第一章 朝日
ジリジリジリ、嫌な音が耳に響く、もう朝なのか、これからまたあの地獄に向かわなければならないのか。
そんなことを考えるだけで、10分が過ぎた。
なかなかベッドから出る勇気の出ない私は、そろそろ出ないとダメだと思い、今日全ての活力を使い切り、ベッドの縁へ、座り込んだ。
「あぁ、憂鬱」
それだけを言うとパジャマを着替え、セーラー服に袖を通した。
それはつまり、これから最悪な一日が始まるということだった。
少し深呼吸をしていると、母が大きな声で私を呼ぶ声が一階から聞こえてきた。
「起きなさい、美子」
朝からうるさい母親だ。
「早く起きないともう起きれなくするわよ」
冗談めいた声で、笑いながら大声を出す母に、少し笑ってしまった。
物騒な母親だ。
少し急ぎ足で階段を降りると、食卓には朝食が並べられていた。
テーブルの前でボケっとしている、私に母親はいつも通りの笑顔でおはようと言ってきた。
「おはようママ、今日も仕事遅いの?」
私は子供らしい声で母に挨拶を返した。
「そうなの、ごめんね美子ちゃん、晩御飯は1人で先に食べてて」
母が申し訳なさそうに言うので、少し胸が痛んだ。
「いいの、ママいつもありがとうね」
素直に日頃の感謝を伝えると、母は少し照れた顔をした。
「何言ってるの、早く食べて学校いきなさい」
そうだった、これから学校に行かなければならないのだった。
「わかってるよママ、じゃあね、行ってきます」
少し表情を暗くした私がそう言うと、母は心配そうに。
「大丈夫?体調悪いの?」
と、聞いてきた。
「ううん、大丈夫心配しないで」
大丈夫ではないのだが、母に心配させるわけにはいかない。
「学校にお休みの電話入れようか?」
休めるかも知れないと、少し考えたがやめた。
「ほんと大丈夫よ、朝だからまだ眠いだけ」
母は少し私の目を見つめた。
「はいこれ、お弁当、忘れちゃダメよ行ってらっしゃい」
母に見送られ私は家を出た。
「本当はもう二度といきたくないんだけどなぁ」と、扉が閉まると同時に出た独り言と自分の正直さに少々自分でもびっくりした。
家の先に停めてある自転車に乗り、自転車を十分ほど漕ぐと、駅に着いた、それからさらに、二十分ほど電車に揺られ学校に着いた。
着いてしまった。
靴箱前に着くと、朝からあの子が声をかけてきた。
「おはよう、美しい美しい美子ちゃん」
その声に私はドキドキしながらも、返した。
「おはようございます。沙羅さん」
オドオドとしている私を見るこの女はとても下品だった。
「どうしたの美しい美しい、美子ちゃん、元気ないね」
さらにどこからか、同じクラスのブサイクな女が現れた、名前は忘れた。
「あっ、おっはー、ニクコ私今美子と話してるから、あっち行ってくれる?」
面白い、このブサイクはこの女から、嫌われてるのか。
「ひ、ひどいよ〜沙羅ちゃん」
冗談のようにする為に、ワザとテンションを上げた、この女を見る沙羅の顔がとても怖い。
それにしてもニクコという名前が似合うな、この女。
「それに私は、ニクコじゃなくてクニコだよ」
ニクコじゃないのか。
「本当沙羅ちゃん面白いね〜」
語尾をあげて話す、ニクコを無視して、沙羅は再度私に絡んできた。
「ねぇ、美しい美しい美子ちゃん、私腕疲れてるんだけど」
そう言いながら、沙羅は私の顔の前にカバンを突き出してきた。
「分かりました、持ちますね」
今持たないと、後が怖いので、私はカバンを受け取った。
「ほんとムカつくね」
沙羅がボソッと呟いた言葉に私はただ、たじろいた。
「んじゃ、教室行こうよ」
沙羅に促され、教室に向かった。
途中途中で、ニクコが沙羅に無視をされるのを見てなんだか少し、肩の力が抜けた。
「おい、沙羅何してる」
前方から国語教師の坂下が歩いてきた。
「なにがですか」と、沙羅が返す。
「カバンだ、カバン」と、坂下も返す。
「カバン、あぁ、ジャンケンで勝ったんで持ってもらってるんです」
沙羅は平然と嘘をついた。
「本当か。」
と、坂下が私に目線を移す。
「本当ですよ」
私も平然と嘘をついた。
「誤解させるようなことをするな」
そう言い残し、坂下は職員室へ歩いて行った。
「あいつ、国語教師のくせに何言ってるか分かんないね、沙羅ちゃん」
ニクコが沙羅の機嫌をとる為に話しかけた。
「そうね」
沙羅はなるべく短く、返すように心掛けているようだった。
「そろそろカバン返してよ」
と言い、私から乱暴にカバンを奪った。
