第八章 精霊の恩恵
う〜ん……
あまり良く眠れませんでした……
枕が合わなかったのかもしれません。
外はもう明るく、小鳥の鳴き声が聞こえてきます。
そして窓から柔らかな日差しが降り注いでいます。
昨日は気がつきませんでしたが、こちらも季節は秋のようです。
窓からイチョウの鮮やかな黄色がそう主張しています。
「……ルル様、お目覚めですか?」
窓の向こうからユー爺が話しかけてきます。
「あっ、はい。
おはようございます」
そう言って、ベッドから抜けようとすると……
「……ウニャ!」
ムーンがベッドから落ちました。
どうやら一緒に寝てたようです。
「おはよう、ムーン」
私は床に丸まっているムーンを抱き上げて言いました。
「……おはようニャ……」
少しブスッとした声でムーンは返してくれました。
「……あれ?
ルル、背中の翼が変ニャ!コウモリじゃないニャ!」
何をバカな。そんなこと、ある訳……
ある!
「……ちょっ!?何!?
なんで“天使の翼”になってるの!?」
思わずムーンを落として、背中が見えるように首を捻りました。
「ぶニャ!」
そう、私の“コウモリ翼”は“天使の翼”になっていたのです。
「……なんじゃ?
どうしたのじゃ?」
私が大きな声を出したので、ユー爺が慌てて小屋の入り口から入ってきました。
そして私を見て、
「おぉ、もう順応を終えておるのですか。いやはや、予想より早かったですな」
と、快活に言いました。
「順応……ですか?」
「えぇ、今までルル様は“境の国”にいたので魔界の影響を受けていたのですが……
光の国に来て、その力が減ったため、魔力が変化したんじゃと思います」
昨日のユー爺のお話によると、元々、“光の国”と“闇の国(魔界)”しかなかったのです。
しかし、あの悪い魔法使いによって、光の国の一部が魔界に近づいてしまったらしいのです。
それが私がもといた国。ただでさえ大きかったのですが、それで一部とは……
「……まぁ、私もコウモリより天使の方が好きですから、良かったです」
やっぱり天使の方が可愛いですし……
「では、朝食の後にでも、魔具についてお教えしましょうかの……
そろそろカノンも水汲みから帰ってくるじゃろうし……」
あぁ、昨日の事なのにすっかり忘れてました。
……魔法で、水ってだせないのかと思いましたが、黙っときましょう。
それから何分かしてカノン君は両手にバケツを持って帰って来ました。
朝ご飯を作るのも、彼の仕事だそうで……
「若者は働き、年寄りは休む」
これがユー爺の信念らしいです。
なんか、カノン君、使われてるなぁ……
なんだか私は居づらいので、特別扱いしないで普通にして欲しい旨をユー爺に伝えました。
そんな事をしゃべってる間に、既に朝食が出来上がっていました。
男の子が作ったとは思えないような、豪華な食事です。
私は先程の疑問をユー爺にそれとなく聞いてみました。
ですが、後で、の一言で片付けられてしまいました。
そして朝食が始まると、ユー爺は一心不乱に食べだしました。
そして、みるみるうちに皿の中身が消えていきます。
一方カノン君は、私と同じ位のペースで食べています。
その間、熱心に境の国の話を聞き、そのせいで食事のペースが落ちているのも事実です。
“私達”が食事しているときにユー爺は話し始めました。
「……さて、食事も“済んだ”ところで、魔具について話しましょうかの……」
いや、済んでるのはあなただけですが……?
