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「――アタシ、なにやってんだろ」

 はあ、とひとつ、盛大なため息が隣から聞こえた。

 それがいつものことだと知っているぼくは、瞳を動かして彼女を見る。身長差があるので顔はよく見えないけど、表情がいらだっているであろうことは、流れてくる雰囲気でわかってしまう。

「本来ならアタシはこんなところでこんなことしないで、敏腕とうたわれてチヤホヤされてるはずなのに……」

 彼女は誰にも返事を求めず、小声でぶつぶつ言っている。仕事に対するやる気はまったく感じられないけど、『一人で歩いてたら怪しまれるからついてこい』と言われたぼくは、彼女に口出しすることはできない。何も言わずに黙って歩いて、もう何時間たっただろう。

 昼下がりの住宅街は、さすが日曜なだけあって、人通りもいつもより多い。友達を遊びに誘いに来た子がいたり、ホースで虹を作りながら車を洗っているお父さんがいたり。平日と休日との違いがはっきりと見てとれた。

 ぼくがいるからなのか、真琴(まこと)はこの風景の中でも浮いていない。視線だけは感じるものの、決して不審者を見るようなものではない。

「殺人事件でも起きないかな……」

 不謹慎なことを平気で口にする真琴と、ぼく。カップルには見えなくとも、とても私立探偵が歩いているようには見えないはずだ。

 結城探偵事務所の所長兼探偵の真琴は、まだ二十代だというのに、着古したジャージにスニーカーという部屋着と変わらない格好で出歩いても恥ずかしくないらしい。のばしっぱなしの髪はひとつに高く結って、キャップを目深にかぶって顔を隠していた。

 本人はローズピンクだと言いはるけど、周囲にはいちごみるくと言われている髪からは、シャンプーのハーブの香りに汗のにおいが混じっている。太陽の陽射しも暑さも苦手な真琴は人の視線も嫌いで、子供が指さすたびに舌打ちをしていた。

「何で依頼がいつも浮気調査だの家出捜索だったりするのよ……!」

 感情があふれそうになって、彼女はこぶしを握る。ぼくは危険を感じ、八つ当たりされない程度に身体を離した。

 今回の依頼は、いつもと変わらない。行方不明になった追川(おいかわ)家の一人娘、マチを探してほしいというものだった。捜索に適しているのは夜間だろうとふんで真琴一人が毎日探していたけど、どうにも情報を得られず、こうして仕事時間が日中にもなった。だからぼくがかりだされるようになったのだ。

 真琴はいつもこういう依頼は断るのだけど、そろそろ事務所兼アパートの家賃が危なくなってきたので、しぶしぶ引き受けたのだった。

「アタシに胸躍る殺人事件を!」

 それは漫画とテレビの見すぎ。

 真琴は基本、朝食をとらない。その状態で捜索を始めるものだから、お腹がすき、よけいイライラしているのだ。

「――帰る」

 彼女の決断に迷いはなかった。

 踵をつかってくるりとまわった真琴は、颯爽と事務所への道を戻り始める。そしてふいに立ち止まり、思い出したようにぼくを見た。

「遊んでから帰るか?」

 ぼくは朝、戸棚をあさってごはんを食べたので、お腹はすいていないし体力もありあまっていた。

「晩飯までには帰っておいでよ、ラク」

 頭を乱暴に撫でられ、ぼくはこくりとうなずいた。

「お前はホント、無口なのな」

 真琴の苦笑を背に、ぼくは彼女と反対の方向へとかけていった。

 真琴がぼくをいつまでも子ども扱いするものだから、ちょっと腹がたっていた。


 ――のどがかわいた。

 近くの公園へとやってきたぼくは、水のみ場でのどを潤す。アスファルトの放射熱でばて気味だったぼくは、ついでに顔もぬらした。

 満足して顔を上げると、ボール遊びをしていた子たちが、じっとぼくのことを見ていた。そして目が合うとそらされる。ぼくも真琴と同様、人目を引く容姿をしているのだ。

 ぼくは金髪なのだ。真琴のように染めてはいない、生まれつきのブロンドだった。

 ベンチに座って身体を休めれば、ぼくに興味津々な子達が微妙な間隔を保ってくる。ぼくは子供たちに好かれるようで、歩いていると後をつけられることがしばしばあった。

 ベンチのすぐ隣にはぼくを日差しから守るように枝を広げる桜の木があって、こずえから降りそそぐ光は風にふかれてゆらゆらと回っている。

 悪意のない睡魔が、ぼくのまぶたに魔法をかけてくる。

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