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大学一年の五月の出来事 其の二 会えない彼と彼女の気持ち

 健斗が入学したI体育大学は有明高校柔道部顧問、木下一明(きのしたかずあき)の母校で、彼は学生時代に柔道部に在籍していた。その柔道部は学生柔道大会の全国大会に毎年顔を出してはいるが、未だベスト16が最高の成績といった柔道部としては中堅どころだ。

 

 練習は月曜から金曜が朝の七時~八時、夕方十六時~十九時、土曜は朝七時~十一時までで日曜日は完全に休みになっている。

 強制でないとは言え、かりにも体育大学に入学した者が体育会系の部活に所属しないのはあり得るはずもなく、有明高校柔道部主将を務めた健斗が大学でも柔道部に入部するのは当然のことだった。


 健斗が入学式帰りの新入生に群がってくる部員勧誘の先輩たちをすり抜けながら柔道部らしき人影を探していると、案の定厳つい顔とごつい体をした摺り足で歩く集団を発見した。

 いきなり近づいてきて一切の説明を聞くことなくいきなり柔道部に入部したいと伝えた健斗に、先輩たちも初めは驚きと戸惑いの表情を隠せなかったが、そこで有明高校と木下の名前を出すと彼らは納得したように快く受け入れてくれた。木下がこの大学を卒業してから既に20年近くも経っていたが、彼は今でも年に何度か差し入れを持って柔道部に顔を出しており、現在の部員たちも全員彼の顔も名前も知っていたからだ。


 聞いていた通り部活の練習はかなり厳しいものではあったが、健斗は高校時代に木下から直接指導を受けていたし、もとより体育大学に行くと決めた時からとっくに覚悟はできていた。だからいざ始まった練習が確かに辛く苦しくても彼は特に何も思うことなく普通にその練習に付いて行くことが出来た。


 大学入学とともに即座に入部したおかげで、健斗は先輩たちから履修する講義についての話を聞くことが出来た。あの教授は単位が取りやすいだとか、あの講義は役に立たないなどといった先輩達の生の声を聞けた彼は、初年度の単位の取得にかなり有利な授業の組み立てをすることが出来たのだった。





 そんなある日の朝練終わりの午前八時すぎ、武道場でシャワーを浴び終わった健斗が桜子と朝の挨拶のためにスマホのSNSに文字を入力していると、同期入部の藤川圭太(ふじかわけいた)がスマホの画面を覗き込むようにしながら話しかけてくる。


「おい、木村、お前いつも朝にメッセージ打ち込んでるけど……、もしかして彼女か?」


 健斗は顔を近づけて来る藤川からスマホの画面が見えないように裏返す。


「……べ、べつに誰だっていいじゃねぇかよ。み、見んじゃねぇよ」


「ははぁ、その反応、お前それ絶対彼女だろ? なぁ、どんな子だよ? 教えろよ」 


 ニヤニヤとからかうように笑う藤川の顔を面倒くさそうに健斗が見ている。

 彼としてはこれ以上この話を膨らませたくなかったのだ。このまま話を続けると次はどんな彼女なのかと聞かれるし、名前を教えろとか顔は可愛いのかなど根掘り葉掘り聞かれるのだ。

 最後にはスマホに保存されている写真を見せろと言われるに決まっている。


 こんなに地味で無口で外見もイケてない健斗を好きになる女子とは一体どんな人物なのだろうかと大抵の人間はその事が気になるようで、興味深々に聞きたがる。しかし健斗はそんな彼らの好奇心を満たしてやるために自分のプライベートを赤裸々に語る趣味もなければ必要性も感じていなかった。



 つい先日同じ講義で知り合った別の友人には、同じようにしつこく追及された挙句に根負けした健斗が桜子の写真を見せた。すると彼は急にスマホの画面にくぎ付けになったかと思うと、次に信じられないものを見るような目つきで何度も携帯の画面と健斗の顔を見比べていた。

