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彼女がそう決めた理由

本編が完結したので、登場人物達の後日談をボチボチ不定期更新していきます。

暇があったら読んでみてください。

挿絵(By みてみん)


 国立大学法人Y教育大学は桜子の育ったS町から電車で二駅の場所にある、その名の通り教育者になりたい若者を育てるための国立大学だ。そして同じ県内にその他にも三つの都市に分校を抱えており、全部数えると4,000名を超える学生が在籍する教育専門大学としてはそれなりに規模の大きな大学だった。


 春から桜子が入学する本部校の教育学部の教員養成課程には八つの専攻が設置されていて、一学年270名、四学年1,080名の学生が通うキャンパスなのだが、その中でも桜子は英語教育を専攻しようと固く心に決めていた。


 なぜ桜子がその道を選んだのかというと、彼女のその外見を原因にして起きたある出来事が切っ掛けだったのだ。




 ご存じのように桜子の容姿は完全な白人種と言えるもので、それも北方系東ヨーロッパ人種に見られる特徴を多数持っていた。

 そのわかりやすい外見的な特徴として、顔が小さく頭身の高いスラリとした体形と、透き通るような真っ白な肌に白に近い金色の髪と真夏の空のように澄んだ青い瞳だ。

 このように桜子はまさに北方系東ヨーロッパ人種のテンプレのような特徴を全て兼ね備えており、それも相当高いレベルで体現していると言えた。


 それを()(てい)に言えば、彼女の容姿は多くの人が見た事がないほどの絶世の美貌とまるでモデルのような完璧な体形をしている事を意味していて、初見の者は必ずと言って良いほど彼女を二度見してしまうほどだったのだ。


 

 そんな彼女が高校三年生の時、大学入試の模擬試験会場に現れた時はちょっとした騒ぎになっていた。


 既に自分の容姿とその存在が周りの人に与える影響をそれなりに理解できるようになっていた彼女は、試験会場に付くまでは出来る限り目立たないように目深に被った帽子で顔と髪を隠していたのだが、さすがにその格好で試験を受けるわけにもいかずに、試験会場の机に着席すると同時に帽子を脱ぐことにした。


 桜子が帽子を脱いで、その白に近い金色の髪を(あらわ)にした途端、最初に真横の席から起こったどよめきは次第に周りへと伝播していき、気付けば彼女は周り中の人の目を集めることになってしまっていたのだ。

 結局桜子は多くの視線が集中するその中心で身体を小さくして、只管(ひたすら)俯いているしかなかった。もっともこの状況は彼女にすればもう慣れたものではあったのだが。


 するとその姿を見て居た堪れなくなったらしい隣の席の女の子が、思いきり勇気を絞り出したような顔をしながら声をかけてくれた。

 しかし、その第一声はこうだった。


「ハ、ハロー…… フェ、フェア、アーユーフロム?」



 その言葉に彼女は唖然とした。

 仮にもここは日本人による日本人のための日本人の模擬試験会場であるのにもかかわらず、どうして自分が突然英語で話しかけられなければいけないのか。それもベタベタの日本語発音の英語でだ。

 そもそも冷静に考えなくてもここには英語しか話せない外国人が来るはずもないのだし、見るからに白人種である自分の姿に驚いたのを百歩譲って許したとしても、なにもいきなり英語で話しかけてこなくてもいいではないか。


 思わず憮然とした桜子が次にどう答えてやろうかと一生懸命考えていると、その拙い英語が伝わらなかったと勘違いしたであろうまた別の少女が代わって話しかけてきた。

 

「Do you come here for the exam too?」

(あなたも試験を受けに来たの?)



 一人目の少女とは違ってその少女の口から出た英語はまるでネイティブのような完璧な発音で、しかもなんと英語を話しながら楽しそうに笑っていた。

 そしてその様子を見る限りどうやら彼女は帰国子女のようで、久しぶりに英語を話せるのが嬉しくてしかたないように見えるし、しかも「私は英語が話せるのよ」的なドヤ顔オーラがその顔からは垣間見えていたのだ。

 しかし肝心の桜子はそれに対してどう答えて良いかわからずに思わず口ごもってしまうと、今度は怪訝な顔をしながらもその少女は矢継ぎ早に再度質問をして来たのだ。


「Maybe you can't speak English? Where are you from?」

(もしかして、英語が話せないの? どこの出身なの?)


「……」



 もちろん桜子にはこの程度の英会話は理解できるしこの質問に英語で返す事も出来るのだが、目の前の少女のドヤ顔と完璧な英語の発音を聞いてしまうと、ベッタベタの日本語英語しか話せない桜子は急に恥ずかしくなって何も言えなくなってしまったのだった。

 

 こんな如何にも外国の人間ですよと言わんばかりの外見をしているのにもかかわらず、実は桜子がコッテコテの日本人であることがわかると、大抵の人間はホッと安堵の表情をするか、「あっ……」と何か残念なものを見る目をするかのどちらかなのだ。


