アサシンの方を向いたまま、そばにいるもう一人にたずねた。
「僕がどうしてアサシンを信じそうになったかわかる?」
「彼が、根っからの正直者だからさ」
「彼は本当に……死神みたいなあんたを殺せるの?」
「ああ。彼は私を殺せる。彼にはそれだけの力と覚悟がある」
魔法使いは、自分が殺されても構わないかのように答えた。
僕は、微笑んでいた魔法使いの方を振り返る。
「僕も……殺せるようになれる?」
「ああ、なれる。君ならば、王子や魔王だけではない。私や彼であっても……世界中の全ての命を殺せるようになれるとも」
”死神”のささやきは、ゾクッとするほど怖かった。
今さら冷静になって、この人たちこんな風に僕みたいな子供をダマしてきたんだろうなという考えに至る。
だけど、そうなれたことを想像すると――ワクワクしてくる。
このチャンス――逃したくない。
「さて、どうする?」
「……それじゃあ一週間」
”死神”と契約すると決めた僕は、そう答える。
「まずは一週間。本当になれるかどうか、あんたたちを試させてよ」
「……決まりだ」
僕たちは、共犯者になったかのように笑い合う。
「ところでさ、僕があんたを裏切るとは思わないの?」
「ああ。君はそんなことはしないとも――」
それでどうなったかというと、”一週間”は、”一年間”まで延びた。
その間、僕は、異世界を渡り歩く”死神”と”暗殺者”に育てられる。
アサシンが、勇者パーティの中に僕と同じ雑用として潜入し、密かに僕を鍛えてくれた。
魔法使いは基本いなかったけど、ときどきやって来て、魔法で僕とアサシンの手助けをいろいろと。例えば何度死んでもループしてやり直せる実戦訓練用の異世界を創……慣れるまでが地獄だったなあ。
異世界の暗殺術を学んでいった僕は、王子の命令を楽にこなせるようになった。
それどころか誰にも見つからずたった一人で、ダンジョンの魔物を殲滅したり、事件を調べて殺人鬼を捕らえたり、魔王軍の幹部を暗殺したり。
勇者パーティの悪事を止められるようにもなった。
僕は普段は雑用のまま、その裏で暗殺勇者として暗躍する。
誰も、僕の正体がわからない。
暗殺勇者の影すら目にすることができない。
他の誰かに知ってもらう必要はないし、見せびらかす気もなかった。
仮にも暗殺者だしね。殺したい奴を殺せれば、それでいい。
雑用を続けたのは、魔王がいるからだ。
魔王軍に対して僕が上げ続けた手柄は、勇者パーティにとっては謎の出来事。
自分たちの手柄にして仲間たちが喜ぶ中、シリウスだけは気づいていく。
どんな手段を取っているのかは不明だが――僕の仕業だと。
僕が、そう仕向けた。
シリウスがする僕への命令は、無茶振りがどんどんエスカレートしていっても、たやすく達成され、いつの間にか勇者としての功績でも抜かれていく。
誉められたいシリウスは悶々と僕に嫉妬するようになり……ある日、ストレスを爆発させて、とうとう僕が知りたかったしっぽを出す。
陰謀の証拠を掴んだ僕は、聖女パーティの拠点に侵入した。
「アーニャ」
「……カケル!」
アーニャは独自にパーティを作って、魔王軍と戦っていた。
彼女が勇者パーティから去ったのは、王子に無理やり引き離されたから。
普通に行っても会わせてもらえないため、こうやって忍び込むしかなかった。
「突然こんなふうに来てごめん。けど君に大事な話があって……」
「…………」
「嫌だったらすぐ出ていく。誰かを呼んでもらっても構わない」
「……聞いていいですか?」
「なに?」
「あの時のあなたは……本当にあなただったのですか?」
「……違う。僕じゃない」
「……では、あれは?」
「王子だ。シリウスも変身呪文が使えたんだ……」
僕に変身して、僕とアーニャの仲を引き裂いて、彼女に取り入るために――。
――ここまでが回想。
いざこの時を迎えて、僕は過去を振り返っていた。
今、僕の下に、魔王がいる。
姉さんを生贄にして、残酷に焼き殺した魔王ディアギガスが。
僕が今いるところは、魔王軍が立てこもる魔王城。
最奥の地下100階層、玉座の間。
