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もし今ゲームがあるならば  作者: きづかと
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オカルト研究部の日々

 ここはオカルト研究部の部室だ。壁にはいたるところに宇宙人やUFOなどの奇怪なポスターが貼られ、本棚にはオカルト類の本が陳列している。どれも表紙が暗く、まるで何かの経典のようにも見える。


 オカルト研究部――通称オカ研。様々なオカルトを、自己満足で研究し、自分本位で議論し、自己投影した仮説を立てて、自分勝手に発表する自由気ままな部活だ。


 その部室の窓際で、つまらなそうな顔をしながら小説のページをめくっているのは、八束宗やつかそうという男子生徒だ。あだなは苗字と名前の端を取ってかっそ。これは本人はあまり気に入っていない。字面も呼ばれるときの響きも格好悪いからだ。


 宗はオカ研に入部しているが、オカルトが好きなわけではない。UFOは信じていないし、死後の世界は存在してもしなくてもどちらでもいいし、雪男は雪山に行かないからどうでもいい。彼はどちらかといえば見たものしか信じない現実的な少年だ。


 ならどうしてオカ研に入ったのかといえば、中学から上がった仲のいい友達が入りたいというから一緒に入ったという肴にもならない理由だった。


 その仲のいい友達の一人は、目の前で一人の女生徒とトランプに興じている。その友達は今しがた負けた。


「くっそぉぉぉ! 負けたぁぁぁ!」


 綺麗に整えられた丸刈りの頭をがりがり掻きむしり、悔しそうに呻いている友達の名前は鬼木亮おにぎりょうという。彼は恰幅がよくずっしりしていて、肌も浅黒いので、あだなはげんた。某探偵のクラスメイトからもじったものだ。本人は気づいていない。


「ふっふっふ! まだまだねげんた! そんなんじゃトランプの王である私――女王クイーンはばらには一生勝てないわよ!」


「王なのか? 女王なのか?」


 思わずツッコミを入れたくなるような決め台詞にもならない決め台詞をどや顔で叫んでいるのは、水羽原茜みずはばらあかね。あだなははばら。


 彼女は無類のどや顔好きで、事あるごとにどや顔するどや顔のスペシャリスト。ことこれに関しては右に出る者はいない(当事者調べ)。


「な、なんか今馬鹿にされた気がするわ……いや、褒めてる……?」


 奇妙な悪寒に身を震わせ、あちこち見るが誰もいない。気のせいか、とやれやれとしたあと、「もしかしてどこかで私の噂をしてるのかしら」とどや顔した。


 今この部室にいるのは宗、亮、茜の三名だ。オカ研にはもう一人部員がいるのだが、まだ来ていない。


 宗は小説を開いたままひっくり返して膝に置き、閉じないようにしながら机の上にばらまかれたトランプを見る。そして一つため息。


「お前らよく二人で大富豪なんてできるな」


 今二人がやっていたのは大富豪。定番のトランプゲームだが、あれは二人で遊ぶものではない。二人で大富豪なんてやったら革命という言葉がちっぽけに思えるほど革命が起きる。それはもう革命家に失礼なほど。


「いやよおかっそ。はばらとババ抜きやるとよお。必ず俺が勝っちまうんだよ」


「残り二枚のときにババに手をかけるとどや顔するから?」


「そうそれ」


「うっさいわね! どや顔を馬鹿にしないでくれる!」


「だからよおかっそ。お前もやろうぜ、トランプ」


「そうよ。そんなところで辛気臭い顔して小説読んでないで、あんたも混ざりなさいよ」


 途端、宗の顔が渋くなる。えぇートランプかよー、という言葉が聞こえてきそうだった。


 すると、今度は茜の元々鋭い目つきが更に鋭くなる。


「なによ、あんた私とトランプできないっていうの? ま、仕方ないわよね。あんた弱いし、トランプ」


「うぐっ……」


 トランプゲームに強いも弱いもあるかと言いたいところだが、事実そうなのだ。


 宗はトランプゲームをすると大抵負ける。ババ抜きでは中々揃わず、大富豪では弱いカードばかり配られ、強いカードが配られれば革命が起こり、七並べではまず7が配られることはあり得ない。宗には引きというものが皆無だった。それはいっそ逆に運がいいのではないかと言われるほどに。


