第五章 新たなる一歩
「……なんだ?
いや、だれだ?」
カノンは気を失っている少女に近づいて行く。
少女と気づいたのは彼女がスカートをはいていたからだ。
少女まで5メートルという所で、カノンは気がついた。少女に翼が生えていることに……
「……まさか……魔物か?いやいや、こんなサラサラ黒髪の魔物がいるわけないし……」
魔物と疑うのも無理はない。
見慣れぬ格好に、コウモリのような巨大な翼が生えているのだ。
中世ヨーロッパなら間違いなく殺されるだろう。
カノンがそんな事を考えていると、後ろの茂みから………
「ニャァ!!ルルに何するニャ、離れるニャ!!」
ビクッ……
カノンが振り向くと目の前には、ポッチャリとした、ふわふわの猫が唸り声をあげていた。
「シャァ―!」
「なんだ?お前?」
カノンは猫がしゃべることを、なんら疑問を持たぬようだった。
この世界ではそれが普通であるわけで。
「ボクはお前じゃないニャ。ムーン・レイ・ライス・ミラン・マッキノンって言うのニャ。
ムーンでいいニャよ」
「……長ぇ名前だな」
と、カノンが呟いた。
「うるさいニャ!
それよりルルから離れるニャ〜!」
……こいつルルってのか。
「じゃぁムーン。こいつは、どこから来たんだ?何故こんな所にいる?」
「こいつって言うなニャ!
ボク達は異世界から来たのニャ!このボサボサ頭!」
「……ふっ……まだまだガキだな、この良さがわかんねぇとは……」
「ボクは14歳ニャァ!!」
「……はいはい、よいしょっと」
掛け声と同時にカノンはルルをお姫様抱っこした。
「ニャァ!ルルに何するニャァ!!」
「何って……倒れてんだから……とりあえずユー爺の所にでも運ぶか」
そういうとカノンはスタスタと山道を登って行った。
「あぁ!待つニャ、ボクも行くニャ〜!」
そういうとムーンは、短い手足を懸命に動かしてカノンを追いかけて行った。
「……遅いんだよ」
と、カノン。
ようやく追いついたムーンは、ボソッと一言。
「………そう言えば、お前の名前は何て言うのニャ?」
「……シカトかよ……ってか今さら?」
「名乗り出なかったのが悪いニャ」
ムーンは少しバツの悪そうな顔で言った。
「……俺の名前はカノン。この山奥にユー爺と2人で住んでいる」
「ニャ?ところで何でこんな所にいるのニャ?」
その頃、既に日は沈み、夜のとばりがおりていた。
「……あぁ。そのユー爺にある伝説を聞かされてな、下の村まで確かめに行ってたんだ。
何でもこの世界の他にも色々あ―……
!!おい、ムーン。お前さっき異世界から来たって……」
「今頃気づいたのかニャ?
そうニャ。ボクらは異世界から来たニャ」
「……こりゃ、爺さん喜ぶぞ。
おぃ、あの小屋だ。
中でじっくり話、聞かせてもらうぞ?」
彼らは既に木で作られた、小さな小屋の近くにいた。
小屋の裏には、厩もあるようだった。
小屋に入るとカノンは開口一番
「ユー爺!大変だ、異世界のヤツだぞ!」
と、声を張り上げた。すると……
「……なんじゃ、騒がしい」
と、ユーマ。
髪や髭は真っ白、ローブを着て、長い髪を後ろで束ねている。
顔に刻まれた深いシワは見ようによってはこのヴェルダ山脈の地図のようだ。
ユーマは、ゆっくりと入口を向く。
椅子に座ってどうやら酒を呑んでいたようだった。
「爺さん!異世界からの客だよ!伝説はホントだったんだ!!」
カノンは興奮した面持ちで一息で話した。
「……なんじゃとっ!いや、そんなバカなっ!」
カノンの言葉でユーマは一気に酔いがさめた様だった。
老人とは思えない、素早い身のこなしでカノンに駆けよった。
「……おぉ、この少女か……じゃが……すると―……
……いや!まさか……」
何か真剣な顔つきで独り言を呟きながら、ルルをベッドに横にならせるようカノンに指示をだした。
そして、自分もベッド脇の椅子に座った。
さらに、重々しい口調でこう告げた。
「……カノンよ、この“お方”がお目覚めになられたら話しがある。
……いや、ルル様とお呼びした方が良いな……」
「……ニャ?なんでルルの名前知ってるのニャ?」
ムーンは不思議そうにユーマに聞いた。
「ほぅ……これまた珍しい客じゃ。時空を旅する猫じゃな?
……ふむ。その質問に答えるには、ちと時間がかかるがの……」
「ボクはムーンっていうニャ」
その話しより、自分の名前の方がムーンには気になったようだ。
しかし、ユーマは無視して続けた。
「先に、少し話しておこうかの。これは、カノンも知らぬ話しだ。よく聞きなさい。
わしは若い頃、セントラル、つまりこの国の首都じゃが。国王に仕えていた。
……カノン、口をはさまず待ってなさい」
カノンは何かいいたそうだったが、ユーマはそれを許さなかった。
「……そこでわしは、国王直属の魔術師養成所にいた。
……14年前、わしはもう仕事を辞めていたが、そのツテである事を耳にした。
あの“三賢者”の唯一の末裔、ルル様が何ものかに拐かされたと……」
「じっ、じゃぁ……この人は……」
カノンは、あまりの事に、言葉を失ったようだった。
「……三賢者の一人、アーヴィング家末裔のルル様じゃ。……この翼の魔力が何よりの証拠じゃ。ただ、ずっと闇の世界にいて、“光”が失われたようじゃがの」
アーヴィング家は、魔力の中枢がその翼に現れ、具現化するという。
基本は天使のような翼だが、ルルは光の国から長い間離れていたので、変化したらしい。
ユーマは静かに続けた。
「……じゃが、じきに治るじゃろう。その時は“光”がルル様の属性になるじゃろうて……
魔法には、それぞれ属性がある。
火・水・土・雷・風……その種類は数知れない。
なぜなら、雷属性から派生した、光・闇属性。
さらに水属性から派生した氷属性など……
様々な派生型が存在するためで、基本属性を持つ術者はマスターと呼ばれる。
そして属性は基本的に術者ごとに異なっている。
“術者の数だけ属性がある”と言われるほどだ。
しばらくしてカノンは沈黙を破った。
「……待てよ?確か……三賢者の家系にのみ、2種の属性がなかったか?」
「よく気づいたの。確かにそうじゃ。
それが3賢者と呼ばれた由縁じゃからな。
その内の1種は代々受け継がれていくのじゃ。アーヴィング家の場合は“光”だがの……」
「もう1種は目が覚めてからのお楽しみって訳か……」
「察しがいいの。目がお覚めになられたら、ルル様にテストを受けて頂こうかの…」
ユーマは嬉しそうに顔をクシャクシャにした。
すると、その時、ベッドにのったムーンが急に言葉を発した。
「あぁ!ルルが起きるニャ!」
「何っ!?」
「何じゃと!?」
カノンとユーマは同時にベッドを向いた。
その2人の言葉で、ルルの目が、徐々に開いていった。
そして、ユーマは感じた。
ルルの魔力が徐々に、いや、凄まじい速度で高まっていくのを……