天井からすぐ下の壁に飾られた悪魔像の上に乗って、ずっと見下ろしているんだけど、魔王は、僕に気づけない。
「ええい!!」
とうとうしびれを切らして、玉座から正面にいる魔王軍最精鋭の護衛兵たちに向かって立ち上がるだけだ。
「侵入者は、まだ見つからないのか!?」
魔王にそう叫ばれても、最精鋭の護衛兵たちはうろたえるしかなかった。
「おのれ! 勇者と聖女との決戦が近いこんな時に……黒天が我を見放したとでもいうのか!?」
侵入者とは、僕のことだ。
いつものようにたった一人で魔王城に潜入し、誰にも見つからないように隠れながら奥へと進んで、途中にいた各階の守護者たちは全て始末して、ここまでたどり着いたというわけ。
ここに来るまで、誰も僕に気づかなかった。
守護者たちの死体はわざと残したから、魔王たちは謎の侵入者に慌ててる。
僕に与えられた任務は、魔王城に単独侵入しての内部調査、地図の作成、宝箱の回収、罠の全無効化、各階守護者の暗殺、魔王軍へのかく乱と破壊工作などなど。
無駄な命令が多すぎたので、必要なものだけ済ませて、あとは放置。
こうして、機会を伺っている。
何の機会かというと、もちろん魔王暗殺の機会を。
闇の中でたった一人であろうとも、世界を救う勇者として。
僕の暗殺者の勘が正しければ、その機会が訪れるのはもうすぐだ。
ああ、そうだ。
あの時の聖剣は、僕は鞘から抜けたんだけど、王子には抜けなかった。
なので宝物庫に厳重に保管されたのを暗殺者が偽物にすり替え、魔法使いが魔改造しまくって、僕が背中に持ってるよ。
僕が手に入れたんだから、別にいいよね?
「大変です、魔王様!」
ほら、機会が来た。
伝令の兵士が玉座の間にやって来て、魔王に報告するために床に跪く。
「聖女パーティが魔王城内に進入! 勇者率いる王国軍も攻めてきましたー!」
「なんだとー!?」
「影武者が迎え撃っておりますが、劣勢! いつまで持つかわかりません!!」
魔王たちの注意が入口に向けられ、上にいる僕に対し、最大の隙が生まれる。
この時を、この瞬間を、僕はずっと待っていた。
――浄化してやるよ。魔王様。
僕は《影化》を解いて、黒衣を身に纏い、黒マスクで口元を覆った姿を晒す。
《影化》に使っていた魔力を、背中に担いでいる伝説の聖剣にすべて送り込み、全身にありったけの強化魔法をかけて、肉体を限界まで高める。
そして肩の後ろに伸びている聖剣の柄を掴んで、背負っている鞘から引き抜くと、真下にいる魔王めがけて飛び降りた。
相手のすぐ頭上まで落ちるのは、ほんの一瞬。
魔王ディアギガスがようやくこちらを見上げて、僕と目を合わせる。
それ以上は、何も許さない。
僕は伝説の聖剣を全身全霊を込めて振り下ろし、魔王ディアギガスを脳天から股下まで真っ二つに両断した。
僕にたった一撃で殺された魔王ディアギガスの肉体が、驚愕の表情を浮かべながら玉座にぐちゃりと崩れ落ちる。
そばに立った僕は、全身の感覚を強化して、魔王の肉体をじっと見下ろした。
魔王が復活しないか、生存の痕跡がないか、何らかの魔術の残滓がないか、血溜まりの玉座を隅から隅まで確認する。
何しろ相手は魔王だ。
どんな手を使ってよみがえってくるか、知れたものではない。
それから、八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られたけど。
殺せれば十分だ。
……よし。
人類浄化を謳った魔王ディアギガスは、ここに滅んだ。
任務完了だ。
僕が安心して聖剣を鞘に戻すと、天井から埃が落ちてくる。
主を失って、魔王城の崩壊が始まったんだ。
「……魔王様?」
「魔王様!?」
「ディアギガス様あああああー!?」
後ろにいた兵士たちが、ようやく気づく。
なぜなら、僕の一連の行いは、全くの無音だったからだ。
「おのれ、貴様! よくもディアギガス様を!!」
「一体、何者だああー!?」
僕は背を向けたまま、何も答えない。
「……ビューン」
移動呪文を唱えて脱出。僕の身体はたちまちのうちに地下100階層の空間を飛び越えて、魔王城の上空へと飛び出した――。
聖女パーティと王国軍は、魔王城から撤退。
