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長かったプロポーズ

作者: りつき

「そろそろ1年か……」


 俺は、リビングボードに飾られた写真を見た。


 昌美と付き合って、1年になる。周りの友達からは、「長く待たせ過ぎ」だの「なにそんな真面目になってんの?」だの色々と言われてはいるが、付き合ってすぐ身体の関係を持つより、時間をかけてお互いの時間を過ごす事の方が自分には向いているのでは?と思って、昌美と付き合うようになってもキスだけで辞めておいた。勿論、それは昌美にも言ってあるのだけれど……。


「もうすぐ迎えにいくから……」


 スマホのアラームが、9時を報せ、俺は鞄の中に小さな袋を入れ、家を出た。


 待ち合わせたのは、いつもの駅前にあるカフェ・ベリーズカフェ。ここか、駅南にある時計台の前の2つ。そもそもの出会いが、ここの時計台だったから……。


 日曜日なのに、道が空いていた。


 信号が、青信号に代わり、左折する。


 そこから1km程走って、右折の筈が、道路工事をしていて、暫く走ってからの右折。


 空いていてナビ通りに行けば、あと数分でつく筈だったのに……。


 キキィィィッ!!


 いきなりバイクが道から飛び出してきて、バイクを避けようとした……。



「遅いなぁ…」


 今日は、裕翔さんとデート。


 毎週必ず会っているのに、待ち遠しくていつも早くきてしまう。


 待ち合わせは、10時なのに、今日は30分になっても裕翔さんは来てなくて……。


 電話も呼び出し音が鳴るだけだし、LIMEも既読にならなかった。


「おかしい…」


 不安になったのは、カフェの中で救急車のサイレンを聞いた時だった。


 でも、車は本当に安全運転をする裕翔さんのことだから、事故を起こすとは考えられず、カフェでぼんやりと過ごす。


「昌美さん、まだ?」


 このカフェで待ち合わせをするようになって、仲良くなったウエイトレスのみっちゃんも何度か来てくれた。


「お昼、か」


 裕翔さんは、こない。連絡が全くつかないなんて事は、これまでに1度としてなかった。


「一旦、帰るわ。帰りに彼のとこ寄ってみる」


 そう言って、帰りに寄って、合鍵で中に入ったけど、ガランとしていた。


「どうしたんだろ?」


 トボトボと自宅まで帰った私に、母は青い顔でこう言った。


「昌美ちゃん。落ち着いてきくのよ? 裕翔さんがね、事故で……」


 目の前が真っ暗になって、私はヘナヘナと腰を抜かした。


 私と裕翔さんが、付き合っているのは、母も父も裕翔さんのご両親も知っていた。これは、付き合って直ぐに彼から言われた。有耶無耶なままで付き合いたくない、と。


 母に連れられ、タクシーで総合病院まで行った。


 そこには、裕翔さんのご両親が……。


「おじさま! ゆ、裕翔さんは!!」


 裕翔さんは、事故を起こした時に頭を激しく打ち、脳の血管が切れ、今手術中だと。


「おばさま……」


 裕翔さんのお母様は、昔糖尿病になり、今目がぼんやりとしか見えず、私はお母様の手を頬に当て、存在を知らせた。


「昌美さん……。裕翔は……」


「昌美ちゃん?」


 母は、私を一旦帰らそうとしたけど、私は少しでも彼の側にいたかった。


「おじさま? おばさまを……」


 年老いたと言ってもまだ50代ではあるが、持病もあるから、帰るようにお願いした。


「ママも帰って。パパが心配するから……」


「でも……。じゃ、また明日にでもくるから。あなた、仕事はいいの?」


「うん。有給あるから、使わせてもらうから」とママには帰って貰った。



「どうして…?」


 あの時、サイレンが聞こえた時に、どうして、もしも、を考えなかったのだろうか?


 悔やんでも悔やみきれない。


 刻一刻を過ぎ、日付が変わっても、手術室の灯りが消える事はなかった。


 ウインッとその扉が開いて、バタバタと白衣を着た看護士が走る!


「急いでッ!!」


「早くっ!!」


「……。」


 彼に何かあったのだろうか?


 もし、彼が死んだら……。


 嫌な事は考えたくもないが、この看護士達の慌てぶりが怖い。


「裕翔……」


 神様、どうか裕翔を助けて!


 お願い!


 私の命、欲しかったらあげるから、どうかっ!どうかっ!!


 朝になり、空が明るくなり始めた頃……


 っ!!


「せんっ!!」


 立とうとしたけど、フラついて……。


「手術、終わりました。大丈夫ですか?」


「は、はい…」


 裕翔は、やっと手術室から出てきた。


 真っ白な包帯を頭にグルグル巻き、左手と左足も分厚く包帯が巻かれていて、鼻も口も……。


「ゆ、裕翔? ねぇ、わかる? 裕翔?」


 ストレッチャーに乗せられた裕翔は、そのままICUへと運ばれた。


「大丈夫ですから。いまは、こちらでお待ちください」と言われても、私は外のベンチに座っていた。



 病院からの連絡が入ったのか、母、父に続き、彼のお父様が……。


「少し体調が悪いから」とおばさまは、近くに住んでる妹さんにお願いしてきたと言った。


 彼の姿を見て、誰も声が出なかった。


「すみません、ご家族の方……」と看護士に呼ばれ、おじさまが入った。


 行こうとした私を父が、手で遮った。


「パパ……」


「今は、耐えろ。それしか、我々には出来ん」


 確かにそうだった。でも!!


