第十八章 砂漠の中
暑い……
ここはラリー砂漠という名の灼熱地獄。セントラルを取り囲み、天然の城壁となっている所です。
私達はこの砂漠を突っ切り、南の果て、ウルボロスへと向かいます。
ただ……
この砂漠、昼は摂氏50℃を軽く超え、夜はマイナス10℃を叩きだします。
ホントですよ?
「……ルルゥ」
ムーンの悲痛なうめき声がします。
わかっていますよ……暑いんですね。
私達が砂漠に入って3日、初めは馬に乗っていたんですが、馬が脱水症状になり、今は降りて馬を牽く形になっています。
さらに悪い事は続き、そろそろ水もなくなります。
カノンに水を出せないか聞いたところ、無から有は作れないそうです。
オアシスがあると良いんですが……
見渡す限り、砂、砂、砂……
途中にあった井戸は既に干からび、無残な姿になっていました。
あぁ、全く!
暑いですね……
唯一の救いは、私の魔法でかなり速く進めてる事ですが……
砂漠を抜けるまで、あと10日はかかるでしょう。
道を間違えたんですかね……
砂……
見飽きました。
だいたい風が吹くと、地形が変わって、真っ直ぐ進んでいるかが、わかんないんですよね。
「……水の匂いだ」
いきなりカノンが声を出しました。
空気が乾燥しているせいか、声がかすれています。
そんな事より水ですって?
カノン以外、馬までもがカノンの声に反応しました。
「水?どこニャ?」「水はどこじゃ?」「み〜ず〜!」
「ヒヒ〜ン!」
「ここから、そうだな、2キロくらい西にオアシスが有るみたいだ。そんな匂いがする」
水って匂いましたっけ?
そんな事より、今は水です。
私達は砂に足をとられながら、今までの倍以上の速度で西に向かいます。
そして、目の前の砂山を越えると、ある一点だけ緑が広がっています。
「オアシスニャ〜!」
ムーンは叫びながら目にもとまらないスピードで駆け下りて行きました。
今の今まで死にそうにしてたんですが……
まぁとにかく……
オアシスです〜!
ざっぶ〜ん!
私達一行はオアシスの中の泉にダイブしました。
服着たままですけどね。
……ふぅ〜生き返りました!
ユー爺とカノンはザブザブと泳ぎ、馬達は温泉に浸かるようにまったりしています。
そんな中……
「……泳げないニャ〜!」
もがき苦しむムーン。
すぐさまカノンが駆けつけます。
そのまま岸までカノンの頭に乗って移動。
たまには羽根を伸ばして、ゆっくりしましょう。
私は文字通り、羽根を伸ばします。
馬達は初めて見るのでしょう。目を見開いています。
だいたい、黒のコートに黒いズボンは……失敗ですね。
太陽光を集める集める。
それから午後はここでノンビリ過ごし、結局ここで野営になりました。
ユー爺は魔法で家を、カノンが夕飯の支度。
私は……何もする事がないです。
夕飯まで、ムーンと泉の周りをお散歩でもしますか。
ムーンを呼ぼうとすると、足元から……
「……ニャ?」「……いたんですか。ムーン、お散歩に行きませんか?」
するとムーンはちょっと考えこんでから、首を横に振りました。
「今日は疲れたから、また今度にするニャ」
そりゃそうですよね。
この3日、砂漠の中を歩き続け、ろくに寝てないんですから。
「……そうですか。じゃあ私はちょっと行ってきますね。夕飯までには戻りますから」
私は一人、光のない闇に向かって歩き出しました。
ですが、その闇空には、無数の宝石が輝いていたのです。
「……綺麗……」
今までに見たこともない、夜空に煌めく数千数億の星。
一生かかっても数え切れないでしょうね。
きれいではなく、綺麗。
今なら、魔界の侵略が嘘のようです。
寒っ……
空を見上げながら、大分遠くまで来てしまいました。
そして私を砂漠の気候、夜は寒い、が襲ってきたのです。
気づけば、息は白く、全身鳥肌が……
歯もガチガチと音をたてています。
なんでコート脱いで来ちゃったんでしょう……
とにかく、急いで戻りましょう!
