第二十九章 戦争〜ウィズミック〜
白い道に、馬の蹄の音だけが響き、静か過ぎる街を駆け抜けていきます。
街には人っ子一人、猫一匹いません。
静かな街をひたすら下へ下へ飛ばしていきます。
「……そういえば、軍はどうしてるでしょう?」
ふと、私は誰となく話かけました。
「さぁな。ウィークの話じゃ善戦してるらしいし……」
「軍の人は魔法使えるんですか?」
「学園の教師が補助にあたっている。その辺の魔法使いより、全然使えるだろ」
確かに。
だから、城は生徒ばかりだったんですね。
「……見えてきた。門は……まだ破られちゃいない」
ラザフォード君は馬の速度を上げ、みるみる離れていきます。
知り合いもいるでしょうし、心配なんでしょう。
「静か過ぎやしないか?
投石機とか有ったんだろ?」
そう言われれば……
もう城壁は近いのに、今までとほとんど変わりません。
「……とにかく、急ぎましょう!」
下手な憶測は死を招きます。
全てに柔軟に対応しなければ、いつ負けてもおかしくないんですから……
城壁横で馬から飛び降り、そのまま城壁の上への階段を駆け上ります。
ラザフォード君は先に上ったようで、馬がすぐ下に寄せられています。
「……武器出しておけよ」
そういうカノンの手には、しっかりとアイスインペリオが握られています。
「……ロッドの方が良いですかね」
私は腰にぶら下げたプレートの紐を引きちぎり、握りしめ、巨大化させていきます。
白の閃光と共に、プレートが杖となったとき、私達は城壁の上に踊りでました。
「……これは!」
そこには、首なしの亡骸や、著しく傷を負った者が入り混じり、凄惨な戦いがあった事を物語ります。
「……カルラ様っ!?」
傷ついた兵士の世話をしていた一人が驚きの声をあげ駆け寄ってきました。
「……ライアン、大丈夫か?」
なかなか立派な服は血にまみれ、服装からかなり高位な方かと推測されます。
「やられました。敵は魔術では攻撃せずに、完全に物理攻撃で……
主力魔法使いは優先的に狙われ、学園の者も数人殺されました」
悲痛な面持ちでライアンさんは声を振り絞っています。
「……それで……今のこちら状況、敵の戦力は?」
これ以上の被害を出さない為に、今何ができるか?
これが大切です。
「……元々、兵の半分は南方の街に配属されていて、今呼び寄せています。
それ以外、この街にいて戦える者は5000が良いとこでしょう。
敵はまだ十分に兵を有し、投石機などの攻城兵器も豊富です。数にすれば2万5000は堅い。
投石機ならこちらもいくつかありますが、戦況は絶望的です。
魔将はまだ確認されていませんが、かなり強い奴がいるんでしょう……」
あぁ〜悪い事ばっかり……
「それで今は敵は体を休めているようです。
恐らく夜が明けると同時に襲撃をかけてくるでしょう」
「……ならば、夜が明けると同時にこちらも攻める。
敵は投石機を使って攻撃はしてこないだろう。
占領した後、もったいないからな。
攻撃は一回だけ。それで魔将を捕らえ、倒す。魔将さえ殺せば、あとは烏合の衆。勝手に散っていくだろう」
「……なるほど。ですが何故一回なんですか?」
どうせなら、何回も攻撃すれば良いのに……
「そういえば、こちらの方は?」
ライアンさんが話の腰を折ります。
すると、カノンはライアンさんの耳元で、何か囁きました。
みるみるうちにライアンさんの目が見開かれ、囁きが終わるとサッと私に敬礼しました。
「……お会いできた事を、光栄に思います」
「……まぁ、挨拶大会は置いといて。後で腐るほどやらしてやるから。
でだ。何故一回なのか?
簡単だ。敵の意表を突く。逆に言えば、その一回で失敗すれば、負ける。
だから粗方の魔将の位置を調べておく必要がある」
魔将……あいつ、ユー爺を殺したあの男みたいな奴でしょうか……?
