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朝焼色の悪魔-第1部-  作者: 黒木 燐
第2章 胎動
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1.コンコース

(1)

20XX年5月29日(水)


 由利子は久々にスポーツクラブに来ていた。2週間ぶりくらいだろうか。彼女の姿を見つけた担当インストラクターのお兄さんが、走って寄ってきた。背はあまり高くないがボディビルダーで、筋骨隆々だ。無駄に爽やかな笑顔を振りまいている。

「篠原さん、こんばんは~。」

 と満面の笑顔で言った後、彼は真顔になって言った。

「ずいぶんお見えになりませんでしたが、どうかされていたのですか?」

「実は季節外れのインフルエンザにかかっちゃって…」

 と、テレ笑いをしながら由利子。

「そうだったんですか、大変でしたねえ。だけど、どうしてまた?」

「会社がK市にあるんですよ、それで…」

「あー、会社で感染されたんですかぁ。確か流行ってるのK市のほうでしたもんね。いえ、だいたい2・3日間隔で来られているので心配してましたよ」

「あら、ありがとうございます。でももう大丈夫ですから」

 由利子はガッツポーズをして見せた。

「でも、今日はあまり無理をしないようにして、早めに切り上げて下さいね」

 と言いながら、インストラクターは去っていった。


 由利子はとりあえずエアロバイクに乗ってみることにした。ちょっと軽めに漕いでみる。大丈夫だ。その後いつもの負荷にして20分ほどやってみることにした。

 本当に久々に来たような気がした。一月くらい休んだような感じがする。スポーツクラブの独特の臭いと機械と人の声・BGM・・・。後方では、エアロビクスをやっていて、レオタードの女性達に混じって、数人おじさん達がバツの悪そうに踊っていた。ああ、いつもの風景だ、と由利子は思った。そして、「やっぱり平穏が一番よね」とつぶやいた。エアロバイクを漕ぐ間、ヒマなので前に設置してあるテレビを見ることにした。今日は本もiポッドも持ってきてなかったからだ。テレビはすでに7時のニュースが始まっており、今日は珍しく目ぼしい事件がなかったようで、どこぞの寺の話だの動物園で動物の赤ちゃんラッシュだの某大臣がまた失言しただのという、のどかな話題が中心だった。

「続いてF岡からです」

 ニュースはローカル版に移行し、クソ真面目な顔をした、目の妙にきれいな若い男性アナウンサーが映った。そして画面は見たことがある風景に切り替わった。川の土手に立ち入り禁止のテープが張られており、数人の警官が何かを捜査していた。

「昨日C川流域で発見された男性の遺体ですが、死亡推定時刻より損傷が激しく、警察は事故と自殺の可能性に加え、この男性がなんらかの事件に巻き込まれた可能性も視野に入れて捜査することにしたということです」

 見たことがあると思ったら、C川だったのか、と由利子は納得した。

 その川は会社からも近く、時々お昼に弁当を持って川土手まで遠征することがあった。大きくてゆったりとした川だ。食べ終わった後、よく寝転がって小鳥の声を聞きながらまったりと雲を見る。K市はあまり好きではないが、C川は好きだった。そんな川に遺体が流れてたのか、そういえば、今朝そんなニュースを言っていたな。由利子は少し鬱になった。しばらくは川土手に行くのはやめよう、そう思った時、隣でエアロバイクをこいでいた女性が由利子に向かって言った。

「やだ、それって殺して川に投げ込んだってことやろ?それでなくても水死体っちゃぁえずかとにねえ」

「そうですねえ。監察医の人も大変ですね」

「オヤジ狩りやないと?最近の子どもって怖いけんねえ。ウチにも中学生の男の子が二人おるんやけど、最近なんを考えとるんかいっちょんわからんっちゃけん」

「そうですか。大変ですね」

 答えながらも、二人も中坊の子どもが居るのにここでエアロバイク漕いどったらイカンやろーもん、と思ったら先方は見越したように言った。

「今、子ども達は塾の時間でね、おとうさんはシンガポールに単身赴任やし、ここでジムやって終わった頃迎えに行ったらちょうどよかとですよ」

「そうですか、息子さん達もお母さんのお迎えがあるなら安心ですね」

 由利子は答えたが、そろそろ会話がうっとおしくなってきた。知らない人と話すのはどうも疲れる。そう思っていたら、ちょうどバイクの終了ブザーが鳴った。

「じゃ、お先に~」

 由利子はさっさとバイクを降りてウオーミングアップのストレッチをするためマットのある方向に走っていった。


(2)