城内に残っていた魔王軍は、城の崩落に巻き込まれて壊滅した。
――姉さん。仇は取ったよ。
さて、これで「平和に」と行きたいところだけど。
僕にはあと一つ仕事が残ってる。
なぜか魔王城が崩落して、皆で短時間だけ話し合わられた結果、魔王討伐の名誉は、『遂に偉大なる勇者シリウスが魔王を倒したぞー!』ということになった。
「「乾杯!!」」
勇者パーティの大テントの中で、魔王討伐を祝う宴が開かれた。
「ありがとう。みんな」
シリウスが仲間たちに向かって、得意の演説を始める。
「魔王を倒せたのはここにいるみんなのおかげだ。みんなが頑張ってくれたことを俺は決して忘れない。そうだとも! 俺たちの伝説は、これから永遠に語り継がれる!!」
「「おおーー!!!」」
よく言うよ。
「さあ、もう一度……これまで犠牲になった人たちと、これから訪れる平和を祈って、乾杯!!」
「「乾杯!!」」
その後、勇者パーティは華々しく王都に凱旋し、歓迎パレードで国民たちの大歓声を浴びて、国王からお褒めの言葉と莫大な報酬を受け取って、祝賀パーティーで上流階級のカッコよくて、カワイイセレブたちにたっぷりともてはやされる。
シリウスたちの絶頂期。
その中に、僕はいなかった。
勇者パーティのところに戻ってすぐ、食事に毒を入れられて、深夜、テントの中で眠ったまま動けずにいたところを拉致されたから。
「こんばんわ。魔王を倒してくれた勇者様」
何もできない僕に、誘拐犯の隊長さんは親切にも挨拶してくれた。
「驚かれたことでしょう。勇者である自分が何もできず捕らえられたことに」
この人たちは、王家直属の暗殺部隊だ。
世界最強の冒険者集団である勇者パーティに匹敵する力を持っている。
「フフ。我等にとっては造作もありません。我々の王国は今まで邪魔となる勇者たちを、いつもこうやってきたのですから……」
王国の闇は深いなあ。
僕は王宮の地下牢に連行され、独房の中に監禁される。
猿轡と手枷と足枷、幾重もの拘束具と封印術式をかけられて、身動きと呪文を完全に封じられた。
目の前に映像を写し出されて、上の王宮の祝賀パーティーでシリウスたちがもてはやされる様子を見せつけられる。
シリウスたちの口から僕のことが語られて、失敗や悪さばっかりする役立たずの雑用だって紹介された。(ほとんどでっち上げ)
僕の無様な姿が立体映像で公開されて、パーティーに出ている偉い人たちがゲラゲラ笑う。(偉い人たちなのに子供みたい)
捕まっている僕は、自分が笑い者にされている様子まで見せられた。(立体映像は、呆れるぐらいよくできていた)
「そうそう。王子殿下には、今夜中にあなたを始末するよう言われています。自分が絶頂期のこの時に、あなたを絶望のどん底という地獄に突き落とすようにとね」
シリウスは、初めから僕のことを殺す気でいた。
自分だけが勇者で、誉められていればいいから、二人目なんて死ねばいい。
パーティの雑用にし、危険な役目ばかり押しつけて、勝手にくたばりやがれ。
仲間たちにはいじめさせて、自殺に追い込んでやる。
直接やらなかったのは、勇者殺しなんて汚名を着たくなかっただけに過ぎない。
僕が腕を上げて、手柄を上げるようになってからは、とにかく目障りになった。
さっさと殺してやりたいが、そうするわけにはいかない。
まだ魔王がいる。
魔王を殺らせてから、殺してやる。
それまではずっと我慢。イライラ、イライラ。
「ええ、生きては帰れませんよ。あなたはここで終わりです」
とうとう魔王が死んで、僕は用済み。
この時が来てくれて、シリウスは嬉しくてたまらない。
僕を殺せるんだから。
――やることが、許せないよね。
「寂しがることはないでしょう。あちらには既にご両親とお姉様がいらっしゃるのですから。ああ、ご安心を。妹様もすぐにそちらへ……」
と、ここまでが、王子が思い描く筋書き。
筋書きという名のシリウスの妄想と願望。
実際に僕の身に、そんなことは起きなかった。
予定通り、襲ってきた暗殺部隊を返り討ちにしてやったから。
暗殺部隊からの吉報を待ち望んでいる王子には、バレないようにね。
暗殺者が教えてくれた。