 桜子にも相手の気持ちがわかるので、安堵の表情はまだいいとして、何かを察したように残念な目を向けられるとそれはそれで妙に釈然としない気持ちになるのだ。

 そもそも白人だからと言って必ずしも英語圏の人間であるわけでもなければ、自分に対して英語で話しかけてきたのは相手の勝手なのだ。それをこちらが返答できないからと言ってお察しのように残念な顔をされても困るだけだし、その顔を見ているとなんとなく小馬鹿にされているようで若干イラっとしてしまうのが正直なところだった。 


 などとこの件に関しては色々と思うところのある桜子なのだが、根っから気の小さいビビリ屋である彼女にはドヤ顔の英語で話しかけて来る相手に何か言い返す事などできるはずもなく、その真っ白い愛らしい顔にただ引きつった天使スマイルを張り付けることしか出来なかったのだ。



 

 しかしここで彼女はこの場を切り抜ける名案を思い付く。

 それは久しぶりに発動する「ウクライナ語で相手を煙に巻く作戦・其の二十四」だ。


 元々この作戦は東海林舞(しょうじまい)発案のとても浅はかでしょうもないものではあったのだが、いざ実行してみるとその予想外の効果の高さに感銘を受けた桜子は独自にそのバージョンを進化させ、今ではその発音もイントネーションも普通の日本人にはまず見破れない域にまで達していたのだ。


 もっともネイティブなウクライナ語を聞いた事のある日本人などほとんどいるわけもなく、彼女がどんなに完璧に発音を身に着けていてもそれは単なる自己満足でしかなかったし、その会話の内容はネットで見てただ丸暗記しただけのものなので、桜子本人もよく理解してはいなかったのだが。



 そしてドヤ顔英語で話しかけて来た少女に桜子が答えを返す。


「Я голодний. Я хочу їсти рис, щоб наповнити живіт.」

(私はお腹が減りました。お腹いっぱいにご飯が食べたいです)



「えっ……?」


 桜子のウクライナ語を聞いたドヤ顔英語少女が、短い言葉を発しながらたじろいでいる。

 その急にそわそわと落ち着きなく目を動かしながら若干仰け反るような姿勢を見せ始めた様子からは、彼女が明らかに動揺しているのがわかるのもので、その姿を見た桜子は少々彼女の事が気の毒になってしまうほどだった。


 もとより相手が白人だからと言って必ずしも英語圏の人間である保証はないのだし、それをよく確かめもせずに得意満面に英語で話しかけたのはその少女の落ち度であったと言えるだろう。いくら英語が世界の公用語だと言っても、それを母国語にしている人間は世界人口の約20%程度しかいない事を考えると、(いささ)かそれは軽率な行為だったと言えなくもないのだ。


 相手が明らかに白人なのでドヤ顔で得意の英語で話しかけたものの、その相手からは自分の知らない言語で返されたのだ。この状況はその少女にしてみればこれほど動揺してしまうものはなかっただろうし、得意満面に浮かべたドヤ顔ほど恥ずかしいものはなかった。


 その証拠に二人の様子を眺めていた周りの者達からは複数の失笑が聞こえてきたし、目の前の少女の顔色が急速に白くなっていくのが桜子にはわかった。そしてこれほどまでに一人の少女を追い詰める気など全くなかった桜子は慌てたようにその場を取り繕おうとしたのだった。





「あ、あの……」


 すると桜子の目の前に突然横から何かが差し出される。

 それは光沢のある銀色の紙のようなもので包まれた何かで、その色も形も大きさも桜子がよく知っている物だった。


 それは「おにぎり」だった。

 片側が銀色のホイルになっている料理用ペーパーに包まれたそれは紛れも無い「おにぎり」で、それが突然目の前に差し出されたのだ。

 思わず桜子がその出元に目を向けると、そこにはちょっと照れたように頬を紅潮させた茶色い髪の一人の少年が立っていた。



「お腹……空いているんだろう? おにぎりあげるから食べるといいよ」

 

「えっ……?」


 思わず桜子が怪訝な顔をしていると、その少年は尚も話を続ける。


「君、今お腹空いてるって言っただろう? それをあげるから食べなよ」



 この時桜子は思った。

 もしかしてこの少年はウクライナ語がわかるのではないか。


 そんな窺うような視線を向け始めた桜子の顔を、さらに顔を赤くしながら少年が口を開いた。


「あぁ……ごめん、俺の母親はウクライナ人なんだ。だから君の言葉はわかるんだけど…… も、もしかして俺、余計な事しちゃった?」

 

 

 まもなく試験の始まる模擬試験会場に、銀色の包み紙に包まれたおにぎりを中心にして、引きつった顔を隠せずに固まっている少女と、青い両目を大きく見開いた金色の髪の少女と、バツの悪そうな顔をした茶色い髪の少年の姿が、妙にシュールな光景を作っていたのだった。


 図らずも自分が目の前の少女に味わわせてしまったのと同じ恥ずかしさを経験させられた桜子は、この時を切っ掛けにしてナンパ目的の男を撃退するなどの目的以外では、もう絶対にウクライナ語は使わないと決めたのだ。



 そしてそんな事件(?)があってから、やはりここは外見同様に英語を話せた方が色々と都合がいいだろうと思った桜子は、教師になりたいという未だ漠然としていた将来の夢に、「英語」の教師になりたいという具体的な目標を付け足したのだった。


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