「俺はトランプなんて子供っぽい遊び嫌いだし……」


「あんたまだ子供じゃない。ていうかトランプなんて老若男女問わず遊べるゲームなんだから子供っぽくなんかないわよ」


「ぐぎぎ……ほっとけ! トランプなんて嫌いだ!」


 論破されたので、宗はふてくされながらふんぞり返って寝る態勢をとる。アイマスク代わりに小説を顔の上に乗せて。


 そんな宗を見て、茜と亮は顔を見合わせてためいきをついた。子供っぽいのはどっちだ、とでも言うように。


 そのとき、部室の扉ががらがらと音を立てて開いた。


「ねぇねぇちょっと聞いてよみんな!」


 挨拶もおざなりに入ってきたのは、ひょろひょろともやしのように細く、男にしてはやけに白い肌の丸ぶちメガネをかけた文書愛吾もんじょあいごという男子生徒だった。あだなはひょろ。


 愛吾はこのオカ研の部長で、大のオカルト好き。オカルト本を何冊も持っていて、この部室の本棚にある本もほとんど彼の私物である。毎日空に向かって交信していて、そのときが人生で一番心安らぐときらしい。


 そんな奇抜な趣味を持った愛吾だが、性格の方はひねくれていない。むしろ清々しいくらいに真っすぐだ。そう――真っすぐなのだ。野球選手でいうところのストレートしか投げられないピッチャーのように。


「今から体育館でパイプ椅子運ばなきゃいけないんだけどさ、ちょっと人手が足りないから手伝ってくれないかな?」


「……誰にそう言われたんだ?」


 宗の目が細くなる。嫌な予感がしたからだ。


「担任の中谷先生! 至急やってほしいんだってさ! 急がなきゃ!」


「……んで、そのあとは?」


「そのあと? そのあとはえっと……教室に置いたままのプリントを職員室に届けて、昇降口の掃除をしなきゃいけないかな。あ、でもこれは急ぎじゃないらしいから僕一人でやるよ。それからここで今月のオカルトテーマを決めよう!」


 愛吾はそう言って三人に向かってにっこりと微笑んだ。


 愛吾はひとえに優しさの塊だ。頼まれごとをされても断らない。断れないのではなく断らない。押し付けられているのではなく引き受けている。それが当然だと思っている。彼はそういう人間だった。


 だからこのオカ研は、愛吾が部長になったその日から、オカ研ではなく便利屋に少しずつ変わり始めている。今のやりとりが良い例だ。


 ちなみにこのせいで、新入生は一人もオカ研に入らなかった。あそこはただの便利屋だからと噂が広まったからだ。


 これに関して、三人が愛吾に物申したことは何度もある。けれどそのたびに愛吾は、人のためになるならばと、正当なことを言う。きっと彼は高価な壺を口車に乗せられて買うだろうし、NHK受信料も来てくれたのだからと払ってしまうだろう。


 それに歯止めを利かせるのが三人の――部員の役目だが、いかんせん難しい。正義感とは厄介なもので、中々屈しない。悪徳商売の口車には簡単に乗せられるくせに、部員の口車には簡単に乗らない。それは僕の信念に反するからと。本当に厄介なやつなのだ。


