自主性のある人材はお帰り下さい
今年も嶺越はインターハイへの切符を手に入れた。春樹が滝田のチーム構想から外れたのはその一ヶ月後であった。
夏の九州大会直前の練習試合でのことである。中堅を任された春樹は次鋒戦の終了を待っているとき、滝田より引き分けろとの指示を受けた。いざ試合が始まって一合目、これが頭から飛んでいってしまった。相手の地力が明らかに自分より劣っている。
一分ほどのところでもつれて止めがかかる。その中断明け直後、春樹は大きく振りかぶって相手の構えが上がったところに逆ドウを浴びせた。
二本目以降も春樹は果敢に攻め続け、ドウを警戒し手元も足も止まったところで人生初の片手ツキを決めた。これが滝田の逆鱗に触れる。
「お前、試合前に俺になんて言われた?」
「…。引き分けろ、です」
胴の上から腹を蹴飛ばされた。
「なんだ、あの行き当たりばったりの試合は!相手は人形か?独りよがりで体力自慢がしたいだけなら陸上部にでも行け!」
結局その後は補欠におかれて九州大会、玉竜旗、インターハイと出場の機会はなかった。
怒られた直後は「今の俺を外すか?二本とってるんやぞ。早いとこ勝てんようになって泣きついてこいや!」とまで思った。
春樹の思いとは裏腹に嶺越は昨年には及ばないまでも、三大大会を十分に戦った。
特に春樹のかわりに出た三年の甲斐は地味ながら取りこぼしの少ない見事な働きだった。
悔しくて見れなかった例の練習試合の動画を見る。技を決めたシーン以外、自分が一方的に打ち込むだけで相手と噛み合っていない。勢いだけの雑な試合だ。
なにより「立ち上がりに溜めが全然ない。結果勝ってるだけで内容は中学のダメなときと似たようなもんやん。こんなん団体戦と違うわ…」
鍛えた体と自信が自分を動かしていたと思っていたが、実際は自惚れに身を任せていただけだった。
それに引き換え甲斐は堅実に後ろに繋ぐ試合ぶりで、とられても雑な部分やミスのよるものではなく、チームの士気を下げることはなかった。、
春樹は自分が駒であることを思い知った。みな試合に出て勝ちたいと思っている。その中で駒の優劣をもっとも決定的にするのはチームへの誠実さである。これを学ぶのに三大大会という大きな授業料を払ったものだ。