 そして最後には目を輝かせながら桜子に会わせろと言ってきたのだ。


 そもそも顔は決してイケてないし、背が高くもない健斗に桜子のような超絶可愛い彼女がいること自体が眉唾ものだと思われているので、このままこの話を続けると最後には必ず健斗が嫌な思いをすることになる。だから最近はもうこの話題を意図的に避けるようになっていたし、もし人から振られても必要以上に話を膨らませないようにしていた。



 

「う、うるさいなぁ、ほっとけよ。お前だって彼女いるんだろ? 同じじゃねぇかよ」 


「まぁ、そうだけどな。でもお前みたいに無口で地味な奴の彼女がどんな子なのか気になるじゃんかよ。その気持ちわかるだろ?」


「全然わかんねぇよ。それを言うならお前の彼女だって気になるだろ。お前みたいなデリカシーのない奴の彼女なら俺だって見てみたいよ」


 その言葉を聞いた藤川がニヤリとなにか悪い顔をする。健斗は彼の言葉にまんまと嵌められていたようだ。


「おぅ、よく言った。それじゃあ俺の彼女を見せてやるから、お前のも見せろよな」


 なんだそのお互いのミニカーを見せ合いっこする幼児のような発言は。


「……いや、俺はお前の彼女に興味ねぇから、べつにいいよ」


「うるせぇ、少しは気にしろよ。 ……ちょっと待てよ…… ほら、これが俺の彼女の三月(みつき)だ。可愛いだろ?」


「……」


 散々興味がないと言いながら、実際に友人の彼女の写真を見せられるとやはり気になってしまうもので、健斗は藤川のスマホの画面に映った彼女の写真をしげしげと見てしまう。

 恐らく三月生まれなのだろうと思われる「三月(みつき)」という名前の彼女は藤川のスマホの中で満面の笑みで笑っていた。その笑顔は写真を撮った藤川に向けられたまるで屈託のないもので、彼がその写真を見つめながら思わず微笑んでしまう気持ちは健斗にもよくわかるものだ。


 彼女はショートカットの似合う体育系の部活に所属するような快活そうな女の子で、健斗の目から見ても可愛い顔をしている。藤川が態々(わざわざ)人に見せたくなる気持ちわかる。

 

 健斗にしても桜子に会えなかったこの一か月間はずっとスマホに保存された彼女の写真を見つめて気を紛らわしていたので、藤川の気持ちは痛いほどよくわかる。確かに毎日携帯のSNSでメッセージを送ったり深夜に電話で話したりはしているが、それでもやはり直接会ってその零れるような笑顔をまた間近で見たいと思うのだ。



「お前の彼女は今どうしてるんだ?」


 携帯の画面の中で笑う彼女の笑顔を眺めながら健斗は思わず聞いてしまう。

 本当は無理に見せられたその写真についてこれ以上話を続けようとは思っていなかったのだが、その彼女の笑顔があまりにも幸せそうに見えたので思わず気になって聞いてしまったのだ。


三月(みつき)は地元の大学に進学したから、今は遠距離恋愛中だよ。あぁ、俺の地元の話ってしたよな?」


 健斗に質問をしながら、それでも藤川は携帯の画面の中で笑っている三月(みつき)の笑顔に見惚れるように優し気な笑顔を零している。そして今の健斗には彼がいまどんな気持ちでいるかが痛いほどわかった。


「あぁ、確かA県だったよな。それじゃあ彼女は今もそこに?」


「そうなんだ…… だからもう一ヵ月も会って無くてな…… あぁ、会いてぇなぁ」


「そうか……」



 それまで画面の中の彼女を見つめながら微笑んでいた藤川が急に寂しそうな顔をするのを見ていると、健斗も急に桜子に会いたくなってくる。それも猛烈に。

 毎晩携帯の無料通話で話はしているが、やはり声だけでは物足りないし、もう十九年間もの付き合いのある彼女なのに会うたびに見惚れてしまう可愛すぎるその顔、その姿を直接見たいとも思うのだ。


