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広寒宮-横濱奇譚-  作者: はぐれイヌワシ
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ヒイラギ屋敷

「…いって~~タオ、大丈夫か!?立派な邸だと思っていたら…」

動ける事が奇跡である。

「先輩こそ、移籍するかもって時期に怪我なんてしたら…」


「おまえら、まわり、みろ。わなだ」


彼等の背後で、桂花が凄まじい殺気を感じ取っていた。


「周り…?」

三村とタオが辺りを見回すと。


「ひっ…!」

タオは、震え上がった。

―――三村は、この光景に既視感を感じた。


昨日見た、あの怪物じゃないか。

その怪物の下に横たわっているのは―――裸の、人間??


何処かで、扉が開く音がした。

「―――人の世は、あさましきものよ。僅かばかりの生の中で、互いに喰らい合うばかりだ」

上方から、声がした。


「誰…」

「ああ、名乗るのを忘れていた。私がここの主、張だ」


そう言って、張は、三村達から見える所まで歩んだ。

男とも女ともつかぬ声音と、美しい容姿であった。


「その獣どもは、かつて人であった者達だ。その下の骸と同じ、な」

「人…!?」


「私の生まれた地の民は、遥かな昔から、富貴を夢見て未踏の地へ旅立つ者が多い。無論、その全てが祖国から許しを得た者とは限らぬ。この国に於いても、そういった哀れな同胞が数多い。そして、案の定追われる身となった者共に、私は選択肢を与えるまでだ」

「―――選択肢って」


「そなたの予想通りだ、三村敦宏。私は嘗て因縁有りて、月に住まう嫦娥が飲んだ薬を手にした。

だが、周知の通り嫦娥は天に帰れなかった。

そこで私は、生きて天に向かわんが為にその薬を治験する事にした―――『私の元で働けば、何れ日の元を歩める身となれるぞ』―――と誘惑してな。断らぬ者は、いなかったな。皆、咎人の身分から逃れたかったのだろう」


「その末路が、これなわけ?」

どうして自分の名前を知っているかは、いい、多分、朱から聞いたのだろう。


「嫦娥の薬には、重大な副作用があってな。服用した者は、確かに老いる事もなく、多少の外傷は即座に回復してしまう。

しかし―――例外なくその者達の様に、人の姿を失ってヒキガエル色の異形となり、人の頃の記憶を忘却し、人の血を只管に求める修羅となってしまうのだよ」


「じゃあ、選択肢ってのは―――」

「まず今のそなたらの様に、異形の中に放り込む。そして、『このまま異形に殺される』か『嫦娥の薬で異形となる』かを選ばせる。

奪われる者のままで死ぬか、奪う者となって生きるか。

薬を飲んだ者達の中には運良く、人の形と記憶を留める者も稀にいる。そういう者は晴れてこの邸の使用人として正式雇用となり、時たま外出を許して―――」


「お前らだったのか!!最近の吸血鬼騒ぎは!!」

「そう頻繁に同胞はここを訪れないから、彼等も何れ飢える。マスコミも警察も恐れつつ、吸血鬼なんぞ本気でいるとは思ってもいないし、思っていたとしても明るみになれば世はどれほど乱れるか。それに、広寒宮は中華街でも老舗だ。疑う者はいまい」


「―――なあ、あんたさっき、『追われる身の同胞』と言ったよなあ。それって、桂花と違ってパスポートもビザもなしに日本にやって来た中国人が治験の対象って事だろう?俺の名前を知っているって事は、俺の職業も知っているよな?俺、TVにも雑誌にも結構出ているし、現役の『サッカー日本代表』がこんな怪事件に巻き込まれて行方不明にでもなったら、いくら何でもみんな騒ぐぜ」


「私は、お前に取引を持ち掛けているのだよ」


「何で俺n―――」


背後で、何かが跳躍した。

振り向くと、桂花がタオを襲おうとしていた異形の首を飛ばしていた。

「桂花!!」


「ほう、今はその様な名を名乗っているのか」

張が驚嘆した声で言った。

「そ奴―――お主が『桂花』と呼ぶ男―――は、少々特殊でなあ。私が持つまがい物の薬ではなく、副作用の少ない純正の薬を口にしたと見えるのよ。見れば、そ奴はたった一人の女を何百年も守り続けているではないか。祖国も、生家も、何もかもを打ち棄てて、な」


「何百年?」

え。こいつの実年齢三桁越え?

というか、『純正の薬』って――――


「よもや、そ奴がその異形と同類と知らなんだか」



そんな―――ある程度予想はついていたけど―――想定していた以上の答えを返された、

まるで、弾道は読めたものの指の遥か先をボールがすり抜けてゴールラインを割っていったゴールキーパーの様な気分だ。


「こ奴の身辺を洗い、こ奴の身を手中にすれば純正の薬に近付けると思ったのよ」

「桂花を手中にして純正の薬を手に入れて…どうする気だ」


「どうするか?私は天に昇りたいのだ。こ奴とその女がどうなっても、知った事ではない。

そもそもこ奴こそが、我が国を夷狄の手に受け渡した元凶なのだからな」


―――元凶?

