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だからぼくは、隣に来た誰かを子供たちだと思って、寝たふりをしていた。
はじめはただぼくを見下ろしていた誰かは、わずかにあいていたベンチに腰を下ろした。ぼくの顔をまじまじと見つめる、射るような視線がどこか真琴に似ていて、ずいぶん眼力のある人だな、とぼくは思う。
「――ねぇ」
もう、知らんぷりはできないだろう。観念して、ぼくは寝返りをうつ。声を聞いた感じ、これは女の子の声だ。でもぼくには、声をかけられる理由がまったく思い浮かばない。
薄目を開けて、数回まばたき。目を開き彼女の顔を見て、目があったかと思うと、ぼくはその瞳に吸い込まれていた。
まるく、大きな瞳だった。黒目がちとかそういうのではなく、白目がほとんどないのだ。特別瞳が大きいわけではない。むしろ目が小さいからそう見えるのだろうか。短くそろえた髪がまた、瞳と同じで黒い。
眦があがってきつそうな印象をあたえるけど、きりりと座った姿は、育ちのよさを意図せずともあらわしていた。
真琴の隣でのぞきこんだ写真と、まさしくそのとおり。
「あなた、あの探偵さんの助手でしょ?」
彼女は、追川マチだった。
○
「結城探偵事務所って、私たちの中じゃ結構有名なのよ」
眠りを邪魔されてだるい身体を起こすぼくを尻目に、マチは言う。彼女が加わったことで子供たちの視線が倍になったような気がするけど、マチはそれを完全に無視していた。
ぼくと彼女が並んで座ると、つくりの違いが際立つ。血筋とか、性別の違いとか、そういうのを強く感じさせる。見た目が非常にアンバランスで、ぼくとマチが一緒にベンチに座る理由なんて、傍観者はおろかぼくにもわからなかった。
「オカアサンたちに頼まれて、私を探してるの?」
オカアサン、と、マチはその言葉だけをまるで自分の国の言葉ではないように使う。ぼくはその意図を察し、気づかれないよう心のうちで嘆息した。
「追川さん、心配してるよ。帰ろう?」
「そんな気分じゃないもの」
遠まわしな否定なのは、本当は家が恋しいから。けれどぼくは、無理に連れて行こうとは思わない。マチのような家出少女は、ちゃんと本人が納得しないと、また家出するとわかっているからだ。
「気分になったら帰る?」
「……うん」
「じゃあすこし話そうか」
マチは本当は、いますぐにでも家に帰りたいのだ。
雰囲気や話しかたは大人びているけど、親が恋しい年頃だろう。彼女の心はいま、さまざまな葛藤を繰り広げている。そしてぼくが探していると知りながら、逃げずに話しかけたのは、なんとか自分の心に区切りをつけたかったからだろう。
捜していた追川マチが今、目の前にいる。とても簡単な仕事だけど、難しい仕事でもあった。真琴と見た映画のように大きな事件ではないけど、気分はネゴシエーターだ。
「今まで、どこで生活してたの?」
「友達のところを転々として、相談にのってもらってたの。あまり、参考にはならなかったけど……」
痩せた頬が目立つ。家出している間に多少食事を取らなかったとしても、これほどやせることはないはずだ。これはきっと、精神的なものに違いない。
「なんで参考にならなかったの?」
「みんな同じこと言うから」
「なんて?」
「しかたない、って……」
マチの語尾が、かすかながら震えた。
それを気づかれまいと彼女は空咳をするのだけど、感情が抑えられないらしい。見る間に目に涙がたまり、まばたきをするとまつげが水を吸って重そうに垂れてしまう。
「なんで私、オカアサンたちの子供じゃないんだろう……」
絞り出すようなかすれ声が、彼女の精一杯だったのだろう。口を開けば嗚咽がもれて、はやく涙を止めようと唇をかんでしまう。
そんなマチに顔を寄せ、ぼくは涙をぺろりとなめた。
突然の行動に驚いて、彼女は白目が見えるほど目をまんまるにする。声をかけるよりも、確実に注意を引くことができた。
口角を上げて、ぼくは微笑みをつくってみる。そして彼女の耳にささやいた。




