第二十五章 学園都市〜ウィズミック〜
ドドッ、ドドッ、ドドッ、ドドッ……
草原には馬の駆ける音、そしてそれを風が包みこむように吹いています。
今日も空は青く、過ごしやすい、境の国でいう初夏の気候です。
真っ白の雲がぽっかりと浮いています。
地平線の遥か彼方、こんもりとした黒い影が見えてきています。
初めはほんの僅かであった影も、近づくにつれ、自然と大きくなってきました。
遠目から見て、それはまるで一つの巨大な城のようです。
外壁はしっかりと石で組まれ、中にある建物は城そのものでした。
カノンは指をさしながら言います。
「……あれがウィズミック、学園都市だ」
「学園都市?」
「……この国の、魔法技術の研究、開発、そしてそれを教育する機関がそろっている。さらに歴史、言語、地学、属性、魔具など何でもやっている。ルルが想像する全てが詰まっていると言っても過言じゃない。
特にウィズミックにある学園はシャイン一のレベルの高さだ」
……天才ばっかの嫌な街ですね、きっと……
そんな事を考えていると、すぐに街の入り口まで来てしまいました。
近くで見たら、それはまさしく城でした。
いくつもの塔が立ち並び、白い城壁に緑色の木々が美しく映えています。
見とれていると、一人の男性が歩み寄って来ました。衛兵さんのようです。
「……武器と魔具を登録致します。お手持ちの物をお貸しください」
「……あぁ」
ガチャガチャとカノンは剣を腰から外し、その後、体の至る所からナイフを取り出します。
まず全てのポケット、そして腰、袖下、脇腹、臑、太もも……
流石の衛兵さんも呆れています。
渡されたナイフだけで、カノンの体重は5キロ減った事でしょう。
「……む?その翼は……?」
あ、マズい……
「……カラー」
カノンは衛兵さんが私の翼を見た瞬間に、私に魔法をかけました。
以前私の翼を黒くしたように、今度は透明にしてくれたのです。
これには私もビックリですよ。
「気のせいか……?まぁ良いか。さぁ魔具も出して」
魔具も確認され、その時はうっかりしてました。
私達の魔具には玉がついています。
覚えてますか?昔ユー爺が言ったこと。
“玉はマスターたる証”
私はプレートを取り出したんで大丈夫でしたが、カノンはまんまイヤリングを外しています!
バカカノン!
「じゃぁ、これ」
そう言うと衛兵さんに魔具を渡してしまいました。
「……確かに。では……」
……あれ?
何で?
フッとカノンを見ると、その手にはカノンの魔具が握られています。
やられた……
きっと簡単な手品です。
あらかじめ持っていた別のイヤリングを渡したんでしょう。
流石ですね……
「どうした?」
「……何でもないです。それよりどう思います?
この街……」
私の問いにカノンは僅かに顔を曇らせます。
「……用心に越した事はないな。
まずは魔法学校に行って資料を探そう」
「勝手に入れるもんなんですか?」
「……勝手に入るんだよ」
私達が策略を巡らせていると、ようやく衛兵さんが帰ってきました。
「お待たせしました。ちなみにこの街への目的は?」
「……観光と調べ物がある」
カノンは慎重に言葉を選びながら言います。
「わかりました。では、開門!」
衛兵さんは城壁に向かって叫ぶと、ゆっくりと重厚感のある音をだしながら門が開いていきます。
「どうぞ」
衛兵さんは右手で開いた門を差し、入るように促しています。
「ありがとう」
そういうとカノンは馬に乗り、サッサと入っていきます。
私も手綱を操り、すぐに後を追います。
門を私がくぐった瞬間、後ろの門は閉じられました。
早い……
街は本当に研究でいっぱいです。
あちこちに山積みにされた本や巻物。
木陰で実験をしているかと思えば、ベンチに座り本を読み耽る人。
よくわからない言語で話している人や、ひたすら地面を掘っている人。
凄いですねぇ……
「……ルリ〜!」
ん?私はルルですが?