20XX年5月31日(金)


 二日後の夕方、由利子は友人の美葉に会うため6時過ぎにK駅にいた。


 バスが遅れた場合を考えて、歩くつもりで早めに会社を出たら、何故かバスがすぐに来てその上さして渋滞もなく、普段より早く着いてしまった。普段でも念のため約束より早めに着くように心がける由利子なので、だいぶ時間が余ってしまった。それで時間つぶしに駅のコンコースをうろうろしていたが、約束の7時には程遠い。暇を持て余した由利子は本屋に行くことにした。

 6月を目の前にしながらここ数日、梅雨の走りか雨模様で肌寒い日が続いていた。本屋なら暖かいし、本を物色しながら1時間2時間だってタダで時間つぶしが出来る(もっとも本を衝動買いしていしまい、却って金がかかる場合が多いのが難点だが)。それで、彼女は本屋に向かうエスカレーターに向かって歩き出した。

 その時、彼女の前を男子中学生が数人わやわや話しながら通って行った。

 彼らは人が歩いているその前を何もはばからずだらだらした歩きで横切っていく。その傍若無人さに由利子は少なからずムカッとした。しかし、昨今の中学生は恐ろしい。由利子は立ち止まって彼らの行過ぎるのを待った。

 その間暇なので彼らを観察することにした。みんなだらしなく学生服のズボンをずり下げて履いており、足が極端に短く見える。制服からK市にある有名な私立進学校の中等部の生徒だということがわかる。わざわざ遠くから通わせる親もいるほどの有名校だった。しかし、どんなところにもこういう連中がいるものだ。

 由利子が中高生の時もボンタンとかいうズンダレたズボンが流行ったが、こういう連中の好みは世代によらず似たようなもんだと思った。反面女子生徒のスカートは短くなってしまっているが。

 由利子は彼らの中で一際目立つ少年に気がついた。ジョミーズの人気グループ「V-lynXファイヴ・リンクス」のタツゾーにとても似ていたからだ。背はちょいと低いが、渋谷あたりを歩いているとスカウトされそうな感じだった。彼もそれを意識してるんだろう。さかんに「じゃね?」とか「ヤバくね?」とか言っている。はっきり言ってうっとうしいタイプだ。由利子はジョミオタではない。ここで彼女を擁護すると、彼女は萌えで少年アイドルを覚えていたのではなく、これは彼女の特技によるものだった。

 彼らが通り過ぎる様に由利子は不穏な会話を耳にはさんだ。

「あ~~~つまんね、今日は塾サボったし」

「ガッコも塾もつまらねーし」

「今日当たりまたやっか?」

「やめろよ、昨日のニュース見たやろ?」

「あれは俺らじゃねーし」

「シーッ!」

(うわ…)

 由利子は思った。昨日ジムで隣の女性が言った言葉はあるいは間違いじゃなかったかもしれない。しかし、あの件に関しては、彼らがやったのではないらしい。嫌な会話を聞いてしまった…。由利子はものすごく気分が悪くなってしまった。しかし、妙なことには関わらないほうがいい。(聞いてない、聞いてない)彼女は極力平常心を保って振り返らないように歩いた。しかし、由利子はなんらかの手を打つべきだったとあとで後悔することになる。とはいえ、彼女にはこの時点ではどうしようもなかったと思われるが…。


