表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

舞と増田 其の六 二十歳年上の恋人

 ゴールデンウィークも終わり、それぞれがそれぞれの日常に戻って行く。

 その中でも連休などというものが無いファミレス店長の増田は相変わらず忙しい毎日を送っていたが、恋人の舞が毎日のようにアパートを訪れていたので、彼は彼なりに満足しているようだ。


しかしそんな忙しくも幸せな日々が連休の終わりとともに去って行くと、さすがに平日に夜更かしのできない舞は仕事終わりに彼を迎えに来ることはできなくなった。それでも増田が家に帰ると彼女が作り置きして行った夕食はいつも用意されていた。

 家で舞の作ってくれた夕食を一人で食べていると、ただそれだけでも増田の心は温かくなり、早く週末にならないかと無意識にカレンダーを見ている自分に気付く。そして彼はホッと小さなため息を吐くのだった。



 学校を卒業して以来約二十年、自分はずっと一人で生きて来た。

 もちろん田舎に帰れば両親はまだ元気にしているし、自分の顔を見る度に恋人は出来たのかと聞いて来る。それでも最近は少し諦めてきたようで、たまに田舎に帰ってもあまりその話題を振って来ることもなくなっていた。

 自分は一度も恋人を作ることなく長い間ずっと一人だったが、その中で寂しいと思った事はあまりなかった。

 それがたった数日舞が家に来てくれただけで、彼女がいない家の中が妙に静かに感じられて胸を締め付けられるような痛みが走る。それは自分が舞に対して本気で恋をしている証拠であることに気付いた増田は、その事実に愕然としてしまうのだ。


 来年四十歳になる自分の年齢を考えると、恋人がいるのであれば早く結婚をするべきなのだろうとは思う。

 しかし彼女と付き合い始めてからまだ一ヵ月しか経っていないし、彼女の年齢も誕生日が来てやっと十九歳になるのだ。まさか付き合って一ヵ月で結婚を迫るのもおかしいだろうし、そもそも自分は彼女とまだキスもしていない。


 しかし本当にこんな自分のどこが好きなのかと、未だに疑問に思ってしまう。

 確かに背は舞よりも8センチほどは高いが、勝っているのはたったのそれだけだ。決して自分をブサイクだとは思わないが、それでも到底イケてるとは言えないし、元々ぽっちゃり体型だったのがここ最近余計に腹まで出て来てしまっている。そこはどう考えても女性が好きになる要素など全く見つけることが出来なかった。


 しかし気になって舞に訊いてみると、自分の外見ではなく人柄が好きだと言ってくれた。


 増田にとってその言葉はとても嬉しかった。

 なんだか自分が初めて人に本当の意味で認められたような気がして、余計に彼女が好きになっていく自分がいる。しかし心のどこかでそんな彼女の言葉を信じ切れない思いがあるのも事実で、それだから自分はダメなのだと自己嫌悪に陥ってしまう。彼女が言う通り、もっと自分は自分に自信を持つべきだと思ってもなかなかそうは上手くいかない増田だった。




 ――――




「結局連休中はどうしていたの? 何処かへ遊びに出かけたの?」 

  

 五月の連休明けの月曜日、未だ休みボケの残る頭で舞がぼんやりと着替えていると、職場の先輩の鎌木朱里(かまきしゅり)が話しかけてくる。

 相変わらず舞の大きな胸を容赦なくガン見してくるのだが、それにはもう慣れたもので特に何も思うことなく淡々と着替えを進めていく。


「いえ、どこにも行きませんでしたね。彼のアパートにちょこちょこ遊びに行っていた程度で、それ以外には何も無い連休でした。――先輩の旅行はどうでしたか?」


「あぁん、よくぞ訊いてくれた!! それがさぁ、一緒に行った友達なんだけど、そいつが酷い奴でさぁ――」


 満を持して行った旅行で朱里は相当大変な目にあったらしく、まるでマシンガンのように旅の出来事を話し始める。するとその背後からもう一人の先輩、竹渕真琴(たけぶちまこと)に頭頂部をチョップされた。


