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朝焼色の悪魔-第1部-  作者: 黒木 燐
第4章 拡散
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2.法医学教室

※これを書いたころは、エボラがパンデミック一歩手前までアウトブレイクするとは考えていませんでした。(2015年4月18日)

※現段階では2014年のエボラ流行には触れていません。(2017年11月3日)

※COVID-19パンデミックにより、この小説はパンデミック発生前の出来事としました。パンデミック後に設定すると、根底から設定を替えねばならず、それが不可能に近いからです。(2020年11月)

「僕がですか?」

「篠原由利子37歳、これが住所と電話番号な」『多美さん』こと多美山のぼる巡査部長はメモを渡しながら言った。

「俺のカンではかなりの美人だぞ」

「美人って電話で声聞いただけでしょう? 第一37歳って完全にオバサンじゃないですか」

「君だって若く見えるがもうすぐ三十路やろ、立派なオジサンやろうもん、葛西純平刑事!」

 多美山は改まって葛西の名を呼んだわりに、ニヤニヤしながら彼の肩をぽんぽんと叩き言った。葛西は『オジサン』呼ばわりされて若干へこんだらしい。もらったメモ書きを見ながら口の中でなにやらブツブツ言ったあとヤケ気味に言った。

「了解しました、多美山巡査部長殿! 自分がこの女性に電話してみるであります!」

「まるでケロ■軍曹やね」

 多美山がぼそりと言った。

「まあ、おまえさんは刑事になって間がないから夢も希望もあるだろうが、実際刑事の仕事なんてなぁ、ひたすら地道なもんだ」

「最近僕もそれがわかってきました」

「そうかそうか」

 多美山は少し嬉しそうに言った。

「君は警官になるのも少し遅かったんだっけ?」

「そうです。1年ほど会社員をやってて、その前は大学の研究室にいました」

「変った経歴やなあ。なんで警官になろうと思ったとや?」

「まあ、人生色々、警官も色々なんですよ」

 葛西は説明するのも面倒くさいので適当に誤魔化した。

「オレ、それ言ったヤツ嫌いなんだよね」と多美山はぼそっと言った。

「じゃ、僕、この人に今から電話してみます」

「おい、ちょっと待たんね」

「はい?」

「彼女は会社員だ。5時過ぎないとケータイには出ないそうだ」

「5時過ぎ…ですか。わかりました、その頃電話します」

「じゃ、もういちどあの少年の話を聞きに行こうかね」

 そう言うと多美山はすたすたと歩き出した。

「彼、何か話してくれるでしょうか…?」

 多美山のあとを追いながら、葛西は午前中のことを思い出していた。


 警察から連絡を受けた担任と校長は、すっ飛んでやってきたがすっかりパニックを起こしていた。担任は若い女性で小柄だがスタイルも良くなかなか美人だった。祐一は取調室の椅子に座ったまま、下を向いてじっとしている。

「西原君は優秀で優しくてクラスでも信頼されている子です。そんなことをしたなんて信じられません!」

「いったい何の証拠があって、我が校の生徒をしょっぴいたんですか!」

 二人は口々に言った。

「本人がやったと自首して来たんですよ。そうなってはこちらとしては取調べをしないとなりませんから」

 鈴木係長が二人に説明をした。鈴木は年のころ40歳くらい、メガネで白髪交じりの髪の、すらりとしたなかなかダンディな男だ。

「それに彼の家と学校にはとりあえず連絡をせねばなりませんでしたので。もうすぐ彼のお母さんも来られると思いますから」

『彼のお母さん』と聞いて祐一の顔がすこし曇った。

「私もこの子がそんなことをしでかすようには思えません。しかし、状況や死亡時刻等が彼の言うことと鑑識の結果と一致してましてね…」

「そんな…」

 担任がオロオロとして祐一に近づいていった。

「西原君、どうしてそんな…? あなた、人に暴力を振るうような子じゃないでしょう…?!」

 彼女はそういうとボロボロと涙をこぼし、泣き出してしまった。祐一は相変わらず下を向いて黙り込んでいる。唇を噛みながら必死で何かに耐えていた。彼は自分が捕まったら必ず雅之が自首してくれると信じていた。校長は担任に輪をかけてオロオロしていた。彼の経歴上初めての不祥事だったからだ。小太りの身体をゆすぶって、髪の薄くなった額の汗を盛んにぬぐいながら、

