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朝焼色の悪魔-第1部-  作者: 黒木 燐
第4章 拡散
21/37

6.蠢く~うごめく~

注意事項:残酷な表現があります。

 ギルフォードは、そのまま受付に向かい刑事課の鈴木を呼んでもらうように言った。しばらくすると鈴木が現れた。

「ギルフォードさん、収穫はありましたか?」

「ええ。ところでスズキさん、さっきの話は水掛け論になりますからやめることにします」

「ははは、水掛け論ですか。確かに立場の違いがありますし、そこらへんはお互い考えておかねばなりませんね」

 鈴木は内心ほっとして言った。

「でも、モンダイは思ったよりも深いみたいです」

 と、ギルフォードはそれを見透かしたように言った。鈴木はそのことをこの場所で話すのは不適切だと判断し、応接用の部屋にギルフォードを通した。

「あまりユックリはしてられないのですが…」

 ギルフォードはブツブツいいながら部屋に入った。

「いったいどういうことです?」

 と、ソファに座るや否や、鈴木が訊いた。ギルフォードは珍しく真剣な表情をして言った。

「少年達から色々聞いたことから考えて、アキヤマ・マサユキが感染し、しかも発症していた可能性が高まりました」

「なんですって?」

 鈴木はにわかに信じられないという顔をしていった。

「そんなことが…」

「いいですかスズキさん、ある男に接触した人たちが、皆同じような症状で死んだのです。

 確かに病原体は見つかっていませんし、症例もまだウイルス性の出血熱である可能性を証明するには少なすぎます。しかし、僕はあの司法解剖でその中の1人の内臓の状態を見ました。そして、さっき彼の吐物がマサユキのキズついた手に直接触れたということを少年たちから聞きました。ですから、僕はマサユキが感染していた可能性が高いと考えます」

「事故現場にいた人たちの何人かが感染する可能性がある、と、あなたはおっしゃっているのか」

「もちろん可能性です。マサユキが感染してなければ何のモンダイはない。もし感染していても伝染力が弱ければ何も無いかもしれない。しかし、運が悪ければ…」

 ギルフォードはいったん言葉を切ると、眉間に皺を寄せて言った。

「アバドンがイナゴの群れを放ったかのようになるかもしれません」

「黙示録ですか」

 鈴木は言った。

「あいにく私はキリスト教徒ではないのでピンときませんが…」

「単なる例えです。私も信じているわけではありません。ところで、集団死したホームレスたちと接触した警官や救急隊員たちの追跡調査は出来てますか?」

 鈴木はなんとなく尊大なギルフォードの態度に少しむっとしながら答えた。

「もちろんです。今のところ異常の報告はありません」

「そうですか。しかし潜伏期間は、例えばですが、黄熱(イェロー・フィーバーで3日から一週間、ラッサで6日から18日、…そしてエボラで2日から3週間です。しかし、念のためひと月は様子を見たほうがいいでしょう」

「わかりました。引き続き調査は続けさせます」

「お願いします」

 ギルフォードはそういうと立ち上がった。

「僕はこれから急いでカツヤマ先生のところに行って、相談をせねばなりません」

 それを受けて鈴木も立ち上がる。

「それでは失礼します」

 ギルフォードは一礼すると、鈴木に背を向けドアに向かった。鈴木は複雑な顔をしてギルフォードの後姿をを見ていた。ドアノブに手をかけようとして、ギルフォードは思いついたように振り返って言った。

「スズキさん、あなたには僕がイサミアシをしているように思えるかもしれません。しかし、僕はサイアクの可能性を考えます。あなたが言うように怖いのはパニックです。しかし、ホントウに怖いのは現実に病気が広がってからのパニックです。2001年にアメリカでおこった炭疽菌テロ、覚えてますね?」