「……まず魔具とは、魔法を操り、魔力を調節できる物の総称じゃ。
基本属性に寄って全て違う。
土は指輪
水はピアス
風はブレスレット
火は鎖
そして、雷はプレートじゃ」
あぁ、だから昨日ユー爺は指輪を使ったんですね。
「……じゃあユー爺は“土属性”でカノン君は……
……“水属性”ですね」
私はカノンの耳に、青い宝石がついたピアスを見つけました。
「……あぁ、ユー爺はさ、土の派生系、“錬金術”なんだ。
だから魔具ならユー爺に作って貰うんだな。
あと……カノンでいい」
ここで、今日初めてカノン君……カノンは口を開きました。
「……魔具は後で作って差し上げます。
あとカノンが水属性なのに水が出せないのか、と。
簡単です。確かに出せます。しかし、魔法ばかり使っていては、何も出来ない人間になってしまう故」
はぁ、結構な教育方針で……
「……ふぅ、じゃあ俺は食べ終わったから、魔具もらったら庭に出ろよ。
魔法訓練してやるから」
「えっ……」
「だってお前、魔法使わずに旅なんて出来ないぜ?」
そ、そうか……
「カノン!ルル様に向かってお前とはなんじゃ、お前とは」
ユー爺は気に障ったようで叫んでいます。
「……いいですよ。私は元々エラい、エラくないっていうのはイヤですし。
先ほども言いましたが、特別扱いはしないで下さいね」
「そういう事だ。
じゃぁ待ってるからな」
そういうと颯爽と部屋を出て行ってしまいました。
「わかりました。特別扱いは致しません。その代わり、ビシバシ使っていきますぞ」
ユー爺は快活に言いましたが、私をルル様と呼ぶのは止めないようです。
「……では、魔具を作りましょうかの。
……おや、ルル様、食欲がないのですか?なら……」
私は話してばかりで殆ど食べていませんでした。
そして、ユー爺は“食欲がない”と判断して、全部食べてしまったのです!
「……あっ……う……ぁ……」
私の声にならない悲痛な叫びはユー爺には届かなかったらしく、ものの30秒でなくなってしました。
「……ルル様、しっかりと食べなければなりませんぞ」
ユー爺は神妙な顔で言いますが、私はその顔に殺意を覚えました。
「……では、魔具を作りましょうかの。
といっても、殆どはルル様がおやりになるのですが……」
そう言うとユー爺は、左手を私のおでこに、指輪のついた右手を地面に向けて唱えました。
「……地の精霊ノームよ、この者に自らを律する力を授けよ……」
ボウッとユー爺の両手が青白く光り、次の瞬間、私の“頭の中”で声がしました。
『……我、四精霊の一人、シルフなり。汝、我を呼んだか?さすれば我が力、そなたに授けよう……』
「は?……あ、いや、そんな呼んだっていうか……」
「ん?どうなされた?」
私がいきなり喋り始めたので、ユー爺が怪訝そうな顔をして尋ねてきます。
『……汝、我の力を望むか?』
「あぁ、もう!望むからちょっと黙っててよ!」
「……へ?」
ユー爺は全全く訳わからん、という顔になっていました。
しかしすぐに驚きの顔に変わったのです。
「……おぉ、ルル様の瞳が……」
ん?目?
私は壁に掛けてあった鏡をみました。すると……
「……緑!?」
私の瞳は黒から黄緑色になっていました。
「……ルル様は風のマスターだったのですか……」
「……はい?」
私はユー爺がボケたのかと思いました。
「いや、じゃから、風のマスターだったのですねって……」
しばしの沈黙が流れます。
私は叫び声をあげました。そして何故かユー爺も。
「えっ、じゃぁシルフってあのシルフ?」
私だって名前位聞いた事あります。
私の元いた国にでも“風の精霊、シルフ”は有名でしたから。
彼女はとても美しい容姿ですから、私にピッタリですね。
「……おぉ、シルフの声が聞こえたなら本物じゃ」
偽物ってあるのか?というツッコミは黙っときましょう。
「……でも、なんでわかったんですか?」
するとユー爺は私の右手首を指差しました。
そこには銀色の腕輪がありました。
まるで、ずっと前からついていたように……
その腕輪には細かい技工が施され、中央に緑色の宝石が埋め込まれていました。
「……それが魔具ですじゃ。
玉がついているのはマスターの証。そして緑色は風を象徴しているのです」
そして次に、ユー爺は私に一枚の、これまた銀色のプレートを差し出しました。
「……それからこれが……“光”を操る魔具ですじゃ……」
「……これが……魔具……」
私は右腕と、ユー爺にもらったプレートに見入りました。
プレートの方は、特に細工もなく、シンプルな構造で長さが3センチ程の小さな物です。
唯一の特徴は端の方に小さな穴があいていて、そこに紐が通せるって事位ですね。
「……それが、あなたを守り……そして……いや、今は言いますまい。
さて、カノンが待っておりますぞ。
お早く庭へ……」
私はとりあえずプレートに、持っていた髪を結ぶ紐をくくりつけて、スカートのベルト通しに結びつけました。
「……じゃぁ、行ってきます。
ありがとうございました」
ユー爺はニコニコしながら私を見送ってくれました。