『殺す前によく考えろ。殺した後に自分と世界がどうなるのか?』って。
だからシリウスがこうしてくることなんて、僕にはわかりきったことだった。
そんな先生だけど――僕が無事か、心配して見に来てくれたよ。
その日の深夜。
王宮の最上階にある自分の部屋のバルコニーで、シリウスが目の前に跪いた暗殺部隊の隊長から報告を受けていた。
祝賀パーティーが終わった後なのに、身につけているのは剣に鎧、勇者としての武装だった。
「……死んだんだな?」
「はい」
目を見張るシリウスに、暗殺部隊の隊長は祝福するように答える。
「……本当に、本当に死んだんだな!?」
「本当です。王国軍暗殺部隊の隊長、この私自ら確認しました。二人目の勇者カケルが死亡したと……」
それを聞いて、シリウスは、バルコニーから見える夜空の方を振り向くと、
「よっしゃああああああああああああああああーー!!!」
夜空に向かって、歓喜の声を轟かせた。
バルコニーに置かれたテーブルの上の酒瓶を勢いよく手に取ると、酒瓶の中身をグラスに入れてガブガブ飲む。何度も、何度も。
邪魔者がいなくなって大喜びだ。
勇者の武装をしていたのは、邪魔者の始末に失敗した時の念の為の備え。
部屋の外では、勇者パーティが王子に命じられて同様の態勢を取っていた。
「これで、これで、世界は俺のもの……」
まだ跪いている暗殺部隊の隊長に背を向けて、ブツブツとつぶやく。
暗殺者に背中を向けて平気なのは、暗殺部隊には王家に逆らえない呪いがかかっているからだけど……バッカみたい。
暗殺部隊の隊長に変身呪文で変身していた僕は、変身を解いて黒ずくめの姿を晒す。
王宮内には、王家の者と認められた者以外には魔法が使えなくなる結界もかかっていたけれど、魔術無効の影を身に纏えば無効化なんてカンタンだった。
「さて、まずは何をするか……」
シリウスの背中はがら空きだ。
僕は右手の二本の指先を伸ばして、魔力を込める。
魔力をまとった僕の指先は鉄よりも硬くなって、鋭い刃と化す。
指先の魔力は、手を銃の形に変えて弾丸のように無音で発射することもできるし、麻痺、睡眠、幻惑、催眠、無力化、恐慌、記憶改竄、覗き、蘇生、破裂、即死といった呪いを付与することもできる。
「そうだ。まずはあいつの死体をこの目で……」
「動くな」
僕はシリウスの背中に近づいて、奴の首に二本の指先をブスリと刺してやった。
もちろん急所は外してる。
「……!?」
突然のことに、シリウスが驚愕した。
「こんばんわ、王子。生きててごめんね。僕が死んでそんなにうれしかった?」
僕は声を聞かせ、状況を理解させて、動きを封じる。
「それにしてもひっどいなあ。魔王を殺してあげたのに僕を殺そうとするなんて」
「……調子に乗るなよ、クソガキ」
「ああ、助けを期待しても無駄だよ。王宮の中にいた暗殺部隊に、勇者パーティの連中は、皆殺しにしてやったから」
「!!?」
脅かすために、嘘と事実を混ぜる。
「今、部屋の外はどこも死体だらけさ。あんたのものになるはずだったきれいな王宮の中が、あんたのせいで台無しになってるよ」
「この……バケモノが!!」
「なに? こんなバケモノ、生かしておけないって? まあ、何をしようと無駄だったね。魔王を殺せなかったあんたらに、僕を殺せるはずないんだよ」
余りの悔しさに頭に血がのぼるが、王子はわなわなと震えることしかできない。
「俺を……どうする気だ?」
「もちろん殺してやるさ」
「……!!」
「無責任で女子供を平気で傷つけるお前なんていなくなった方が世界のため……と言いたいところだけど」
「……?」
「ここで殺ったら、あんたは魔王との戦いで負った傷がもとで死んだことにされ、世界のために犠牲となった英雄になっちまう。これから先、あんたの華々しい伝説を聞くことになるなんて、そんなのごめんだ。だから……代わりに呪ってやる」
僕は突き刺した指先に呪いを込めて、シリウスの体内にたっぷりと打ち込んだ。
僕が指先を引き抜くと、シリウスが毒蛇に噛まれたかのようによろめく。
「あんたは僕を忘れる」
僕は、これからのことについて、シリウスに教える。