間違えられては困ります。
一応主役なんですから……
「……あ、あの、うちのルリを見ませんでしたか?」
髪が長くてサラサラの美人さんです。
息も絶え絶えで今まで走り回ってたんですね。
ていうか私じゃないんですね。
「……あの、私達旅の者で、今この街に到着したんです」
私達は馬から降りてその人に言います。
「……あ、そうなんですか、すみません。
申し遅れました。私、ビーズ・カトレットです。シャラール魔法学校の生徒です」
よく見れば黒いローブを着て、左胸には白い十字と桜の紋章がついています。
あの頭良い集団の方なんですか……
でもイメージと違って普通の人です。
「えっと……それで……ルリさん?っていうのは……」
珍しくカノンが口を開きました。
「ルリは私の同級生で……ソフィー先生が呼んで来いというので探してるんですが……その……いないんです」
あらま……行方不明ですか……
「……カノン、手伝ってあげましょうよ。私と名前が似てるよしみで……」
「カノン?」
ビーズさんは不思議そうな顔をしています。
「……あ、自己紹介がまだでしたね?
私はルル……」
バキッ!
カノンの見事なアッパーカットが再び私の下顎にジャストミート……
「……お前……ちょっと寝てろ」
なんだかなぁ……
薄れていく視界。
またですか……
最近……や……ぱ……す
「……さて、ビーズさんとやら。ちょっと話があるんだけどな」
ルルが伸びてるのを完全に無視してカノンは言う。
先程までの穏やかな顔とは違い、かなり真剣な顔つきだ。
それもこれも、ルルのせいなのだが。
「……やっぱり……そうなんですか?」
ビーズは予想が確実に当たっていると知りながらも、カノンに答えを求めた。
ルルは忘れていたようだが、カノンとルルは隠密行動をしなければならない。
自分達の命どころか、下手すれば街一つ、数千人単位の死傷者が出てしまう。
もちろん、名前なんてもっての他だ。
ルルは誘拐された事になっているから大丈夫だが、カノンは別。
この国で、カノンの名を知らぬ者はいないだろう。
「……出来たら、いや、出来なくても他言無用で願いたい。
……頼む」
カノンは素直に頭を下げる。
「……え、ちょっと……ほら、皆さん見てますし……」
ビーズは焦ったようにキョロキョロしている。
周りから見れば旅の者だが、正体を知ってしまったビーズには……
さらに近くでは少女が倒れ、なんともいたたまれない。
「……わかってますよ。あ、では、私はルリを探さなければならないので……」
ビーズはそう言うと再び走り出す。
カノンが顔を上げた時には、曲がりくねった路地に消えていくところだった。
「……ルリ……どこかで聞いた名前だな……
まぁいい。今は学園に……いや、やっぱり捜すか、ルリってヤツを」
カノンがそんな事を考えているとき、路地の暗がりからカノンを見ている集団がいた。
手にはそれぞれナイフや鉄の棒を持ち、太い腕には入れ墨が掘ってある。
頭はモヒカンだの、リーゼントなど奇抜な髪型が多い。
だがカノンは考え事に夢中で全く気がついていない。
最初に気がついたのはカノン達の馬だった。
ピンと耳を立て、周りを見まわしている。
さすがは獣。野生の勘は人間のそれを遥かに上回るのだ。
ザザッ……
「……キャァ!」
「……ん?」
悲鳴で我に返ったカノンが顔を上げる頃には時既に遅し。15、6人に囲まれていた。
