大学一年の五月の出来事 其の六 二人の初めての日
カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされて、健斗は目を覚ました。
光の眩しさに一瞬たじろいだ彼だったが、次の瞬間自分の背中に感じる温もりに気が付いて慌てて体ごと寝がえりを打つ。すると自分の目の前にあどけない寝顔を晒した桜子の姿があって、規則正しく寝息を立てるその姿は差し込む朝日に照らされてまるで天使か女神のように見えた。
どうしてここに桜子がいるのだろう……
起き抜けで寝ぼけた彼の頭では瞬時に状況を理解できなかったが、まるで天使のような桜子の寝顔を目の前で見ているうちに昨夜の記憶が蘇ってくる。
そうだ、自分は昨夜桜子との初めてのためにイメージトレーニングをしていたのだ。そして目をつぶって想像力を働かせているうちに――
やっちまった……
まさかの寝落ち……
その時凄まじいまでの絶望感が健斗の頭の中を渦巻き始める。
あの時シャワーを浴びる桜子の心情を慮ると、とてものんきに笑ってなどいられない。
確かに自分も初めてなのだが、それは男と女では全く違うだろう。
男は最後に出してしまえばそれで終わりだろうが、女の場合は痛かったり血が出たりと色々と大変だと聞いているので、そこに至るまでに様々な不安を押し殺していることは想像に難くないのだ。
そんな気持ちを押さえつけてまで必死にシャワーから上がってみれば、相手の男がいびきをかいて眠っているのだ。それは一体どんな気持ちになっただろう。
それを想像すると自分は彼女の気持ちを踏みにじったような気がして、憤懣やるかたない気持ちになってしまう。
もしも自分が彼女だったとして目の前にこんなあほ面を晒して眠っている男がいれば、きっとその場で蹴りを入れてしまっていただろう。そのくらい許せないと思ってしまうのだ。
自分は何という事をしてしまったのかと自分で自分の頬を殴りつけてやりたい衝動に駆られながら、それでも目の前で寝息を立てる最愛の彼女の顔から目を離せずにいると、様々なことに気付かされる。
桜子は美しかった。
カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされた彼女の顔をまじまじと――それも至近距離から――見つめると、その美しさ、可愛らしさに胸が潰れそうになる。これまでもこんな近い距離で彼女の顔を眺めたことなどなかったし、もし彼女が起きていれば恥ずかしくて出来なかっただろう。
起きている時はあまり意識していなかったが、彼女のまつ毛は髪と同じ白に近い金色でとても長いのだ。そして顔全体を覆う産毛もまた透き通るように白くて、触るとふわふわと柔らかい。その手触りが気持ちよくて前にさわさわと触ったことがあったが、その時はくすぐったいからと叱られたのだった。
あぁ、今なら触っても怒られないだろうな……
などとぼんやりと考えていると、人の気配に気付いたらしい彼女が寝返りを打った。
それまで健斗の背中にくっつくような姿勢で眠っていた桜子は、ゴロンとその場で仰向けに姿勢を変えると、それまで顔を見つめていた彼の視線がその豊満な胸の膨らみへと向かっていく。
ブラジャーを着けていないであろうその胸は重力のために平たく潰れているように見えて、その様は薄緑色の可愛らしいパジャマの上からでも余計にその柔らかさを想像させる。そしてパジャマの胸に控えめに飛び出る小さな突起は、思わず摘みたくなるような魅力を醸していた。
「ちょ、ちょっとだけならいいよな……」
直前までの自分に対する憤りなど全く忘れてしまったかのように、すっかり桜子の胸に夢中になってしまった健斗は、おずおずとまるで壊れ物でも触るような手つきでその膨らみに手を伸ばす。そして思わず息を止めてゆっくりとその手で膨らみを包み込もうとしたその時、目の前で桜子の目がぱちりと開いた。
「あっ――おはよう、健斗。よく眠れた?」
自分の胸に手を伸ばしている健斗の様子に気付くことなく、目を開いた桜子は朝の挨拶をする。その顔には満面の笑みが浮かんでいて、その顔を見ていると少なくとも彼が仕出かした昨夜の粗相など全く気にしていないように見えた。