 7時が近づいてきたので、メールで打ち合わせた店の前に向かった。手には本屋の手提げ袋を持っており、その中には分厚い本が2冊。やはり衝動買いをしたらしい。少し走ることになったが5分前にはそこに着いた。すると、遅刻常習犯の美葉が珍しく先に着いて待っていた。

「由利ちゃ~ん、こっち!」

 美葉が盛んに手を振っている。

(F市内の繁華街じゃあるまいし、そんなしなくてもわかるよ)

 と、由利子は思ったが、とりあえず彼女の方に小走りで駆け寄りながら言った。

「早かったね、待った?」

 これは通常なら美葉の台詞だった。立場が逆転したような妙な気持ちだった。

「私もさっき来たっちゃん」美葉は答えた。「とりあえずお店に入らん? おなか空いちゃった!」


 そこはF市内でチェーン店を展開している有名居酒屋グループの店舗のK店で、新鮮な海鮮料理を安く提供するというのが売りの店だった。由利子は海鮮料理が大好物だったので、大喜びで刺し盛りやら鯛のあら炊きやらアサリのバター焼きやら注文した。ビールは好きではないのでのっけから日本酒を冷酒で頼んだ。豪快な女である。美葉は、生ビールを頼んでいる。二人は乾杯し、料理が来るまで突き出しの小エビのから揚げをつまみでやっていたが、まもなく料理が並んだ。刺し盛りはカンパチと甘エビとイカとマグロ。イカは透き通っていて、その新鮮さを物語っていた。

「おいしーねー!」

 由利子は上機嫌だった。しかし、美葉はこころなしか浮かない顔をしており、おなかが空いたといっていた割りに食も進んでいない。由利子はそもそも今日彼女と会ったのは、相談を持ちかけられたからということを思い出した。しかし、思うところがあり、美葉から切り出すのを待つことにして、まったく違う話題を振ることにした。

「そうそう、さっきね、『V-lynX』のタツゾーに良く似た中学生を見たんだ。クソガキだったけど」

「タツゾーに? へぇ~、私ファンなんだ~。今度見つけたら教えて! 由利ちゃんは顔と名前を覚えるの得意だから、きっと1年後でも覚えとるやろね」

「まあね、それも良し悪しの特技なんだよね。だって特徴があれば一見で、そうじゃなくも2・3度見ただけで、覚えたくない顔でも覚えちゃうんだから」

「うふふ、みんな言っとおよ。由利子にだけはデスノートを持たせたくないって。きっと10年20年も前のことでも名前書かれて殺されそうやって」

「そんなしつこいイメージかぁ、私は!」

「それだけ記憶力がいいってことよ」

「でも、人の顔だけだからなー」

 由利子は言った。その分他の記憶力もあればいいのに……そう思っていたら、唐突に美葉がたずねた。

「由利ちゃんは……、―――今付き合ってる人、いる?」

 突然の質問に由利子は焦った。おまけにその微妙なはなんだよ。

「なんね~、藪から棒に! いないよ、少なくともあれ以来…ここ10年くらいは…」

 と、少しむっとして答えた。

「そうやろーね。得意先の対応に怒ってその場は押さえたけど、怒りの持って行き場がなくて、湯沸し室で気合を入れながら空き缶を素手で潰してへし折っていたら、若い男性社員に目撃されて怖がられたなんて調子では、無理ないか」

「ちょい待ち! 何でそんなこと知ってんのよ!」

「アンタ、ブログに書いてたやん」

「へ?」

「会社の友達に、面白いからって勧められたんよ。そしたらどっかで見たような猫の写真が載っとーし、内容見たらどう考えても由利ちゃんやし。偶然とはいえ驚いたけん」

「あ、だから私が病気だったのも知ってたんだー」

 謎が解けてスッキリする反面、ものすごくテレ臭くなってしまった。

「アンタのブログけっこう有名みたい」

「はあああ、誰が見とるかわからんねえ。…で、」

 由利子はテレ隠しで話題を振ろうと、つい聞いてしまった。

「相談っていったい何なの?」

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