数に任せて、チンピラどもはニタニタと笑っている。
大方、金目の物が欲しいのだろう。
舐めるようにカノンを見、数人は荷物を馬ごと持って行こうとしている。
「……動くなよ。動いたら、この女の保証はねぇ」
いつの間にか気絶しているルルの喉には鋭いナイフが当てられ、切っ先から赤い鮮血が垂れている。
「……さぁ、武器を捨てて大人しくしな。
その後、金目の物だしな」
やはり目的は金。
シャインにおいて旅人は何かしらの高価な品を持っているのだ。
貧乏人には旅は出来ないという、何とも悲しい諺まで生まれている程だ。
だからどこの街でも、旅人は命の危険に晒される。
普段は注意深いカノンも、学園都市という名に油断していたようだ。
「……ほら!さっさと武器捨てろ!」
チンピラのリーダーと思しき男は、相当苛立っているようだ。
先程まで周囲にいた人は、ただただカノンを見守るだけ。
報復を恐れて、手が出せないのだ。
「……はぁ……」
深い溜め息をつくと、カノンはゆっくりと腰からナイフを出し、それを地面に放った。
次に両袖、太もも、脇腹、様々なポケット、靴の下敷きの下からも出し、次々に放っていく。
ナイフとナイフがぶつかり、短い金属音を奏でる。
みるみるうちにナイフは山となり、それだけで店が構えられる量になっていた。
そう、先程衛兵に見せた量の軽く10倍。カノンの体積と同等の量だ。
その膨大な量に、さすがのチンピラ達も呆然とし、全く周囲の注意が出来ていない。
これがカノンの狙いだった。
「……これで最後だ」
やや小ぶりなナイフを腰から抜き取り、放る。
ナイフが山に届くか届かないかの瞬間、カノンはニヤリと笑い、一瞬で呪文を唱えた。
「……“フリーズ”」
カノンの言葉が命となり、その魔法が発動した。
山となったナイフが一気に融解していく。
まるでドライアイスが一瞬で気化するように……
実はこのナイフ、カノンが自分の魔法で作った偽物なのだ。
だから、有り得ないほど大量に取り出せたのだ。
もちろん、実際に大量所持はしているが……
融解したナイフ、つまり氷は命ある物のように3人のチンピラの足を登り、腰、胸、ついには頭までを氷漬けにする。
「……う、うわぁ!」
カノンの思わぬ反撃に、すっかり戦意を失ったその他大勢のチンピラは少しずつ後退りしていく。
そして一人、また一人と仲間を見捨てて一目散に暗い路地に逃げ返っていくのだ。
カノンは首だけルルの方を向き、本物のサバイバルナイフを腰から抜いた。
そして未だルルにナイフを突きつけ、腰を抜かしてるモヒカンに言い放つ。
「……さて、よくも仲間を傷つけてくれたな?
その傷、高くつくぞ?」
目をスッと細めたカノンとは対照にモヒカンは目を見開き、顎がガクガクと震えている。
カノンはわざとらしくナイフで自分の手のひらをペシペシと叩きながらどんどん近づいていく。
「……ヒッ……たたた頼む!こっこ殺さないでくれ!いいい命だけはぁ!」
チンピラはほとんど泣き叫んでいる。
ナイフも取り落とし、座ったままズルズルと後退りしている。
街の人々は形勢逆転に驚きつつも、成り行きをただただ見守っている。
スッとカノンはチンピラにナイフを向けた。
チンピラは諦めたのか、うなだれるだけ。
「……おいチンピラ。今死ぬか、俺の命令を聞くかどっちが良い?」
口調は穏やかだが、その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