「僕が誰なのか知らないまま、僕という存在と、僕に命を握られているということだけは忘れられずに、怯えながら生きていくことになる。僕みたいな子供にね」
「……な、に?」
「これからあんたには嘘もつかせない。言い訳もさせない。あんたの本性を全て暴いて、大恥かかせてやる。そうだよ。僕とあんたの立場は逆転する」
「ふざけるなああーー!! 偉大な勇者であるこの俺に向かって!!」
激憤に駆られたシリウスが、僕の方を振り返りながら腰に下げた剣を抜き、物凄い勢いで斬りかかってくる。
「死ねえええええええええーーー!!!」
さすが一人目の勇者だけあって、いい動き。
暗殺者らしくないけど、正々堂々と向かい合った僕は、背中の聖剣を抜きながら相手よりも速く動いて、
「がっはあっ!?」
シリウスの身体を真っ二つに斬り伏せた。
「もう忘れたの? 僕は魔王を殺した勇者だぜ」
大量の血を吹き出して、シリウスが血溜まりの中へブッ倒れる。
死んでゆくシリウスの瞳を見下ろしながら、僕は言った。
「覚えておいてね、王子。僕はいつでもこんなふうに――あんたを殺せるって」
翌朝。
「……はっ!?」
シリウスが、ベッドから跳ね起きた。
身体には傷一つないが、服は血まみれで、汗びっしょりだった。
昨夜のことを思い出した瞬間、口から嘔吐する。
「……あれは夢? ……それとも幻? ……死んだ後に生き返された?」
さあ、どれだろうね。
「そもそもあのガキは…………誰だ?」
顔すら上手く思い出せず、シリウスがガタガタと震える。
「シリウス殿下、失礼します!」
そんな中、突然、部屋の中に、騎士団長が衛兵たちを引き連れて入って来た。
「な、なんだ、おまえら!?」
「シリウス殿下、公爵夫人の命により、あなたを国家反逆罪ならびに計十七ものの容疑で逮捕いたします!!」
「…………はあああああああああああああああああああああああーーー!!?」
魔王が倒れた後に、シリウスと勇者パーティが始末しようとしていたのは、僕だけではなかった。
アーニャの両親である公爵夫妻をはじめとする多くの人たちを、さっさと王様になりたい、気に喰わない、邪魔になりそうだなどという理由だけで、まとめて粛清しようとしていた。自分の父親である国王まで。
そういった計画と過去の悪事を僕が全部調べ上げ、かき集めた証拠を公爵夫婦に匿名で密告。
清廉潔白な公爵夫人は激しい怒りに震えながら冷静になって、騎士団に『王子と勇者パーティを一斉に捕らえよ』と命令。
王子と勇者パーティは僕の呪いで無力化されていたから、ろくな抵抗もできずにあっけなく捕らえられた。(暗殺部隊の人たちは先生に預けた。その時に「おめでとう」と祝福してくれたよ)
国王は、こんな息子を甘やかしてきた罪によって退位されたあげく追放。
現王朝は滅亡し、国王の妹だった公爵夫人が新たな女王となる。
王子と勇者パーティの名誉は消滅。魔王討伐の嘘や過去の悪行が次々と暴かれて、世界中の人々の彼らを誉める声はたちまちのうちに消え失せた。
一人目の勇者の国際的な名声、国王の民衆の支持は地に落ちたから、周辺諸国が国王と王子の復位を名目に内政干渉することもできやしない。
今後、勇者パーティの多くが牢獄暮らし。主だった者たちは尋問と裁判の果てに、処刑台へ送られることになるだろう。
魔王討伐の名誉は、勇者パーティと違ってこれまで本当にがんばってきた聖女パーティに譲られた。
今や、魔法使い一味を除けば、暗殺勇者の正体を知る唯一の人物。
公爵夫人との間を仲介し、僕ののぞきの冤罪も晴らしてくれたアーニャの手に。
新たな王女となった彼女の手に渡れば、人々の信望が集まって、これからの王国統治に役に立ってくれるはずだ。
僕と彼女の計画通りにね。
それにしても、僕みたいな子供が、魔王暗殺に続いて勇者暗殺。
勇者パーティの社会的抹殺、国王追放に、革命まで成功させちゃったよ。
僕をここまで育てておいて、あの人……僕に「自由に生きろ」だなんて。
しかも思春期真っ盛りの”クソ”だの”殺す”だの普段から思ってる情緒不安定な子供に、伝説の聖剣まで与えてだよ。しかも暗殺特化のカスタムタイプ!