「私はどうすればいいのでしょう…」

 と、学校長にあるまじきことを口走っていた。鈴木は校長に落ち着くように言い、続けて言った。

「自首してきたのが少年ですし、慎重にならねばなりません。事件の概要がはっきりするまでこのことは伏せておいたほうがいいでしょう」

「はあ…」校長は情けない声で言った。葛西は傍でその状況を見ながら思った。担任の先生がオロオロするのはわかる。まだ若い女性だもんな。しかし、いい歳したおっさんがパニクってるんじゃあねえ…。校長の威厳もクソも無くなってるし、担任もどう対処していいかわからないよな。

 そんな中、祐一の母親がやってきた。あわてて出てきたのだろう、Tシャツとサブリナパンツの軽装で、化粧もしていないが、思いのほかしっかりとしている。

「お世話をおかけしています」

 母親は深々と頭を下げて言った。その後、つかつかと息子の前に歩いて行き、机に両手をつきながら息子の顔をじっと見ながら言った。

「祐一。あんた本当にそんな大それたことをやったとね?」

 祐一は相変わらず黙っていた。母親は軽くため息をついて言った。

「やったならやったで、刑事さんたちに全部お話してちゃんと償いなさい。だけど…」

 母は少し間をおいて続けた。

「後で後悔しないようによおく考えなさい。あんたは何が正しいか良くわかっているはずやろ。どういう結果になっても、かあさんたちは祐一を支えて行くけん」

そう言って母親は彼の頭を軽く叩くと、担任の方を向き深々と頭を下げて言った。

「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。」

 そういうと、また一礼して戸口に向かい、部屋を出る際に三度目の深い礼をしながら

「息子をよろしくお願いいたします」と丁寧に言うと部屋を後にした。

「お母さん!」葛西は驚いて彼女の後を追いかけて声をかけた。

「あれで終わりなんですか? 冷たくないですか?」

 その声に母親は振り向くと、少し困ったような顔で、しかしきっぱりと言った。

「祐一に会う前に、刑事さんからだいたいのお話を伺って覚悟は出来ておりました。祐一は強情なところがあって、ああなるとテコでも動きません。こうなったらあの子の思うようにやらせるしかありません。それに…」と、かすかな笑顔で続けた。

「あそこで私までパニックになったら収集がつかなくなるでしょう?」

 確かにそんな状態だった。

「あの子は正義感の強い子です。多分祐一には何か考えがあるのだと思います」

 冷たい親かと思ったら、実はとんでもない親馬鹿だった。葛西は面食らいながら言った。

「えっと、だからといって…」

「刑事さん」

 母親は葛西の言葉を遮って言った。

「祐一のこと、よろしくお願いいたします」

 彼女は葛西にまで深々と頭を下げるのだった。


「なあ、ジュンペイ」多美山の声で葛西は我に返った。

「この事件、最初から未成年がらみな気がして嫌な感じがしとったっちゃけど、まさか犯人に中学生が名乗り出るとはなあ。嘘であって欲しいよ、まったく」

「そうですね。何かの間違いであってほしいと僕も思います」

 本当にそうであって欲しい…。葛西は祐一の母の顔を思い出しながら心からそう思った。




「日本の解剖はダイタンですね」

 ギルフォードは執刀医である勝山教授のメス裁きを見ながら言った。ところはK大の法医学教室。彼は勝山教授に頼まれて司法解剖に立ち会っていた。

 アメリカの場合はまず首のところをV字に切開しそこからY字になるように胴体の中央をまっすぐに切開するが、日本の場合のどからI字で一気に切開する。どちらもへその部分を迂回するのであるが。アメリカ様式は、埋葬時に出来るだけ衣服から傷が見えないようにという配慮の為だ。火葬と土葬の違いからかも知れない。

 執刀医の勝山に補佐の医師が二人、そして写真係と記録係、そして警察の立会いが4人。それにガタイの大きいギルフォードまで立会っているのだから、室内は満杯である。全員が手術衣に帽子、マスク・ゴーグルそしてラテックスの手袋をつけた重装備であった。

 解剖記録を撮影するシャッター音が響く中、勝山は手を休めずに言った。

「ギルフォード君、よく見ていてくれたまえ。君を呼んだ理由が分かるはずだ」

「それ以前に、皮膚に点々としている発疹というか斑点に嫌な予感がするのですケド。死斑や腐敗網とは違いマスよね…」

 ギルフォードは眉間にやや皺を寄せながら言った。

「まあ、見ていなさい」と勝山。

「はい、よく見てますよ。解剖は苦手なんですケド」

「君がか?」勝山はちらとギルフォードを見て言った。マスクで表情は読み取れないが目でにやりと笑っているのはわかる。

「押しつけられた場合は特に」と、肩をすくめてギルフォードが答えた。勝山はそれを受け流して説明をはじめた。

「アメリカ式のY字切開よりも、この正中切開の方が見やすいからね、日本ではこっちが主流さ。ところで、この遺体には右横腹と右ほおに挫創があるが、とてもこれが致命傷には思えないだろ」