「……あ、後!言う事、何でも聞くから!」
よほど死ぬのが怖いのか、チンピラは何かに取り憑かれたかのように叫ぶ。
「……じゃあ、二度と強盗や窃盗、その他の犯罪行為はするな。逃げた仲間にも言っとけ。
……わかったら、コイツら連れて、さっさと消えな」
カノンは氷漬けを解くと、今まで動けなかったチンピラ達を顎でしゃくった。
チンピラはひたすら頭を下げ、仲間を路地に引きずり込んでいく。
「……あ、そうだ。お前、名前は?」
カノンは、ふと思いついたようにチンピラに問う。
するとチンピラは恥ずかしそうにこう答えた。
「……親にもらった名前は……ありやせん。まだ立つことも出来ねぇ内に捨てられたんす。
仲間内でも、モヒカンやら何やら曖昧なんす」
王子として、これ程惨めで情けない事も無いだろう。
幼い頃に捨てられ、生きていく為に力で食べていく……
そしてそれが新たな災厄を呼び、無限の連鎖が繰り広げられていくのだ。
カノンはやるせない思いでいっぱいだった。
「……じゃあ、俺が名付けてやろう。
…………お前の名は……ウィークだ」
すると途端にチンピラは顔を綻ばせた。
人間、誰しも笑えるのだ。
「……あ、兄さん!ありがとうございやす!」
ウィークの目からは先ほどとは逆の涙がこぼれ落ちている。
その涙は純粋で、暖かな物だ。
「……じゃ、失礼しやす」
ウィークが路地に消えると、カノンは真顔でボソッと呟いた。
「……兄さんって……」
その直後、突如歓声が湧き上がる。
街の人々はカノンに群がり、褒める、喜ぶ、酒誘うの街は大混乱。
聞くところによれば、彼らは通称デーク一味。
路地裏に入れば、そこは彼等の城。
この街の表は研究だが、裏を統治しているのが彼等だ。
そんなデーク一味は殺人こそしないものの、強盗や窃盗を繰り返していたらしい。
「……あぁ、そうだ。俺ら旅の者なんですけど、まだ宿決まってないんです。
どっか“気前の良い”宿屋知りませんかね?」
気前の良いだけ強調しながらカノンは大声で尋ねる。
すると途端に、南区のだとか、マタラ池ほとりだとか、自分の所だと手が上がっていく。
「……コートヴェールさんとこはどうだい?ちょうど同じ年くらいのビーズちゃんがいるよ?」
一人の眼鏡を掛けた、明らかに研究者という風情の男の声がカノンの耳に留まる。
……コートヴェール?カトレットじゃないのか?
まぁ、ビーズっていう名前だけなら居そうだし……
「……じゃ、そこにするよ。
案内してくれないか?」
ルルを馬に乗せ、カノンは手綱を引きながら案内についていく。
物珍しいのか、小さい子供達がチラホラと顔を出すが、カノンが見るとサッと影に隠れてしまう。
「……いい加減起きてくんないかな……」
カノンは小さな小さな声で溜め息混じりにこぼした。
悪いのは自分の筈だが、そんな事はすっかり棚に上げている。
「……そういえば、お名前伺ってませんでしたよね?」
案内人の男は首だけカノンの方に向けて尋ねた。
「……あぁ……俺の名前は……カルラ。で、こっちはルーだ」
この辺の柔軟性、臨機応変に対応出来るのが、カノンの持ち味だ。
とは言っても、ちょうど目に入った“カラマナ”という店の名前と、“ルラン”という店の名前を合わせただけだが……
だが、この名前、案内人には好評のようで、目を輝かせている。
「カルラですって!?
古の伝説の遺跡名と一緒ですか!?