「こら、そんな愚痴ばっかり後輩に言ってどうするの? それにそんなマシンガンみたいに捲し立てられても東海林さんだって困っちゃうでしょ、もう」


「痛ーい!! うわぁーん、竹渕さんだって連休中は彼氏としっぽりしてたんでしょ? 東海林さんだって彼氏の家に入り浸っていたって言うしー!! 独り者のわたしが愚痴の一つくらい言ったっていいじゃないですかぁ」


「べつに入り浸っては……」


「だってずっと行ってたんでしょ? それで舞ちゃん、彼の家では一緒に朝ごはんを食べたのかな? んー? 誤魔化さずにお姉さんに言ってごらんなさいよ、ほらほら」


 その質問に些か困惑しながら舞は答える。

 確かに毎朝一緒に朝食を食べてはいたが、果たしてどう答えるべきだろうかと考えるととても面倒くさくなってしまう。


「別に彼の家に泊ったりはしてませんよ? 毎朝朝食を作りに行っただけですからね」


「ほうほう。ならば、どうして彼氏は家に泊らせてくれないのかね? 明智君」


 舞の答えに朱里の瞳がキラリと光ると、まるで面白い物を見つけた子供のような顔で迫ってくる。そんな先輩の扱いに困った舞が後ろを振り返ると、そこには同様に好奇心に目を輝かせる真琴の姿があった。




「そういえば東海林さん、この前質問していたわよね。『男の人ってどんなに疲れていても彼女が家に来てくれるとやっぱり嬉しいものなのか』って」


 舞に迫る朱里を押し留めることなく、真琴が舞に訊いてくる。

 そういえば先日、彼女からはその質問の答えを聞いていなかったことに今更ながら舞は思い出していた。


「はい、そうでしたね…… それで実際どうなんでしょうか? 連休中に何度も泊まりたいと言ったのに、彼は一度も許してくれませんでした」


「……一つ訊いてもいい? あなた彼と付き合ってどのくらいなの?」


「一ヵ月ちょっとですね。先月の一日からなので」


「うーん、一ヵ月ねぇ…… まぁ確かに早いっちゃ早いんだろうけど、男からしたら彼女が家に泊まりたいと言えば速攻で許すと思うけどねぇ。男なんて考えることは皆同じだし……」 


 顎に指を当てながら昔の事を思い出すように真琴が答えると、その横で朱里がうんうんと頷いている。


「でも付き合い始めるまでに三年も一緒に仕事をした仲なので、それなりに関係は出来ていると思うのですが…… 彼が特別に慎重なんでしょうか?」


「ときに舞君、君の彼氏は何歳なのかね?」


 やはり朱里は冗談めかして話してくる。もう少し普通に話が出来ないものかと舞が思っていると、その横で真琴が小さな溜息を吐いていた。その様子に朱里に彼氏ができない事情を何となく察した舞だった。


「えぇと、三十八歳です」


「えっ!?」


「あっ!?」



 思いがけない舞の答えに、二人の先輩が固まっている。

 着替えの手を止めてまじまじとお互いの顔を見つめながら、何と答えようかと必死に考えている彼女たちの姿を些か微妙な表情を浮かべながら舞は眺めていた。

 そしてその内心では盛大な溜息を吐いていたのだ。


 彼女は未だ自分の恋人の事は両親には話していないし、元のバイト先以外の知人は誰も知らない。最近は忙しくて誰とも連絡を取っていなかったというのもあるが、もとよりそんなことは自分の口からべらべら喋るようなものではないからだ。

 しかし人から訊かれれば敢えて伏せるようなことでもないので、ありのままに増田の年齢を話しただけだった。


 しかし舞としてもその答えに相手がどんな反応をするのかはそれなりに予想していたので、目の前の先輩たちの反応を見ても特に驚くようなものでもなかった。それでもやはり溜息は出てしまいそうになる。