「議員を狙って手紙に入れられた炭疽菌が漏れて、郵便局員らが犠牲になった…」

「先にターゲットになったのはテレビ局です。あの時感染したのは結果的に22人、そのうち死者は5人でした。決して多い数ではありません。むしろ、炭疽菌を使った生物テロとしてはササヤカでした。しかし、その恐怖がアメリカ国内に与えた影響は深刻で、対策が後手後手になった政府やCDCの信用は、がた落ちになりました。治療可能の炭疽菌でさえこうです。僕が何をあせっているかわかってくださいますか?」

「ええ、わかっているつもりです」

 鈴木は言った。ギルフォードはにこっと笑うと「では、ヨロシクお願いします」と言ってドアを開けた。その時

「ギルフォード先生」と鈴木がギルフォードの背に声をかけた。「ひょっとしてあなたは、これがテロである可能性も考えているのですか?」

 その問いにギルフォードは、振り向いて言った。

「もし、これが本当にウイルス性の出血熱ならば、あまりにも、突発的すぎるんです。出血熱なんて、そうそう出るものではありません。そもそも日本にはない感染症ですから。たしか、K市にはO教団の流れをくむ宗教団体の支部がありますね」

「連中はもう何もできませんよ。それこそ杞憂です」

「だから、日本人は甘いと言われるんです」

 ギルフォードは、シニカルな笑みを浮かべて言い残すと部屋を出て行った。ギルフォードの足音が遠ざかると、鈴木はそのままソファに座り、腕組みをしながら上を向いて天井を見据え、しばらく何かを考えていたが、「さあ行くか」

 と言いながら大儀そうに立ち上がりぼそりと言った。

「たかが所轄の係長には荷が重すぎるだろ…」


 ギルフォードはK署の駐車場でバイクにまたがり空を見た。朝はいい天気だったのに、もう雲行きが怪しくなっていた。

("嫌な雲の色だ")