赤い男、ヴァンレラール。
私の中で、フツフツと怒りが湧き上がってきます。
もしヴァンレラールだったら、殺してしまうかも知れません。
怒りに身を任せ、今すぐ殺しに行きたい。
ですが、私が一人で行っても、負けるのがオチ。
そもそも、まだヴァンレラールじゃないかも知れませんし……「……ル?おいルル?」
「え?あ、何ですか?」
自分が呼びかけられてるのに、全く気がつきませんでした。
「ボーっとすんな。夜明けまで、まだ時間がある。少しでも体を休めておけ」
あと……だいたい4時間ですかね。
4時間後、私達の運命が決まると思うと、正直眠れません。
私は緊張を解きほぐそうと、城壁をおり、近くの一本の木を背に座りました。
恐ろしい程の静寂です。
嵐の前の静けさとは、よく言ったものですね。
「……戻れ」
魔力を少しでも抑えるため、杖をプレートに変換させます。
それを腰に戻した時、首からネックレスが落ちてしまいました。
異界の扉の鍵がついた、あのネックレス。
まだ使い始めて短いですが紐が擦り切れてしまったようです。
……異界の扉。
忘れてました。
私はこの世界だけじゃなく、境の国を蘇らせなきゃいけないんでした。
こんな所で死んじゃダメなんだ……
私がこの世界に来る事になったのもは運命なんでしょうか?
それとも、ただの偶然?
何で魔界が開いたんでしょう。
私が来たの同時っていうのも偶然?
うーん……良くわかんなくなりました。考えれば考える程って感じですね。
だいたい、ジュピターさんって何なんですか?
そういえば、最近シルフに呼びかけても応えてくれませんし……
わかんない事だらけですね……
まぁ、自ずとわかるでしょう。
それがなきゃ、人生楽しめませんよ。
「……全ては時間が答えをくれるとして……
そろそろですね」
城壁の上から、カノンが合図をくれています。
空も白みはじめ、夜明けが近い事を告げています。
いきますか……
私は重い腰をあげ、馬の準備を開始しました。
私が生きられても、馬はやられてしまうのは確実です。
馬用の鎧を着ければ遅くなるため、鞍以外は無しに等しい。
「……ごめんね。
私達の為に犠牲になってくれて……」
馬はつぶらな黒い目を向けてきます。
意味がわかっているかどうかはわかりませんが、彼らは最後の食事を楽しんでいます。
戦争で犠牲になるのは、最も弱き者。
それでも彼らは、死ぬ運命にありながら死地に赴く。
彼らこそが、真の勇者かも知れませんね。私達は生きる為に戦う。
彼らは生かす為に戦う。
たった一文字の違いで、生と死の意味があるなんて……
言葉とは残酷ですね。
私はゆっくり、優しく馬の毛をとかしてやりました。
そして必ず勝つ事を彼らに誓ったのです。
静かに兵士達が門に集結してきます。
馬の白い息と、蹄の音以外、静寂そのもの。
ライアンさんが、門の前で止まり、私達の方を向きました。
「……シャインに生を受けた我々にはシャインを守る義務がある。シャインに住まう者として、英雄になる権利がある。
暁が輝くのは、我らが迷わぬようにするためだ。
暁が我らを照らすのは、我らの勝利を祝福するためだ。
そなたらが絶望し、負けを認める日が来るだろう。
だが、その相手は奴らではない。
戦い、自らの命絶たれようとも、愛する人々はそれを糧とし生きられる。
これはウィズミックだけの戦いではない。
シャインを支える者を守る戦いだ。シャイン全ての戦いだ。
空に青が満ちる時、祝宴の酒を飲み交わそう!
行くぞ、我が同士!我らが兄弟よ!