 もちろん十八歳という自分の年齢を考えると、彼女たちは自分の恋人の年齢を同じような年齢だと思っていたのだろうが、それは相手の勝手であって舞や増田には何一つ後ろめたいところはないのだ。

 それどころか、十八歳の女子が三十八歳の男性と付き合って何が悪いのかと逆に訊きたくなるほどだった。



 などと舞が着替えの手を休めずに考えていると、やっと正気に戻った真琴が口を開いた。


「そ、そうなんだ。ちょっと驚いたけど、べつに悪いことじゃないわよね」

  

「そうそう。歳の差カップルなんて最近では全然珍しくないしね」


 朱里も慌てて頷いた。

 そんな二人の様子を見ながら、舞は相変わらず内心で溜息を吐いている。そしてなんとなく気まずい雰囲気が漂ってしまったのでその話題はこれで終わりにすることにしたのだった。





 

 その数日後、仕事終わりに着替えていた舞は先輩二人と雑談をしていた。

 あれから二人にはさり気なく増田の事を訊かれたが、彼が結婚歴のない未婚者であること、しっかりとした職に就いた落ち着いた男性であること、それから彼との出会いや付き合うようになった経緯などを話すと、彼女たちはそれ以降舞の恋愛事情におかしな想像をすることもなくなった。


 舞と増田の間には少々歳の差があるのは確かだが、二人の関係にはそれ以外におかしなところも無ければ、ましてや舞が騙されているわけでもないことに納得がいったようで、それ以降は普通にその話題に触れるようになっていた。


 そんななか、朱里が新たな話題を提供してきた。



「ねぇねぇ、総務部の連中が来週末に飲み会を企画しているらしいんだけど、二人はどうする? 参加する?」


「私はパス。なんかあのノリについていけないのよねぇ。みんな元気良すぎなのよ。私はもう少し落ち着いて飲みたいもの」


 真琴が速攻で断りを入れると、次に朱里は舞の顔を覗き込んでくる。それも無言で。


「え、えぇ…… 私はかまいませんよ」


 一瞬舞は迷った素振りを見せたが、すぐに出席の意思を示した。

 本当は彼女も断りたかったのだが、先輩の顔に「まさか断らないよね?」と書いてあるような気がして何となく断りづらかったのだ。

 しかし真琴がノリについていけないところをみると、きっとその飲み会は舞が苦手にする若者を中心とした騒がしいものなのだろう。そもそも飲み会と言っても未成年の舞にはお酒などは飲めないので素面(しらふ)で酔っ払いの相手をするのも気が引けるのだ。



「何言ってるの東海林さん。あなた未成年なのに飲み会に参加してどうするのよ? 鎌木さんも無理に誘わないの、もう!!」


「いえ、私は大丈夫です。飲み会でお酒を飲まない方は他にもいますし、私はジュースを飲んでいますから」


「いやぁ、ごめんねぇ。無理に誘った訳じゃないんだけど、総務部の知り合いが舞ちゃんを連れて来いって煩くてさ」

  

 少々バツが悪そうに朱里が後頭部を掻いていると、真琴がじろりと睨みつけた。


「もう、鎌木さん、やっぱりそうなんじゃないの!! 初めから東海林さんを誘うのが目的だったんでしょ!?」 


「いやぁ、すまみせーん。まぁ、舞ちゃんはわたしが守るから大丈夫っしょ。総務部の狼どもには指一本触れさせないからさ」


「はぁー。わかったわよ、東海林さんが出席するなら私も出るわよ。うちの姫を守らなくちゃいけないでしょ。どうせあなたは酔っぱらったら訳がわからなくなるんだから…… ふぅ」



 舞を守ると言いながら、酒が入ると真っ先に頼りにならなくなる朱里の言葉に溜息を吐きながら、渋々真琴も出席の意向を示す。


 こうして舞は、金曜の夜に総務部主催の飲み会に参加することになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