そして彼女の胸に伸びていた健斗の手は、直前のところでピタリと止まる。
「健斗、やっぱり疲れていたんでしょ? 口では平気だって言っていたけど、体は正直なんだからね」
その言い方が少々咎めるように感じるのはそれだけ自分の体を心配してくれている証拠なのだろうかと健斗が何気に考えていると、桜子は徐に彼の頬に掌を添えて微笑んだ。
「まだ朝の……五時半だから、もう少し眠っていても大丈夫だよ。今日くらいゆっくり寝ていても誰も文句は言わないから。もちろんあたしもね」
ふふっ、と何処か楽しそうに笑ったその顔は何度見てもやっぱり可愛らしくて、不意に健斗は見惚れてしまいそうになったのだが、今はそれどころではないことを思い出すと慌てて口を開いた。
「い、いや、そんなことより、昨夜は……その……ごめん」
「えっ? 何が?」
「俺さ、お前がシャワーから戻ってくるのを待てずに寝てしまっただろ? お前が凄く覚悟を決めてここに来たのはわかっていたけど、その気持ちを無駄にさせたというか、何というか……と、とにかくごめん!!」
布団に横になりながらも頭を下げて必死な表情で謝る健斗に対して、きょとんとした顔で桜子はその青い瞳を大きくしている。それでも健斗が謝っている理由を咄嗟に理解した彼女は優しく彼の頭を撫でた。
「ううん、あたしは大丈夫だよ。確かに何日も前から覚悟はしていたし、シャワーの時に気合を入れたのもほんとだけどね。でもそんな事より健斗の体の方が心配だから」
「いや、俺はべつに…… まぁ、確かに寝ちゃったのは……本当だけど」
「うふふ、ほらぁ、やっぱり疲れているんだよ。とにかく無理はしないで、あたしは平気だから」
そう言って彼女はまた楽しそうに笑った。
健斗にはその姿が天使が女神のように見えて、そんな尊い存在の胸を触ろうとしていた自分が急に恥ずかしくなってしまう。そして、さり気なくその手を戻そうとしていると彼女がその手の存在に気が付いた。
「……ところで、一つ訊いてもいい?」
「あぁ」
「その手は一体なにかな?」
「えっ!? ――あっ、いや、その……」
「……もしかしてだけど……おっぱい触ろうとしてたでしょ? あたしが眠っている隙に……」
「さ、さぁ? 何のことかさっぱりだな――」
急にジトっとした目をしながら見つめてくる桜子に、健斗は視線を外しながら嘯いた。
まっすぐに彼女の目を見られないのがすでにその疚しさを証明しているようなものだが、それでも健斗はとぼけ続ける。
「まさか眠っている彼女の胸をこっそり触ろうだなんて…… そんなことはしないよ。うん、断じてないな」
「……本当に? もし正直に言えば、せっかく触らせてあげようと思ったのに」
悪戯っぽく頬を膨らませる桜子の顔は、それだけでもう胸を撃ち抜かれるような気持になるものだが、さらにこちらの返答次第では彼女はその胸を触らせてくれるらしい。そうなると健斗の答えはこれ一択だった。
「はい、触ろうとしてました。すいません、ごめんなさい、許してください」
「うふふ…… はい、正直でよろしい。そんな正直者にはご褒美をあげなくちゃね」
「ご、ご褒美……?」
「そう、ご褒美。――では正直な若者よ、この右のおっぱいと左のおっぱい、どちらがお前が触ろうとしていたおっぱいじゃ?」
早朝から謎のテンションを発揮する桜子に些か付いていけない健斗だったが、ここは是が非でも彼女に話を合わせるべきだろう。そうでなければせっかくのご褒美が貰えないかもしれないのだ。
「そ、それじゃあ、み、右のおっぱいでお願いします……」
健斗がおずおずとその謎質問に答えると、彼女は急に顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに俯いてしまう。そんなに恥ずかしいのなら変な質問をしなければいいのに、などと健斗は思ったが決して口には出さなかった。
「約束だからね…… はいどうぞ――」
相変わらず恥ずかしそうに顔を伏せながら、それでも触りやすいようにとパジャマのボタンを外していく。
その姿にごくりと喉を鳴らした健斗は、おずおずと彼女の胸に手を伸ばしたのだった。