「昌美ちゃん、1度帰りましょ。あなた、眠ってないんでしょ?」


「いやっ!! 帰らないっ!!」


 パシンッ……。


 初めてだった。初めてママに叩かれたのは……。


「あなた、後はお願いします。昌美」


「……。」


 私は、母に従い帰ることにしたけど、ベッドに入っても眠れなかった。


「食べなさい」と差し出された私用の食事でも、食べるのも苦痛で食べなかったら、また叩かれて……。


「いま、苦しんでるのは、あなたじゃない! 裕翔さんのね? 大切な人が、事故にあって辛いのもわかる。でも、それは、向こうのご両親だって辛いのよ。わかる? 今あなたにできるのは、裕翔さんが元気になるように祈る事と会った時に倒れないように元気な身体でいることなの。ね? だから、お願い。これ、食べて……」


 母だって苦しいのだろう。いつもとは違う母の涙を見てたら……


「はい」


 震える手で、少しずつ食べ始めた。



 彼が、ICUに入って3ヶ月が経って、自発呼吸が出来るようになったが、依然として、彼が目を覚ます事はなく、落胆する毎日を送っていた。


 彼の母は、完全に目が見えなくなったとおじさまから報せを受けた。


「でもな、ほらこうすれば、わかるから」とおばさまは笑って私の手を自分の頬に当てた。


「はい……」


 彼の手は、温かいまま。この温もりを消したくなくて、時間の許す限り、手を摩ったり、耳元で付き合ってた頃の話をしたりした。


 半年、1年が過ぎても目を覚さない裕翔。


 重い時間だけが、流れる。


 それでも、私は裕翔の見舞いにいった。



 2年が過ぎ、私は彼のお父様に呼ばれ、こう言われた。


「辛いのはわかる。けど、昌美ちゃんもいつまでも起きない裕翔を待たず、誰か他の人と……」


「嫌です。例え、裕翔が目を覚さずに亡くなったとしても、私は裕翔の彼女でいたいです。だから、これからも宜しくお願いします!」


 必死に頭を下げ続けた。


 家に帰ると珍しく父がいた。


 さっきの事もある。


「昌美、話がある」と言われ、私はきた!と思った。


「お前と裕翔くんが、付き合ってもう2年だ」


「うん」


「依然として、裕翔くんは目が覚めない」


「うん」


「だからな……」


「嫌です! パパやママ達が、他の人と結婚しろと言っても、私は従うつもりはありません。私は、裕翔が例え亡くなっても裕翔……」


 暫く、書斎の時間が止まったみたいに静かになり、廊下きらは話を聞いていたのか、母の嗚咽が聞こえた。



「あ、もうすぐだ」


 裕翔は、いまだ目が覚めない。


 彼のお母様は、持病が悪化して、今は車椅子での生活を余儀なくされている。


 今月のカレンダー28日についた花丸マーク。この日は、裕翔と出会って3年目!


 付き合ってもうすぐ1年って時に事故を起こし、丸2年眠り続けている。


「昌美ちゃん、今日こそ裕翔くん目が覚めるといいわね!」


 最近は、それが何故かゲームになっていた。裕翔さんのご両親も私の両親も、互いに行っては、ダメだったと首を振る。誰が行った時に目が覚めるのか?!


「さて、今日はなんの話をしようかな?」


 いつものようにナースステーションで挨拶をする。裕翔が入院して、何人かの看護士さんと話したりもする。


 今日は、少しきつそうな感じの小室さんが、いた。


「こんにちは」


「こんにちは。こちらに記載お願いします」


 言い方は丁寧だけど、どこか冷たさを感じる。


 ドアをノックして入っても、裕翔の耳には届かないが、いきなり入る訳にもいかない。


「優希、きーたーよーっ!!」


 暗くなっちゃ治るもんも治らないと母に言われ、眠り続けてる彼の前でも、笑顔ー笑顔ーでいく。


「そそ、この間ね、会社で面白い事があったんだよー」と耳元で話すのも慣れたもの。


「また、お髭が生えてきましたね? 裕翔くん。ダメですよ? これでは……」


 時々、ふざけた口調で言ったりもする。


 裕翔の横顔好きだなぁ。


 整った顔で、まつ毛も長い。いつだったか、まつ毛長いなんて酷過ぎると言ったら、かなり笑われたっけ。


 あの時も、こうして頭に手を……


 ん?


 頭に……手?


 あれ?私裕翔の身体の向き変えたっけ?いや、それは看護士の仕事だ。じゃ?!


「……。」


「……。」


 あ、いつもの裕翔の笑顔だ……。


「おはよう?」


「待った?」


「うん。もう3年かな?」


 涙が出た……。


「待たせたな」


「うん。おばあちゃんになっても待ってる」


 たまたま検温に来た小林さんが、慌てて看護カートにつまづき……


「昌美……」


「うん」


「結婚してくれ」


「はいっ!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな笑顔だったと思う。誰かがきても構わなかった。


 だから、自分で……


「っとと!! お、お邪魔だったな」


 長い長いキスだった。


 彼が眠っていた3年は、長かったけど……。



「でもさ、どうしてあの時、目が覚めたの?」


「いや、昌美がくる前だったかな? ぼんやりと目が覚めて、病院って分かったら、昌美がきて咄嗟に目を閉じて……だな?」


「ばか……」


「さて、行きますか?」


「はい」


 今日、私は伊予田昌美から小宮山昌美になりました。結婚よりも先に入籍?!と父は驚いたけれど、反対はされなかった!

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