始めたから辞めたい
鳴動館による週六日の稽古は、小学生にとってあまりにも退屈なものだった。
初心者はまず足捌き。号令にしたがって前後左右、決められた通りに動作を繰り返す。いや、退屈なだけでは済まなかった。裸足で摺り足をし続けるものだから足の裏はたちまち皮が剥け、帰りは剥けたところが楽になるよう足の内側を立ててヨチヨチ歩いた。
意外や意外、春樹はときに体質を押してまで道場に向かった。それは稽古が面白かったからか、いや、違う。仲間とゲームをするのが面白かったからである。
春樹が竹刀で素振りをするのを許されたのが入会から半年もした小学校三年生の四月。それから少しして館長の佐山から防具の着装が許可された。
さらにその三ヶ月後、錬成大会での躍進は彼の周囲を驚かせた。そしてその頃には彼が虚弱体質だったことをみな忘れてしまっていた。
小学四年生になると上級者クラスにあてがわれた。時間帯が変わったも同じ館長先生の指導のはずだ。しかし初心者クラスでは好々爺としていた先生は、上級者に対して鬼となった。
稽古の愚痴をこぼすと友達からは「辞めちゃえよ」と言われた。たしかに体質も治って、無理に続ける必要はない。
ただ彼は勝つ喜びを知ってしまった。これはどんな麻薬よりも中毒性がある。血反吐は吐かないまでも、顔中を汗と鼻水と涙まみれにさせる日々が続く。
鬼は容赦のない稽古を見せた。掛かり稽古で毎度のように少年たちは道場の窓から放り出される。クタクタでへばりたいのを堪えて再び列に並ぶと、メンに振りかぶって浮いた突き垂れを通って喉に突きを喰らって吹き飛ばされる。
要求されているのは覚悟であると身をもって教えられた。