あなや~~~!
我の名はジョナトン・ノエ・ルチアーノ。
十九世紀、ビクトリア女王に飼われていたポメラニアンの末裔だとされる、由緒正しき血統書付きのお犬様である。ぴちぴちの三歳だ。断じて庄之助などという名ではない。
今日は嬉しい御主人のお休みの日なのに、我は朝からブルーだ。
何故か? それはな、仰向けにひっくり返されて、大嫌いな肉球の伸びた毛をカットする日だからだ――っっ!
伸びが早いから二週間に一度はチョキチョキされる。その地獄日が今日だなんて、我聞いてない!
特に後ろ足が嫌なのだ! 御主人はバリカン使いが下手っぴなので、小さな鋏とトリミングシザーを使ってちまちまと切っていくのだが、そのいかにも刃物で切ってます!と言わんばかりの感触が嫌いなのだ!
小さい鋏は切っ先が丸く加工してあって、万が一にも刺さって怪我しないようにという、御主人の温かな心遣いを感じるチョイスだが、トリミングシザーは違う。切れ味も切っ先も鋭いのだ。肉球から踵までの毛や爪回りも伸びるから、トリミングシザーで切ってしまわないと小さな鋏では不格好な仕上がりになる。
それはわかっている。わかってはいるが、怖いものは怖い! あ、言っちゃった! 我、怖いのだもん!
ギロチンで切られる爪切りは平気なのに、我いったいどうしたというのか。
バリカンの音も平気なのにぃぃぃ。
だが、ひとつだけ良いことがある。
足の毛を一本整え終わるたびにジャーキーを一口貰えるのだ!
馬肉のフリーズドライであるぞ! 無添加であるぞ!
週一の耳掃除の後にもくれるのだから、御主人は我に甘いのである。たまにジャーキーではなく犬用チーズの時もあるが、我としては両方を所望する!
稀にボーロの日もある。あれはあれで美味なり。苦しゅうない。もっと貢ぐがよい。
そんな現実逃避よろしく美味しいものを考えている間に、肉球の処理は終わった。我、燃え尽きた……。
ひっくり返されたまま、スリッカーでブラッシング。
我、これ大好き。むふーん。気持ち良い~。我に甘々な御主人は、一般的に先端の尖ったスリッカーではなく、先端を丸く加工した、肌に当たっても痛くないものを選んで買っている。
毛をかき分け、左手で軽く押さえながら少しずつほつれを梳かしていく。少しでも痛くないようにという、御主人の深い愛情が伝わってくるブラッシングだ。
我はあまりの心地よさに、仰向けのまま爆睡してしまう。たまに胸や腹をわしゃわしゃやられるが、良い良い。存分にモフれよ御主人。肉球もにぎにぎされるが、マッサージにもなって気持ち良い。わふーん。
全身ブラッシング効果でふんわりさらさらに仕上がった我を、御主人がトリミング台に乗せた。トリミング台にはすでにコームとトリミングシザー、刃が湾曲しているカーブシザーが用意してある。
んん? まさか早々に豆柴カットなるものをする気か御主人? まだ春先であるぞ? 我、凍えちゃう。
そもそも我は高貴なるポメラニアンであって、断じて豆柴などではない。なにゆえ誇り高きポメラニアンである我が、同じスピッツ系と言えど姿形を真似る必要がある?
この素晴らしき毛量を! 何故わざわざ短く刈ってしまうなどという暴挙に出るのだ御主人!
ぬう? 違う?
二の腕と腹と耳の下をちょこっと整えるだけ?
お尻と尻尾も短く整える? 肛門の回りも短くカットするだけ?
ふむ……我の第六感が、警鐘を鳴らしておるぞ。
御主人。我に何を隠しておる?
あなや―――――――っっ!!
病院来るとか聞いてない!
採血とか聞いてない!
がっちり保定された状態で、無理やり反らされた首に注射針刺すとか聞いてない!
来月も予防接種とか聞いてないぃぃぃぃ!!
あ―な―や―――――――っっ!!