 この一年でそれが身に沁みた彼らは、もう愛吾のお人よしには反発しない。その方が疲れないからだ。


 それに、オカ研はぶっちゃけ暇である。部室でぐうたらしてるくらいなら、便利屋として活動した方が社会貢献している気分になれるので得だ。


 三人は体育館へと向かい、数人の教師と共にパイプ椅子を並べ、教室に置いてあるプリントを職員室に届け、昇降口の掃除をした。


「はぁ……疲れたわ」


 部室に戻ると、茜が椅子にどかっと腰を下ろしてうなだれた。それをみて愛吾が苦笑する。


「ありがとう。ごめんね、結局残りの二つも手伝ってもらっちゃって」


「いいよお。どうせ暇だったし。な、かっそ」


「まあなー」


 そう言われると返す言葉がない。宗は一息ついて、机の上にほったらかしにしてあった小説を手に取ろうとして、


「そういえばひょろ。今日遅くなったのはさっきの頼まれごとのせいなのか?」


 愛吾はきょとんとした顔をし、それからあっと口を大きく広げた。何かを思い出したようで、ごそごそポケットを漁り始める。


 余計なことを言ったんじゃないかと茜と亮を見ると、二人はやってくれたなとばかりにこちらをジト目で見る。宗は顔をひくつかせて笑った。


「これは今月のテーマの話なんだけどさ。ちょっと見て欲しいものがあるんだ!」


 愛吾が取り出したのは、スマートフォンだ。黒い手帳型のケースに包まれていて、そのせいで厚みが増している。


 どうして薄さを求めて改良に改良を重ねたスマートフォンを、わざわざ分厚くなる手帳型ケースに収めているのかと苦言を呈したくなっている宗を尻目に、亮の目が鋭くなる。


「おいひょろこれってもしかしてアイフォンⅩか!」


「あ、気づいた? そうなんだよ。慣れないと操作しにくくてしかも壊れやすいんだけど、全画面なのがどうも気になって……」


 亮が食い入るようにみつめると、愛吾は照れたのか眼鏡をくいっと上げて後頭部を掻いた。彼のくせだ。


「ふーん。これがあの最新機種の。ちょっとどんなのか触らせなさいよ。私が触ればこいつもきっと喜ぶわ」


 どや顔で愛吾のスマートフォンをいじる茜。それに便乗して「次俺な!」と亮が目を輝かせ、愛吾が「ちょっとおもちゃじゃないんだから! ていうか落とさないでよ!」と肝を冷やして見守っている。


「…………」


 それに対して、宗は無関心だった。興味無さそうにして頬杖をついて三人の様子を窺っていた。


 別にこれは意地を張っているわけではなかった。本当に興味がなかったのだ。こと携帯に関しては。


 茜と亮がある程度アイフォンⅩを弄り満足すると、愛吾の手元へと戻る。彼は胸をなでおろした後、親指を動かして何やら操作し始めた。その手つきは手慣れたもので、常々使っているのがよくわかる。


「あ、これだ! みてよこれ!」


 愛吾はお目当てのものを発見したのか、親指の動きを止めてスマートフォンの画面を上にして机の上に置く。ここでようやく宗の顔がスマートフォンに向いた。


 スマートフォンの画面いっぱいに映されていたのは、


「動画?」


「そうだよ。ユーチューブの」


 宗が聞いて愛吾が答えた。


 ユーチューブとは、世界中の人々が撮った動画を投稿して共有することができる動画投稿サイトだ。おそらく世界のほとんどの人々はこの名前を知っていて、半数以上の人は使ったことがあるのではないかというほどの大手サイト。


 どうやらこの動画はユーチューブにアップされた動画の一つらしい。まだ動画は止まっていて、真ん中に白い三角が表示されている。これを押せば動画がスタートされる仕組みだ。


「いくよ」


 愛吾が白い三角――スタートボタン――に触れた。動画が再生される。


 再生されていく動画はとても奇妙なものだった。


 人間の手が謎の物体を両手で挟むように持っている。両手の人差し指だけがぴょこりと上に出て、上側面を押さえつけている。左手の親指が装着されている丸みを帯びたスティックを器用に動かしている。右手の親指はひし形に配列された四つの丸いボタン――各々の表面に○、□、△、×が色を帯びて描かれている――を不規則に押している。


 これが一体何を意味しているのか気になるところだが、それよりも三人の目を引き付けるものがある。それは、ボタンとスティックの間に存在している液晶画面だ。


 ――その中で人が動いていた。


 人――というか凛々しい顔をした青年は、剣を右手に左手に盾を持ち、ぎこちない動きで大草原を駆けまわっている。動きやすそうな格好をしていて、腰にポーチをつけ首にスカーフを巻いている。


 やがて青年は足を止めた。歩きすぎて疲れたのかと思ったが、どうやら違うようで、向こうから何やら奇妙な怪物じみた生物がやってくる。それの体は黒く、四足歩行をし、大きな白い牙を持っていた。


「これって、魔物か?」


 亮が誰かに問いかけるように言った。魔物とは、アニメや漫画に登場する架空の生物だ。どれも凶暴で強く、いつも主人公やその仲間たちを困らせる――いわば悪役の一つだ。


 亮が思い描く魔物と、今青年の目の前に立っている怪物は酷似していた。だから亮は思わず声に出してしまった。これはきっと魔物だ。


 そのときだった。魔物と青年が動いたのは。


 魔物は大きな口を開き、青年は剣を振りかざす。そして魔物の口が青年を捉え、青年の剣が魔物の体に命中した。だが一人と一匹は怯むことなくまた攻撃を開始した。三回それが続いた後、魔物の体が怯み、そう思った途端、瞬間移動でもしたかのようにきれいさっぱり消えてしまった。