 夜中に電話をしているときにテレビ電話機能を使って姿を見せてほしいと頼むと、いつもパジャマ姿が恥ずかしいからと断られてしまう。健斗にしてみればその姿こそ余計に見たいと思うのだが、只管(ひたすら)に恥ずかしがる彼女に無理は言えないので最近はあきらめていた。


 桜子はパジャマ姿を見られるのが恥ずかしいのだろうと健斗は思っているのだが、実は本当の理由は別のところにある。それは彼女が寝間着代わりに使っているよれよれのスウェットに原因があった。

 彼女はただ単にそれを見られるのが恥ずかしいだけだったりする。


 今は亡き祖母の絹江に幼いころから影響を受けた桜子は、物をとても大切に使う癖が付いているので今でもとても物持ちがいい。現在寝間着代わりに使っているスウェットももう五年は使っているのであちこち擦り切れているし、今のように巨乳と言われるほどに胸が育つ前に買ったものなので、いまの彼女では胸の部分がパツンパツンでそれを見られるのもまた恥ずかしかった。


 しかしそんな事情など露ほども知らない健斗は、ただ桜子が恥ずかしがり屋で奥ゆかしいだけだと思っていたのだが。





「……俺の彼女も地元の大学に進学したから今は遠距離なんだよ。お前と同じだな」 


 直前までただ煩い奴だと思っていた藤川が実は自分と同じく彼女と遠距離恋愛中であることがわかった健斗は、思わず彼に妙な親近感を覚えてしまう。そして彼に対するイメージが(いささ)か変わった健斗は桜子の写真を見せてもいいかと思い始めていた。


「そうか、お前もか…… はぁ、お互いに寂しい思いをしてたんだな。……で、お前の彼女の名前は?」


「桜子だよ。春らしくて可愛い名前だろ? お前の彼女はやっぱり三月生まれなのか?」


「そうだよ、なんでわかった? って、普通わかるわな、あははは。でもお前の彼女も春生まれだろ?」


「あぁ、そうだな。五月生まれなんだよ。だから桜なんだ。俺たちの地元は北国で春が遅いから、桜が満開になるのは五月の連休中なんだ。だから地元では今頃咲き始めているんじゃないかな」


「そっかぁ、お前北国出身だったよな。それにしても、桜かぁ。それを聞いたら桜子ちゃんのイメージが…… なんか、こう、可憐なイメージって言うの? とても綺麗な桜の花びら的な雰囲気が伝わってくるんだけど…… まぁいいや、それじゃあそろそろ写真を見せてもらうか」 


 それまで地元に置いてきた三月(みつき)を思い出してしんみりとしていた藤川が、俄然目を輝かせながら健斗のスマホを覗き込もうとしている。直前まで彼に桜子の写真を見せてもいいかと思い始めていた健斗は、その様子を見てやはり気後れしていた。

 しかし藤川にはすでに三月(みつき)の写真を見せてもらっている手前、いまさら断るのも悪いと思ってしまう。


「……いいか、見せてやるけど余計なことは言うなよ、いいな? 少しでも何か言ったらもう二度と彼女の話はしないからな」


「な、なんだよ、ここまできて勿体ぶりやがって。 ……あぁ、わかった、もしかして彼女……」


 「ブサイクなんだろ」と言いかけた藤川だったが、さすがにそれは失礼だろうと思い口を閉じる。彼は妙に含みのある話し方をする健斗を怪訝に思った。

 すると健斗は思い切ったように彼の顔の前にスマホの画面を向ける。



 藤川の目がスマホの画面にくぎ付けになった。

 そこには透き通るような真っ白い肌と白に近い金色の髪をした、どう見ても白人の少女が満面の笑みで笑いかけている画像があり、三月(みつき)と同じようにその写真を撮っている携帯の持ち主を想う気持ちが滲み出ているように見える。

 そしてなにより森川が度肝を抜かれたのは彼女のその美貌だ。


 常に変わり続ける人の表情を一瞬だけ切り取った写真だから滅多なことは言えないが、それにしても桜子の顔が神がかり的に整っているのはわかるし、その色白の肌も金色というよりもむしろ白に近い髪の色も、そして真夏の空のように澄んだ青い瞳も、(およ)そ彼の常識の範疇を軽く突き抜けていた。

