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広寒宮-横濱奇譚-  作者: はぐれイヌワシ
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桂花香

※グロ大あり。精神的グロもあり。

※微妙に改変していますがサッカー系の固有名詞で実在する、或いはしていた彼是を想像しても詮索しないで。

※どう出だしを書けばいいかわからなくなったのでポーの《アナベル・リー》のパロ(つまり原詩とは完璧に違う意味の和訳)で濁す。




遠い昔の話です 海のほとりの高い丘

一人の少女が住んでいた その子の名前はANABEL LEE

いつも心に思うのは愛することと愛されること


僕も幼く彼女も幼く 海のほとりの高い丘

愛するほかは知らなかった 僕と僕のANABEL LEE

三本足の鴉さえ 僕らの愛をうらやんだ


そしたら昔の話です 海のほとりの高い丘

雲が木枯し吹きつけた 僕の美しいANABEL LEE

そしたらえらい親会社 あの子をたちまち連れ去って

お墓にぴしゃり閉じ込めた 海のほとりの高い丘


上の鴉は寂しくて 僕とあの子を妬んでいた

そう、すべてはそのせいで―――ご存じ海のほとりの高い丘で!

夜通し吹いた木枯らしに殺されたANABEL LEE


けれど僕らのその愛は 誰よりもずっと強かった

僕らより齢を重ねた協会よりも

僕らより訳知り顔の親会社よりも

だからお空の鴉でも 海の鴎でも

けして僕とあの子の魂を引き離せないANABEL LEE


月輝かずとも 僕は夢見る かの美しきANABEL LEE

星出でずとも 僕は輝かしき瞳を想う かの美しきANABEL LEE


だからこの夜が更けるまで 僕は君の傍らに横たわろう

我が生命 わが愛しきひとよ


君のいるあの海のほとりの墓で 君と僕を隔てる海鳴るほとりの奥津城で


***


1999年7の月、空から恐怖の大王は来なかった。

西暦の千の位が2になっても、コンピュータは狂ってくれなかった。


結局、世界には何事も無く21世紀がやってくるようだ。


2000年12月29日、夕飯時の横浜。

この街に存在するJリーグのクラブチーム、横浜V・ピラッツ所属の三村敦宏は高校の後輩が経営する中区・寿町の小さな中華料理店へ向かう為に都筑区の自宅のマンションから真紅のフェラーリを走らせた。