 勝山は着々と手を進めながら、淡々と言った。

「そうですね。これはそんなに力のある人間の仕業ではないカンジです」

 ギルフォードは同意した。見る限りこの外傷では死因たりえない。とすると真の死因は何か。

 作業は着々と進み、腹膜が切り開かれ内臓が露出した。「なんですか、これは!」写真担当の医師が、カメラから顔を上げてさけんだ。

「本当にこれが死亡後比較的早く保存された遺体なんですか!?」

 そこにあるのは見慣れた臓器ではなかった。血液の袋のようになった肝臓が破裂して、腹腔がどす黒い血だまりになっていた。腐敗した血液の臭いが鼻を突く。すい臓も胆のうも溶けかかったようになっており、胃や腸にもうっ血が見られた。おそらく胃腸内部も黒い血で満たされているだろう。

「これでは臓器が取り出せません!」助手の一人がひっくり返った声で言った。

「これだよ」勝山はギルフォードの方を向いて言い、その後全員に向かって説明した。

「これではこの肝臓はほとんど機能していなかっただろう。そこに衝撃が加わって破裂し、大出血をおこした。そのせいでショック死した可能性がある」

「では、この男に傷害を加えた者が殺したというより、それが誘引となって死に至らしめたと?」

 警察立会人の一人が言った。鈴木係長だった。

「おそらく、この男が死ぬのは時間の問題だっただろう。残りの3体も体内はおそらくこういう状態ではないかと思われるね。それから、挫創は被害者の右側に集中しているから、犯人は左利きである可能性も考えたほうがいい」

「いったい、これはどういうことなんですか?」

 と、もうひとりの警官が言った。こちらは葛西に後を任せて出てきた多美山だ。遺体を見慣れているはずの捜査第一課の刑事の顔が引きつっている。

「だから、今言ったように犯人が左利きだから…」

「それはわかってます。じゃなくて、なぜこの仏さんの腹の中がこんなことになってるのかと聞いとるとです」

「だからギルフォード君に来てもらったんだ。彼はこういう遺体になじみが深いんでね」

 勝山はギルフォードに話を振った。ギルフォードはやや血の気の引いた顔で突っ立っていた。実は手のひらに大量の汗をかいており、出来るならここから逃げ出したいと思っていた。

「断定は出来ませんが、私の所見では、これは…・・」

 声がかすれ、ギルフォードはかるく咳払いをして言葉を続けた。

「ある種のHemorrhagic feverの患者の遺体を解剖した時によく似ています」

「へまあじっくふいーばあ?」

「ヘムリジック・フィーバー。出血熱だよ」

 それを聞いたとたん、勝山とギルフォード以外の人間が全員遺体からザッと遠ざかってしまった。

「すみませんカツヤマ先生、ビックリして日本語の病名がトンでしまいました。みなさん、大丈夫です。これがもし出血熱でも、我々のこの装備ならまず感染るコトはありませんし、この部屋も病原体の漏れないようなつくりになっているハズです」

 ギルフォードが皆を落ち着かせようとして言った。勝山も続ける。

「まあ、わしがこの血のついたメスを振り回して踊り出せば別だけどね、おそらく空気感染はしないと思うよ。これがもし空気感染するなら、犠牲者はすでにとんでもない数になっている筈だ」

("それじゃフォローになってねぇよ,ドクター….")ギルフォードは心の中で突っ込んだ。

「出血熱って…エボラですか?」鈴木は思い直したように一歩前に出て尋ねた。

「一口に出血熱と言っても沢山ある。例えば黄熱病・デング出血熱・ラッサ熱。エボラは君でも知っているくらい有名だが実は珍しい病気だ。なにせまだ宿主が見つかっていないのだからな。アフリカで時折アウトブレイクを繰り返しているようだが、あれは医療設備の貧困によるものだ。日本で同じことは起こらないはずだ。この仏さんの死因がなにかはもっと詳しく調べないとわからんよ。ひょっとしたらなんかの毒物かも知れんし。とりあえずこれ(解剖)を終わらせないと埒があかん。より慎重に進めよう。刃物で負傷しないように気をつけてな。ひょっとして病原体はまだ生きているかも知れん」