 彼はそう思うと、あたかも景気をつけるように勢いよくバイクのエンジン音を響かせた。


「珠江ちゃん、珠江ちゃん!」

「珠ちゃん、大変よ! あんたのお孫さんが…!」

 秋山珠江の家の玄関先で、年配の集団が集まってなにやら騒いでいる。

「どうしたっちゃろか?」

「出かけとっちゃないやろか。昨日から姿を見かけんし夜も電気がついとらんかったもん、旅行にでも行っとるんじゃあ…」

「珠江ちゃんは1人暮らしやけん、出かくるときには必ずウチんとこへ一言ゆうてくるっちゃけん、それはなかよ」

 珠江の隣家に住む下山道子が言った。

「中で倒れとっちゃないやろうね」

「まさか強盗に入られて…」

「ちょっと、誰か男衆呼んで来んね?」

「さっき、川崎さんのダンナが庭木の剪定ばしよったけど」

「三郎さんが?」

「ちょうどよか、早う呼んでき!」

 言われて1人がとたとたと走っていった。残った女性達は心配そうに、窓から家の中の様子を見ていたが、1人が玄関のドアノブを回してみた。

「あ、鍵のかかっとらん!」

「ええ?」

「ばってん、チェーンのかかっとぉばい」

 その時、開いたドアの隙間から、何か黒いものが数匹飛び出してきた。

「ぎゃあ!」

「なんね? ネズミ? ゴキブリ?」

「ゴキブリちがう?」

「ゴキブリにしちゃあえらい大きかけん、ネズミやろ?」

「いやぁ、私、どっちも苦手!」

「そういや、昨日から妙にゴキブリが増えたごたるけど」

 と道子。

「もう夏なんやねえ」

「あら、家ではあまり見かけんけど?」

「なんね、家が汚いとでも言いたかとね」

「あんたたちゃあ、そんなこと言うとるだんじゃなかろうが」

「あ、ノリちゃんが三郎さん呼んできた!」

「三郎さん、こっち、こっち」

 川崎三郎は、作業着姿で走ってきた。年齢は60代後半くらいか。その後ろを典子がとたとたと走っている。

「どげんしたとな?」

 三郎はタオルで汗を拭き拭き言った。

「珠江ちゃんのお孫さんが事故にあったらしいけん知らせに来たっちゃけど、呼んでも出てこんとよ」

「珠江さんの? そりゃあ大変ばい」

「玄関のカギは開いとっちゃけど、チェーンがかかっとるけん入れんと」

「無理矢理ドアを引っ張ったら外れると思うけん、三郎さんやってみちゃらん?」

「よっしゃ、まかしときない」

 おばさまたちに囲まれて、まんざらでもない三郎は、二つ返事で了解した。が、その後心配そうに言った。

「ばってん何でもなかった時、ちゃんと経緯ば証明してくれるっちゃろうね?」

「わかっとうけん、早ようせんね」

 せかされて、三郎はドアノブを両手で持ち、全体重をかけて引っ張った。チェーンはあっけなく外れドアがばんと音を立てて開いた。三郎はその勢いでしりもちをつき、そのまま玄関にひっくりかえった。

「あいたたた」

 しかし、おばさん達はそれを(しり)目に戸口から珠江を呼んだ。

「珠江~?」

「珠江ちゃん? いないの?」

「珠江さ~ん」

 三郎もいつの間にか腰をさすりながら呼んでいる。

「返事のなかね」

「上がってみようか」

「よかとね? 不法侵入と違う?」

「チェーン壊した段階で不法侵入やろうもん」

「非常事態やけん、しょんなかばい」

「三郎さん、男やけん先に行ってよ」

 おばさんたちは三郎を有無を言わせず前に押しやった。三郎は仕方なく靴を脱ぎながら声をかけた。

「珠江さん、お邪魔しますよ」

 三郎を先頭に、ムカデ競争のような状態で総勢5人はおずおずと家のなかに入っていった。

「珠江ちゃ~ん、おらんのぉ?」

「珠ちゃ~ん」

「ねえ、なんか臭わん?」

 女性陣の1人が言った。

「うん、実はドアが開いた時から気がついとった」

「……」

 5人は顔を見合わせた。みな同じようなことを考えたようだが口には出さなかった。

「あれ、台所あたりから何か音がしよらん?」

「そう言えば…」

「行ってみよう」

 彼らはバタバタとキッチンへ向かった。

「何か昼間なのに暗かねえ」

「天気予報じゃ午後から雨になるって」

「なんでこういう時に限って当たるんかね」

 三郎がキッチンのドアを開け、のれんをくぐって中に入った。道子があとに続いた。残りの3人はのれん越しにおそるおそる覗いていた。キッチンの中に入るとさらに臭いがきつくなった。みなそれぞれ顔を見合わせる。三郎は無意識にタオルで鼻と口を押さえながら、用心深く声をかけた。

「珠江さん?」

 天気が良ければかなり明るい構造のキッチンだが、曇り空のせいで陰気な雰囲気になっている。その薄暗いキッチンのテーブルの影に何か大きな黒い塊が見えた。

「なん、あれ???」

「暗くてようわからんばってが」

「ねえ…、何かあれ、動いとぉごたる」

「ノリちゃん、そこに電気のスイッチがあるけん、つけちゃらん?」

 典子が横を見ると言われたようにすぐそこにスイッチが目に入った。彼女は言われるままにスイッチをいれた。急に明るくなり、5人は目をしばしばとさせた。しかし、明かりに驚いたのは彼らだけではなかった。明かりがついた途端、テーブルの影にある黒いモノがいっせいに動き出した。 


 ザワザワと音を立て黒いモノが四方に散った。その後、危険を感知したのか、それらは出口を求めて主に5人のいるキッチンのドアの方に向かってきた。黒い波が彼らの足をすり抜けていった。