翼を広げ、飛んで戻ろうとしますが……
……光がない……
辺りは真の闇。
光は天に輝く星のみで、とても辺りを見渡すなんて出来ません。
……どうしよう。
寒さと不安の相乗効果で、私はめちゃくちゃ焦りました。
どうしよう、どうしよう……
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……
お、落ちつきましょう。
私は大きく深呼吸をして、いったん翼を閉じました。
ふぅ……
まずは、私が今使える魔法でなんとかしなければなりません。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……
再び深呼吸を……
私は風のマスターです。
風系魔法ならば使えます。
でも私は基本技しか……
あぁ!
なんでこんな簡単な事に気づかなかったんでしょう。
私には基本の最終技、“見”が使えるじゃないですか!
“見”は魔力を大気にとけ込ませ、魔力によって見る技。
当然とんでもなく魔力を消費します。
基本技と位置づけられているこの技は、実は応用技が最上位魔法のためなんです。
そのため、基本技とは名ばかりで、実は応用レベルなんです。
練習してはいますが、未だに成功は0……
成功しなければ、死しか待っていないこの状況。
必ず成功させなくては……
「恩寵の豊かな風よ……我が心、空に溶かし、大気となせ」
暗闇に、5つの青白い六亡星がうかびあがります。
六亡星は私を守るようにグルグルまわり、その後次第に動きをとめました。
完全に止まるのと同時に、私の魔力が徐々に広がるのが感じられます。
目をつむると、私は鳥になったのではないかと、錯覚する程です。
自分の体が、遥か下に“見える”ようです。
しかし、辺りの事も完全にわかり、砂粒も、サボテンの棘の鋭さも、その影に隠れているサソリの甲殻の凹凸も、全てわかるのです。
そして……いました!
東に1200メートル。
そこにユー爺達がいるのが見えました。
発見後、私はすぐに術を解きます。
無駄に魔力は使えませんからね。
フゥ……
1200メートル。
歩くのは……ダルいですね。
残りの魔力を全て使って、飛んで帰りますか。
きっと今夜はよく眠れるでしょう。
私が翼を広げると、金色の輝きが闇を切り裂きました。
じゃあ、たまには最高スピードを出してみましょうかね。
抑え抑えで、力が弱まるのも嫌ですし……
私は上昇すると、なるべく羽ばたかないで、滑空するように真っ直ぐ東を目指します。
「うーん……だいぶ鈍ってますねぇ……」
最近飛んでなかったせいか、スピードはおろか、安定して飛ぶ事もままなりません。
「……心に従え」
私は魔法の基礎中の基礎を呟いてみました。
すると、スピードは上がらないまでも、自然と安定飛行に……
こういうのを言霊って言うんですかね?
……まぁ、良しとしましょう……
眼下では、砂のヒダが流れるように通り過ぎて行きます。
歩いてる時には気づきませんでしたが、砂漠の地形は刻々と変化していきます。
僅かな風が吹けば、一山崩れ、また風が吹けば砂山が作られていきます。
まるで砂漠自体が生きているようですね。
キーン……
えっ?
もうオアシスまで目前という所で、私の魔具、ブレスレットの玉が、音と一緒に黄緑色の光を放ち始めました。
始めは微々たる光でしたが、徐々にその光が強まり、辺りを黄緑色に染めていきます。
私はいったん飛ぶのを止め、砂漠に降り立ちました。
まだ光が強さを増していきます。
そして急に光が止んだと思うと、一本の細い光となって西に、はるか西に伸びていきました。
その後、一瞬で光は消え、音も消えていきました。
……一体何だったんでしょう……?
「……ルル!」
カノンの声です。
きっと探しにきてくれたんでしょう。
「……カノン!」
呼び掛けに応えると、カノンは滑るように私に近づいて来ると、いきなり怒鳴り始めました……
「……だからお前は……ホントに……まったく……ちょっとは……」
とても長くなったので、要約しますね。
一人で見知らぬ場所を歩くのは愚の骨頂だ。これからは、必ず誰かを伴っていけ!このバカが!