暁を血に染めよ!」
ライアンさんが剣を抜き、後ろを向くと開門されます。
「続け!我が同士!」
言うと馬の腹を蹴り、一番に飛び出していきます。
ドドッドドッ……
敵陣に向かって真っ直ぐ、槍のように突っ込みます。
よく見れば、前方には巨大な旗が立っています。
そこには黒い鎧をつけた……魔将……
そこにいると遠くからでもわかる存在感。
そして威圧感。
研磨され、突き刺さるような魔力がこんな遠くから感じられます。
「……カノン、私が道を開きます。
そこを通り、一瞬でお願いします」
「良いだろう」
敵陣は蜂の巣を突いたような状態です。
奇襲をかけるつもりがかけられてるんですから無理はありません。
先頭が突っ込みます。
槍の穂先が敵を貫き、串刺しに。
しかしそこから混戦になり、突いて身動きが取れない故に、矢で射殺されてしまいました。
私とカノンはその間を縫って魔将へと近づいていきます。
馬が血に興奮し、棹立ちにならぬよう注意しながら。馬の手綱を操り、右へ左へと避けながら魔将に着実に近づいていきます。
カノンも私の後に続き、長い呪文を唱えながらついてきます。
長い鎌のような武器を持った集団が突如として立ちふさがります。
「風よ、大気を導き、我が道にいるものを排せ!」
途端に後ろから突風がふき、手で押されたかのように、集団は吹き飛ばされます。
と、同時に、カノンは風を利用して馬から飛び出し、一気に距離を詰めていきます。
「……風よ纏いて敵を討て!」
手のひらから魔力が飛び出し、弓でカノンを狙う魔物を攻撃。
外れた数発が、魔将の兜を取り去ります。
遠くからなので、よく見えませんが、雰囲気でわかります。
そこに現れたのは……
エルフだと。
「……お前は!」
カノンの驚いた声。着地し、アイスインペリオを構えて切りかかる寸前でした。
「……あの時の……何故だ!?
何故お前がそちら側にいる?」
知り合いでしょうか?
カノンとエルフの周りだけ、時間が止まったように感じられます。
「……世界は醜く、汚い。
人間は自分より力のないものを迫害し、自分と異質の者を嫌う。
だから私も力で全てを決める。
その存在が永遠に失われようとも、力が全て。
そう教えてくれたのは貴様ら人間だ」
サッとエルフが手を上げると、けたたましい音を響かせながら、一斉に投石が開始されます。
城壁を飛び越え、家々を破壊する音と地響きが聞こえはじめ、中の様子が脳裏に浮かびます。
「……お前……それでもエルフかっ!
世界の調和を目指し、シャインの守護者として讃えられてきたお前らが……」
エルフは馬から下り、剣を抜き放ちました。
「……カノンっ!」
ガキィ……
エルフは恐ろしく速い身のこなしで間合いを詰めると、カノンに猛攻を開始。
あのカノンが守る事しかできず、明らかに押されています。
「……風よ集いて敵を討て!」
風矢を私の周りに13本出現させ、時間差でエルフに襲撃。
完全に後ろからの攻撃なのに、エルフは振り返りもせず、風矢をかき消してしまいました。
「……甘いんだよ」
私とカノン、どちらに言ったのかはわかりません。
カノンが懐からナイフを数本放ったのですが、見事に無効化されてしまいました。
エルフはまだまだ余裕そのもので、カノンの肌を薄く切り楽しんでいるようです。
私が援護しようにも、動きが速すぎてついていけず、第一私も他の怪物に狙われています。
下手に援護しようものなら、間違いなく共倒れです。
「……音魔法!タイトル、神の悪戯!」
突如戦場に不釣り合いな音楽の音色。
チェロとフルートの絶妙なバランス。
「……くっ!小賢しい真似を!」
エルフはカノンとは全然違う方向を睨み、何もないところに剣を振るっています。
「……死ね」
カノンの冷たすぎる声。アイスインペリオが唸りを上げてエルフの心臓を貫通します。
「ぐっ!……後ろだったか……マディス様……申し訳ありません……」
ドサッ……
呆気なく、本当に呆気なくエルフは倒れました。
今までの苦戦が嘘のように……「……何ボケッとしてるんだ?」
カノンはアイスインペリオをエルフから抜き、血を振るいます。
「……だって……呆気なく終わっちゃったから……」
「まぁ無理はないな……俺も刺してから気がついたから……」
カノンが骸となったエルフを顎でしゃくると……
エルフだったものの衣服は風に舞い、露わになった背中には黒い大きな龍の入れ墨が彫られています。
そしてエルフだったものからは気体が……
その体はガスのように大気に溶け、跡形もなく消滅していました。
「……え!?」
「……こいつは魔力で作られた分身、まぁ人形みたいなもんだ。
だが、こいつの根元は間違いなくエルフ。
それだけは確実だな」
……こんなに強いのが、ただの人形?
じゃぁ、本物のエルフって……
「……考えるのは後。今は敵を退却させるのが先だ。
忘れてないとは思うが、今、俺達は敵軍のド真ん中にいるんだぞ?」
そういうとカノンは街に向かって走っていきました。
そしてその後を、ポタポタとカノンの赤い鮮血が追っていくのでした……