 肋骨を慎重に取り外し、肺と心臓も露出した。こちらはそこまで冒されていないようだった。特に心臓は綺麗だった。しかし、凶悪なウイルスの可能性があるのだ。他の遺体とともに詳しく調べるまで安易な判断は出来ない。取り出せる臓器は取り出し重さを量り、サンプルをとる。

「あまり便の臭いはしませんね」と撮影係。

「ああ、多分みんな出てしまったんだろう」

 教授の答えの意味が分かり、警官達は眉をひそめた。恐ろしい感染症に罹っているかもしれない男の排泄物が市内の下水に流されたかもしれない。いや、下水ならまだ良いが、もっと最悪な場合も考えられる。

 頭皮が切り開かれ、頭蓋骨の上半分が外され脳が露出した。さすがの勝山も頭蓋骨を切る作業は慎重に慎重を重ねた。

「鋸で指を切るなんてセオリーは嫌だからね」

 勝山は真面目な顔で言った。この男、何処までが本気かわからないのはギルフォードと似たもの同士のようだ。しかし、脳の状態を見てその二人は顔をしかめた。脳の中も赤黒い血で満たされ脳本体も腫れていたのだ。勝山は言った。

「この状態では、脳もまともではなかったようだな。なんらかの神経症状を起こしていたんじゃないかと思うが」

「そうですね。私の見た出血熱の患者も症状が進むと精神障害を起こしていました」

ギルフォードが続けた。心なしかギルフォードにいつもの余裕が感じられなかった。むしろ、何かを抑えるために必死で自制しているようにすら見えた。


「もし、これが出血熱のような感染症で、すでに拡散しつつあるのなら、恐ろしい事態を招くことになるカモしれません」

 司法解剖を終え、その説明中ににギルフォードが言った。

「ちょっと待ってください!」鈴木が言った。

「実際にこれが伝染する病気かどうかはまだわからないのでしょう? まだわからない段階では手の打ち様がありません。下手なことを発表して起こるパニックのほうが恐ろしいです」

「確かにパニックは怖いですケド…」

 ギルフォードが言いかかると、勝山が遮るように言った。

「今わかっていることは、浮浪者が集団異常死をしたということだけで、それが果たして感染症で飛び火しているかどうかもわかっていないんだ。今出来ることは遺体に接触した者達の健康状態の追跡調査と、F県K市やその周辺の病院に急な高熱で運び込まれた患者を報告させることだ」

 その言葉に警察側が騒然とした。

「警官や救急隊員の追跡調査なら何とかなるだろうが、一般市民となると不可能だぞ」警察側の1人が言った。助手の医師も口を挟む。

「急な発熱と言っても色々あるし、特に大きい病院の場合1日何人そういう患者が来るかわかりませんが…」

「警官と救急隊員の追跡調査と、病院の定点観測だけでもナントカするべきだと思います」

 ギルフォードは強く言った。勝山も続ける。

「集団死の原因が感染症かどうかの追及と医師への伝達は、こちらで全力をつくそう。そちらも色々忙しいのは承知の上だが、追跡調査だけでもやって欲しい。」

「わかりました。こちらも出来るだけ全力を尽くします」

 鈴木は言った。

「ところで…」鈴木がギルフォードの方を見て言った。「こちらの方はどなたでしょうか?」

「ああ、すまんね。彼は少し遅れて来たので紹介し損ねていたよ。彼はアレクサンダー・ライアン・ギルフォード。Q大学の客員教授で専門は公衆衛生とウイルス学。専門上バイオテロにも詳しいので、米国の炭素菌テロを受けて日本政府にバイオテロの顧問として招かれてね」

それを聞いてギルフォードが少し嫌な顔をした。

「おお、バイオテロの…。」

 再び周囲がざわめく。

「で、日本政府に招かれた方が何で九州で客員教授を?」多美山が素直に疑問を述べると、ギルフォードはさらに顔をしかめて言った。

「双方の意見の不一致です」

 多美山は自分が地雷を踏んだのがわかったのと、外国人から『双方の意見の不一致』という流暢な日本語を聞いたのとで苦笑いをした。勝山はその状況を見ながらニヤニヤしていた。気まずい雰囲気を挽回すべく、ギルフォードと警官達はお互いを紹介しあった後、しばし談笑してお茶を濁した。


