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朝焼色の悪魔-第1部-  作者: 黒木 燐
第3章 潜伏
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3.水面下

 由利子はそのままどさっと寝っ転がり、ベッドに大の字になった。その状態でしばらく天井を睨んで何か考えていたが、不意に起きあがった。そして、勢いよく椅子に座りなおすと机に向かい、パソコンを立ち上げた。気分転換にメールとブログのチェックをしようと思い立ったからだ。

 メールの方は、ほとんどメールマガジンとスパムだった。まったく何もメールが来ないのは寂しいのでメルマガも「枯れ木も山の賑わい」だが、スパムはうざったいだけだ。迷惑メールは振り分けるように設定しているのだが、それでも何通かはセキュリティーをかいくぐって入ってくる。

「バイアグラなんていらんっつーの! 日本語で送ってみろってんだ、腐れスパマー!」

 由利子は英文スパムに恒例の文句を言いながら受信拒否の設定をした。それでも英文なら意味がストレートに通じないから良い。腹が立つのはタイトルから不愉快な言葉を並べ立てる日本語のスパムだ。それにしても、スパム送信者はネット人口の半分は女性であるという認識がないに違いない。一連の迷惑メール撃退作業を終えたら次にブログのチェックだ。いくつかコメントがついていた。各コメントをチェックしていた由利子は、あるコメントを見て、少し眉間にしわを寄せて言った。

「こいつ、また来てるよ」

 それは、何時ぞやのインフル完治報告エントリーを書いた時、謎のメッセージを残していた『アレクさん大王』なる人物だった。彼(彼女)はあれ以来よくコメントを残すようになったが、大概は意味不明の妙な文章だった。最初は割と普通だったのだけど。なんとなく鬱陶しくなった由利子は、とうとう彼(彼女)に投稿規制をくらわせることにした。

「そ~れ、投稿規制フラッシュ! ざま~みれ!」

 由利子は更新をクリックしながらパソコンの画面に向かってかかかと愉快そうに言ったが、猫たちがモニターの両サイドに狛犬よろしく座って、不思議そうに彼女を見ていることに気がついた。なんとなくばつの悪さを感じて苦笑いした。

「さ~て、晩ごはん作ろ! 今夜は豚肉のしょうが焼きとサトイモの煮っ転がしだぞぉ」

 由利子は2匹の猫の頭を両手でかいぐりかいぐり撫でながらそう言うと、立ち上がってキッチンに向かった。その後を猫たちが追う。彼女らも晩御飯が欲しいらしい。まあキッチンとはいえ、1Kのいわゆるマンションとは名ばかりのアパートだから大きさもたかが知れているのだけれども。

 キッチンに入ると、冷蔵庫の前にスーパーで買ってきたものが、袋に入ったまま放置されているのが目に入った。

「しまった! すっかり忘れていた!」

 由利子は慌てて中身をしまいはじめた。帰るなり放り出したのをすっかり忘れていたのだ。由利子には珍しいことだった。


  


 雅之は異様な倦怠感に襲われて早めに床についていた。何もする気がしない。そのくせなかなか寝付けなかった。そのため、ベッドの中で丸くなりながら、今日のことを徒然に思い出していた。


 学校から帰ると、案の定母親の美千代は居なかった。夕方には帰るという走り書きを残していた。しかし、雅之は内心ホッとしていた。最近どうも母親の顔を見るとイライラする。特に今日は。

 美千代の様子がおかしくなったのは半年くらい前だ。どうも浮ついた雰囲気で、時々ぼーっとしている。父親は単身赴任で3年前から大阪に住んでいる。仕事が忙しいのと旅費節約のため、家に帰って来るのは月1土日を利用して帰ってくるのがせいぜいだった。そのせいで、最近両親の仲がしっくりしておらず、3人家族の筈なのに、雅之は深い孤独を感じていた。

 美千代は書き置き通り夕方、しかし、すっかり日が落ちてから帰って来た。手にはデパートの袋を下げている。その中には、デパ地下の惣菜が詰まっていた。

「ゴメンねえ…、つい話し込んじゃって。遅くなったからデパートのお総菜で我慢してね」

 と言いながら、美千代は居間でテレビを見ている雅之の横にすわり、惣菜を広げ始めた。彼女が座った時に、かすかに煙草の臭いがした。雅之は尋ねた。

「喫煙席におったと? 母さん煙草吸わんけんいつも禁煙席におるやん」

 美千代は少し驚いたようだが、とりたてて何もなかったかのように言った。

「うん、喫煙席しか空いてなかったの。友だちがとにかく座りたいっていうもんだから、仕方なく空いている席に座ったのよ。ほんとにもう、最近煙草吸う人減ってるんだから、もっと禁煙席を作るべきよね」

 美千代は東京生まれで、プライドも高く、F市に住んで長いのに絶対に方言は使わなかった。多分一生どころか死んでも使わないだろう。

「中華のバイキングやってたの。まーちゃんの好きな福樂飯店のよ。だから、たくさん買ってきちゃった」

 美千代は嬉々として戦利品を広げていたが、雅之はその臭いを嗅いでウッとなってしまった。母親が心配するので何とか胃袋に押し込んだが、せっかくのご馳走なのにまったく美味しいと感じなかった。ひょっとすると昨日の事件のせいかもしれない。そう言えば…。