「ぎゃあっ!」

「ひゃあああ~!」

「キャーーーッ!!」

「あいたた、噛まれた!」

「ひぃ~~~~!」

 5人は各々悲鳴を上げた。何が起こったか見当がつかなかったが、その黒いモノたちが何かは見当がついた。黒光りする小さい生き物。信じられない数の良く肥えた…。思いがけないモノの襲来に驚いた彼らは、転がるようにして外に出て行った。真っ先に逃げたのは三郎だった。彼らは靴を履くのもそこそこに、ほうほうの体で外に出て庭に座り込んだ。

「なに、アレ? び、びっくりした」

「何ね、三郎さん! 真っ先に逃げ出してから!!」

「俺、アレだけはダメやけん」

「もう、珠江ちゃんっちゃあ、あげんゴミばためとるけん、ゴキブリの増えっとたい!」

 その時、家の中で悲鳴がした。

「あ、ノリちゃん置いてきた!」

4人は慌てて家の中へ引き返すと、典子が這いずりながら玄関まで出て来て、ガタガタ震えてキッチンを指差し口をパクパクさせている。顔は真っ青でその上涙でぐしゃぐしゃだ。

「どうしたん?」

「た……、た、珠江さんが…」

「珠ちゃんがどげんしたと?!」

「い、いた…」

「え? どこにおったと?」

 典子は震えが止まらないまま両手で顔を覆い頭を左右に振りながら言った。

「いた…の、あそこに…珠江さ…いやぁあああああ…!」

「こりゃいかん、ノリちゃんをとりあえず外に出しちゃって。俺、もう一度様子を見てくるけん」

 三郎は異常を察知して、決死の覚悟でキッチンに向かった。典子を残りの二人に任せてその後を道子が続いた。再びキッチンに入った二人は勇気を出してテーブルの影にあるモノを確認した。そして彼らは瞬時にそれがゴミではないことを理解した。

「う、うぷ」

 それを見るなり道子は口を押さえて家から飛び出し思い切り庭に吐いた。道子が泣きながらげえげえ言っていると、三郎が青というよりむしろ白い顔をしてフラフラと出てきた。状況が掴めない残りの二人は、訳を知ろうと家の中に入ろうとしたが、三郎が止めた。

「やめときない」

「? なんで…?」

 三郎はそのまま庭にへなへなと座り込んで言った。

「それより、急いで警察ば呼んでくれんね」

「珠代ちゃんになんかあったんやね?」

「まさか…?」

 三郎は、下を向いたまま答えた。

「台所に倒れたまま…死んどった」

「う、うそっ!」

「こげな嘘誰がつくか…!」

「やったら遺体を何とかしちゃらんと」

「いかん! もう、あそこには行くんやない」

「なっし? ほっといたら珠江ちゃんが可哀想やなかね!」

「現場は保存しとかんといかん。それに…」

「それに?」

「それに…な、もう…誰かわからんごとなってしもうとる…」


 ギルフォードが嵐のように去って行ったあと、葛西は堤と一緒に少年達と向き合い、改めて二人から話を聞いていた。ただし、男の死んだ経緯はさっきギルフォードが聞いたのでほとんど触れないようにした。調書を取り終わって葛西が彼らに言った。

「嫌なことをまた思い出させてすまなかったね。ところで、被害に遭った男性についてどう思ってる?」

「……」

「調べたら彼の母親から10年ほど前に捜索願が出ていたことがわかったんだ。その母親は唯一の身内だったらしいけど、5年前に亡くなっている」

「どんな人だったんですか?」

 良夫が訊いた。

「ボクは、ボクらが最後を看取ったことになったおじさんのことが知りたいです」

「僕もそう思います」

 祐一も同意した。葛西はうなづいて続けた。

「名前は安田圭介。W大を出た後大手のゲーム会社に就職、その後独立して会社を設立した。このころは順風満帆前途洋々だったんだろうね。だけど、90年代の不景気の煽りで事業に失敗して負債をかかえてしまった。それでも生真面目な彼は自己破産もせずに、単身ほとんど出稼ぎ状態で働いて借金を返していたらしい。でも、夫不在と借金の取立てなどの生活の変化やその不安からノイローゼになった奥さんが、娘を道連れに自殺してしまったんだ。二人の葬儀後、そのショックで妻と子は家出をしたのだと思い込み、探すからと家を出たきり行方不明になってしまったそうだ。母親の死後も彼の親友がずっと探していて、彼の郷里がK市だったのでもしやと思って問い合わせてくれたんでわかったんだよ」