超危険人物に超古代兵器プレゼントして、「さあ、世界を滅ぼしてこい!」って言ってるようなもんだよね? いつ世界が滅びてもおかしくないってば~。
それなのに……これも知識を広げるため?
魔法使いの奴、本当に何を考えてるんだろう――。
「ご苦労さまでした、カケル」
僕に向かって、アーニャが頭を下げる。
僕とアーニャは、王宮の近くの森の中で二人っきりで会っていた。
「あなたのおかげで世界は救われました。ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはないよ。やり返してやりたかっただけなんだから」
皆殺しにしてやると思っていたけど――アーニャは望まない。
連中を破滅させて、呪ってやったんだということでよしとしよう。
呪っていれば、遠く離れていたって念じるだけで殺せるよ。
ああ、呪いを変なことに使うつもりはないよ。奴らが二度と悪さしないように見張るぐらいさ。
「何かあったらすぐに呼んでね。勇者としての責任は果たすつもりだからさ」
「はい。その時には……。それまであなたは?」
「……まだ決めてない」
これからどうするのか、ずっと考えていた。
けど自由になれると思うと、やりたいこと、やりたくないこと、両方とも多くて決められない。
「やはり……王宮に残ってはくれないのですね?」
「もう宮仕えはこりごりだからね……」
アーニャを手伝いたい。また一緒にいたいという気持ちはあったけど。
誰かのせいで、誰かに仕えるということが本当に嫌になってしまっていたから。
王宮に残っても、迷惑をかけるだけだろう。
だから彼女とは、ここでお別れすることにした。
「それじゃあ、暗殺者に?」
「闇の住人かあ……」
「もしかして例の魔法使いの下へ?」
「絶対ない! それだけは!!」
あんなヤバい人と一緒だなんて、死んでもゴメンだよ。
僕が本気で嫌がると、アーニャはおかしがる。
近くの木の上の枝に止まっている鴉も、誰かさんが笑っているように「カア~、カア~」うるさく鳴いて、羽ばたいた。
「とりあえず妹のところに帰るよ。そんで家族のお墓参りをしてから旅に出ようと思う。旅先で美味しいもの一杯食べて、世界中のダンジョンを完全攻略して……学園に通おっかな」
「学園って、旅をしながらなんて無理じゃありません?」
「大丈夫。僕には移動呪文があるから」
「あっ、そっか」
「うん。遠い旅先に泊まって、朝、学園にビューンと飛んで、放課後またビューンと戻って、名付けて、ビューン通学!」
それを聞いて、アーニャが笑い声を上げる。
いけない。
お別れしなきゃいけないのに、楽しく話していた。
「……そうやって、探そうと思う。これからどうするのか」
「はい。ゆっくりと探してください。人生は長いんですから」
「うん。そうする」
名残惜しいけど、そろそろお別れしないと。
「それじゃあ、アーニャ」
「はい……」
「ありがとう。僕に優しくしてくれて」
「いえ。私も……カケルにいっぱい教えてもらいましたから」
僕たちは笑い合い、互いに手を振った。
僕は背を向けて、妹がいる村を目指す。
歩いて、歩いて、振り返って、ほんの少しだけ離れていたアーニャにまた手を振った。
アーニャがまた手を振り返してくれる。
それから背を向け、足を前に、前に、また彼女の方を向いて、手を振るう。
再び前を向いて、進んで、進んで、振り返る。
手を振って、手を振って、また前に向かって一歩、一歩と。
僕は、進み始める。
木の上の鴉も、僕を見送るように飛び立った。
――さあて、これからどうしよっかな。
お読みいただきありがとうございました。