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遠出

 あの素敵な星の海散策から数日経った。

 相変わらずナロン様との縁談は覆されることなく、むしろ結婚に向けてドレスを注文する店選びや料理、引き出物の選出が進んでいる。お母様が中心となって選んでくれてはいるものの、ナロンとの結婚をよく思っていない私は身を入れて選ぶ気になれず言われるがままに頷く日々が続いていた。

 あの日以来、ジェットは長く勤めてくれている老執事のランダンと替わり、ハーバルディウス家に常駐して雑務を受け持ってくれている。変なことだが、家に彼がいてくれるだけで嬉しく思っている。

 けれどその嬉しささえ消し去りそうなことが今日起きるかもしれない。

 今日はナロンと私の妹のエリザベスの3人でピクニックと言う名の顔合わせに行くのだ。ドレスの発注を出す店選びに関して母がエリザに話をした際、彼女はお姉様のお相手にお会いしてないので是非お会いしたい、そう言ったのだ。母は確かにその通りだとナロン様に手紙を書き、今日ピクニックに行く運びとなった。エリザベスの美貌に目をつけていたナロンに彼女を会わせたくはない。頭も良く顔も良いが彼の人間性は良いものではない。私自身、彼から酷いことを言われて傷ついたのだ。エリザにも辛い思いをさせるかもしれない。

「ベティ、やはり行きたくないわ。失礼だけれどお断りしましょう。」

「駄目ですよお嬢様。ここで断っては大変なことになってしまいます。」

 鏡台の前で最終チェックをするベティに私はつい弱音を吐いてしまう。そんな私をベティは優しく窘めた。

「お嬢様、準備は出来ましたので玄関へ向かいましょう。ナロン様をお出迎えしなければ。」

 私も鏡の中でさらりと今日の髪型を見る。ピクニックは少し遠くにあるファーラシ湖へ馬で行くことになっていた。ファーラシ湖は首都の外れの方にあり、首都の爵位を持つ家の中ではやや外れの方にあるハーバルディウス家からは些細な差だが少しだけ近い。馬をゆっくり歩かせても1時間くらいで着く。

 万が一何かあって馬を走らせても良いように今日は髪をまとめて後ろでフィッシュボーンに結ってもらった。ベティが気を利かせてリボンやパールのささやかな髪飾りをあしらい、華やかだがシンプルでピクニックに相応しいものにしてくれている。私の好みを踏まえた上で場に合う髪型に仕上げてくれるベティには本当に感謝しきれない。今度お礼に何か細やかなプレゼントを贈ろうと心の中でそっと決めた。


 玄関に行くと、そこにはまだエリザの姿はない。まあ、彼女はナロンの知り合いでも婚約者でもないのだからいなくても問題ないだろう。11時までに集まっていれば問題ないのだから。そう思いつつ、玄関のそばの柱時計を確認する。今は10時45分。そろそろナロンは来るに違いない。

 ぎしり

 軋んだ音をさせ、扉が開く。我が家に仕えてくれている門番がドアを開けた音だ。普段は執事が来客の際に鍵を開けることになっているが、今日は事前にピクニックへ行く予定をジェットが知っていたため、予め開けてくれていたようだ。

 ドアの向こうから茶色のズボンとベストに白いシャツ、そして黒の皮のジャケットを羽織ったナロンがやってきた。私は出来るだけ優雅に見えるように深く淑女のお辞儀をして彼を出迎える。

「ようこそナロン様。お忙しい中、我がハーバルディウス家へいらして下さり、どうもありがとうございます。」

「ああ、全くこの家は遠いね。これからこの田舎に住まなければならないかと思うと気が重くなるな。」

 ナロンは吐き捨てるように文句を言うと私を見て嘲笑った。

「おいおい、冗談だろその格好は。馬にでも乗って行くつもりか?」

「で、ですが、馬に乗って行くと手紙に…」

「馬車に乗ってって意味に決まっているだろう。そんなこともわからないんだな。」

 手紙の意図を読み違え、さらに服装を選び間違った事実に私は愕然とした。だったら最初からそう書いてくれればいいのに!そうであれば乗馬出来る服装ではなくシンプルなドレスを着てきたというのに!そう叫びたいのをぐっと堪え、私は申し訳ありませんと謝罪を口にした。

「あら、ナロン様かしら?はじめまして、ナロン様。私はカトレアの妹のエリザベスと申します。」

 いつのまにか玄関に来て、くるぶしより少し短い丈の薄いピンクのシフォンドレスを身に纏い、優雅に挨拶をするエリザを見てナロンは満足そうに頷いた。

「さすが、未来の社交界の花と噂されているご令嬢だ。浅はかな姉とは違ってきちんと俺の手紙の意図に気づいている。」

「あら、お姉様。いつものように馬に乗って行くと思ったのね。でも今日は3人の、しかも婚約者を連れてのピクニックなのだから馬車に乗って行くのが普通なのよ。」

 元々の美貌を引き出すように化粧を施し、綺麗に結い上げ生花をさしたエリザがあどけない表情で話す。

 まだ社交界デビュー間もないとはいえ、広くて華々しい交友を持つ妹にとって今回のことは容易にわかることだったに違いない。けれども、数人しか親しい友はおらず、社交界でも影の方にいる私にはわからないことだった。