 数秒後、その動画は終わった。


 再生時間はわずか三分四十秒。投稿主はこの動画しか挙げておらず、チャンネル名はひらがなでえんじょうりょう。動画のタイトルは新開発された○○○。いかにも、といったタイトル名だった。


「なんだ、これ……?」


 宗がふと顔を上げて愛吾を見ると、目が合ってしまった。愛吾の好奇心に満ち溢れた瞳が宗に突き刺さる。


「ひょろ、もしかして今月のテーマって……」


「かっその思った通りさ! 今月はこの動画とそれに映る謎の物体の正体を調べようと思うんだ!」


 愛吾は矢継ぎ早にそう言い、どうかな?と三人に問うた。


「……ま、別にいいんじゃないか。さして他に気になるものがあるわけでもないし」


「俺も俺も! それになんか気になるじゃんかよお!」


「私がこの謎の物体の正体を必ず暴いてみせるわ!」


 三人の反応は上々だった。それを見て嬉しそうに愛吾は顔をほころばせる。


「なら今月のテーマは動画に映された謎の物体を暴く! に決定!」


 愛吾はノリノリでマジックペンを持ち、紙に大きくそれを書くと磁石でボードに張り付けた。無駄に達筆なその字は窓から吹いた風でゆらりと揺れた。


「それにしてもこの謎の物体ってなんなんだろうな?」


 亮は自分の携帯――彼もスマートフォンだ――を取り出し、件の動画を食い入るようにみつめる。


 動画の中で両手に挟まれている謎の物体は、青い光沢を放っていて微かにジージーと音が鳴っている。それは耳を当てて集中しないと聞こえない程度の音だが、その音が聞こえてくる――それ自体が重要だった。


「なんかの機械っぽいな、これ」


 亮は目を細めて謎の物体――機械らしきものを見る。


「私にも見せてよ」


「なんだよはばら。自分ので見ればいいじゃんかよ」


「私の携帯通信制限に引っかかったのよ。ね? お願い」


「ちぇ……」


 亮は渋々茜にスマートフォンを手渡した。それをぼんやりとみつめる宗は、ここでようやく自分のポケットに入った携帯を取り出した。二つ折りのパカパカ携帯――ガラケーだ。


 取り出して数秒、宗は自分のガラケーをみつめて結局ポケットに突っ込んだ。おそらくこの携帯で動画を見たらパケット通信料がとんでもないことになる。この携帯とはそういう契約を結んでいる。ようは使えば使うだけお金が高くなるのだ。


「おいげんた。次俺もいいか?」


「かっそもかよお。お前も自分の……ってお前はガラケーか。いい加減機種変でもしたらどうだよ」


「……ま、そのうちな」


 亮の説教をするりとかわして茜から受け取ったスマートフォンを操作する。これくらいはできる――なんて思いながら宗は動画を再生した。


「それにしても本当、よくわからない動画よね。声も入ってないし」


 後ろから茜の声が聞こえて振り返ると、眼前に彼女の顔があって宗はドキッとする。頬がかあっと赤くなった。


「どうしたの?」


 そう聞かれて宗は口ごもる。そしてちょっぴり悔しくなる。茜が可愛く見えたのは背景が夕焼けだからだ、きっと。


「あ、もしかして夕焼けに映える私にドキッとしちゃったわけ? ま、しょうがないわよね、私可愛いから!」


 図星だが、ここで口答えしてもろくな事にはならないので、無視して亮のスマートフォンの画面に映る動画に注視する。


「生きてんのかな、こいつ?」


「バカなこというなよかっそ。画面の中の人間が生きてるわけないじゃんかよ」


「いやまあそうなんだけどよ。あまりに自由に動いてるからさ。アニメとは違う感じだよな」


 アニメ――アニメーションは、一コマ一コマの画像をえがきそれを連続撮影した動画だ。動画の中でキャラが動いてるわけではない。


 一方この謎の物体の液晶画面には、動きは歪だがそのキャラが意思を持って自由に動いているように見える。あくまでそう見えるだけであって、何かしらの特殊な手法を用いてそう見えるようにしているのであれば、素人目には見抜けない。お手上げだ。


「ひょろはどう思う?」


 いまだ動画を見ながら首をひねっている愛吾に宗は聞いた。


「今のところはよくわからない、かな。アニメみたいに連続させて映像を作っているのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だからどちらも否定できないかな」


