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舞と増田 其の八 美しすぎる恋人

 飲み会も終わり、それぞれ仲の良い仲間同士で二次会に向かう同僚たちを見送りながら、舞と長澤は電車の駅に向かって歩いていた。

 舞の保護者を自認していた朱里(しゅり)は結局飲み過ぎて潰れてしまい、真琴が自宅に泊めるためにタクシーに乗せて一足先に帰って行く。

 まだ夜の十時過ぎとは言え、若い舞を一人で帰すのを真琴が心配していると、互いの家が近いからと言って長澤が舞を送ると申し出てくれた。そのせいで長澤が二次会に行けなくなることを気にした舞が遠慮して断っても、彼は送ると言ってきかなかったのだ。



「先ほどはありがとうございました。先日に続いて今日も助けていただいて……。それに帰りに送ってまでいただいて、本当に申し訳ありません」


「いや、いいよ。どうせあの連中と二次会に行ってもしょうがないし。……それよりどうやらあの人は少し酒の酔い方が悪いみたいだな。それに総務部の奴らじゃあの人を止められなかっただろうし」


「会社勤めってやっぱり大変なんですね。酔って暴れていても立場上止められなかったりするんですね……勉強になりました」

  

「ははは、あんなの勉強しなくてもいいよ。大人社会の悪い部分でしかないんだから」


「ふふふ、そうですね。ありがとうございます」



 目の前で笑っている舞の姿を眺めていると、長澤は複雑な気持ちになる。

 以前から彼女の年齢を二十代中頃だと思っていたが、さっき本人の口から十八歳だと聞いたばかりだ。その時にはとても驚いたが、確かにそれまで彼女に感じていた違和感の説明がそこでついたのだ。

 仕事中の舞はバッチリと決めたメイクのために見た目の年齢は二十四、五歳に見える。同僚の月本もさっきの飲み会で知り合った総務部の男もそう言っていたので、そう思っていたのは自分だけではないようだ。


 十八歳と言えばつい先日まで高校生だったということだ。

 それは二十六歳の自分からすると一見子供としか思えない年齢だが、化粧をして着飾った姿を見ていても、こうして話をしていても、舞からは(およ)そそうは思えない落ち着きと成熟した雰囲気を感じられる。

 だからもしも本当に二十五歳だと言われても、きっとそのまま信じていただろう。




「そっか、JKか……」


「えっ、なんですか?」


「あ、いや、なんでもないよ。ちょっと君の年齢を考えていたんだ。こんなに大人っぽいのについ最近まで女子高生だったんだなぁって思ってさ」


「ふふふ……そうですか? でもそれはきっとこの化粧のせいだと思います。仕事の時はバッチリ決めてますけど普段はほぼスッピンに近いんですよ。髪は無造作に束ねて、服装も綿シャツにジーパンですし」


「そっか。でもそれを言ったら俺だって同じだよ。家ではヨレヨレのスウェット姿だし。休日の三丁目のコンビニにその姿で買い物してる無精ひげの男がいたら、それたぶん俺だから」 


「ふふふふ……まぁ、似たようなものですね」


「ははは、そうだね」


 舞の年齢が十八歳だとわかってから、彼女に対する長澤の口調は変わっていた。

 さすがに自分より年上ではないだろうが、それでも恐らく同年代だろうとは思っていたし、彼女の美しすぎる容姿と成熟した雰囲気にある種の畏怖のようなものを感じていた。だから長澤は舞に対して改まった口調だったし少々距離をとった態度だったのだ。


 長澤には実家のあるA県の大学に通っている、舞より一歳年上の妹がいる。

 だから飲み会の席で舞の年齢を知ってから無意識に自分の妹に接する時のような砕けた口調になっていたが、それに気付いた舞は敢えて何も言わずにいた。




「送っていただきまして、ありがとうございました。ここまで来たら一人で帰れますので、今日はここで失礼します」

 