 でも私お姉様の乗馬服姿はかっこよくて好きだからそのままで行きましょうよ、と気を使って言ってくれる妹に必死に笑みを作って答える。

「急いで着替えて参ります。」

「やめてくれ。せっかくエリザベスに会えたのに時間が勿体無いだろう。」

 軽蔑の眼差しで私を見据えながらナロンは言う。

 そうか。この顔合わせはナロンがエリザベスと会いたいがために承諾して作られた場なのだ。私はただの添え物でしかない。添え物がどんな格好でどんな気持ちでいようと関係ない。あくまで端役。メインのエリザベスは美しいピンクのドレスで綺麗に着飾ってそこにいるのだから。どんな格好であろうとも、私はただ一緒に着いて行き、共に帰ってくれば良い。簡単なことだ。

 漸くそのことに気づいた私は、震える口を必死に開いた。

「わか「ピクニックのお食事をお持ちしました。」

 私の絞り出した声に、力強い声が重なる。

「ジェットっ…!」

 籐で出来た大きめのバスケットを恭しく持ちながらジェットがこちらへ歩いてきた。

「ああ、助かるよ。君はここの執事かい?」

「5年前からこちらで執事として働かせて頂いているジェットと申します。失礼ですが1つお願いをしても良いでしょうか?」

「聞いてから判断しよう。」

 訝しげな目でナロンはジェットを見た。少しだけ身長が高いジェットが気に入らないらしい。

「私もピクニックに連れて行って頂けないでしょうか?私を連れて行って下さるならばナロン様とエリザベス様はこちらで用意した馬車で先行して頂き、私はカトレア様と共に馬に乗って追いかけます。」

「なるほど。エリザベスと私が共に馬車に乗ると。確かにそうする方が私とエリザベスは会話を多く楽しめるし、カトレアも大好きな馬に乗れるな。わかった。君を連れて行こう。ちなみにバスケットの中身は4人いても問題ないのだろうね?」

 はい、全員で食べても余りあるほど沢山入っております。とジェットは貼り付けた笑顔で答える。

「では、私達は馬車に乗って行こう。馬車へ案内しろ。」

 ジェットは近くにいた我が家の従僕にバスケットを預け、案内するように指示を出した。ナロンは私に見せつけるかのようにエリザをエスコートして歩きはじめる。エリザはというと私達を、いやジェットを名残惜しげに見つめながら去っていった。

「カトレアお嬢様、少々お待ち頂けますか。乗馬服に着替えて参りますので。」

 ジェットの問いに頷くと彼は速足で去って行く。

 手持ち無沙汰になった私は自分の服装を見直した。紺色の乗馬用のズボンに揃いのベスト。シャツは白いフリルがふんだんに付いたドレスシャツ。このドレスシャツは袖にも上品なフリルが付いており、気に入っているものだった。ジャケットは黒くて丈が長いものだが、横と真後ろに入ったスリットにより乗馬中も邪魔にならずに美しくはためくように計算されて作られている。このジャケットは私がデザインし、仕立て屋に特注で作ってもらったものだ。女性目線を優先した為男性のものよりポケットが多く作られていたり、細身に見えるようになっている。胸ポケットには懐中時計をしまうスペースだってあるのだ。そして首にはジェットからもらった小瓶のネックレスをつけている。なんとなくナロンの目に触れるのが嫌で、ネックレスのトップの瓶はドレスシャツの下に隠してあるけれど。

 5分くらいたった頃にジェットは玄関へ戻ってきた。黒のベストとズボンに紺色のシャツ。そしていつもの燕尾服ではなくモーニングコートを羽織っている。

「着替える必要はなかったのですが、なんとなく着替えてみたくなったのです。それに乗馬といえばモーニングコートでしょう?」

 ジェットはにっこりと笑い、するりと私の手を掴んで裏の馬小屋へ歩いて行く。正午に近い為太陽は頭上にあり、秋の肌寒さを吹き飛ばすように温かい陽射しが私達に降り注いだ。

「カトレア様はいつものこちらの馬で良いですね?箱はこちらの馬に乗りますので。」

 馬小屋の中で私がよく乗る白い馬のシェラの手綱を差し出してくれた。ジェットは彼の服装と同じく黒いグラズに乗るらしい。

 このまま流されてはだめだ。謝らなければ。ジェットは私の為に同行を申し出てくれたのだから。本当なら執事が貴族に願い出ることは許されない無礼なこと。それなのにジェットはナロンに同行を願い出た。彼の勇気ある行動に対して自分はどうだ。謝りもしないなんて許されない。

 私は手綱を持つ彼の手を掴む。

「あの、ジェット、貴方に気を遣わせてしまいました。ごめんなさい。私がもっと思慮深ければ貴方にあんなこと言わせることはなかったのに。」

 ジェットは謝らないでください、と優しい声で言った。

「あの手紙ではそう思ってしまうのは仕方がないことでした。それに俺もカトレアに言ってあげれば良かったのに言わなかった。お互いに悪いところがあったのです。だから気にしないで、カトレア。でも、もしこれから不安なことは聞いて下さい。彼に文句を言われる貴女の姿を見たくありませんので。」

 私の手をそっと外させ手綱を持たせる。そして彼は編んだ私の髪をさらりとひと撫でした。

「でも嬉しいです。彼のお陰というのは気に入らないですが、貴女と2人きりで乗馬を楽しめるなんて。」

 彼はひらりと黒い優美な馬の背に跨る。その姿はまるで絵画のように美しかった。


「行きましょう、カトレア。折角の機会なんです。無駄にしては勿体無いでしょう?」

読んで頂き、どうもありがとうございます。

そしてブックマーク登録どうもありがとうございます。嬉しいです!

ぽちぽちと打っていたら思ったよりも修羅場フラグと意外と甘めな内容になっていました。

こんな予定では…

今回から少しジェットの口調を緩めというか親しげにしてみましたけれどどうでしょうか?

あと、全然関係ないですが寒くなってきましたね…

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