と、言っています。ひたすら。
「……そんな事よりカノン、魔具が光ってますよ?」
そうなのです。カノンの魔具、イヤリングの青玉が薄〜く光を放ち始めていたのです。
「……あぁ!?魔具が光る訳ないだ……
……なんで?」
耳についているので普通は見えませんが、光は私の時と同様、爆発的に輝きを放っています。
いくらバカなカノンも気づきますよ、そりゃ。
光は私とは違い、北に向かって伸びて行きます。
そしてその後、イヤリングは何事もなかったかのように、カノンの耳で揺れていました。「何だったんだ……?」
「……何だったんでしょう?」
私達の間に沈黙が訪れると、更に気温が下がっていくようでした。
寒い……
私はカノンを置いて、急いでキャンプ地まで飛んで行きます。
もう100メートル程ですから。
数秒後……
「……置いてくなぁ!」
カノンは飛んでる私の真下をもの凄いスピードで走っています。
「……あっ、ルル!お帰りニャ!」
ユー爺が作り上げた土で出来た家の中で、ムーンはノンビリくつろいでいます。
内装はかなりしっかりしていて、テーブルやベッド、暖炉まであるから驚きです。
残念なのは、窓がない事ですね。
あれば私も迷子にならなくて済んだものを……
「……窓は土に含まれる鉱物の関係で、錬成の式が……」
ユー爺の細かい説明は、残念ながらムーンしか聞いていません。
カノンは、夕飯をテーブルに並べています。
メニューは、泉で捕ったのであろう焼き魚に、パン、あとは何だかよくわからないスープです。
さぁ、今日はサッサと食べてサッサと寝ますよ!
食事を終え、私がベッドに潜り込もうとしている至福の一時に、カノンは言いました。
「……じゃあ、そろそろ始めるぞ?」
「……はい?」
「……はい?じゃなくて。剣の訓練」
えぇ〜!
と、いう訳で……
ガキィーン、キン……
「……ほらもっとしなやかに!」
気温マイナス8℃の中、カノンとの模擬戦です。
ちなみに私達は真剣を使っています。
刃にはカノンが切れなくなる呪文をかけ、それ以外は、本当の戦いと同じ状態です。
私はカノンの右脇腹を左で狙います。
「てぃっ!」
キン!
カノンはそれを剣で防御。
私は右手のもう一本の剣で左に半回転しながら今度はカノンの左を狙います。
「もらいましたっ!」
ですが……
ガキィン!
「……甘いな」
カノンは鞘を腰から抜くと、それで刃を受け止めました。
そしてカノンの剣は、がら空きになった私の右へ……
ズガン……
私は見事に吹っ飛び、二、三回転がり、ようやく止まりました。
「……よし、起きろ。もう一度やって、今日は終わりにする」
カノンの容赦ない一言。
「仮にも私は女の子なんですが?」
軽く怒りを込めて私は言いましたが、カノンにはどこ吹く風。まったく聞く耳を持ちません。
「……もし、一撃でも俺に加えられたら、技教えてやるよ」
「その言葉、後悔させて差し上げましょう」
私達は剣を鞘に納め、タイミングを待ちます。
辺りには静寂と闇が覆い、私達のはく息だけが白く、余計に静さを増長させています。
しばらくの後、一陣の風が吹き、オアシスの葉っぱが一枚、地面に落ちます。
その瞬間。
私達は同時に互いに向かって走り出しました。
カノンは、私の手前5メートルで片膝をつくと、私を居合いで倒そうとしてきます。
私は何とか剣二本を平行にしてそれを防ぎますが……
ガギン……!
左手に持っていた剣が弾かれてしまいました。
「……あっ!」
「……もらったぁ!」
今度はカノンが先程の私の台詞を……
「……風よ、纏て、敵を撃て!」
私は思わず左手を突き出し、早口で呪文を唱えます。
すると圧縮された空気の玉がカノンに当たり、カノンは吹き飛ばされました。
カノンは器用に空中で回転すると、見事に着地。
アレ喰らってたら死んでますね、きっと……
「……チッ」
カノンの舌打ちが聞こえます。
カノンとは距離にして約15メートル。
うーん、どうしたものか……?
カノンも次の作戦を考えているようです。
隙なく構えながら、微動だにしません。
今私達が互いにを確認出来るのは、家の戸から漏れる僅かな光のおかげです。
あっ……!
流石私。ナイスアイデアです。
カノンは私と、私の飛ばされた剣との中間にいます。
わかりましたね?