「そうか、それで…、おじさん、今の仲間は家族だからって…、今度は助けたいって言ってた…。おじさん必死だったんだ」

 良夫はそう言いながら下を向いた。両目から大粒の涙がこぼれた。葛西はまたポケットからハンカチを出して良夫に渡した。横で堤が葛西の横腹を小突き、小さい声で言った。

「葛西君、あんたも」

 気がつくと視界がぼやけている。慌てて手の甲で両目をぬぐう。堤は苦笑いをした。

「僕らに何か出来たでしょうか」

 と、祐一が質問した。

「たらればを言っても仕方がないけど、今の話を聞く限りではおそらく彼を救うことは出来なかったと思うよ。ギルフォードさんの口ぶりから、彼は何かの病気だったみたいだし。って、こんなことを言っても君らへの慰めにはならないね」

 葛西は情けない笑いを浮かべて言った。

「だけど、どんな人にも歴史はあるんだよね」葛西は続けた。「死んでいい人間なんていないと僕は思ってる」

「僕たち、きっとあのおじさんのことは忘れません。というか、忘れてはいけないと思うんです」

 祐一は言った。良夫も下を向いたままうなづいていた。葛西は言った。

「そうだね。きっと安田さんも喜ぶと思うよ。でも、あまり思い込まないようにするんだよ」

「はい」

 二人は同時に言った。ギルフォードが言ったように、彼らはこれからが大変だろう。事件に関わった限りこれからも取調べが行われるだろうし、彼らがシロという決定的証拠も無い。心にも大きな傷を負ってしまった。でも、彼らならきっと乗り越えていくだろうと葛西も確信した。


 昼食時、葛西が多美山と署の食堂でごぼう天うどんをすすっていると、堤がやってきて隣にすわった。堤は二人のうどんとかしわ飯(鶏の炊き込みご飯)のおにぎりを見ながら「おいしそう。私もそれにすればよかったな」といいながら、ドンと定食を置いて食べ始めた。食べながら、ついつい例の事件の話になる。

「まさか、容疑者が本当に未成年でおまけに中学生で、そん上に自殺すっとはな」

 と多美山が言った。

「まだ、自殺と断定したわけではありませんよ、多美さん。彼は自首するってメールを祐一君に送ってるんですから」

 葛西は、祐一たちの話を聞いていて、雅之が自殺するとは思えなかった。しかし、多美山は言った。

「そんつもりはあってん、いざとなっと怖くなったとたい。そって発作的に電車に飛び込んだっちゃろう」

 確かにその可能性も考えられる。葛西はそれ以上否定出来なかった。

「でも」堤が言った。「祐一君、とりあえず無事に家に帰れて良かったですね」

 葛西は母親に連れられて署から出る祐一の姿を思い出していた。良夫はあの後学校に向かったが、祐一は家に帰ったほうがいいだろうということになったからだ。葛西は玄関まで二人を送っていった。二人は最後に葛西に向かって同時に深い礼をした。その後祐一は言った。

「葛西さん、いろいろお世話になりました。あなたのおかげで心強かったです」

「何かあったら遠慮なく電話していいからね」

 葛西は言った。祐一はもう一度軽く頭を下げると母子で並んで署を出て行った。正門のところで父親と妹らしき人たちが待っていた。祐一の姿を見つけ、妹は子犬のように駆け寄ると抱きついて泣き出した。