 

 

「……さ、桜子ちゃんだよな、名前…… だけど彼女は……」


 藤川の反応は健斗にとってはもう見慣れたものだ。

 他の友人達に桜子の写真を見せると全員が同じ反応を返すのだ。彼女は白人なのにどうして日本人のような名前なのかと。

 

「あぁ、見た目はこうだけど、桜子は日本で生まれ育ったれっきとした日本人なんだ」


「そうか。もしかして日本に永住している外国人の子なのか?」


「いや、その辺のことはあまり触れないでくれると助かる。これには色々と事情があってな」


「……わ、わかった」


 何か事情があるけれど敢えて説明をしようとしない健斗の様子を見ていると、藤川はそれ以上何も言えなくなってしまう。白人なのに名前が純和風であることも何かしら理由があるようなのだが、彼がそれ以上話そうとしないということはそういう事なのだろう。

 


「それにしても、彼女めちゃくちゃ可愛いじゃねぇかよ!! まるで天使か女神のように見えるな。なぁ、他にも写真ないのかよ」 


 少々重苦しくなった空気を払拭する目的でもあるのだろうか、森川はさらに桜子の写真を見たがった。もともとは空気を変える目的で話題を転じたのだろうが、それにしても何処か期待に目を輝かせているように見えるその様子はどうやら半分本気で写真を見たがっているようにも見える。


「あぁ、ちょっと待てよ」


 本来であれば健斗はそう易々と彼女の写真を人に見せるようなことはしないのだが、森川も自分と同じ遠距離恋愛中であることや、微妙になった空気を変えようとしているのを見ていると、彼に対してはそれほど神経質にならなくてもいいだろうと思ったようだ。

 健斗は携帯の画面を指でなぞりながら桜子の別の写真を選ぶ。それは彼の携帯に保存してある中でも一番気に入っている写真で、一日一回必ず寝る前に見ているものだった。


「そうだな、これなんかだと普段の桜子の感じがよく出ていると思うけどな……」


 そう言いながら次に見せた写真は、先月桜子とデートした時に最後に撮らせてもらったものだ。画面の中の彼女が浮かべる天使のような微笑みは、その人柄を物語っているように明るく清らかで優しげだった。

 それを見た藤川は初めこそ桜子の美貌に驚いてはいたが、その顔は次第に怪訝になっていく。


「……ひとつ聞いていいか? お前どうやってこんな美人を口説き落とした? 俺には到底信じられないんだが―― あぁ、すまん、言い過ぎた、忘れてくれ」

 

 まるで天使のような桜子の写真を見せられた藤川は、思わず他の友人たちと同じ反応を返しそうになったが、途中で自分の失言に気付くと慌ててそれを訂正する。その様子に健斗は彼はそれなりに信用できそうな人間であると思ったし、せっかくの同期入部の仲間なのだからこれからも仲良くしていけそうだと思った。





 その日の夜、午前0時過ぎにバイトが終わった健斗がアパートに帰ってきてシャワーを浴び終わると、まるでそれを見計らっていたように携帯電話の着信音が響く。こんな時間に電話をしてくるのは一人しかいないので、彼は画面を確認せずにすぐに電話に出た。

 

「もしもし、アルバイトお疲れ様。今日も一日元気だった?」 


 確認するまでもなくそれは最愛の恋人である桜子だった。電話の中のその声は明るく澄んで、顔が見えなくても彼女が優しく微笑んでいる姿が目に浮かぶようだ。

 今日の朝に藤川とお互いの彼女の話をしてから妙に寂しくなってしまった健斗は、今日一日ずっと桜子に会いたくて仕方がなかった。


 ――自分はそれほど寂しがり屋だとは思わないが、それでも藤川に言われた一言がどうしても頭から離れなかったし、それを思い出すとどうしても桜子の顔が見たくなる――



「あぁ、俺は元気だ。お前はどうだ? 今日は何か変わった事はあったか?」


「ううん、こっちは相変わらずだよ」


 少し高めで可愛らしい桜子の声が胸に染みていく。

 この古いアパートに引っ越してきてから既に一ヵ月近くが経ったが、未だにここが自分の家だとは思えず、夜中にアルバイトから帰って来る度に言いようのない違和感に襲われる。朝に目が覚めても、一人で家にいても絶えずこの感覚は抜けないのだ。


