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もう少し待っていて

作者: 奴目

とある賞に送ったモノですが落ちたヤツです。

でも当時から今に至るまでの自分の中で一番納得が出来たモノなので投稿してみました。

お手柔らかにお願い致します。

 夢を見た。

 急流を架ける橋は神橋に酷似していた。

 その橋向こうでぼんやりと佇む妻を眺めている夢だった。

 夢の中での私は、彼女と会うのが久々に思えて仕方がなかった。

 そんな妻の、景色を眺めているのかそれともただぼんやりとしているだけなのか判別がつかない顔を、ずっと眺め続けてもいたかったし、しかし反対に今すぐにでも声をかけてこちらを振り向かせたくもあった。

「さちえ」

 私は導かれるように橋へ一歩踏み出して声をかけた。それなりに歳を重ねているから声量などきっと小さなものだっただろう。しかしさちえは聞き取ってくれたようで、驚き弾かれたようにこちらを振り向いた。

「あら、のぶゆきさん」

 私を目視したものの、そのまま立ち止まっているさちえに、どうしてか気が逸ってしまった。

 私がいるのにどうしてこちらに来てくれないのだろう、何故そこから一歩も踏み出してはくれないのだろう、と。だから私はさちえの方から来てはくれないだろうかという想いを込めて、歩むのを止めた。

 しかしそんな私の胸中など知らないさちえは動くことなく、ただ黙って驚きに固まっていた。

 ようやく彼女が自らの驚きに慣れ始めたとき、私に薄ら微笑みかけてくれた。

「どうしてこんなところにいらっしゃるの?」

 さちえももう大声など厳しいはずの年齢だろうに、鈴のようなその声は夢だからこそ明瞭によく聞こえた。難なく会話が出来ることに嬉しくなった私は、そのままさちえとの会話に勤しむことに決めた。

「分からない。けれどこれは夢だろう? どこにいたっておかしくはないさ」

「ゆめ? ゆめ、……ふふ、そうね。ゆめならどこにいてもおかしくはないわね」

「さちえはどうしてこちらへきてくれないのかな? 寂しいからそばに寄って欲しいのだけれど……」

 幸甚な気持ちに心満たされた私は、さきほどの胸中を正直にぶつけることにした。するとさちえは非常に困ったような表情で小首を傾げてしまった。

「私はもう橋を渡ることが出来ないの」

「どうして? 橋なんて渡ってしまえば良いじゃないか。こんな風に」

 そう言って私はまた一歩と踏み出した。そうしたらさちえは明らかに狼狽して「こないで」と、いつもなら出さないような悲痛な声を張り上げた。

 びっくりした私は何歩か後退ってしまった。そうするとさちえは明らかに胸を撫で下ろし、ほっと一つ安堵の息を吐いたのだ。

「どうしていってはいけないんだい? 愛しい人に会えたのだから寄り添いたいのに……」

「そう、そうね。私も本当に、心の底から、出来ることなら今すぐにでも、のぶゆきさんのおそばへといきたいわ」

「じゃあくれば良いじゃないか」

 ほら、と両腕を広げて彼女を包み込む態勢をしても、さちえはきゅっと下唇を噛み締めて袖口を握り締めるだけで、動こうとはしなかった。

「ひどい人ね、のぶゆきさんは。これは拷問だわ。そうされたら今すぐにでも飛びつきたくなってしまう私の心を理解してそうしているんでしょう? 意地の悪い人、本当に」

「それが分かっているなら、その気持ち通りにくれば良いじゃないか。そうさ、私はひどくて意地の悪い人だ。だからこのまま君を待つよ」

 私の言葉を聞いたさちえは思わずといった風に半歩、前に出かけた。しかし何かに立ち塞がれているかのように止まった。

 そして瞳に涙をたくわえて、さちえはまた微笑んだ。

「のぶゆきさんがゆめというのだから、きっと私にとってもこれはゆめね。素敵なゆめ。神様に感謝しなくちゃ」

「さちえ……?」

「のぶゆきさん」

 ピシャリと、制止させるような呼びかけだった。

「あなたはまだ橋を渡ってはいけないの。大丈夫よ、すぐにまた会えますから。私は永遠、あなたをお待ちしておりますよ」

 さちえは涙を流しながらそう言った。


 目が覚めた。


 私は全てを理解した。


 さちえに会えて良かった。本当に良かった。今すぐにでもそばへと寄り添いたいが、君の言う通り、私はまだ橋を渡るべきではないね。

 遠くで来年結婚する孫が私を呼んでいる。

 微笑むさちえはもう、黒縁の写真立ての中にしかいない。


楽しんで頂けたのならば、幸いです。

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