「……」
私はなるべくカノンに聞こえないように呪文を詠唱しました。
そしてそれに応えるように、剣はスーっと浮かび上がり、カノンを狙うように平行になりました。
カノンはまだ気づいていません。
今がチャンスです!
しかし私がカノンに必殺の一撃を加えようとした時、カノンは私に向かってきました。
カノンは走りながら私に数本のナイフを放ってきます。
「うわぁ!」
私はギリギリで地面に伏せました。
ナイフは切れなくなる呪文をかけてない筈なんですが……
カノンめ、許すまじです。
そして私が起き上がり、術を放ちながら剣を振るのと、カノンの薙払いとは同時でした。
私の肉を切らせて骨を絶つ攻撃に、カノンはバタンキューの予定です。
私は思わず、笑みを浮かべました。
ですが、その笑みは一瞬の後に後悔となります……
カノンは右手で薙払いを、左手で後ろから飛んで来ている私の剣をキャッチしてしまいました。
「……惜しかったな」
結局、私は肉を切らせて骨を絶たれてしまいました。
「……はぁ……また負けました……」
私はまたもや吹き飛ばされ、カノンに起こされました。
これで何敗した事か……
「……でも大したもんだよ。まだ剣術始めて3日だぜ?」
慰めてくれているんでしょうが、まったく嬉しくありません。
「……学校で剣術の授業は受けてたんです」
私の通っていた学校では、というか、私の国では、普通に剣術の授業はあったんです。
「……これから剣術の時、魔法の使用を許可するから」
「なんでですか?」
「……魔法使った方が実戦的だし、何より俺が楽しい」
カノンの言葉で、私は忘れかけていた怒りが込み上げて来るのが感じられました。
「……さっきナイフ投げましたよね?
魔法かけてませんでしたよね?」
するとカノンは、あたふたと言い訳をし始めました。
「そりゃかけてなかったけど、ルルなら避けきれると思ってたんだ。
あっ、ルルだって急に魔法使っただろ?」
「なんですか?私が悪いとでも?
第一、さっき使っていいって言ったじゃないですが!」
口ゲンカは徐々にヒートアップしていきます。
「あぁ〜ルル様、カノン」
「せめて魔法使う前に断れよ!」
「……聞いておるかな?」
「言ったら戦いになんないじゃないですか!」
「聞けぇい!」
私とカノンの言い争う傍らには、鬼のように顔を赤らめたユー爺がいました。
私達はビックリして、口ゲンカどころではなくなってしまいました。
そんな私達に、ユー爺の最後通告が。
「……サッサと寝なさい!」
ユー爺がこれ以上怒らないように、私とカノンは風のように戻り、そしていつの間にか眠りについてしまいました。
例によってムーンは、私のベッドで寝ていましたが……
聞こえるのは大地の鼓動。
ここは以前見た塔のてっぺん。
雲は遥か眼下に広がり、海のよう。
私は誰かと向き合っていて、その人が私に話しかけてくる。
逆光でよく見えないけど、その人は黒い翼を持っていた。
“まだまだ会えないね。早く目覚めたら?”
あなたは誰?
私の問いに答える前に、その人は闇に消えていった。
「はぁっ……はぁっ……ゆ、夢ですか……」
私の隣のベッドではカノンが静かに寝息をたてています。
私は起こさないように、そっと外にでました。
夜風にあたろうと思ったんですが、外はだんだんと白み始めていました。
地平線に太陽が上ると、オアシスの水面は輝きに満ち溢れます。
「……また、あの夢ですか……」
私は最近、毎晩同じ夢を見るのです。
セントラルで、不思議な夢を見て以来ずっと……
「……ルル、起きてたのか。珍しいな」
後ろからカノンが伸びをしながら出て来ました。
「はい。ちょっと目が覚めちゃって……」
私の声からカノンは何かを感じとったのでしょうか。
「……。
まぁ、出発までまだ時間あるから、ちょっとゆっくりしてろよ」
そう言うとカノンは、黙って泉に近づいて、バケツで水を汲み、そしてそれを氷に変えていきます。
インスタントウィザードには固体じゃないと入らないという条件がついているらしいのです。
カノンはその後、十数回に渡ってその作業を繰り返しました。