あの遺跡の存在意義は、今後の世界を変えても過言じゃない。今、炭素の時代年表に照らし合わせ……」
以下、延々と宿屋まで話し続けるので、割愛させていただこう……
案内人は熱く語っている。
途中何度かカノンに話を振るも、その質問が、もはや何語かわからない。
次第に街並みは変化し、石畳や、白い石で建てられた家が建ち並ぶ。
その道は緩やかな坂になっており、一番上、つまり頂上にはシャラール魔法学校の城が建っているのだ。
街のどこでも、その巨大な城を見る事が出来る。
このウィズミックの街にとっては象徴的存在であり、憧れの対象でもあるのだ。
ウィズミックにいるからといって、必ずしもシャラールに入れる訳ではない。
少しばかり可能性が上がるだけで、実際は希望者の数パーセント、極限られた人しか入れない、狭き門なのだ。
故にシャラールの名は国中に轟いている。
だからウィズミックにいる人々は、単純に研究に生涯を注ぐ人や、どうしてもシャラールを諦めきれない人が多い。
その中でも一番の問題は、研究にばかり目を向け、幼い子供を捨ててしまう事なのは、言うまでもない。
「……ですから、シドッチ数列に当てはめ…………おっと。
着きました。ようこそ、宿屋、チェロの安らぎ亭へ……」
外観は美しいの一言。
木で作られた暖かみのある造り、見た目は街の宿というより森のロッジのようだ。
宿の周囲には桜が植えられ、秋だというのに蕾が膨らんでいる。
その木々のすぐ下にはウッドデッキが造られ、丸テーブルや椅子が並べられていて、午後の森のお茶会のようだ。
「……さぁさ、入った入った。ここは私の従兄弟がやっている宿でしてね」
話好きの案内人はさっさと木の階段を上っていく。
カノンはルルを馬から降ろすと、手綱をしっかりと手すりに結わえた。
そのままルルを担いでカノンもまた階段を上っていった。
「……へぇ」
中にはファンが回り、空気をゆっくりとかき混ぜている。
そしてフロントのすぐ横には、この宿の象徴でもあるチェロが立てかけてあるのだ。
茶色と、抑えられた照明でどこか安心感が与えられ、正にチェロの安らぎ亭と呼ぶに相応しい。
「……おや兄さん。お久しぶりですね?
そちらの方は……?」
30代半ばの男性がヒョイとフロントの奥から顔を出す。どうやら宿の主のようだ。
「あぁ。最近未知の伝説が解る事により得られる経済効果について研究していたからな……
まぁ、そんな事より、お客さんだ。
何でも旅をしているらしい。
腕も確かだぞ。あの一味を追い払ったんだ、それも一人で」
案内人はカノンを褒めちぎる。
だが、宿の主はカノンを見るやギョッとしている。
それもそうだろう。せめて、せめておんぶするとかではなく、担いでいるのだから。
カノンの方がよっぽど悪人に見えたのだろうか?
「……え……あぁ…………ようこそ、チェロの安らぎ亭へ。この御時世に旅は大変でしょう。
お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
さすがは商売人。変わり身の早さは天下一品だ。
驚いた顔のすぐ後には、人当たりの良さそうな笑顔で応対している。
「……カルラだ。で、こっちで寝ているのがルーだ。
……主、この御時世とは一体?」
カノンはほとんど顔色を変えずに尋ねる。
すると主人は驚きつつも答えた。
「……おや、御存知ない?
何でも、この街の北の荒野じゃ大規模な戦があったそうじゃないですか。
そこにあった死体は全てシャインのものとは思えない怪物ばかり。
こりゃ世界終焉の幕開けだって騒がれてますよ。
まぁ、このウィズミックは例外ですがね。
みんな研究以外にはあまり興味を持たないんです」
流石案内人の従兄弟だけはある。
この喋り好きは遺伝なのだろう。
「……ちなみにその事は誰に?」
「あぁ……南の街に夢占いを生業とする友人がいましてね。その人が見たって言うんですよ。
この友人の占いは絶対に当たるんです。
見える時と見えない時があるらしいですが……」
「ほぉ、貴重な情報ありがとうございます。
旅の途中で是非とも立ち寄りたいですね」
そう言うとカノンはルルを担ぎ直し、部屋の案内を促した。
これ以上宿の主人といると、話に終わりがみえないからだろう。
カノンとルルが案内された部屋は2階のツインの部屋で、大きな窓があり、その先はベランダとなっている。