 どっちつかず。一番無難な答えだった。だがそのあと、愛吾はこう付け足した。


「もっとも、僕としてはただのアニメ映像ではあってほしくないけどね。それこそあの中の人間が意識を持って自由に行動してるくらいの――そうでなくっちゃ面白くないし」


 ふふふふふ、と虚空をみつめ何やら思考に耽り始めた愛吾はさておき、宗は今回のテーマは中々骨がありそうな気がした。恐らく、今までのテーマの中の何よりも。


 多少議論を交わしたあと、今日はこれで解散となった。


 季節は春。時刻は六時を回ったところ。空は薄闇に包まれていた。


「はぁ~! もう私たちも二年生か! 来年は受験じゃない!」


 帰路に就きながら、茜は空に向かってそんなことを口にした。宗にとってそれはあまり聞きたくない言葉だった。亮もその口なのか眉を潜める。


「なによその辛気臭い顔。そんな顔してると幸せが逃げるわよ。……もう逃げてるか」


憐みの目でみつめてくる茜。宗と亮はほっとけ、と口を合わせて言った。


「なあ、かっそって進路決めたのか?」


 亮が恐る恐る宗に聞く。


「別に決めてねーよ。まぁでも理系の大学に行くつもりだけど」


「そうなのか? なんで?」


「暗記がめんどくさいから、かな」


「そんな理由で理系選ぶのかよー……まぁでもそんなもんなのかなぁ」


「どうなんだろうな。ひょろはたしかもう志望校も決まってるんだっけか?」


「んまぁ僕はやりたいことが決まってるからね。ぶっちゃけ大学なんてどこでもいいんだ」


「本当にぶっちゃけた話だけど、よく言うよな。いい大学に入るよりもそこで何をするかの方が重要だってな」


「いい大学に入らず何もしなかったらどうなるのよ?」


「そりゃダメ人間になるんじゃないか?」


「ダメ人間? 上等よ! 私ならそれくらいでプラマイプラスよ!」


「プラス思考でいいなお前は。どや顔はもう見飽きたけど。ていうか茜はどうすんだよ、将来」


「は! なるように……なるわよ」


 どこか誇らしげなどや顔をかます茜に、なんだかどうでもよくなって、宗はそうかよ、と吐き捨てるようにつぶやいた。


 でも、茜の言う通りだ。なるようになる――夢がない高校生にとっては救いの言葉だ。逃げの言葉ともとれるかもしれないが、考えすぎて憂鬱になるよりかはましかもしれない。


 それに、大学に入ってから夢というものをみつけても遅くはない。むしろ見つけたら儲けものだ。


「ま、私が言いたいのは考えるな感じろってことよ」


 答えになってない茜の答えは宙を舞い、空の果てまで飛んで行った。



 宗が家に着いたのは六時半を回った頃で、母親である聡子が夕食の準備をしている最中だった。宗は玄関の左手にある階段を上り自室に向かった。


 自室は片付いている。聡子のおかげだ。宗はベッドにそのままダイブして、ふと携帯を取り出した。


 もう何年も買い替えてない古ぼけたガラケー。開くと画面の保護シールは取れかけ、動くと接合部が弱っているのかすぐに閉じてしまう。はっきりいって不便だった。


 だが、だからといって使えないわけではない。メールもできるし、使いにくいがラインもできる。SNSも開けるし――通信料はかかるが――、グーグルで検索もできる。


 ぶっちゃけた話、それができれば携帯なんてどうでもよかった。スマートフォンには色んな機能があり、利便性のあるアプリがあるが、結局無くても生活には困らない。ましてや学生にとっては宝の持ち腐れともいえる。きっとほとんどの学生はスマートフォンを持っていてもその数パーセントしか使いこなせていないはずだ。


 だから宗はスマートフォンを買わない。買おうと思わない。もし仮にガラケーでラインやSNSができなくなれば、生活に支障をきたすので買い替えようとは思うが、そうならない限りはガラケーで十分だ。


 宗は今日の役目を果たした携帯をぽんと投げ捨てると、小説を読み始めた。


 宗の今の生きがいは本を読むことだ。それは小説だったりラノベだったり漫画だったりする。とくに決まりはない。


 生きがいと言ったが、本を読むのが大好きなわけではない。好きではあるが、そんなに情はない。もしこれより面白いと思えるものがあれば、宗はそれに食いつくだろう。所詮はミーハーなのだ。


夜飯を食べ終わり自室へ行き、とくにすることもないのでまた本を読む。


変わり映えしない一日は、こうして終わった。

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