「お兄ちゃん、もうこんなことはせんでね。香菜、心配で眠れんかったとよ」

「こん子がどうしても迎えに行くいうてなあ。しょんなかけん学校ば休まして連れてきたったい」

 父親が言った。そういう父親も会社を休んで来ている。いい家族だと葛西は思った。きっと彼らは祐一の力になってくれるだろう。

「帰ったら、たんとお説教が待っとおけんね」

 母親が真面目な顔をして祐一に言った。祐一は「はい」と小さな声で答えた。それを見た香菜がそっと祐一の手を掴む。二人は仲良く手をつないで帰って行った。 


「ジュンペイ、どげんかしたとや?」

 多美山の声に葛西は我に返った。

「葛西君は時々ぼうってしてるもんね」

 と、堤が言った。

「でも、今日のあの子たちへの接し方は良かったですよ。少年課に来ればよかったのに」

「いや、僕はダメだ、堤さん。僕、本当は子供って苦手で。どう接していいかわからないし」

「へえ、葛西君ってそうなんだ。そんな風に思えんかったけどね。話上手かったし。『どんな人にも歴史はあるんだよね』とか『死んでいい人間なんていないと僕は思ってる』とか、ちょっと前流行ったスピリチュアル系みたいで…」

 そう言いながら、堤はまた笑い出した。

「おいおい、変な宗教に入らんどってくれよ」

 と、多美山。

「宗教といえば…」

 堤が笑うのを止めて言った。

「今、話題になってる新興宗教があるみたい」

「カルトや?」

「う~~~ん、よくわからないんです。ただ、ここ十数年の間に急激に力をつけてきた宗教みたいで、ここK市にも支部があるみたいですよ。教祖は二代目ですがまだ若い男で、世間に顔は一切出してないらしいのですが、かなりイケメンみたいですよ。それ目当てで最近は女性信者が増えているとか」

「堤さん、イケメンってのが気になるんだろ?」

 葛西はからかった。堤はとんでもないと言う顔をして言った。

「何言いよっとね。いくらいい男でも、カルトはご免ばいね」

「そん宗教団体は何ち名前や?」

「う~~~ん、実はよく覚えていないんですが、えっと、宇宙のなんたら…全然違う、たしか地球関連だったような…? 地球のへき何とか…って、いや、意味わかんないし。え~と、何だっけ? とにかく、母なる地球を守ろうって趣旨の宗教団体だったような…」

 はっきりしない堤に葛西が呆れて言った。

「そんなの、ニューエイジ系に掃いて捨てるほどあるだろ。イケメンにばかり気を取られているからだよ」

「情けなかなあ。一度得た情報はしっかり覚えとかにゃ。どんな情報がいつ役に立つかわからんとぞ」

「すみません」

 多美山に言われて堤は少し意気消沈してしまった。多美山はそれを見て笑いながら言った。

「まあ、おまえさんは少年課やし、人それぞれのやり方があるっちゃけん、それに従えばよか」

「そう、そうですよね!」堤はそういうと、湯飲みを手にしてお茶をぐいと飲んだ。

「ばってん、なんか気持ちの悪かなあ、そん宗教団体は」

 多美山は腕を組んで言った。葛西は宗教団体にもイケメンにも全く興味が無かったので、さほど気にすることも無く、おまけで頼んだ一皿に3個のかしわ飯おにぎりの最後の一個を旨そうにぱくついていた。


 葛西がおにぎりを食べている頃、ギルフォードは、勝山の研究室から自分の研究室へバイクを飛ばして向かっていた。由利子はというと、無事に会社にたどり着き昼食を食べ終え、会社のパソコンでお気に入りのサイトを見ながらまったりした昼休みを過ごしていた。彼ら3人は、まだそれぞれの日常の中にいた。しかし、見えない敵はもう、すぐそこまで来ていた。


(「第四章 拡散」 終わり)第5章に続く

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