自分が持たせたくせに、この女は何を言ってるのだろうか。
とりあえず「すみません」とだけ言っておいた。
教室のドアの前に立ち、今のやり取りの意味がすぐに分かった。
「さぁ、ドアを洗わないとな」と、ドアの向こうでワザとらしい笑い声混じりの声が聞こえてくる。
沙羅は憮然とした顔で、腕を組んで私がドアを開けるのを待っているようだった。
「誰か入ってきたら大変だ」
まだ、中でワザとらしい声が聞こえる。
「美子ちゃん、ドアを開けてよ」
時折目に入るニクコの顔がとても憎らしかった。
「分かったわ、今あけるわよ」
今から何が起こるのか、分かっていたのに、ドアを開けた。
「あぁ、まさか人が入ってくるなんて、これじゃ濡れても仕方がないよね」
馬鹿みたいな説明口調で、私をずぶ濡れにした、男がこちらを見ていた。
「大変だ、早く着替えないと風邪を引いてしまうよ」
お前がやったんだろう、なんだこいつは。
「美子ちゃん、大変下着が透けちゃってるよ」
ニクコの言う通り、制服の中の下着が透けて丸見えになってしまっている。
本当はすぐに覆い隠したいのだが、強がってそのままにした。
「ごめんね、次からは気をつけるよ」
と、あからさまにニヤニヤしながら、言ってきた。
「いいよ、気にしないで」
こう言うしかないのが悔しかった。
「ちょっと聖夜」と、沙羅が少し大きな声を出した。
「ど、どうしたの」
聖夜は少しどもりながらも返事をする。
教室内がピリつく。
「濡らしてんじゃないわよ、早く謝って」
教室のみんなが私を含め、あまりよくわからない顔をした。
「早く謝りなさいよ」
沙羅が急かす。
「ごめんね、美子ちゃん」
ビックリだ、まさか沙羅が助けてくるとは。
「何言ってんの」
また教室がピリつく。
「私のカバンが濡れたって言ってるの」
またまた教室が、よくわからない空気に包まれた。
私もよくわからない。
謎の空気の中沙羅は「今美子が持ってる方が私のカバンなの」と、怒りを露わにした。
クラスのボスの沙羅に嫌われる事は、クラス内の順位に直結する。
それを避けるべく聖夜は、浮気のバレた男のように情けなく。
「ごめんなさい沙羅ちゃん」と、沙羅に必死に謝った。
必死に謝る聖夜に不機嫌な顔をした沙羅は。
「次は知らないわよ」と吐き捨て、私が持つ濡れたカバンを奪い取り自分の席へ向かって行った。
「沙羅ちゃんにしては珍しいミスね」と、小バカにしたようなニクコの発言に、また一瞬教室がピリついてしまった。
確かに沙羅にしては珍しい。
「なん…俺が」「ふざ…なよ」と、私を睨み、ぶつくさ言いながら、聖夜も席へついた。
「風邪引いちゃうよ」と、教室内の誰かが声を掛けてきた。
確かに寒くなってきた。
早く着替えたいが、今日は着替えを持ってきていない。
帰ろうか迷い、立ち竦んでいるとこちらへ歩いてきた沙羅が。
「これきていいよ」と、優しく声を掛けてきた。
手に持っていたのは、名前の入っていない体操服だった。
これは素直に欲しかったので、ありがとうございます、沙羅さんと言い体操服を受け取り着ることにした。
一応誰の物なのかは気になったので「これどこにあったんですか」と、私は沙羅へ質問した。
すると沙羅は、なんの悪びれる様子もなく。
「ロッカーの上にあったから勝手に借りた」と、そうするのが当たり前かのように答えた。
「そうなんですか」としか返すことができなかった。
間を空けるのが嫌だったので。
「とりあえず着替えてきますね」と言い、教室をあとにした。
授業開始前に間に合うよう、トイレで着替えることにした私は急いでトイレへ向かい。
「誰か入っていますか」と、一応の確認を取り中へ入り、すぐに着替え始めた。
「本当最悪」と、口にしたところでなんの意味のない言葉が、勝手に漏れだした。
なるべく早くと、体操服に首を通した時に、背中にナニか違和感を覚えた。
「何か付いてる」
私は背中についたナニかを指で拭い取り、目の前に持ってきた。
「本当最高」
それは、汚いナニか、卵白のような、白いスライムのような、白濁としたナニかだった。
「あのクソ女」
私は涙目になりながらも、そのナニかを、トイレットペーパーで拭き取り流した。
そのナニかはナニか、と知っているのだが誰のなのだろうか。
そんな事はもうどうでもいい。
「早く教室に戻らないと」と、長い一日もを乗り切る、気合いを入れ直すために声に出した。
まだ一時間目すら始まっていないのだから。