――――
目眩く時間はあっという間に過ぎ去って、現在午前8時30分。
普段は朝六時には起きている二人にはかなりの寝坊と言える時間だが、それは少々致し方ないのかもしれない。
今は一枚しかない毛布を首までかけた健斗が大の字に眠っていて、その鍛えられた腕に頭を乗せた桜子が彼の胸に抱きつくように横になっている。
普段の寝不足と先ほどの運動で疲れたのか、健斗はぐっすりと眠っているように見えるのだが、その横の桜子は何処か夢心地の顔のままぼんやりと彼の顔を見つめていた。
遂に自分は彼と結ばれたのだ。
彼と付き合い始めたのは中学一年生のバレンタインデーの日からだから、足掛け六年にもなるのだと感慨深く思ってしまう。さすがに中学生の時にはこういう関係になろうとは思わなかったが、高校生になったあたりから彼との関係を意識するようになっていた。もちろん周りの友人の影響がなかったとは言えないが、それでも健斗との関係を望んだのは自分の正直な気持ちだったし、彼も同じだと言っていた。
高校生になった直後の痴漢事件のせいで、自分は彼を肉体的に受け入れることが出来なくなってしまった。その時はとても絶望したし自分の不幸を呪ったりしたこともあった。そしていつになればその病気が治るとも知れない時でも彼はいつも自分の傍にいてくれたし、決して焦ったり急かしたりせずに自分の病気の回復を一緒に気長に待ってくれたのだ。
健斗は優しい。
もちろん自分だけではなく皆に対してもそうなのだが、彼はそれ以上の眼差しをいつも自分に向けてくれたし、自分を一番に考えてくれた。そして自分をこんなにも理解してくれる人は彼以外にはいないだろうし、これからも現れないだろう。
だから自分はこれからも彼に付いて行きたい。
彼にいらないと言われるまではずっと一緒にいたいのだ。
自分は彼以外を好きになんてなれるわけがないのだから――
眠る健斗の唇に、桜子がそっとキスをする。
するとそれを合図にしたように彼の目が開いた。
一緒に横になっている二人の顔の距離は約10センチ、今にも顔がくっ付きそうな距離で向かい合ったままお互いに微笑んでいる。
「あぁ、桜子、おはよう」
「うん、おはよう。大丈夫? 寝不足なんじゃない?」
「いや、俺は全然大丈夫だけど、お前の方は大丈夫なのか? 結構痛がってたし、血も……」
健斗の言葉に今朝の出来事を思い出した桜子は、恥ずかしそうに彼の胸に顔を埋めながら小さく囁いた。
「うん、正直に言うとね、とっても痛かったんだ…… でもね、あたしとっても幸せだったからもう大丈夫。心配してくれてありがとう。」
「そ、そうか。でもしばらくは無理できないだろうし…… 今日は部屋の片づけはやめようか?」
「それはだめ。お部屋の片づけと掃除はちゃんとしなくちゃ。それに健斗の方こそ休まないといけないでしょ。また明日から忙しくなるんだし」
「大丈夫だよ。お前にたくさん元気を貰ったから、また明日から頑張れるさ」
「ありがとう…… そう言ってくれるとあたしも来た甲斐があったかもね」
嬉しそうに頬を染める最愛の恋人の顔に見惚れているうちに、健斗は大事な事を思い出した。それは先日の電話の中で桜子が言いかけて、それ以来ずっと気になっていたことだった。
「そういえば、お前がこの前電話で言っていた、おばさんとの約束って――?」
「えっ…… えぇーと、それは……」
もともと赤かった顔を更に真っ赤に染めながら、桜子が言い淀んでいる。その様子に健斗は不思議そうな顔をしながら尚も話を続ける。
「いや、ちょっと気になったから訊いてみただけだから。言い辛ければ無理に言わなくても――」
「あ、あのね、こ、これ…… これなの……」
最早消え入りそうに小さい声で、桜子は一生懸命その答えを告げた。
少しの間を置いておずおずと差し出した彼女の手に乗せられていた物は、日本が世界に誇る薄さ0.01ミリのシリコンゴム製の男性用避妊具だった。
「こ、これは……」
これはついさっき興奮に震える手で健斗が己自身に装着したもので、背後から見つめる彼女の視線に若干の恥ずかしさを覚えたものだった。