光が多く取りこまれるように考えられているのか、明かりとりの天窓も造られている。
夜には星がよく見えるだろう。
「……もしよろしければ、ウッドデッキでお茶を御用意させていただきますが?」
案内人の言葉に少々迷いつつも、カノンは丁重に断った。
「……少し、街を見て回りたいので」
もちろん、真の理由は見て回るだけではないが、カノンは当然それには触れない。
ベッドに寝かせたルルをチラッと見る。ルルを起こすかどうか迷っているようだ。
「……ルー様がお目覚めになりましたら、私達がお手伝いさせていただきますので、ゆっくりご見学なさったらいかがですか?」
こうやって気配りが行き届くのが、良い宿の証だ。
この主人なら、王宮に仕えても問題ないだろう。
カノンはこの提案に甘えさせてもらう事にした。
「じゃぁ、お願いします」
そう言うと武器と僅かな荷物を纏めたカバンを持ち、主人とパタンと扉を閉めた。
「……さてと……まずは……うん、学園だな」
カノンは宿の前でそう呟くと、坂道を上へ上へと登っていく。
この辺りはきちんとした研究機関が揃っているのか、道端で実験したりしている人は少ない。
恐らく、学園に近い方が、高位の研究者達が住んでいるのだろう。
ピラミッドのように。
ピタリとカノンは足を止める。
チラチラと見えていた城の影は、ある角を曲がると、その全貌を明らかにしたのだ。
下からは塔が見えたが、それは城の極一部に過ぎない。
外壁を白い石で組まれ、道には何十もの折り返しがつけられ、簡単には侵入できない造りだ。
それはまさしく城だった。
もしもカノンが境の国の人間なら、中世の西欧風と表現しただろうが、生憎と違う。
大きさは王宮となんら遜色なく、むしろこちらの方が威圧的な感じもする。
「……これ調べるの大変だなぁ……」
ボソッとカノンは呟く。
シャイン一ともなると、簡単には情報が盗られないように、何かしらの呪文がかけられているだろうからだ。
周りに人はいない。
いないからこそ、問題なのだ。
その人達の影に隠れて行動が出来ない。
「……アイスウェッジ」
カノンは呪文を入り口に向かって唱え、氷の薄刃を出現させる。
そしてそれを入り口に投げつけると、その数センチ手前で音もなく、かき消された。
まるで別の空間に消えてしまったかのようだ。
「……すげっ!
いや凄いと困るのか……」
異空間魔術は、それこそ最究極魔術と言っても過言ではない。
この学園の広さから考えて、全てを覆っているとは考えにくい。
きっと何か発動する理由があるのだ。
その理由を満たした時にのみ発動し、その効力を発揮するのだろう。
……例えば……そう、魔法を使う……とか……?
学園内で魔法は必ず使われる。
だからその入り口だけに魔法を使うのを禁止する魔法がかけられていたら?
「…………わかっても……侵入出来なくね?」
外側から魔法を使わないと、魔力を感づかれてしまう。
カノンは物陰で深い溜め息をついた。
「…………はぁ……堂々と行くか……」
カノンは重い腰を上げながら呟く。
外で魔法が使えないのならば仕方がない。
中に入ってから使えばいいのだ。
そう決めたらば、カノンは微塵の躊躇もなく、スタスタと歩いていく。
敷地に入る前で一旦止まり、改めて城を見上げる。
近くで見ると、その大きさに圧倒されそうになる。
「行くか……最初からこうしてれば良かったんだよな」
ビーッ、ビーッ……
『シンニュウシャアリ、ホバクセヨ』
「……え?」
カノンが入り口に向かい、敷地に爪の先が入った瞬間、警報が鳴り響く。
突然過ぎて、カノンはキョロキョロと周りを見回している。まさか自分だとは思っていないようだ。
それに警報なんて、この国の超最新技術。カノンにはこれが何なのかはわからない。
わかるのは、その後の感情が欠落した言葉だけだ。
ひたすらキョロキョロしていると、城の中から数人の兵隊が飛び出してくる。
「お前か!」
「さぁ、こっちに来い!」
「武器は捨てろ!」
10秒後、あっさりとカノンは捕まってしまった。
「……あの、マジ、すんませんした」
5分後、カノンは城で取り調べを受けていた。
目の前には地下牢の入り口と思われる階段、その直ぐ前の薄暗い部屋で、兵士3人に尋問を受けている。
カノンはなるべく早々に立ち去りたいのだが、兵士は久しぶりの肉にありつけた獣のように、これを逃さない。
「……まだまだ。だいたいさぁ、お前入る前に攻撃魔法使っただろ?