 解剖が一段落し、ギルフォードは勝山の部屋で遅いティータイムをしていた。

「カツヤマ先生、何でこの事態を察して僕を呼んだのですか?」

 ギルフォードが怪訝そうに勝山の顔を見ながら言った。

「5日前だったかな、C川から上がった遺体を解剖していたんだが、それが内臓だけ異様に腐敗していてね。」

「ああ、あの損傷が激しくて他殺が疑われたあれですね」

「そうだ。ただ、遺体の見つかったのが川の中でだいぶ食い荒らされていた上に、急な気温の上昇で腐敗も進んでいたし、暴行の証拠も発見出来なかった。それで、酩酊した浮浪者のドザエモンということで終わってしまったんだが、どうも内臓の様子が気になって仕方がなかった。それで、今回の事件さ。実は他の4遺体も外傷はないとニュースでは言っていたが、かなり異常な状態でね。検死結果が死後数時間から半日だったんだが、表皮がぶよぶよになっていて、1体は身体の一部が腐敗して崩れかかっていた」

「なんか嫌な予感しかしないのですが」

「そういう訳で、君を呼んでみたのさ」

「あのね、そういうワケって…」

「で、君はどう思う?」

 と勝山が間髪入れずに訊いた。

「たしかに奇妙ですが、他に感染者が出るか病原体が見つからないかぎり何ともいえません。しかし、それが存在するなら、いずれ大変なことになるでしょう。そうでない事を祈るだけです」

 ギルフォードは肩をすくめて言った。


「係長、今日出頭してきた少年のことは言わなくても良かったとですか?」

 司法解剖を終えた帰り道、運転をしながら多美山が尋ねた。

「まだ存在するかどうかわからない伝染病のために、ことを荒立てたくなかったんだ。彼は中学生だし学校が対象となるとややこしい展開になる」

「まあ、あの調子だと学内の追跡調査までしろと言い兼ねない感じでしたからね」多美山の隣に座っている警官も続けて言った。

「まあ、そうですよね」多美山は答えた。「それに、彼は健康そのものでしたし」

「とりあえず、今現在この事件の糸口は彼しかいないんだ。出来るだけ彼から話を聞けるようにがんばってくれ」鈴木は多美山に言った。

「もちろんです。あと、葛西君が今日夕方に『犯人を見たかもしれない』と昨日電話してきた女性に連絡をとる予定です」

「あてになるのか?」

「わかりませんが、彼女は人の顔を覚えるのには自信があると言ってました。人の顔は絶対に忘れないそうです」

「ほう。それが本当なら刑事向きの人材だな」

「あいにく37歳なので、年齢制限にひっかかりますな。」

「そうかぁ、う~~~ん、それは残念だ」

「本気で残念そうな顔をしないでください。ミラーに映ってますよ」

 多美山が言うと、車内に笑い声が広がった。


「クシュン!」

 由利子がくしゃみをした。

「篠原さん、だれか噂しとぉとやないですか?」

 辻村がからかった。

「古臭いこと言わないでよ。3回続けたら『ル○』3錠飲まないといけないじゃない」

 由利子が言うと古賀がそれを受けて言った。

「篠原君、『くしゃみ3回ル○3錠』もずいぶん古かぞ。それより…。」古賀はみんなに向かって言った。「今日5時から会社の方で社員全員に話があるそうだ。帰らずに会議室に集合してくれだと」

「えええ~?」

 課内にブーイングが巻き起こった。

(テキは早めに仕掛けてきたな)由利子は思った。(あ~~~あ、憂鬱。嫌な予感がする)

 5時になり、由利子が会議室に行こうとすると彼女の携帯電話が鳴った。番号を見ると下3ケタが110だった。げっと思ったが、自分から連絡したことなので由利子はしぶしぶ電話に出た。

「もしもし?」

「もしもし、え~と、篠原由利子さんでしょうか?」

「はい、そうですが…」

「こちらK署の葛西と申しますが、ホームレス殺害事件について情報を頂いたそうで…」

(あ~、またこんな時にかかってくんなよ)由利子は昨日電話したことを後悔した。

「すみません、今から会社の話があるそうなんで…。後でこちらからお電話しましょうか?」

「ああ、申し訳ありません。かけていただいてよろしいですか?」

「この番号にかけ直していいですか?」

「はい、何でしたら、こちらからすぐにかけ直しますから、よろしくお願いいたします」

 電話はすぐに切れた。由利子は電話を切りながらため息をついていたが、両手で頬をパァンと叩き、気合を入れて会議室に向かった。

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