「そ、そう、お母さんとはそれが約束だったの…… 約束を守ってくれて、ありがとう」
「お、おぅ……」
健斗は理解した。
あの人のことだから、娘が彼氏の家に泊りに行くのを許す代わりに、これを使うことを条件として示したのだろう。つまりは桜子がここで何をするのかを完全にわかっている証拠だし、きっと今頃はあの独特のジトっとした目でこちらの方角を見つめているに違いなかった。
「わ、わかった。ありがとう……」
次に楓子に会う時に一体自分はどんな顔をすればいいのだろうかと、思わず健斗は頭を悩ませそうになったが、ここはもう開き直るしかないと思ってそれ以上考えるのをやめた。
それからまた布団の中で二人でまったりしていると、健斗のお腹がグゥと鳴った。
その音に気付いた桜子がふと時計を見ると、只今午前九時。さすがに寝坊が過ぎると言われてもしょうがない時間になっていたので、桜子が布団から出ようとする。
「そろそろ朝ごはんの準備をするから、先にシャワーを浴びてくるね」
そう言いながら桜子が布団から出ると、自分の裸を見つめる視線に気が付いた。
「桜子……綺麗だ…… 本当に女神のようだ……」
「は、恥ずかしいから、そんなに見ないでよ……」
風呂場に行くために布団から出た桜子の裸体に、健斗の目がくぎ付けになっている。
未だカーテンを閉めたままの薄暗い部屋の中にうっすらと浮かび上がるその真っ白な裸体は、まるで絵画に描かれる女神のようで、白い肌も金色の髪も豊満な胸も、そのすべてが芸術作品の一部のように見えて思わず健斗は呆けた顔をしてしまう。
傍から見ればその顔はかなりの間抜け面に見えるのだろうが、今の彼女の姿を見れば世の男は皆同じ顔をするだろうと思えるほどに美しく、そして官能的だった。
そんな彼女の裸体から眼を離さないまま、健斗が手招きする。
「さ、桜子、ちょっとこっちに来てくれるか?」
「な、なに? どうしたの? この格好のままだとちょっと恥ずかしいんだけど……」
まさにガン見という言葉が相応しいほどの健斗の視線を受けながら、恥ずかしそうに胸と下腹部を隠して桜子が近づいていくと、そのまま下から腕を掴まれてしまう。腕を掴む健斗の力は決して強くもなければ強引でもなかったが、それには有無を言わせない迫力があり、気づけばあっと言う間に布団の中に引きずり込まれていた。
「ちょ、ちょっと健斗、何してんの!?」
「桜子ぉ、大好きだぁー!!」
「いやん、ど、どこ触ってるの!! あぁん」
――――
「いたたた…… うぅ、まだお股に何か挟まっているような感覚が……」
「ご、ごめん…… お前があまりにも可愛すぎて、つい……」
「ま、まぁ、男の人は一度ああなると治すのが大変だって言うしね…… 」
「反省してます…… 初めての直後でまだ痛かったのに…… ごめんなさい」
結局あの後健斗に襲われた桜子だったが、さすがに初めての直後にもう一度は痛くて無理だったので、健斗にはちょちょいと魔法を使って我慢してもらった。その魔法は以前酒屋で配達アルバイトをしていた拓海の恋人の詩歌直伝で、いざ使ってみるとその効き目は凄まじく、一発で健斗は大人しくなったのだ。
しかしその魔法にも一つだけ欠点があった。
それは「とても恥ずかしい」ということだ。
だがその欠点さえ克服できればその威力は強力で、そのあまりの効き目に驚いた桜子はさすがは百戦錬磨の詩歌さんだと、本気で尊敬するのだった。
食事が終わって少しまったりすると、今度は二人で部屋の掃除を始めた。
桜子は溜まっていた洗濯物の処理と食器の片づけをして、健斗がごみ捨てと掃除機掛けを担当する。一人では面倒な作業でも二人でやればとても楽しく、ワイワイと雑談をしているうちに大方部屋の中は綺麗になった。
掃除も終わり、汗だくになった健斗がシャワーを浴びに浴室に消えて行くと、手の空いた桜子がぼんやりと部屋の中を見廻していた。すると突然玄関のベルが鳴った。
「おぉい、木村ぁ、いるんだろ? 出て来いよ!!」
築四十年のアパートの玄関ドアは薄すぎて、まるで部屋の中にいるかのようにその声が聞こえてくる。しかし部屋主の健斗はいまシャワー中で、玄関に出ることが出来ない。