俺の言いたい事、わかるよね?」
……やばいな
これでは調査どころじゃない。
罪人になったらどうしても素性がバレてしまう。
下手すればルルの存在も発覚するだろう。
それだけは避けないと……
頭ではそう考えていても、実際は素性バラして、怒鳴りつけれたらどんなに気がスッとするか、なんて考えている。
そんな感情が顔に出てしまったのか、兵士はイライラしているようだ。
「……あのさ、俺が攻撃魔法使ったから捕まってんだよね?それ以外に理由とかある?」
カノンには嬉しい事に、この質問に意図があることに兵士は気がつかない。
「あぁ?それだけで十分犯罪なんだよ!」
このシャインでは、軍隊が治安維持、風紀取締りを行っている。
境の国にある警察とほぼ同じ職業で、それに戦いという仕事がプラスされている。
更に簡易の事件の場合、それを裁く権利も与えられている。もちろん、重大な犯罪ならば司法の砦と呼ばれる場所に送還されるが。
それ故に、この兵士は強気なのだ。
自分の一言で、カノンの全てを握っているようなものだから。
「……あ、マジすんませんした」
こう言ったやりとりがひたすら続けられている。
その度に、カノンは何かしらの情報を得ているのだ。
兵士は2人が尋問にあたり、1人は横から眺めているだけだ。
いわゆる、怖い人間役と優しい人間役。
これらで交互に尋問すると、犯人は“落ちる”というベタベタなやり方である。
「……で、結局どうなんだ!?」
怖い役の方は、すっかり交代については忘れてしまっているのか、机を指でトントンとやりながら声を荒げた。
「……いや、ホントすんませんした。反省してます」
「おまっ!舐めてんの…………」
ガチャ……
扉が開く。すると兵士は急に黙り、敬礼していた。
ピシッとしていて、人形のようだ。
扉の向こうから、40代半ばだろうか、がっしりとした男が部屋に入ってきた。
白いマントに赤の鎧、腰には大きな剣をぶら下げている。
顔には、いくつもの古い切り傷があり、整えられた口髭が印象的だ。
「……こいつが犯罪者だな?」
低い威圧的な声に、兵士は緊張、というよりびびっている。
「ハッ!その通りであります!」
「……こいつは私がやる。久々に、可愛がってやるとするか」
ニヤリと笑うその姿は軍人のものだ。
「で、誰ですか?」
この間の抜けた声はカノンだ。
この声に兵士の1人は焦ったようで、カノンに叱るように話す。
「……こちらにいる御方は第二遊撃南方将軍、ライアン・ド・シュラルス様だ!
あのシュンズガータの戦いの英雄だぞ!」
シャインには9つの軍が存在する。
最も南が第一南方軍、次が第二、セントラル付近は近衛軍だ。
第一や第二の中でも役が決められている。
「では、下がってよい。
……そうそう、差し入れをした。皆で分けよ」
ライアンはそういうと椅子にどっかりと座った。
兵士3人は手と足を一緒に動かしながら部屋を出ていく。
扉が完全に閉まったのを確認すると、ライアンは小さな声で呪文を唱え、その後サッと立ち上がる。
「……部下が申し訳ございません!」
それこそ土下座しそうな勢いだ。
「……演技が上手いな、ライアン」
実はライアンはカノンの素性を知る、数少ない人物だった。
元々ライアンは、セントラル近衛軍の兵士だったのだ。
ユー爺の下に仕えていた事もあり、カノンとも顔見知りだった。
先ほど、カノンは初め誰かはわからなかったが、名前を聞いて直ぐに思い当たったのだ。
「……それで、私に出来る事は?」
この察しの良さはそうそういない。
理由はわからずとも、主人に仕えるのが使命と思っている、それがライアンだ。