 今日は、昨日の事もあって祐一と一緒に帰ったのだが、祐一が腹が減ったというのでハンバーガー屋に寄ったのだ。しかし、雅之は自分に食欲がまったくないことに気がついた。それまでは特に気分が悪いとは感じなかったが、店に入った途端臭いで気持ち悪くなってしまった。それで、祐一に店内ではなく、テイクアウトして外で食べようと提案したのだった。


「あのさ…」

 駅ビルと近くの商業ビルをつなぐ人工地盤にある広場のベンチで、ハンバーガーを食べ終わると祐一が言った。

「今日、ヨシオが来とらんかったやろ? 電話したら、朝から熱を出したらしい。お前は大丈夫か?」

「うん…」

 下を向いたまま雅之は答えた。本当は自信がなかったのだが。それを聞いて、祐一は少し安心したらしい。

「そうやな。昨日のあれじゃ、気分が悪くなってもしゃあないな。ヨシオは気が弱いしなあ。オレも眠れなかったもんなあ…。実はほとんど寝とらんっちゃんね…。やけん、今日は休みたかったっちゃけどな。ったくもー、公立やったら休みなのになあ」

 といった後、祐一はしばらく考えていたが、意を決したように言った。

「昨日のアレな、…やっぱ、警察に行って事情を話すべきやと思う…」

 雅之は、半分ほど食べたハンバーガーを持て余し、冷たいコーラを少しずつ飲んでいたが、ぎょっとして祐一を見た。

「雅之、な、今から駅前の交番に行かないか? オレと一緒に事情を話しに行こうや。オレな、さっき職員室に行った時見たニュースで昨日の件やっとって、結局あそこで4人死んどったらしい。このままやったら4人ともオレらのせいにされてしまう。…それにオレな、あのオッサンが死んだのは雅之のせいやないと思う。アレはやっぱ何かの病気やったって…」

「待てよ、祐ちゃん!」

 雅之は祐一の言葉を遮って言った。

「嫌だよ、例えそうでもオレがオッサンに怪我させたのは事実やろ、結局オレは捕まるっちゃろ?」

 祐一は黙っていた。何か言いたいけれど言葉が見つからないようだった。

「祐ちゃん、祐ちゃんはオレの味方をしてくれるって思うとったのに!」

 雅之は立ち上がって叫んだ。

「味方だよ! だから…」

「もう、オレに構わんでくれ! さよなら!」

 そういうと雅之は祐一の元を立ち去った。祐一は驚いて立ち上がったが、後は追って来なかった。ただ、立ち尽くしたまま雅之の方を見ていた…。


「祐ちゃんがあんなこと言うなんて…」

 雅之はゴロンと寝返りをうって反対向きになりまた丸くなった。胎児のような寝方だった。あのあと、祐一からの連絡は何もない。

(オレ、これからどうなるのかな…)

 漠然とした不安が雅之を襲った。とにかく無理やりでも寝よう。しかし、彼には電気を消すのが恐かった。消すと「あれ」が出てきそうで怖かったのだ。それで、雅之は布団を被って目をぎゅっとつぶった。精神的にかなり参っていたのだろう、しばらくして雅之は深い眠りの谷に落ちて行った。


20XX年6月2日(日)


 翌朝、日曜なのに雅之はいつも通りの時間に目が覚めた。早く寝たせいか、昨夜感じた倦怠感はすっかりなくなっていた。ただ、何度も嫌な夢を見たが、眠りが深かったせいかよく思い出せなかった。

 昨日は何もせずに寝たので、今日は朝のうちに宿題をすませておこうと起き上がり、窓を開けた。今日は昨日に比べると薄雲っていたが、それでも雅之は目の奥に痛みを感じて目を押さえた。良く寝たのに変だなと思ったが、きっと起きてすぐだからだろうと自分を納得させた。


 由利子は、寝る前に予定した通り8時におきて鼻歌交じりに窓を開けたが、外を見てがっくりした。昨日はあんなに快晴だったのに、薄曇で空がかすんでいる。ニュースでは大陸から大量の黄砂が飛んできていると伝えていた。

「あああ、洗濯…」

 やっぱり昨日しとけばよかったと後悔したが、後の祭りだった。室内干になる可能性もあったが、仕方なく洗濯機に汚れ物を放り込んだ。


 さて、その日の昼下がり。


「オー!」

 F市内のとある大学の研究室で、パソコン画面を前にして大男が大袈裟に額に手を当てて言った。歳の頃は40代前半、白衣の下に黒いハーレー・ダヴィッドソンのTシャツを着て、年代物、すなわち、色あせたボロボロのブルージーンズを履いている。さらに足元を見ると裸足でサンダルを履いていた。肩より少し長い濃い目の金髪をひっつめて後ろに束ねている。黒い細縁のメガネの下に見える眼はグレーがかった緑色で、日に焼けてはいるが、その容貌はどう見てもアングロサクソン系である。

「参りましたね、投稿禁止にされてます」

 と、彼は見かけによらず流暢な日本語で言った。

ついに第2の主役、真打の教授登場です。

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