 電車から降りてS町駅前の広場に差し掛かった時、舞が(おもむろ)に口を開いた。

 その顔には相変わらず薄く微笑みが広がっていて、振り向いた長澤は思わず見惚れそうになる。

 さっき真琴と約束した通り舞を自宅まで送り届けようとすると、彼女は寄る所があるから途中で別れると言っている。


「なにか買い物でもするのか? それなら俺も付き合うけど――」


「いえ、違うんです。そのぉ…… 駅前のファミレスにちょっと……」


 彼女らしくない何処か歯切れの悪い口調でモゴモゴと口を動かすと、その様子を見ていた長澤が不思議に思って問いかける。


「ファミレス? なんだ、お茶でも飲んで帰りたいのか? 俺ももう少し話もしたいし、それなら付き合おうか?」


「えぇと、ごめんなさい。実はそのファミレスに彼が勤めていて…… もう少しで仕事が終わるから迎えに行こうかと思って……」


「……あぁ、そうか。気が付かなくてごめん、じゃあ今日はここで」


 遠慮がちに舞が口を開くと、それを最後まで聞く前に長澤はバツの悪そうな顔をする。それから右手を上げて別れの挨拶をした。


「ごめんなさい、そんな…… すいません」


「いや、いいよ。それじゃあまた月曜日。おやすみ」


「はい、おやすみなさい。今日は本当にありがとうございました。ではまた月曜日に」



 駅前の広場から見えるところにあるファミレスに向かって真っすぐ歩いて行く舞の姿を見送りながら長澤は大きなため息を吐いた。





 ――――




 

「うぉ!! 舞ちゃん、すげぇ綺麗なんだけど!! 今日はどうしたの、仕事帰りなのかい?」


 増田の仕事が終わるまであと三十分はあるのでそれまで待とうと舞がファミレスの客席に客として入ると、ウェイトレスから話を聞いたチャラ男先輩が調理場から態々(わざわざ)やって来る。いくら閉店間際で客が少ないからと言って、コックシャツを着た人間がホールをうろうろしていていいのだろうか。


「今日は職場の飲み会だったのよ。一次会で帰ってきたらこの時間になったから、和也さんを迎えにきたの」


「そっか。それにしてもすげぇな…… 舞ちゃんの仕事用メイクを初めて見たけど、どえりゃあ美人だわ。俺、惚れちゃいそう……」


 バッチリと決めた舞の仕事用メイクを見た途端、チャラ男はまるで凍り付いたように動かなくなる。舞がここでウェイトレスとして働いていた時は増田の好みもあって常にすっぴんに近い薄化粧だったので、彼は舞のフルメイクを初めて見たのだ。

 化粧のせいで今の舞は二十代中頃と言っても信じてしまうほど大人びており、もとより高い身長もハイヒールのおかげで更に高くなっている。通勤用に着ているスーツも少々タイトなデザインなので、余計に舞の姿をアダルトな雰囲気に見せていた。



「なぁなぁ、店長なんかやめて俺と付き合わん? きっと楽しいよぉ」


 チャラ男の言葉がどこまで本気なのかわからないが、少なくとも彼は今の舞の姿に見惚れているのは確かだ。いつもなら無遠慮にジロジロと舞の容姿を眺めるのだろうが、今の彼はそれすらもできずにまるっきり視線が泳いでいる。

 もともと彼は女子高生だった舞を年齢的に恋愛対象として見ずにまるで妹のように可愛がっていたが、今の彼女の姿を見た時に彼の中で何かが変わったのかもしれなかった。


 そんな元先輩の様子に気付いているのかいないのか、舞はまったく構うことなく微笑みを絶やさずにいる。


「あら、今更そんなことを言ってももう遅いわよ。私は和也さんの彼女なんですから。ふふふ」

 

「そ、そうだよな。まさか店長から舞ちゃんを奪うわけにもいかないしな。まぁ、もしも店長と上手くいかなくなったら俺を思い出してくれよ。舞ちゃんなら俺はいつでもウェルカムだからな」