 確かに生まれてからの十八年間、ずっと実家から出たことは無かったし、自分が一人暮らしをするのをリアルに想像したこともなかったが、それにしてもこの感覚はおかしく感じられる。しかしいま桜子の声を聞いた時のその違和感の正体に薄っすらと気付いていた。




「――それでね、五月の連休中はやっぱりずっと部活なの?」


「あぁ、すまない。どうやら柔道部伝統の新入生歓迎稽古とやらがあるらしくて、ゴールデンウィーク中はずっとこっちを離れられないんだ。先輩達が新入生のために開いてくれるものだから、さすがに欠席は出来なくて」


「ううん、いいよ、無理しないで。あたしも日中はバイトが何日か入っているし、一日はサークルの集まりで山に行くことになっているしね」


「そっか、お前登山部に入ったんだったな。どうだ? 楽しいか?」


「登山部じゃないよ、ワンダーフォーゲル部だよ。一緒にしたらダメだよ」 


「……違いがよくわからないんだが」


「えぇとね――」




 いつまでも話していたいが、お互いに毎日朝から忙しい身とあってそれほど長電話も出来ない。

 それでも精いっぱい引き延ばして三十分程度話していると、既に時計は午前一時を回っていた。そろそろ眠気も襲ってくる頃だ。

 本来桜子は早寝早起きをする規則正しい生活を送っている。それは彼女が子供の頃から身体に染みついている生活習慣と言ってもよく、いまさら変えることも出来ないものだ。

 

 実際彼女は今でも夜の11時にはベッドに入っているのだが、健斗に電話をするために午前0時半に目覚まし時計をセットしている。だから彼女は毎日決まった時間に電話をして来るのだ。

 しかしバイトから帰って来てシャワーを浴びたりする健斗にはかえってその方がありがたかった。(あらかじ)め電話がかかって来る時間がわかっていれば、その時間を避けてシャワーを浴びたりトイレに行ったりすればよく、彼女からの電話に出そびれる事がないからだ。





「それじゃあやっぱり来週の連休はこっちの帰って来られないんだね」


「あぁ、ごめん。連休最後の日曜日は引っ越しのバイトを入れずに家で休んでいる予定だ。でもその一日だけでは何もできないよな。そっちに行っても数時間しかいられないし」


「ううん、あたしは全然大丈夫だから。それよりも健斗は連休中はずっと部活の練習とバイトで忙しいんだし、日曜日くらいはゆっくり休まないと」


「そうだな。悪いけどそうさせてもらうかな。日曜日は一日中寝てるよ」


「うん、そうして。……それじゃあ、また明日ね」


「あぁ、お互いに忙しいとは思うけど、身体だけには気を付けような」


「うん…… あ、あのね、健斗……」


「うん?」



 いつもであればそこで明るく「おやすみなさい」と言って電話を切る桜子だが、今日に限って様子がおかしい。自分に何かを伝えたがっている様子が気になった健斗はストレートに訊いてみた。


「どうした、なにか言いたい事があるんじゃないのか? 遠慮しないで言ってみろよ」


 などと彼は言うのだが、本当は健斗の方がさっきからずっと言いたい事があったのだ。

 「お前に会いたい」と。


 朝に藤川とお互いの彼女の話をしてからずっとその気持ちを我慢する事が出来なかった。

 それでも健斗が必死になってその気持ちを我慢していると、電話の向こうの桜子がおずおずと口を開く。



「あ、あのね…… 連休の最後の土曜日なんだけど…… 夜にそっちに行ってもいい? 日曜日は引っ越しのアルバイトはないんでしょう? それなら前の日の夜からそっちに行きたいの――」


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