―――桂花の奴、スパイ活動でもやっていたのか??


あ、でも実年齢三桁越えならもう現代中国とは限らんよな。


「―――兎に角、お主ら二人は最早人の身でこの邸を出る事は叶わぬ身だ。運が良ければ、純正の薬を授けてやろう、三村あ―――」


ふざけるな。

俺は生き血を食らう化け物なんぞ真っ平御免だ。

化け物と言っても、元は人として生まれた者達ではないのか。

その人を原型を留める事無く変形させるのは、あんたじゃないのか。


あんたの方が、よっぽど化け物だよ。

やっぱり人が、一番怖い事するんだな。


「―――ここの出口は、後ろのドアっぽい奴か?」


なんだ。ドアならボタンを開ければ開きそうじゃないか。


「朱、そこのボタンを頼む」

朱―――こいつも人なのかどうかにわかに怪しくなってきた―――がボタンを押すと、ドアは簡単に開いた。


三村とタオ、それに桂花は出口に飛び込んだ。


が―――今度は廊下の両脇から、刃が突き出た。

「出してやるとは、一言も言っていないぞ」

ドアが開くと同時に、サイレンが鳴っていた。


使用人らしき者達が一斉に飛び出した。


「おまえら、おれのちかく、はなれるな」


三村の方に、使用人が突進してきた。

近くの戸棚にあった高そうな磁気の壺を、ロングスローの要領で思い切り投げつけた。

磁気は粉々に割れ、使用人の顔に破片が深く突き刺さった。


のだが。

破片は傷口から吐き出される様に落ち、傷口も瞬く間に塞がった。


「まともに、あいてに、するな!そのうち、おまえら、しんでしまう!」

桂花が、徐々に本性を現し始めた使用人の首を、次々と刎ねていく。


タオが、何かに滑って転倒した。

すかさず、異形が飛び込んでくる。

しかし―――


「桂花!!」

桂花がタオに向けられていた攻撃を受ける形で防いだ。


「桂花さん…?」

あらかた、異形は首とその下に分離されていた。

三村が、タオが足を滑らせた物を拾い上げる。


美しい刺繍を施された、鞠であった。

不思議とこの惨劇の場にあって、血糊一つ付いていなかった。


「でぐちだ!!」

胸に幾つもの穴が開いたままの桂花が三村とタオを両脇に抱えて、開け放たれたままの出入り口に飛び込もうとした、その刹那。



「国を棄て、一族を棄てて、今度は女も棄てるのか?――――呉三桂!!」



桂花が二人を抱えたまま、一瞬振り返った。

その一瞬を、彼等は逃さなかった。


朱が抱えられた三村の心臓めがけて飛び込んできた。

異形の爪が、三村の胸を引き裂いた。


桂花が朱の顔を払い、走り出した。

「くるま、かぎ、あけろ」

三村がポケットから鍵を取り出し、車のドアを開けて運転席に飛び込んだ。

続いてタオが助手席に飛び込んだ。


桂花が追っ手が来ないのを確認して、後部座席に乗り込んだ。

後ろのドアが閉まったのを確認して、三村はアクセルを一気に踏み込んだ。


***


「逃がしたか」

張は、顔が血塗れのまま許しを請う態勢の朱に告げた。

「まあよい。あいつの虎児は得たのであろう?

―――奴は必ず、虎穴へ戻って来る。その時は改めて丁寧にもてなしてやろう」


そう言って、朱から受け取った冊子上の物から、紙を取り出し、張は不敵な笑みを浮かべた。


***


「ひとまず、俺のマンションまで飛ばすぞ」

幸運にも、渋滞には引っかからなかった。


「桂花さん…、大丈夫ですか?」

異形の爪複数本に串刺しにされたのだ、大丈夫である訳がない。


ところが。

「あれっ?…えっ?」

スーツの穴あき部分からは血に塗れていたが、傷口らしきものが見つからない。


タオの不審がる目に気付き、言った。

「…こいつの家に戻ったら、全てを話す。到底お前らが信じるとは思えん話だがな」


そう語る桂花―――張に『呉三桂』と呼ばれた男―――の瞳からは、三村とはまた違う、尋常でないものを感じ取った。


もし、(アレな例えですみませんが)現役のサッカー日本代表(国内組)が、

全身の血を抜かれる不審死を遂げたら、どういう風に報じられるんでしょうね。


明末には、蹴鞠は女性のものだったそうです。

そして、清代に中国の蹴鞠は途絶えたそうです。


『レッドクリフ』で限りなくサッカーに近い蹴鞠の場面がありますが、あれは意外と史実に近いそうです。


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