しかも来客の話しぶりでは、恐らく彼らは大学の友人か部活の仲間と思しき人間で、さすがに居留守を使うのも憚られるし、やはりここは出迎えるべきだろう。
自分の決断を後押しするように「よしっ」と小さく掛け声をかけると、桜子は思い切って玄関ドアを開けた。
「はい」
「おい木村、お前なにケータイの電源切ってんだよ。何回かけても出ねぇから直接…… えぇ!?」
玄関の扉を開けると、そこには如何にも柔道部員といったガッシリとした容姿の二人の男が立っていて、扉を開けた桜子の姿を見てポカンと口を開けていた。
それから慌てて玄関の表札と桜子の顔を何度も行ったり来たりしながら、ここが間違いなく健斗の部屋であることを確認していると、二人を見上げるようにおずおずと桜子が口を開く。
「は、はい、ここは木村ですけど…… 健斗に御用ですか?」
「えっ、あっ、はい。あの、木村は……?」
「すいません、健斗は今お風呂に入っていますので、少し待ってもらえますか? どうぞ、中で待ちませんか?」
「あ、いや…… もしかして、君、桜子ちゃんかい? 木村の彼女だろ? 前に写真を見せてもらったから、俺知ってるんだ」
「あっ、そうなんですか? 健斗に? 大学の同級生ですか?」
「あぁ、ごめん。俺は木村の柔道部の同期で藤川っていうんだ。それで、こいつが三上。よろしく。」
「ども」
三上と言われたかなり大柄な男がうっそりと頭を下げる。
彼の顔には未だ驚きの表情が残っていて、チラチラと桜子の顔に視線を送っては恥ずかしそうに顔を赤らめている。その様子から彼が女慣れしていない様子が見て取れた。
彼らの正体が判明したのと藤川から自分の名前を呼ばれて安心したのか、それまで些か緊張して硬かった桜子の表情が緩むと、次第にその顔に笑みが広がっていく。
そして二言三言話をしているうちに彼女の顔にお馴染みの天使スマイルが復活すると、目の前の男二人は既に彼女に見惚れてしまっていた。
染み一つない真っ白な肌と白に近い金色の髪。
真夏の空のように澄んだ真っ青な瞳と小さいけれどツンと上を向いた筋の通った鼻。
薄く紅を引いた小さくて可愛らしい口。
顔が小さくて等身の高いスラリとした容姿と細く長い手足。
そして大きく張り出した胸の膨らみ。
一つひとつのパーツが素晴らしければ、それを一つに纏めると更にこれほどまでになるのかと思えるほどに彼女の容姿は完璧で、その姿を見ていると、この世の男性の理想をすべて詰め込むと彼女になるのではないだろうか。
などと、思わず桜子に見惚れてしまっていた二人だったが、ここでふとあることに気付く。
今日は久しぶりに予定のない自由な日だと聞いていたので、近所に新しく出来たラーメン屋に一緒に行こうと誘ってみれば彼の部屋には女の子がいた。それも見たことがないほどに綺麗で可愛い子で、しかも彼女は木村の恋人だと前から聞いていたのだ。
その彼女が遊びに来ていて、しかもあいつはシャワーを浴びていると言う。
普通であれば人が遊びに来ている時にシャワーなど浴びるものではないはずなのに、それが彼女が来ているときにそうしているということは――
「お、お邪魔しました!! 木村にはよろしくお伝えください。それでは失礼しますっ!!」
「あっ、あの」
何やら事情を察したと思しき藤川は、隣の三上に目線で合図を送ったかと思うと突然踵を返して去っていく。そしてその場に唖然とした顔で残された桜子は、彼らの要件を聞くのを忘れていたことに気付いていた。
まるで嵐のように去っていく彼らの後姿を見つめながら、何故彼が急に敬語になったのかを彼女は小首を傾げてずっと考えていたのだった。
こうして健斗と桜子の初めての日は終わったのだが、その日は彼らにとって生涯忘れられない日となった。
互いに告白をして付き合い始めてから約六年、本当の意味で初めて一つになれた記念の日はこの先も事あるごとに思い出されて、彼らが喧嘩をした時、上手くいかなかった時、辛かった時、悲しかった時、様々な場面で二人を支える思い出として彼らの心の中に残り続けることになる。
そしてこの思い出が彼らのこの先の危機を何度も救うことになるのだが、それはまた別の話になるのだった。