「ふふふ、考えておくわね。――そうだ、今日は桜子はいないの?」


「あぁ、桜子ちゃんなら今日は定時で上がったよ。連休中はずっと残業続きだったから最近は定時上がりなんだ」


「あら、そう。それは残念ね。あれからどうなったのか訊きたかったのに……」


「あれから? 桜子ちゃんに何かあったのかい?」


「ううん、何でもないわ、こっちの話。ほらもう戻らないと、怖いホール長が睨んでるわよ」


 舞の言葉を聞いてチャラ男が振り向くと、カウンター越しに睨んでいる中年女性の姿が見える。彼女は鬼女(きじょ)とあだ名されるこのファミレスのホール長で、業務能力は確かだが仕事に厳しいので有名で、彼女の指導に耐えきれずに辞めて行ったアルバイトも数知れずと言われる女傑だ。

 その鬼女が物凄い目つきでチャラ男を睨みつけている。厨房の片づけもせずに客として来ている舞と話し込んでいるのが気に入らないのだろう。


「おぅふ…… やべぇやべぇ、それじゃごゆっくり!! 閉店後もそのまま店内にいていいよ。またあとでな」


「ふふふ、ホール長によろしく。まぁ、それどころじゃないかもしれないけど」 


 彼はこれからホール長の小言を聞かされるのだろう。何やらげっそりとした顔をしながらバックヤードに戻って行った。




 連休中に桜子が健斗のアパートに泊りに行くと聞いてから舞はその話を詳しく聞きたくて仕方がなかった。しかし互いの予定が合わなかったのであれから桜子と会えていなかったのだ。

 連休が終わった日の夜に早速桜子にお泊りデートの結果についてSNSで訊いてみると、どうやら上手くいったらしく返信メッセージにハートマークがやたらと盛られていたことからも、彼女は遂に彼と――したらしいことがわかった。

 せっかく今日は桜子に会えるかと思って楽しみにしていたが、彼女が既に帰宅したと聞いて(いささ)かがっかりしていたのだ。



 客席でお茶を飲んでいた舞が営業時間終了後にそのままバックヤードに入って行くと、そこにはかつて一緒に仕事をしていた仲間が数人おり、彼らは皆ばっちりとメイクを決めた舞の姿を見て驚いていた。

 

「あらぁ、誰かと思ったら東海林さんじゃない!! うわぁ、凄いわねぇ――って、もともとスッピンでも綺麗だったけど、こりゃ、ほんとに美人だわ。それにしても、とても高校卒業したての十八歳には見えないわねぇ」


 バックヤードに入って来た舞の姿を見つけるとホール長の橋本がにこやかに近づいてくる。そしてしげしげと彼女の容姿を見つめて驚きの溜息を吐いた。

 橋本は舞が高校一年生の春にアルバイトに来た時から面倒を見てくれた人で、厳しいけれどとても面倒見の良い女性だ。ちょうど舞の母親と同じくらいの年齢なので、歳が近いせいか店長の増田とも仲が良かった。

 娘のように可愛がってくれた橋本を舞も慕っていたので、女性同士の相談などは実の母親ではなく彼女にすることも多かった。そして舞の家庭環境が複雑なことに気付いてからは何かにつけて気を配ってくれていた。



 舞と橋本がまるで親子のような会話を交わしていると、奥の事務所から増田が姿を現す。彼は仕事用メイクの舞を見ると両眼を大きく開いて驚きの表情を見せていた。


「お、お待たせ…… ま、舞ちゃん、初めて仕事用のメイクを見たけど……すごく綺麗だね……」


 増田はそう言ったきり、それ以上上手く言葉が出てこないようでそのまま固まってしまう。

 あまりの恋人の美しさに言葉を失ってしまった増田の背中をパシンと叩くと、橋本が再度溜息を吐いた。


「店長…… そういうことはあとで二人きりの時に言ってあげてください。ほら、舞ちゃんも待っているんですから、早く帰らないと」


「あ、あぁ、すまない。あまりにも彼女が綺麗で…… い、いや、とにかくもう帰ろうか。はい、みんなぁ、戸締りするから出てよぉ!!」


 初めて見る舞の仕事用メイク姿に頬を染める三十八歳の恋人を見つめながら、舞はそっと優しく微笑んでいた。

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