***


「―――吸血鬼?ドラキュラとかそういうの?」

「そうでしょー!新聞じゃ『横浜・寿町で謎の連続殺人』とか書いていますけど、昨日うちに来た県警の鑑識の人に聞いたら、

『犯行現場に被害者の血は殆ど残っていなかった、そもそも被害者の体もミイラみたいに水分抜けていた』

って話ですよー!」


―――道理でこのチャーハン、いつもよりニンニクの量が多いわけだ。


「…ねぇタオ、仮にもスポーツで飯食っている人間にそんな話をする?今はスポーツ選手もお馬鹿ではいられないの、俺だって東京の私大通っていたんだよ?」

そこで三村はふっと目を伏せ。

「…中退して、『最初のチーム』に入った訳だけどな」


そう言うと、『タオ』と言うあだ名のマスターもまた目を伏せた。

「―――すみません。この話はお互い地雷でしたね。とにかく、吸血鬼だろうが殺人鬼だろうが、夜暗い所を歩くのは気を付けて下さーーい!…あ、鹿島勝ったんだ」


店の奥に見える小型テレビでは、サッカー天皇杯の準決勝の結果が放送されていた。

どうやら、鹿島シュラインズがリマッセ大阪に延長戦で勝利したらしい。


「会場、横国だったのか…いや、何でもないです」


横浜V・ピラッツは今季、ナビスコも、リーグも、そして天皇杯までも全て鹿島シュラインズによってタイトルへの道を阻まれている。

23日にPK戦で敗北しなければ、今日、ピラッツの本拠地である港北区の横浜国際スタジアムで試合をしていたのは三村達だったのだ。



別に先輩へのあてつけじゃない、と言いたい所だったが、三村の姿はタオの前から消えていた。

「タオ、会計頼む!」


三村が会計を済ませて店を出るのを見届けると、タオはカウンターの中に目を移した。


「先輩、ピラッツから移籍するのかな…しないのかな…」


客からは決して見えない位置の棚の中には、嘗てJリーグ、そしてこの横浜に存在したもう一つのサッカークラブのマスコット、『ひこ丸』のぬいぐるみがあった。


***


「全く…あいつは客の地雷を次から次へと踏み抜きやがる…」


そして。


「あーまだ口の中がニンニクくせー…吸血鬼よりさー、一番怖い事するのは…」


そう言って、手帳を取り出す。


「やっぱり人間でしょ…?」


手帳にしおり代わりに挟んである航空券には。

先程の中華料理店にも隠されていた、『ひこ丸』の姿が印刷されていた。


鉄道を超えた先にある駐車場に置いてあった車に乗り込もうとした、その矢先。


「―――?」


美しい笛の音が、三村の耳に届いた。

どうやら東洋楽器のようである。


その音色が無性に気になった三村は、音色の元を探ってから帰宅することにした。


***


笛の音色を探るうち、三村はいつの間にか中華街まで迷い込んでいた。

嗅ぎ覚えのある、甘い花の香りまでしてきた。


(トイレの香り?いくら中華街でもそんなに匂わせていいのか?)

酷い例えだが、三村たちの幼少期には、金木犀の花の香りはそういう使い方をされていたのだ。


(こうやって嗅いでみると結構いい匂いだったんだな。しかし、もうこの花の時期では無い筈だ)


本来、金木犀の開花時期は9月半ばから長くても10月いっぱいである。

比して今は年の瀬、年末も年末である。


この、日本人の街より何時だって騒々しいぐらいに賑やかな街にそぐわぬ、華やかながら何処か寂しげな笛の音と香―――


(――――!)


笛の音と香りの出所は、その甘美さとは似ても似つかない。


年の頃は、三村より数歳上か。

ザンバラの長髪に、無精髭の男。


それだけならJリーガーにも似た様なのはそれなりにいるが。

よくよく顔を見れば切れ長の目に、すらりと通った鼻筋。

背丈は三村と余り変わらず、服の下にはがっちりとした筋肉がついていそうだ。

整えれば彼等など足元に及ばぬほどの美貌を持ってはいるのだろう。


その男の眼は三村の視線に気づくことなく、ただ遠くを眺めていた。


(この顔は中国人なのかな、とにかく匂いだけは良い事は救いだよな)

寿町や黄金町のホームレスと似た様な形をしているが、漂わせる香りが決定的に違っていた。


と、胸元の携帯が鳴った。

「はい、三村です―――松見さん?腹を決めてくれたかって?」


松見さん、というのは今度川崎市から満を持して東京に本拠地を遷すクラブチーム、ベルデの新監督に内定している人物だ。


気付けば駐車場から大分離れてしまっていた事を思い出す。

三村は再び駐車場に向けて歩きながら話すことにした。


「ええ…僕にもう少しだけ、時間をくれませんか…」


そう、三村敦宏にはベルデから移籍のオファーがあったのだ。

三村はピラッツの監督と起用方法を巡って揉め、一時的に干されていた。

結果、三村が本意ではないポジションに復帰することで決着はついたのだが、わだかまりは残った。

それと―――三村にはもう一つ、ピラッツを離れたい理由があったのだが、果たして移籍先でも良いコンディションを維持できるか、それで迷っていたのだ。


松見と交渉しながら車に戻ろうとしていたその矢先―――

「あれ、切れた。…圏外?何でこんな街のど真ん中で…」


背後に、気配を感じたので振り返った

―――瞬間、凄まじい殺気を感じたので反射的に蹴り上げた。


「なっ…!」

最初は、柄の悪いヤンキーだと思ったのだ。

しかし、眼を見開けば―――


(なんだ、『コレ』は―――)



形容しがたい巨大な怪物が、三村の眼前に居た。



とにかく、ここへいてはならない。しかし、車に戻るまで逃げ切れるとは思えない。


ピッチ上よりも差し迫った決断を強いられていると―――怪物は、奇声を上げながら、跳躍した。


三村が、上空を見上げると―――空中にもう一つ、影があった。

その影が手を横に振ると―――先に三村の前に居た影が、二つになった。


赤い肉片と、影が、三村の眼前に舞い降りた。


まだ動く影の方は―――人の形をしていた。


「お、おい!今のは何だ―――」

三村が駆け寄ると同時に、影は昏倒した。


その影は――― 先程の金木犀男であった。




冒頭のアナベル・リーは、Nがひとつ足りないのは知っています。パロです。

原語の詩も音声にすると美しいので、是非youtubeで。


本当はピラッツじゃなくて英語の『シールズ』にする予定でしたが、安保関連のアレで『シールズはアカン』となってピラッツ。

Vはまた後程。


鹿島のチームの下の名前、うまくもじれなかった。


筆者は一応平成生まれなので、金木犀の香りには悪印象はないのですよ。

仙台では10月初めまでこれのアメブロ版を書いていた当時の職場(仙台駅から徒歩約15分)への路に何処からか金木犀の香りが漂ってきたのですが、木の在り処は解らないままでした。


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